第二十三話
卓也が自分の体を触ると、皮膚と皮膚が当たる柔らかな感触はなく、硬い合成金属が擦れ合う音が響いた。
腕と脚は二本で、それは面長の胴体に生えている。指はそれぞれ五本あり、顔は一つ。
まるで人間のような姿に、今まで卓也は違和感を覚えることはなかったのだ。
「やった! 人間だよ!」
卓也は舞い上がったが、すぐにAIに嗜められた。
「今自分で機械の体だって確かめたばかりでしょう……」
「でも、ヌルヌルもしてないし、触手も生えてない。これは人間と言っても過言じゃないいよ!」
卓也は細かいことは抜きにして抱き合おうと両手を広げたのだが、AIにはその細かいことが気になって仕方がなかった。
「地球ってどこかの銀河の奴隷惑星?」
「ちょっと……気分が盛り下がることを言わないでよ。そんな銀河で宇宙一セクシーな男が生まれると思う?」
「それなら過去の奴隷制度は?」
「それはあったけど……地球内での話だよ。それも大昔。この宇宙時代に、小さい惑星の中で争ってる暇があると思う?」
「なら、この体はどういうこと?」
AIは卓也の手を掴むと、胸元まで持っていって強く握った。
感触はないが、強く握られたのはわかる。この感触には覚えがあった。
だが、卓也はどうにも思い出せないままだ。
「二足歩行の宇宙生物はいっぱいいるだろう」
「そうね。でも、二足歩行の機械は珍しいのよ。なぜなら、二足歩行にする必要がないから。二足歩行のロボットが作られているということは、同じ二足歩行の知的生命体が代わりをさせるために作ったか、それを支配する知的生命体が頭数合わせに作ってるかのどちらかよ」
「そうなの?」
「そうなのって……。二足歩行のロボットが役立つ場面ってなに?」
「それはたくさんあるよ。知らない? 地球のマネキンは今やアイドルなんだよ。モデルよりアンドロイドを採用するファッションブランドもたくさんあるんだ」
「それをアンドロイドと呼ぶの? あなたの惑星では……」
AIに呆れられてると察知した卓也は、素早く手のひらを返した。
「そういう人もいるってだけ。僕が本気でそんなこと言うと思う?」
「思うわ。でも、そんなことはどうでもいいのよ。機械の体なら話は早いわ。どこかで充電しましょう。おそらく今は省電力モードよ。充電すれば、真っ暗な中でもよく見えるはず」
AIは一つの機械に手を触れると、手探りでコードを辿り、床のコンセントをなんとか探し当てた。
しばらく二人は無言で充電すると、体に力が巡ってくるのを感じた。
まるで血管が血を運ぶように、体に熱を感じるが、実際はただの排熱だ。ファンが悲鳴をあげて回り、起動の準備を始めている。
それから世界が明るくなったのはすぐのことだった。
カメラは暗視モードに入り、埃の繊維までしっかり見えている。
AIはカメラの調子を確かめるように、ゆっくり周囲を見渡した。
時代の遅れ機械と、少し時代遅れの機械。それに、最新なのかスクラップなのか見当がつかないものもある。
だが、ここでなにかが作られていたのは確かだ。
「君……AIさん?」
卓也は震える声で言った。
「そうよ。誰だと思ったの」
「アイさん」
「同じでしょう」
「違うよ。ラバドーラだ!」
卓也はAIに向かって人差し指を突き出した。真っ白なマネキンの姿は、ラバドーラが投影をしない状態のアンドロイドの姿そのものだったからだ。
それはAIだけではなく、卓也も同じだ。
コンベアに乗せられているのは、おそらく手足になる前の段階のもの。
ここは地球の犯罪組織が、違法アンドロイドを作成していた場所だった。
そう卓也が思ったのは、マネキン姿のAIの肩に見慣れた地球の文字があったからだ。
「ラバドーラ? それって、私そっくりのアイだかって人になれる人のこと?」
「人じゃなくてアンドロイド。それも真っ白で地球のマネキンみたいな見た目の……」
