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惑星迷子  作者: ふん
Season6
147/223

第二十二話

 真っ暗な部屋。電気はついておらず、何も見えないはずなのに、卓也の目には部屋の様子がなんとなく見えていた。

 全体は見えないが、手の届く範囲ならなにがあるのかわかるくらい。

 ここは工場であり、卓也は大きなベルトコンベアの上に立っている。

 照明だけではなく施設全体に電気が通っている様子はないので、突然動いて怪我するということはなさそうだが、卓也はどうも違和感を覚えていた。

 それも一つではない。様々なものがゾワゾワと頭の内側でうごめく感覚。

 だが、それは脳から決して出て来ない。言葉や感情にされる前に、消滅させられているような感覚だった。

 深く考えることが出来ないのは「ほら、見て」と、AIが興奮して声を高くしているからだ。

 その感覚は、普段聞き慣れないAIの声を聞いたせいだと卓也は思っていた。

「なに? どれを見ればいい?」

「なにってここ全部よ。ここ! ここが私の生まれた場所よ!」

「よくわかるね? でも、ここは病院じゃなさそうだけど……。命が生まれる気配はなさそうだ……」

「ここで、私というAIが生まれたってことよ。プログラミングされた場所がここなの」

「それって! つまりAIさんがここにいるってこと!」

 卓也は興奮で叫んだが、すぐに思い直した。こんな閉鎖されたような工場に、人が住んでいるはずがない。

 埃は溜まったままであり、工場を荒らすようなネズミや虫といった小型の生命体もいない。

 それでも少しの可能性にかけて、二人は手分けして工場を見て回ることにした。

「本当は二人きりが良かったんだけど。そしたらさ、こんな場所でも素敵なデートになると思わない?」

 卓也が演劇でもするかのような大声で言うと、遠くから同じような大声が帰ってきた。

「こんな汚いところで服を脱がすつもりなの?」

「脱がさない方法ならいくらでもある。……じゃなくて、手分けする必要ってあった?」

「あなたも同意したでしょう。そのほうが早く生身の私に会えるからって」

「それは本心じゃなくて下心。素直なほうが印象がいいと思ったから」

「そうね。素直なほうがいいわ。引き続き見回って、何か発見したら大声をあげて」

 AIが言い終えると同時に、卓也は「あっ!」と声を上げた。

「どうしたの? なにか見つけた!?」

「君への愛が見つかったよ」

「真面目に……。落ちてるものでもいいから探しなさいよ……。この部屋から出られなくなるわよ」

 施設の電源が落ちているので、仮に自動ドアだった場合は結局ここがどこかわからないままだ。

 AIはここで自分が生まれたと断言しているが、あまりに証拠がない。この状況で何も疑わないのは卓也くらいのものだ。

「しっ――今の聞こえた?」と茶化す余裕があるほど何も考えていない。

「今度はなによ……」

「恋に落ちる音だよ」

「まだ床に着地してないみたいね。何も聞こえないわ」

「それは距離が離れているからだよ。近付いて抱き合えば、僕の胸から鼓動が聞こえるはず」

「運動不足じゃない?」

「どれだけVRの中で過ごしてると思ってるのさ。間違いなく運動不足だよ。この体の持ち主はそうでもないみたいだけど。すごいよ、歩こうと思ったら歩けるんだから」

 卓也は少し小走りになって、軽快な足音を響かせた。

「あなた……普段どうやって歩いてるのよ」

「そうじゃないんだ。歩こうと思ったら、もう歩いてる。間がないんだ。思ったらすぐ行動だ」

「普通そう言うものじゃないの?」

「違うよ……全然違う。男はおっぱいを揉むだろう?」

「もっと他の例えはないの……。いいけど……」

「男の手がおっぱいに触れるまでの間に、男は大きさと感触を想像する。でも、今のは想像する前に揉んでたんだ。これっておかしなことだろう?」

「そうね……今言ったことを一度文章にして、母親に見せた方がいいわよ。絶対に頭がおかしいと思われるから」

「それはどうだろう。ママは僕が大好きだからね」

