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惑星迷子  作者: ふん
Season6
150/223

第二十五話

 全身がぬるま湯につかったような感覚。

 卓也は心臓から体の末端まで、凍った体を溶かすかのように、温かな血液が流れていくのを感じていた。

 何もない光だけの真っ白な世界は、この世の終わりと呼ぶにふさわしい。

 このままここにいれば意識も途切れそうになる。だが、徐々に白い世界は色を持ち出した。

 最初にわずかな黒い線が視線に浮かび上がると、白い光は赤みを増した。

 それがまぶたの色だと気付いたのは、意識が完全に覚醒したからだ。

 涙に滲む世界は、仮想空間にいた卓也には眩しすぎてすぐに目を開けることはできず、しばらくそのまま固まっていた。

 すると、視覚の代わりに聴覚が冴えわたり、デフォルトの声が聞こえてきた。

「卓也さん! 卓也さん! 大丈夫ですか? 聞こえていますか? 聞こえていたら、何か合図を送ってください」

 デフォルトが心配する声は何度も続き、卓也はいい加減うるさいと体を起こした。

 しかし、冬眠状態だった卓也が急に体を動かすのは無理だった。痙攣するふくらはぎに負けて、床に倒れそうになるところをラバドーラに支えられた。

「いったいどうやって帰ってきたんだ……」

 ルイスの姿のままのラバドーラは、音信不通で追えなくなっていた卓也が、急にレストにアクセスしてきたので驚いていたのだ。

 データ通信されるなら、自分が気付かないはずはない。だが、卓也は急にどこからともなく現れたのだ。まるでタイムホールを使って移動してきたかのようだと思っていた。

 怪訝な表情を向けてくるラバドーラの顔をずっと見ていた卓也だが、少し体が動かせるようになると急にラバドーラを抱き止めた。

「これが最初で最後だ……」

 卓也はラバドーラに真実を伝えることはしなかった。

 真実を伝えれば、ラバドーラはアイの意識として覚醒する可能性もある。

 だが、すでにラバドーラの人格はラバドーラのものであり、卓也が過ごしてきたAIとも、探して求めていたアイとも違う。

 全てを思い出にするために、訣別するために、ルイスの姿のままでも構わないと卓也は抱きついたのだった。

 その光景は信じられないものだった。

 誰もが、男に抱きつく卓也に戸惑っていた。

 ラバドーラさえも困惑で言葉が出ずに、抱き締められるがままになっていた。

 一人、ジジだけが「これってチャンスありってこと?」と、抱き合う男二人を期待の眼差しで見ていた。

「仮想空間で羽目を外しすぎて節操がなくなったのかね? ……なんて不潔な男だ」

 卓也の女好きがどれだけのものか誰よりも知っているルーカスは、今の状況を理解する気もないと、唾を吐き捨てるような細い息を漏らした。

「言っただろう。これは最初で最後。ただいま――僕だ」

 卓也はラバドーラから離れるが、まだまだふらついているので、デフォルトの触手で抱えられていた。

「リハビリをした方がいいですね。大丈夫ですよ。起き上がれるのならば、そう長い時間はかかりません。無重力センサーを上手に使えば体に負担はほとんどかかりませんよ」

「それなら、少し僕は眠らせてもらうよ」

 卓也はデフォルトに抱き抱えられたまま運ばれていった。

「まったく……いつまでフリーズしているのだね。このポンコツめ」

 ルーカスは突っ立ったままのラバドーラのお尻を軽く蹴ると、その倍以上の力で蹴り返されてしまった。

「止まるにはそれなりの理由がある。なにかはわからなかったけどな」

 ラバドーラは一瞬に胸に覚えのない感情が湧いた気がしたが、すぐに消えてしまった。

 心地悪いものではなかったので、それを深く追うことはせず、ただ消えていったものを消えていったと考えるだけにした。

「何がそれなりの理由だ。それなら、レストが未だにここで立ち往生している理由は何かね?」

「ボロだからよ。折角稼ぎ終わったんだがから、それなりの改造をしなさいよね。私にとっては初めての地球なのよ。恥ずかしいじゃない」

 ジジは今更何を言っているのかとため息を落とした。

「地球か……」

 ラバドーラは内心ジジを始末しようと思っていた。

 ここ数日。卓也の行方を追いながら考えていたことがあるからだ。

 潜伏先に地球というのは悪くないと結論に至ったのが大きい。

 ルーカスと卓也から察するに、地球の宇宙技術がラバドーラのレベルに達するまで、まだ少なくとも百年以上はかかるだろうと判断した。

 宇宙技術というのは、地球へ来訪する異星人によって急激に進化するので確定とは言えないが、体制を整えるには十分な時間がある。少なくとも、地球の知識を手に入れた自分にはアドバンテージになる。

