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惑星迷子  作者: ふん
Season6
145/223

第二十話

「そんなに大事なことなの?」

 AIはVR空間をとぼとぼ歩く卓也に聞いた。

「大事だよ。宇宙一セクシーな男じゃなくなったってことは、このお尻も宇宙一セクシーなお尻じゃなくなったってことだ」

 卓也はお尻を向けると、ミツバチのようにお尻を振ってみせた。

「あら、可愛いお尻ね。でも、もっと頂点を増やしたほうがいいんじゃない?」

 AIは卓也のお尻に触れると、モデルの頂点を増やして、より丸みのあるお尻へと変えた。

「……ちょっとレディライク過ぎない? ヒップアップしたキュートなお尻っていうのが、僕の売りなんだけど」

「セクシーじゃなかったの?」

「AIさんには触って確かめる権利をあげちゃう」

 卓也とAIが仲を深めながら仮初の時間を過ごしている間。

「おかしいわね……」とジジが頭を悩ませていた。

「どうしたのですか?」

 デフォルトは淹れたてのお茶をサイドテーブルに置くと、ジジが眺めているモニターを覗き込んだが、特に異常は見当たらなかった。

 自分の知識不足かと思い、ジジにどこがおかしいのかと聞いてみるが、それはわからないという答えが返ってきた。

 ジジは異常がない事自体がおかしいと言っているのだ。

 卓也はラバドーラにウイルスを仕込まれてから、ネットワーク空間ではバグとして存在している。それなのに、どこからもバグとして検出されないのだ。

 VR空間でも、深層にアクセスすればするほど有識者が増えていくので、卓也の存在は弾かれる可能性が出てくるのだが、どこでもすんなりと入れてしまう。

 今回はダメ元で犯罪者が多く利用するVR空間を選んだのだが、それでも結果は同じだった。

 ここでは全員が身元を故意に隠し、アクセスを辿られないように工夫をこらしている。言わば卓也と同じようなユーザーが集まる場所だ。

 しかし、それでもそこを利用するためのデータというものが必要になる。金かコネか。どちらかは絶対に必要になるものだ。

 だが、警告もなければ了承もない。まるで元からあるオブジェクトのように、ユーザー全員が卓也を気にしないのだ。

 ジジが覚えた違和感はそれだった。

「そんなにレベルが低い集まりの空間じゃないんだけど……セキュリティがザル過ぎない? 普通は用心するものよ」

 デフォルトはモニターを見ながら「そうですね……」と一度は頷いたのだが「卓也さんが大人しくしているからじゃないですか? 女性の姿は見当たらないですし」と、静けさを保っている理由は女性関係のいざこざがないからだと思っていた。

「いくら女好きでも、そこまで変わる?」

 訝しんだジジが一つ目を細めると、ルーカスとラバドーラは力強く頷いて、デフォルトの意見に同調した。

「卓也さんの一番の問題は女性関係ですから……」デフォルトは自分の恥部を晒すかのように、視線を恥ずかしげに逸らして言った。「ですが、VR空間ということもあってか、制御できているようです。安心ですね」