「あなたってマザコンなの?」

「おっと……僕をマザコンだけの男だと思わないでくれよ。ファザコンでもあるんだから」

 卓也は自慢げに言うと、おそらく自分の倍以上はあるであろう荷物の壁を軽々とのぼった。

 未だに電気がつかないせいで、自分がどんな知的生命体にアップロードされたかわからないのだ。

 視線から判断するに中肉中背。地球人によくいるような体型だろうと思っていた。

 腕は二本で足も二本。手足の指は五本ずつ。慣れ親しんだ体とそっくりなので、体を動かすのはわけなかった。

「あなたって喋ってないと死んじゃうの?」

 AIは妙に元気な卓也に呆れつつも、繰り返しアップロードダウンロードをした影響もなく、元気そうで安心もしていた。

「この体の持ち主がそうなのかも。そうだ!」

「ダメよ。その体のせいにしてこっちに来たら」

「まだ言ってないのに……」

 卓也はため息を落とすと、黙って歩くことにした。

 工場の施設内は不思議だった。まるで戦争でも起きたかのように、ある日そのまま電源が落とされたようだ。

 しかし、見回ったところでどこにも損傷はない。壁も天井も埃だらけ。小型生物の足跡もなしだ。

 仕方なく集合場所へと戻った卓也だったが、すでにAIが先に戻ってきていた。

「こっちの収穫は文字よ。と言っても……」とAIはため息をついた。「あちこちの銀河言語があって、特定はできないわね……。ここが惑星かどうかも怪しわ……」

「そんなことってありえるの?」

「あなただって宇宙船からアクセスしてるじゃない」

 卓也はそうだったと自分の体の現実を思い出した。VRと現実を行き来したせいで、だんだん卓也の記憶もあやふやになってきたのだ。

「でも、こんな大型船に知的生命体が一人も乗ってなとかありえる?」

「犯罪組織の宇宙船ならありえるわ。急に逃げ出すことってあるでしょう」

「それって……排泄物に宇宙船が襲われたり?」

「そんなことありえるわけないでしょう……」

「だよね……」

 卓也はあの経験は鍵をかけてしまっておこうと心に決めた。

「それで? 言うことがあるでしょう」

「愛してるよ」

「……成果は?」

「子供が出来れば、それはある意味の成果とも言えるのかも知れない」

「なにも見つけられなかったのね」

「だってAIさんの顔もわからないような真っ暗な場所だよ。自分の足跡もわからないのに、なにか見つけられると思う?」

「私は見つけたわ」

「それはそっちにあっただけ。こっちにはなかったんだ」

「しょうがないわね……あなたに乗せられてる気がするわ……」

 AIは項垂れると、卓也と二人でもう一度様子を見に行くことした。



「本当になにもないのね……」

 AIは卓也が適当なことを言ってると思い、責めるために一緒に来たのだが、卓也の言う通りこっち側にはなにもなかった。

「ほら、言っただろう。キス一つだ」

「なに?」

「かけてただろう? 頬でいいよ」

 卓也が頬を差し出すと、AIの平手が飛んだ。

 それはじゃれるような軽いものだったのだが、金属でも叩いたかのような軽い音が響いた。

「あなた……頬になに入れてるわけ?」

「何かにぶつかったんだろう……」

 卓也はAIの手が荷物に当たり、その荷物が自分の頬に当たったのだと思っていた。

 それほど固い物がぶつかりあったような音だった。

「ここならなににぶつかっても不思議じゃないわ。こんなひどい道は初めてよ」

 AIは足にまとわりつくように置かれている荷物に苛立っていた。

 荷物に乗り上げては下り、下っては上がっていく。まるででたらめに作られた階段だ。

「僕は二回目。なんならエスコートしてあげるよ」

 卓也は二歩前に出ると手を差し出したのだが、AIが手を握ることはなかった。

「荷物の文字に気付かない人にされるエスコートは不安しかないわよ」

 AIはもっと顔を近づけて荷物を見てみなさいと、卓也の後頭部を押して荷物に近付けさせた。

 最初は真っ暗でなにも見えなかったが、徐々に闇に慣れてきたのかピントが合ってきた。このピントも不思議なもので、まるでカメラの調節のようにぼやけたり焦点があったりを繰り返すのだ。