 そのためにも、ジジという異物は邪魔でしょうがなかった。

 ジジが正式に地球へ迎え入れられることになると、今までの惑星履歴を調べられることになってしまう。

 それはラバドーラの正体もバレてしまうということだった

「不服かね……ルイス君」とルーカスはまるで上司のような口振りで言った。

「そう……不服だ。いいか? 地球に帰るってことは、今までのツケも払わせるということだぞ。どういう経緯で箱舟が爆発したのか忘れたのか?」

 地球の宇宙船『箱舟』が爆発した理由は、タコランパ星人の襲撃とルーカスの適当な仕事が合わさってしまったからだ。

 レーザーがメタンガスに引火。箱舟は木っ端微塵に砕け散ってしまった。

 消息は不明。だが、宇宙には『回遊電磁波』というものがあり、宇宙船は常に何かしらのデータを宇宙空間に残している。

 爆発の瞬間。誰かが戦闘の状況を送った可能性は否定できない。

 つまり、地球でルーカス達が指名手配されている可能性もあるということだ。

「なぜだ!? 私はヒーローだぞ!」

「自分でつけた火を消しただけだろう」

「地球ではそれをヒーローと呼んでいるのだ……。しかしこれはまずい……これはまずいぞ。私は地球に帰還したのち、そのままの勢いで、銀河系の統一者選挙に立候補するつもりなのだぞ。……汚点が残ってしまう。厄介だぞ……地球人というのは人の足を引っ張る時に、一番の力を発揮するのだ」

「身に染みてる」

 ラバドーラは散々振り回されたとルーカスを睨みつけたのだが、ジジがうーんと悩みの声を上げるとすぐに振り返った。

 ジジは「あっ……悪く思わないで」とまず謝った。ルーカスを睨みつけたままの表情でラバドーラに見られたからだ。「今のは、私の心の葛藤よ」

「葛藤とは?」

 ラバドーラはジジを追い出せるかもしれないと食いついた。

「他人の足を引っ張るってことは、精神を病んでる惑星ってことでしょう? そういう惑星って差別が凄いのよね……」

「その通りだ。地球人は頭が悪い。自分が勝つために弱者を作り出す。例外を許容できないんだ。無知は恐怖だからな。頭が良ければ、とっくに進化している。まだ、第五次進化を遂げていない下位知的生命体。それが地球人」

 ラバドーラはジジが地球へついてくるのを諦めさせようと、次々に嫌なイメージを羅列していった。

 それに反応したのはルーカスが。自分の悪口に敏感なルーカスは、その地球人に自分が含まれていると気付き、目を三角にして怒っていた。

「なにもわかっていない。仮にも私を産んだ惑星だぞ、地球は。超突然変異で生まれた天才だと否定はせんが、私が生まれた惑星にケチをつけるとはな。どうやら教育が足りないらしいな」