卓也はAIの肩を掴むと、真剣な表情で見つめた。
「今そんなことしてる場合?」と呆れたAIだったが、視線は目のカメラがある位置ではなく、肩に向けられているので、自分もそこへ目をやった。
そこに書かれているのは『ラブドール』という文字だ。
つまり性的介助に使われるロボットということになる。
「ラバドーラってここ出身なの?」
「私がわかると思う?」
「でも、そっくりだ。こんなの絶対におかしいよ」
卓也はこんなところで作られた時代遅れのアンドロイドが、宇宙犯罪組織まで作る高性能のアンドロイドになるとは思えなかった。
「それでも、どういう用途で作られたかはわかるでしょう?」
AIはシリコンに似た性質のスーツを見つけたので、それを卓也に見せた。
スーツを着せるのは、関節の繋ぎ目を隠して人間の肌に見せるためだ。
「信じられないよ……。つまりラバドーラとアイさんはここが出身で、AIさんもここでプログラミングされたってわけ?」
「他の可能性は考えられる?」
「だって、ラバドーラは幽閉されてたし、アイさんのデータがそこにあったのは偶然だ。そこへAIさんまで現れたんだぞ。こんなに偶然って重なるもの?」
「せっかく機械の体に入ってるんだから、もっと冷静に考えましょう。いい? ここは犯罪者が使っていた工場。それはわかるわね?」
「わかるよ。荷物にいろんな宇宙の文字があるのは、そういう取引をしたってことだもんね」
「そうね。次はあなたが捕まった時のことよ。監獄惑星にはどういう人がいた?」
「犯罪者?」
「そうね。ここで活動してた人と同じね。次は、監獄惑星にあったアイのデータね。そのデータはただのプロフィール?」
「ラバドーラが紛れ込んでたくらいだから、詳細なデータだろうね。だって、この僕が女の子だって疑わなかったんだよ?」
「それが何よりの証明になるってどうなのよ……。まぁ、いいわ。次ね。その詳細なデータは、VR空間へアップロードされたデータの可能性は?」
AIは全てアイという人物が仕組んだものであり、それに振り回されている可能性があると指摘したのだ。
「ちょっと待った! L型ポシタムには襲撃されたんだぞ。もしも、監獄惑星から逃げるために、自分の意識をデータ化してアップロードしていたなら、そんな危険なことさせないはずだ」
「それこそが脱獄の手段だったのかも。あなた達が起こした騒ぎで、それが出来なくなった。それが拗れて、こういう状況になっているんじゃないかしら」
「正直意味がわからない。アイさんは生きてるの? 死んでるの?」
AIは「死んでるわ」とはっきり伝えた。「生きていても体はない。おそらくVR世界と同化してしまったのね。長くいるとよく起こる現象よ。犯罪者が逃げ込んだ先はVR空間で、そこから動くことができずに、データの一部として生きていくの」
卓也は最初にVR空間に来た時のことを思い出していた。オブジェクトに同化するデータを目の当たりにした時のことだ。
確かに隠れるのにはもってこいの方法だが、問題はあの状態になってしまってからは元の自分には戻れないということだ。
「目的は?」
「逃げるためでしょうね。どうやら最低の女みたいね」
「そんなことないって。危機的状況なら一人で逃げるべきだよ」
「でも、自分だけ逃げる手段を用意していたのよ」
「ジョギングだって、水は自分で用意するだろう。自分の身は自分で守るべきだよ」
「あのねぇ……なぜこの女がここで働いていたかわかる?」
「そりゃもう」
卓也がしたエッチな妄想は、その声だけでAIにもどんな内容か伝わっていた。
「それだとしたら、相手はあなたじゃなくてもいいんだけど……それでいいの?」
「ダメ! 絶対ダメだ! ビックリしたよ……なに考えてるのさ」
「ビックリしたのは私よ……まったく」
AIは最後に笑った。
