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惑星迷子  作者: ふん
Season7
152/223

第二話

「デフォルト! 僕のパンツは? タオルは? おやつ?」

 今日の卓也は、起きた時からずっとこんな調子だった。

 着替えも満足に出来ず、いちいちデフォルト呼ばないとなにもすることが出来ない。

「またですか……」と、さすがにデフォルトも疲れた様子で相手をしていた。

「だって、ないんだからしょうがないだろう。別にデフォルトを困らせようとしてるわけじゃないよ。困ってるのは僕のほうだもん」

 今回ばかりは、卓也がわがままを言っているわけではなかった。卓也の部屋のものが勝手になくなってしまったのだ。

 卓也にはまったく覚えがなく、いちいち誰かに聞かないと生活ができないほどになっていた。

「おかしいですね……」

 デフォルトが勝手に卓也の私物を触ることはない。掃除をするにも、必ず一声かける。

 ラバドーラは卓也のものに興味はないので、余程のことがなければ勝手にいじることはない。下着なんてものは絶対に触れないはずだ。

 そして、ルーカスも同じはずだ。

「まさかジジに僕の部屋を触らせたんじゃないだろうね。いないからはっきり言うけど、立派なストーカーだよ」

「プライバシーですから、立ち入らないようにロックしておきました」デフォルトはしばらく原因を考えていたのだが、急に思い出したことがあった。「そういえば……整理を頼んだんでした」

「ほら、見ろ。盗聴器とかないだろうね……。僕のプライバシーが無料だなんて信じられないよ」

「違いますよ。整理を頼んだのはルーカス様にです。宇宙ゴミをしまうのがとても上手でしたので、卓也さんが仮想空間にいる間、ルーカス様がやってくれたんですよ。少し広くなったと思いませんか?」

 デフォルトはルーカスが人の役に立つことをしたと、上機嫌で部屋のどこが広くなったのかを説明し始めた。

 最初は付き合って相槌を打っていた卓也だが、もう答えはわかったと途中でデフォルトの言葉を遮った。

「つまりだ……デフォルトは、ルーカスにこの船をいいように出来る権利を与えたってわけだ」

「そんな……ただ整理を頼んだだけですよ」

「それなら、ほうれん草の入った保存食が残ってたはずだ。それはどこにある?」

「どこって、保存食はまとめて保存してありますよ。特に栄養価の高い食材は――」

 デフォルトはいつもとまったく同じ動作で戸棚を開けた。

 見なくてもわかると触手を伸ばしたのだが、そこに保存食は一つも存在していなかった。

 触手を棚にぶつける音を聞いて、卓也はやれやれと首を横に振った。

「ほら、見ろ。ルーカスに整理整頓なんて不可能なんだから、リスの冬支度のほうが何倍もマシだよ。あれは忘れても、木が生えるからね」

「一体なんのために……」

「ルーカスだぞ。どうせ嫌いなほうれん草の保存容器を見つけたから、別のところにしまい込んだんだよ」

 卓也がルーカスのやったことだからと肩をすくめていると、ラバドーラが怒りの足音を響かせながらやってきた。

「工具をどこにやった……」

「電動工具なら」

「違う手動用の工具だ。あれがないと、エンジンが直らないぞ」

 レストは宇宙で停止していた。原因は適当な鉱石を燃料にしたせいだ。

 溶けた鉱石が固まってしまい、エンジン系統に異常のシグナルが出てたので緊急停止の最中だ。

 ラバドーラは修復作業をしていたのだが、電動工具の届かない場所が破損しているので手動用の工具を探しているのだった。

「きっとトイレだよ」

 卓也が言うと、ラバドーラはわざわざルーカスの顔を投影して睨んだ。

「君はバカかね……工具をトイレに保管する意味がわからない」

「なら、行ってみようよ。僕の正しさが証明されるから」

 なぜか自信満々の卓也についていった二人は、言った通りトイレ内の棚に工具箱がしまわれていたので驚いた。

「なぜ……」

 デフォルトは工具箱を拾い上げながらも、まだ驚いていた。

「そのなぜは、僕がなぜわかったってこと? それとも、なぜトイレにあるのって意味? 答えは一つだ。過去にルーカスがトイレに工具箱をしまってるのを見たから」

「なんの為にだ……」

 白いマネキン姿に戻ったラバドーラは、ルーカスの行動が理解できないと卓也に詰め寄った。

 こんなにぴたりと言い当てるとは、結託してる可能性が出てきたからだ。

「前回は整備士にバカにされたから。その戸棚に接着剤がついてて、探しにきた整備士は半日そのまま。我慢出来ずにトイレに入った男は数知れず。僕なら地獄だね……。一生記憶に臭いが残るよ」