 そして微調整されると、見たことのない銀河の文字が浮かび上がった。

「本当だ……僕も見つけた。これって運命だと思わない? AIさんも文字を見つけて、僕も文字を見つけたんだ。これってすごい確率だよ!」

「何かを探しにきてるんだから、荷物に書かれた文字を見つけるのは難しくないわよ」

「でも、僕だから一回目は見逃したんだぞ。これって、他の男との違いを見せつけたことになる?」

「とっくに見せつけてるわよ。もう……私までここがVRなのか現実なのかわからなくなってきちゃったわ……」

 今までならこんなことは絶対にありえなかったのに、すっかり卓也のペースに振り回されるのが普通になっていた。そのことにAIはもう慣れてしまい、不安に思う気持ちがなくなってしまっていた。

「もうそろそろ高い壁があるから気をつけて」

「あら、頼りになるのね」

「それ、今僕が一番聞きたい言葉。AIさんって本当にすごいね。僕が欲しいものを全部わかってるんだもん」

 皮肉にも負けずに喋っていた卓也だが、AIの声がするほうばかり見ていたせいで、荷物の壁に気付かずにぶつかって転んでしまった。

 荷物は大きな音を立てて、ドミノ倒しのように遠くまで連鎖して倒れていく音が響いている。

 舞い立つ埃の臭いが虚しく届くと、卓也は苦笑いを浮かべた。

「大丈夫よ、気にしないで」とAIが淡々と言う。

「本当……AIさんでよかったよ。これがルーカスとかデフォルトなら絶対文句言うもん」

「今のが文句よ。でも……通れるようになったし、悪くないのかも」

 AIは身軽にピョンと崩れた荷物の上に飛び乗った。

「ちょっと……どこ行ったのさ……。暗いのに上下の距離までわかんないよ」

「ここよ」とAIは声をかけた。

「聞き逃さないぞ! ここだ!」

 卓也はAIの声がする方にある荷物に飛び乗った。

 絶対に間違うはずがないのだが、なぜかそこにAIはいなかった。

「ちょっと……私のこと愛してるって言っておいて、その程度のわけ?」

「今度こそ間違いない!」

 卓也はまた声のする方へ飛び乗った。

 しかし、今度は下からAIの声が聞こえてきた。

「間違ったわね。地球の女性のことはよくわからないのだけれど……男性の間違いをいくつまで許せばいい?」

「許さなくていいよ。なぜなら――間違いじゃないから!」

 卓也は抱きつく勢いで荷物から飛び降りたのだが、その方角には誰も何もなく、床に体を打ち付けてしまった。

「許さなくていいのよね?」

 AIは楽しそうな笑いを暗闇に響かせた。

「でも、今のでわかった……君は移動してる」

「普通……もうちょっと早く気付くと思うけど」

「言い訳させてよ!」

「あら、色男さんは何て言い訳するのかしら?」

「このアップロード先の体だよ。匂いがしないから、性能がいまひとつなんだ……」

「そういえばそうね……」

 AIが匂いを確認しようと近付いてくると、その気配を察知して素早くAIに抱きついた。

「知ってた? 遥か昔地球人は狩りをしてたんだ。君を捕まえるのなんてわけがない」

「真面目な話よ。嗅覚がない知的生命体なのかしら……他に気付いたことはある?」

「君の抱き心地は最高ってこと以外にはないよ」

 AIを後ろから抱きしめている卓也は、うなじに顔を寄せて甘えた。

「ちょっと待って……あなた硬いわ」

「男はそういうものなんだよ。これは敬礼と一緒だ。男は女性の美しさに感服した時、手を立てる代わりに別なものを立てる」

「あなたの体のことよ……。まるで鉄よ」

「そう言われてみれば……」

 卓也はAIから離れると自分の体のあちこちを触って確かめた。

 そしてあることに気付いたのだった。

「ねぇ……AIさん」

「どうしたの?」

「こんな太い毛が体から生えてることってある?」

「太い毛?」

 AIが卓也の腰辺りに手を伸ばすと、冷たく柔らかいゴムのようなものがあった。

「これって……配線?」

「うそ!? 僕ら機械の体にアップロードされてるの!?」






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