 デフォルトはモニターで取引を完了させている卓也を見て、力強く頷いていた。

 まさかセキュリティーAIと組んでいるとは夢にも思っていない。

「まぁいいわ。とりあえず帰ってきて」

 ジジの言葉に遅れること一分。卓也から「なんで?」と返事がきた。

「なんでって……取引が終わったからよ。そのVR世界はいつまでもいるようなところじゃないわ」

「でも、いつも自由タイムがあるだろう」

 卓也はAIとのデートの時間がなくなってしまうと食い下がった。

「そこでなにをするって言うのよ……。そこは犯罪者も多いのよ。取引が終わったらすぐに帰るのが鉄則。早く帰ってきて」

 交渉の余地はないと、ジジは通信を遮断してしまったので、卓也は従うしかなかった。

 手近な相手にデータをダウンロードすると、すぐにアップロードし直してネットワーク空間に戻った。

 そこではAIがどうしようと困り顔を浮かべていた。

「いきなりどうしたんだろう」

 卓也は意味がわからないと肩をすくめた。

「何か勘付かれたのかもしれないわ……ここで帰らないのは不自然だもの。今日は帰りましょう」

「そんな……あと何回デート出来るのかもわからないんだぞ。絶対に君と一緒にいたい」

「困らせないで……ここでバレると、そのあと数回のデートも出来なくなるのよ」

「僕は一生ここにいたっていい。君と一緒なら、そこが僕の生きる場所だ。本気だよ」

 卓也はAIの手を力強く握った。

 しばらくAIからの返事はなかったが、急に真剣な顔で「わかったわ……」呟いたかと思うと、「今日帰って」と言った。

 困らせるのは本意ではないと、レストの仮装倉庫へ戻った卓也だったが、終始機嫌が悪かった。

「卓也さん……なにを怒っているのですか?」

 デフォルトはそろそろ機嫌を直してほしいと語りかけるが、卓也は断固として憤慨の態度を崩さなかった。

「なにを? なにをだって!? 僕に自由時間を与えなかったことをだよ!」

「あんなデジタルだけの空間でなにをするつもりだったんですか?」

 デフォルト達が見ていた世界は、線だけの世界だった。緑のマス目が永遠に続くようなVR空間で卓也がなにをするのか謎のままだ。

「なんだって出来る。とにかく……僕は怒っているんだから、気安く話しかけないで」

 卓也が背中を向けると、デフォルトは困ってしまった。女性関係以外で、卓也に冷たい態度を取られたのは初めてだからだ。それだけ本気で怒っているのがわかる。

 デフォルトがほとほと困り果てていると、ジジは「ほら、やっぱりおかしいでしょう」と口を挟んだ。

「言われたことをやってるのに、ちょっと自由も与えられないで怒るのがおかしいなら、僕は世界一の変人だ」

「自由時間はいつもあげてたじゃない。予測不可能なVR空間だもの。予定が急に変わることはあるわ。そう最初に説明したでしょう」

「僕はフェアじゃないって言ってるんだ。自由時間があればなにが出来たと思う?」

 卓也の怒りの言葉に、デフォルトとジジはなにを言っているんだろうと顔を見合わせた。

「あの……卓也さん? なにも出来ませんよ。そういう空間ですし、卓也さんの感覚も制限されていますから」

「それでも僕には必要な時間だったんだ!」

「そこまで言うなら……」と、ジジはあまりに卓也が怒るので、今いる仮装倉庫を先ほどまでいたVR空間そっくりに変えた。「これでどう?」

「最高だよ! ありがとね!」と声を荒らげる卓也は、もちろん皮肉で言っている。

 ここまでヘソを曲げられたのは初めてなので、デフォルトとジジは必死に機嫌を取った。

 どれだけ褒めても、甘い罠を仕掛けても、AIと離れることになった卓也の機嫌が良くなることはなかった。

 付き合っている最中は誠実な卓也の性格が仇となったのだ。どうしても、自分とAIを不幸にするデフォルト達を許す気になれなかった。



 デフォルトとジジが卓也に付きっきりになっている頃。

 ルーカスは意気揚々とした足取りで、ラバドーラの部屋へと向かっていた。

「さぁ、そろそろリベンジの時間だ。もちろん私ではなく、君がリベンジする立場だ。どうせ今回も負けるだろうがな!!」

 ルーカスが大口を叩いているのは、宇宙ゴミのサルベージ勝負のことだ。

 卓也がVR世界にいる間も、レストに残っている組はあちこちの惑星を移動して、データから引き出した金属を売ったり、足りなくなった部品を集めたりしていた。

 アームを使って宇宙ゴミを回収したり、倉庫に積み上げるのはルーカスの得意分野であり、ラバドーラに勝てる唯一の分野なので、ことあるごとに勝負をして勝者の優越感に浸っていたのだ。