 デフォルトは思わず自分の触手を見た。万が一接着剤が付着している可能性もあるからだ。

「大丈夫だと思うけど。別にルーカスを怒らせたわけじゃないんだろう? そんな面倒臭いことしないよ。バカで飽きっぽいんだから」

「では……なんの為に?」

「また質問が振り出しだね。意味なんてないんだよ。だからルーカスに聞いても、どこになにがしまってあるのかわからない。その時の自分が気持ち良いところにしまってるんだから」

 卓也は慣れていると軽い感じで言ったのだが、デフォルトとラバドーラにとっては大問題だった。

 なにがどこにあるかわからない状態の宇宙船に乗るだなんて、拷問以外でありえないからだ。

 不測の事態どころか、予期する不具合も直すことができない。

 すぐに自分達の私物から、宇宙での必需品を確認しに向かった。

 二人がルーカスの名前を叫んだのは、すぐのことだった。

「なにかね……私は暇ではないんだぞ」

「イカサマの準備で?」

「なにをバカなことを。まだボードゲームで私に負けたことを恨んでいるのかね?」

「将棋のコマに光学迷彩シールを貼ってる最中だったんだろう。頬に王将の文字が写ってるよ」

「私の惑星では、ふさわしい男が生まれると頬に王という印が出るのだ」

「同じ惑星出身なんだけど……。そんなことより、僕のパンツはどこだよ。ルーカスなんだろう? 適当な場所においたのは」

「適当とは意味の取り方によって違うものだ」

 ルーカスは偉そうに腕を組むと、わかったように自分の言葉に何度も頷いていた。

「聞き方を変えるよ……。ほうれん草の保存食をどこに置いた?」

「そんなもの――」とルーカスは固まってしまった。保存食のパッケージを思い出し、それを手に掴んだとことで記憶が途絶えて閉まったからだ。

「ほらね。僕が正しかっただろう」

「なぜ卓也さんはそんなに余裕があるんですか……」

 最悪の場合、エンジンも修理が出来なかったとデフォルトは説明するが、卓也は相変わらず我関せずの態度だった。

「だって、もっと最悪の事態を知ってるから。今回は物でよかったよ。箱舟の時はデータの管理に回されたこともあったんだから」

「それは……どうなったんですか?」

「それ本当に聞きたい?」

「やめておきます……」

 データが紛失と消失し、初めからやり直しになったことは誰が考えても明らかだった。

「工具箱があるだけマシだ……。さっさと直してくる。まさか宇宙船が動くだけマシだと思える日がくるとはな」

 ラバドーラは工具箱を持って歩いていった。

 とりあえず宇宙船が動けば、今後はどうとでもなると思ったからだ。

 しかし、デフォルトは違った。あるはずのないものがないという気持ち悪さに、居ても立っても居られなくなってしまったのだ。

「それで、ルーカス様。他のものはどこへしまったのでしょう」

 まるで古いドラマの刑事が、良い場面で犯人を問いただすように、デフォルトはルーカスへ詰め寄った。

「いちいち覚えていられるか。だが、確実に言えるのは私は無駄な収納をしない」

 得意げに笑みを浮かべるルーカスに、卓也は呆れたと言葉を返した。

「ルーカスの収納術って、主婦の知恵と一緒じゃん。結局最後はごちゃごちゃにしまうんだろう。ノーパンで過ごせってのが、ルーカスのご希望ならそうしてあげるけど。どうする?」