顔はマネキンのままで表情はない。だが、ずっと二人で一緒にいたので、卓也は声のトーンで感情を理解していた。様々な知的生命体にダウンロードし、様々な声やコミュニケーション法を試しからこそわかるのだ。
「でも、これで問題は解決だよ。僕達と一緒に地球に帰ればいいんだから」
「無理よ」
「犯罪なんてバレないって。バレても僕らと帰れば英雄。僕が一生かけて交渉するよ」
「そうじゃないのよ。ねぇ……男のくだらない夢ってなに?」
「夢? そうだな……女性にモテること? いや簡単だ。宇宙一の美女を抱くこと? それも簡単だ。バカな男はハーレムを目指すかも」
「いい具合にくだらないわね」
「だろう? 君の役に立つためなら、どんなことだって思いつくよ」
「それなら……女のくだらない夢ってなんだと思う?」
「簡単だよ。僕を欲しがることさ。こんなくだらないことってないよ。もう君のものなのに」
卓也はAIの頬に手を添えながら言ったが、AIは冷静なままだった。
どんどんと、心が離れていこうとしているのが卓也にはわかった。
「残念ね。不正解よ。正解は――永遠の若さ」
「確かにくだらない」と卓也は大きく頷いた。「僕はAIさんがおばあちゃんになっても愛したままだよ」
「そうでしょう。でも、若さに固執する時があるのよ。その時に永遠に若いままでいられる方法が、見つかったらどうすると思う?」
「試すに決まってる」
自信満々で言う卓也に、AIは排熱のため息をした。
「察しが悪いのか、気を遣ってくれてるのか……。いい? よく聞いて。まだ地球でVRが違法な時代。ここはVRの全盛期だったの」
ここで行われていたのは、ラブドール製作だけではなく、宇宙物質の取引も行われていた。
宇宙の技術を取り入れ、ただの性的介助のマネキンは急速にアンドロイドへと変わっていた。
地球では未確認ばかりの物質や技術が使われたアンドロイドは、高性能品として地球で大流行りした。
しかし、制御不能の事態が起き、地球の技術者が誰も修理出来ないという事態に陥り、銀河指名手配にかけられてしまった。
そうして監獄惑星に収監されてしまったのだが、その監獄惑星も一筋縄ではいかない。違法な監獄惑星だ。地球にデータを送ることもなく、卓也達のように強制労働させられていた。
過酷な労働環境に耐えきれず、仲間が次々死んでいく中。アイは自分の意識をデータ化して生きながらえようと考えた。
自分がプログラミングしたAIは全て紐付けされており、遠隔操作も出来る。つまりラバドーラが捕まった原因は、愛が自分の元へ呼び出したからだ。
この頃のアイは自分の作ったアンドロイドが犯罪組織を率いてるとは思いもしなかった。
一番近くにいるラブドールを呼び寄せて、それに意識をダウンロードしようとしていたのだ。
そして、それは成功の九割までいっていた。
ダウンロードが完了する前に、どうせなら若い体にと思ってしまったのだ。そうすれば永年に若いままだでいられると。
その時のラバドーラの体はボロボロであり、みすぼらしく見えてしまったのも影響していた。
そこで、残りのデータのダウンロードが完了する前に、意識と見た目の二つの情報を完全に分けたのだ。
「わかる? つまり、最後の最後に欲をかいたせいで、肉体を失ったバカな女がいるってことよ」
「永遠の若さってマネキンってこと。あぁ……ラバドーラの投影技術って、そう言うことにも使えるってことか」
卓也はなるほどと納得したのだが、AIは不満だとまた排熱のため息をした。
「他に気付くことはないの?」
「気付くこと……。ここは地球へのログがあるってことだ! 僕達帰れるよ!!」
卓也はAIを抱き抱えると、映画のワンシーンのようにぐるぐる回って見せた。
しかし、あることにい気付いてゆっくりAIを床に下ろした。
「AIさん? 記憶が……」
「そう。ここにいるのがバカな女よ」