 卓也が取引したデータを持ち帰ったことにより、そろそろ次のゴミ集めの時間だと張り切っているのだ。

 しかし、ラバドーラからの返事はない。

 勝負に負けるのが嫌で逃げたと思ったルーカスは、何度もドアを叩いてラバドーラを呼んだ。

 しかし、全く返事はない。ドアはロックされているので、部屋の中にラバドーラがいるのは間違いないのだが、返事どころかいる気配すらなかった。

 絶対にラバドーラを負かして悦に浸りたいルーカスは、ロックされているのら壊してでも開けてやろうと、工具を乱暴に使ってドアをこじ開けた。

「さぁ、もう逃げられんぞ!」と息巻いたルーカスだが、ラバドーラの姿はなかった。

 おかしいと思いながら部屋に入ったルーカスは、ぐるっと部屋を一周して再びドアの前に立った。

 電気をつけるのを忘れていたと、電源を入れるとラバドーラはすぐそばにいた。それも白いマネキンのような姿でだ。

 ルーカスはびっくりして思わず飛び上がるが、ラバドーラはなんの反応もしない。

 死んでいるように横たわっていた。

 よく見ると、体には線が刺さっており、見たことのない機械と繋がっていた。

 ラバドーラはこれは良い機会だと、レストに出来た仮想空間を利用して、自身のデータのバックアップを取っていたのだ。

 自分のデータを潜り込ませておくことにより、もしもの時はアップロードしたデータを利用して、別の機械で復活できる。

 要は卓也が秘密裏にやっているようなことを、ラバドーラも秘密裏でやっているのだ。

 卓也が戻ってくる時はいつも騒がしくなるので、そのチャンスを狙ってアップロード中だった。

 そこへ空気の読めないルーカスがやってきたというわけだ。

 ラバドーラがなにをやっているかなど、ルーカスには理解できるはずもなく、乱暴にコードを抜かれてしまった。

 コードが抜かれたことにより、スリープ状態だったラバドーラに電源が戻る。

 起きるなり、白い体のままルーカスに蹴りを入れた。

「機械のコードは急に抜くな。絶対にだ……」

 ルーカスが腹を蹴られた痛みに耐えながら立ち上がると、既にラバドーラはルイスの姿を投影し直していた。

 まるでルイスに負けたようで、ルーカスの顔色は悪くなっていた。

「どういうつもりかね……私は助けてやったんだぞ」

「違う。寝てるところを無理やり起こしたんだ。まったく……少しは頭を使え。コードが刺さっているのなら、何かをしているかくらいわかるだろう」

「ポンコツにわからんだろうが、地球の電化製品はコードレスが主体だ。時代遅れめ」

 秘密裏にやるにはコードで繋ぐことが大事だと説明したかったラバドーラだが、変ことを口走って自分のデータをアップロードしてたのがバレると面倒だと口をつぐんだ。

 ラバドーラは「……なんの用事だ」とルーカスを睨みつけた。

「勝負の時間だ。卓也が戻ってきたからな。また私の圧勝だぞ」

「勝たせてやってるんだ」

 ラバドーラは計算をすれば楽にルーカスに勝つことができるが、あえて計算はせずにルーカスにやらせていたのだ。そのほうが無駄なエネルギーを使わずに済むからだ。

 しかし、ルーカスはそんなことをされているとは思っていないので、ラバドーラの負け惜しみだと思っていた。

「勝負は結果が全てだ。現実が見えていない一つ目のところに行くぞ」

 半ば無理やりに連れてこられたラバドーラだったが、レストが発進することはなかった。

 なぜなら、モニターに映っているハズの卓也の姿がないからだ。

「帰ってきたんじゃないのか?」

 ラバドーラが聞くと、デフォルトがため息で返事した。

「また出ていきましたよ……。自由時間がないと、とにかくゴネてゴネて大変だったので」

 デフォルトは何度もため息をついた。それだけで卓也がどれだけ無茶を言ったのかを理解した。

「勝負は卓也が戻ってくるまでお預けか!? さては……負けるのが嫌でたぶらかしたな」

「いい加減腹が立ってきた。卓也が戻ってきたら、完敗という言葉を突きつけてやる」

 ラバドーラはルーカスを叩きのめして、でかい口を叩けなくしてやろうと思ったのだが、卓也が戻ってくることはなかった。

 行方不明になったのだ。

 なぜなら、卓也はAIとある行動に出たからだ。



「ほら、すぐに戻ってきただろう? 君と一緒にいたいのは嘘じゃない。本気なんだ」

 卓也はプロポーズでもするように、片膝をついてAIにかしづいた。

「そう……本気なのね。わかった。私も」

 AIの決意は明らかに卓也より固いものだったので、卓也は思わず「どういうこと?」と聞いた。

「前にあなたが言ってたでしょう。私のデータを元に、現実にいる私へ辿り着けないかって……。それをやってみましょう。あなたとならどうなっても構わないわ」

 卓也は「そんな……」と呟いた。

「わかってるわ。考える時間が必要よね。でも――」

 AIがそんな時間はないと言おうとした時だ。

 卓也は「そんなのもっと早く言ってよ」と手を握った。「それは僕の案なんだぞ。いつだって大歓迎だ」

 卓也の笑顔を見て、AIも同じく笑顔を浮かべた。

 そして、ネットワーク空間から卓也の存在が消えたのだった。






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