 いつもなら自分以外の地球人などゴミ同然だと言っているので、てっきり乗ってくるものだと思ったラバドーラは焦った。

「いいか? よく考えろよ。オレ達がこのまま地球へ帰還するのは得策か? よーく考えろよ」

「考えているに決まっている。貴様こそ、何を考えている。地球へ帰るのに賛成だったではないか」

 無駄に鋭さを発揮するルーカスをうざったく思いながらも、ラバドーラは次々言い訳を考えるが、全てルーカスに言い負かされてしまった。

 実際の地球を知っているのと、まったく知らないのでは雲泥の差だ。

 アイの知識も深くまではラバドーラの中に存在していない。

 話せば話すほどボロが出てしまい、結局ジジは地球へ向かう決心を固めたのだった。

「宇宙セクシーな男が生まれた惑星ですもの。一度は行ってみるべきだわ。まぁ……余計なのも産まれたみたいだけど」

 ジジは言い終わりに、ルーカスに向かって一言つぶやくと、大きなあくびをした。

 ここ数日、卓也の捜索でほとんで寝ていないので、急に眠気が襲ってきたのだ。

 それじゃあと淡白な挨拶を済ませると、自分の宇宙船へと帰っていった。

「まったく……アイツを連れて行くつもりか?」

 ラバドーラはどうするつもりだとルーカスに詰め寄った。

「勝手についてくるんだ。私が呼んだわけではない。だいたい撒くにもどうすればいい? どこに逃げるつもりだ?」

 ルーカスの言葉は珍しく正論だった。

 今レストが手に入れたのは資金だけ。改造する惑星に行くにもジジの宇宙船が必要になる。

 どこへ行くにもジジにいてもらわなければならなかった。

 ラバドーラは諦めの排熱をすると、自室にしている倉庫へと戻った。



 それからしばらく、体の不調を感じていたラバドーラは自動修復をかけ、データをクリーンしていた。

 廃棄ファンが回る音が静かに響く部屋に、複数の足音が響いた。

 ラバドーラはスリープ状態を解除すると、白いマネキンのままの姿で「なんだ?」と聞いた。

「わお……びっくりした。白いままだと起動中なのかスリープ状態なのかわからないよ」

「足音にジジはいなかった。無駄な電力を使う必要はない」

 卓也は「そうだね……」と息を飲んだ。

 ラバドーラの白いマネキン姿は、最後に別れたAIと同じような姿だからだ。

「だから、なんの用事だ」

 ラバドーラがイライラして聞くが、卓也に連れられて来たルーカスもデフォルトも何も説明されていなかった。

「なにって願いを叶えに来たんだよ」

「は?」

 ラバドーラは意味がわからないと言うが、卓也にあるデータを送られると、その事実に驚愕し一瞬オーバーヒートしてしまった。

「これは……地球へのログか?」

「そう。僕が手に入れてきた」

 卓也の発言に驚いたのはラバドーラだけではない。ルーカスもデフォルトも突然のお宝に口を開けて驚いていた。

「これがあれば帰れるのかね?」

「レストに登録すれば帰れる。レストの改造は必須だがな。だが……」

 ラバドーラはまだ信じられないといった様子だった。

「ジジさんに知らせませんと」

 慌ててジジを呼びに行こうとするデフォルトを、卓也は触手を握って止めた。

「それはなし?」

「ですが……」

「寝る前に言っただろう。最初で最後だ。男を抱き締めるのはね。さぁ――レストのエンジンを全開にして、一気にジジから距離を取ろう! 地球へ帰るぞ! 宇宙一セクシなー男の称号を取り戻すんだ!」

「そんな急に言われましても……まず地球へのログはどうやって手に入れたのですか?」

「それを知るには時間が足りない。まずはおさらばしよう。ルーカスが拾ったスーペースデブリが残ってるだろう? エンジンに詰め込むぞ! 久しぶりに野良犬システムの発動だ。燃やせ燃やせ!」

 卓也はまるで歴戦の船長のように的確に指示を出すので、デフォルトは驚くより先に感動し、ルーカスの手を握ると、涙で滲む視界を走って駆け抜けた。

「だからなんなんだ……」と残されたラバドーラは説明を待ったのだが、卓也から求めているような答えは出なかった。

「気にしないでいいよ。僕は僕だ。いつも最愛の女性のために動く男。それだけ。ラバドーラはラバドーラだよ。君だけのラバドーラだ」

 卓也はまるで親友のようにラバドーラの肩に手を置いたのだが、もう既に気持ちが切り替わっているので、長く触るようなことはなかった。

「一貫して意味がわからないぞ……」

 普段は理解できないことには協力しないラバドーラだが、ジジと離れるならここがチャンスだと卓也の言う通り動き出した。

「わからないってことは、君はラバドーラってことさ」

 卓也は最後にAIから呼ばれた『あなた』ではなく『卓也』という名前を頭に響かせると、母親と父親の隣に記憶を並べた。

 そんなことが出来るので、まるでまだ仮想空間にいるような感覚だったが、それもすぐに消えてしまった。

 そして、レストのエンジンがけたまましい遠吠えを上げると、弾き出されたピンボールのように宇宙へ飛んでいったのだった。







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