「わかった……探せばいいんだろう。まったく……」

 ルーカスはどうにか思い出そうと、ブツブツ言いながらうろちょろし始めた。

 卓也はこれでいいんだろうと肩をすくめて、デフォルトに合図を送った。

「助かります……」

「でも、見つかるとは限らないよ」

 デフォルトは「そんな……不吉なことを」と顔を歪ませた。

 そして、その表情のまま変わることはなかった。

 ルーカスが「きっと誰かが食べたに違いない」と断言したからだ。

 もうすでに目ぼしい場所は探し終えてしまい、元のトイレの前で三人は立ち尽くしていた。

「よくまぁ……そんなぽんぽん忘れられるなぁ。何回も言ってるけど、一回病院で見てもらったほうがいいよ」

「君はいちいち抱いた女の名前を覚えているのかね?」

「……デフォルト! ルーカスは悪くないよ。人間っていうのは忘れるように出来てるの!!」

「今回の件で怒るつもりはありません。ただ、このままだと不測の事態に備えられないと言ってるです」

 デフォルトは真面目に言ったつもりだったが、卓也とルーカスは顔を見合わせた。

「不測の事態とは何かね?」

 ルーカスに聞かれると、デフォルトは尻込んだ。

「それは……現在観測していませんが……」

「起こってもいないことに、そんなに慌ててるの? ルーカスよりデフォルトの方が心配だよ……」

「そんな!? ……ですが、何かあった時」

「じゃあ聞かせてもらうけど、今日の晩御飯にほうれん草なんて使うの?」

「いえ……。せっかくの調理されていない生の食材は、特別な日に出そうと思いまして……彩りも綺麗ですし……」

「まさか宇宙で地震に備えたりしてないよね」

 卓也が茶化して言うと、それは笑えるとルーカスは卓也の背中を叩いて大笑いした。

「お二人とも真面目な話なんですよ……」

「僕らも真面目だよ。デフォルトってさ、初めてのボーナスで墓を買うタイプ?」

「地球では生前に死後のことを決められるんですか!? それは素晴らしい制度ですね!」

「デフォルトも結構変わってるよね……。その地球に慣れるためにも、ネガティブはやめようよ。地球じゃネガティブ嫌われるよ」

「そうなんですか?」

「一般論。僕は別だけどね。不幸な男ってのは、女心をくすぐるんだよ。見て、この顔。フラれたばかりって顔でしょう。これが効果抜群。みんな子犬を見る目で見てくるし、あわよくば子犬を洗うみたいにお風呂に一緒に入れる」

「ですが……」

「じゃあ聞いちゃうけど、ですが――が口癖の人をデフォルトは信じられる?」

 卓也に指摘されてデフォルトは息を呑んだ。正しくその通りだと感じたからだ。

「申し訳ありませんでした。浅はかな発言をお許しください」

 デフォルトがあまりに綺麗に頭を下げたので、今度は卓也が尻込んでしまった。

 だが、ルーカスはお構いなしに責め立てを続けた。

「タコランパ風情が調子に乗って、この私に意見をするからいけないのだ。だいたい人に仕事を頼んでおいて、その言い草はなんだね……。文句があるなら、その時に言うのが適切ではないのかね?」

「まったくもってその通りです。今回は自分に非があるのを認めます」

 デフォルトが深々と頭を下げるを見て、ルーカスは満足げな笑みを口元に浮かべていた。

「地球の上司もこれくらい楽に扱えたら……」

「地震が多い惑星の地球で、地震ジョークで説得はできないよ。宇宙で地震があるって言うと、信じちゃうもん」

 卓也とルーカスがバカにした笑いを響かせた瞬間だ。レストは大きく揺れた。

「え!? 地震!? どうしよう?」

 慌てる卓也と、取り乱して宇宙空間へ逃げ出そうとするルーカスをデフォルトは慌てて触手で掴んだ。

「地震はありません。宇宙ですよ。何かにぶつかった衝撃です」

 デフォルトが確認を取るためにスピーカーを起動すると、ちょうどよくラバドーラから通信が入った。

「エンジンは直ったぞ。試しに発進させてみたところ、何かに引っ張られた。察するに知的生命体が存在する惑星だ。どうやら歓迎しているみたいだぞ」

 ラバドーラがどうすると聞いてきたので、三人はモニターがある部屋へと向かうことにした






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