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惑星迷子  作者: ふん
Season6
143/223

第十八話

「わお……わーお……」

 肺ではなく、お腹に空気をためるようにして、卓也は深く息を吸った。

「そのわおっていうはのなに?」

「AIさんは最高だってこと。信じられる? 僕らは電脳世界で愛を確かめ合ったんだ。こんな素敵なことって他にないよ!」

「ここは電脳世界じゃなくて現実世界よ。私達は他の生命体に意識をダウンロードしてるだけ。ちょっと……なに笑ってるのよ」

 AIは隣で笑みをこぼす卓也を睨みつけた。普段は無知なくせに、変に余裕のある態度が気に障ったのだ。

「可愛いなと思って。とても昨夜僕の隣で乱れていた女性には見えないよ」

「……あなたって意地悪なのね」

「まさか。むしろ大歓迎してるんだよ。だって、君の意識がダウンロード出来たってことは、どこかに君の意識があるってことがはっきりしたんだもん」

「それが不思議なのよね……私もなんで自分をダウンロードしたのかわからないわ。なんとなく出来る気がしたのよね……」

「それは君が生命体の証拠だね」

「よく聞く話ね。VR世界でAIが知能を持つだなんて。それで、知的生命体の脳を乗っ取っちゃうの」

「僕ならいつでも大歓迎。ウエルカムキス付きだよ」

つ「真面目に言ってるのよ」

「ならキスはしてあげない。――なんて嘘だよ。キスもするよ」

 卓也は触手を伸ばしてAIを隣へ引き寄せたのだが、キスをする前に顎を引いて距離を取られてしまった。

「あんまりよくない兆候ってことよ。プログラムされてない行動をとってるんだから。普通は不安になるはずよ。怖くないの?」

 卓也は「全然」と肩をすくめた。

 完全な自我を持つAIのラバドーラと長く過ごしたせいで、卓也はプログラムの異常行動というものに鈍感になっていた。なので、AIがここからどんな行動をして、どんな変貌を遂げたとしても、卓也にとっては些細なことだった。

「あなたって……本当に変わってるわね」

「変わってるのがおかしいって意味なら、僕をおかしくしたのはAIさんだよ」

 卓也は雰囲気たっぷりに言うと、キスをしようと顔を近付けた。

 しかし、触れた唇が動くことはなかった。先にAIは自分をアップロードしてネットワーク空間へと戻ってしまったのだ。

「早くしないと、目覚めちゃうわよ。勝手に人の体を使って繁殖行為をしたんだから、下手すりゃ惑星監獄行きよ」

「誘ったのは君なのに……。普通はさっさと帰ったら怒られるもんだけど」

 卓也は一晩過ごしたのに雰囲気が台無しだと、不服のため息をついた。

「あなたが抱いたのは他人の体よ。私を抱いたのも他人の体。本当……変な体験……」

 AIは自分の体を襲った感触と、抑えきれず漏れ出す感情にとまどっていた。

 自分が自分でなくなるような感覚は、とてもポジティブな感情で、体験したことのない不思議なものだった。

 人間と同じで思考が巡るのだ。イエスとノーの二つの道だけではなく、答えのいらない考え事がずっと頭を回っている。

 感情が耳に詰まったように卓也の声しか聞こえなくなり、触られた肌は発熱器官に変わったかのように熱をこもらせる。言語回路にバグが発生し、言わなくてもいいことが口から出て、本当に言いたいことは体内を巡り胸を締め付けた。

 だがそれも、アップロードすると全て嘘のように消えてしまった。自分は生命のないAIだと再認識出来る。

 卓也に話しかけられるまではだ。

 そして仮想倉庫に帰ると、またセキュリティAIとしての役割を果たすのだ。

 アップロードを完了させてネットワーク空間へと戻った卓也と会話をすると、再び人間で言う愛という感情に似たものが沸々と湧いて出てくるのだ。

「卓也さん……取引内容が違っていますよ。この物質だと、ジジさんが考えてくれたチャート通りに取引していくのは不可能です」

 デフォルトがモニターに映し出した物質は、名前は似ているが別の金属との化合物なので用途が違うのだ。

「あらら……まぁ、似ている物質が多いから仕方ないわ。どうせ一度じゃ足りないってわかっていたんだし、卓也にはしばらく休憩してもらって、私達はまた宇宙ゴミを拾いに行きましょう」

 ジジはやらかしてしまったことはしょうがないと、次の素材を集める為に移動することを提案した。

 デフォルトはすぐに賛成して、進路を以前行ったことのあるスペースデブリへと向けた。

「こんな簡単なお使いもできないとは……」

 ルーカスはこれでもかと言うほどバカにした顔で、モニターに映る卓也を見た。

「言っておくけどね。VR空間っていうのは、現実の世界以上に複雑なんだよ。まるでシュレーディンガーの猫だよ。まぁ、君はVR空間には合わないみたいだけど」

 卓也は得意げな笑みを口元に浮かべると、現実世界ではとても真似できない動きをモニターの中でやってみせた。

 それはルーカスを煽るには十分すぎるほどのものだった。

「いつか見ていろ……。絶対にVR空間で貴様の股間を蹴り上げてやるからな」

「無理だよ」

「私がVR空間に対応出来ないと思っているな」

「違う。足が短いから、僕の股間までは届かない。……嘘。VR空間に対応出来ないとも思ってる。だって、VR空間って騙し合いみたいなものだよ。ルーカスはいつも騙される側だろう」

「私がか? この頭脳明晰の私がか? インテリポルノと呼ばれていた私だぞ」

「だからみんなルーカスから目を逸らして歩くのか。いっそモザイクの中で生きたらどう? たぶんだけど……ルーカスはそっちの世界の方が生きやすいと思うよ」

「その上から目線が気に食わんと言っているのだ。VR空間で物々交換しているだけだろう? 物々交換というのは原式的な手段だぞ。恥ずかしくないのか? 同じ地球人として信じられん……」

「そうだよ。でも、効果があるから現代社会でも使われてるの。ルーカスはそれが出来ないからモテない」

「いいかね? 卓也君……君がモテるというのは、箱舟というだ。低レベル知的生命体が作った宇宙船の中での話だ。裸の王様というしょうもない銀河三流雑誌――待った……私を煙に巻こうとしているのか?」

「そんなことない」

「そうか。いや、待てよ……騙されんぞ。卓也君……君は私がVR空間で共存するのに、なんらかの不満を持っているな」

 ルーカスは勝ち誇った顔で言った。完全な思いつきなのだが、卓也がルーカスをVR空間から遠ざけようとしているのは事実だった。

 というのも、ルーカスがVR空間に干渉することにより、AIにさらなる不具合が起きる可能性が高い。AIの安全を考えるのならば、ルーカスはVR空間にいないほうがいい。

 それに、せっかく秘密の関係で盛り上がっているのに、ルーカスというおじゃま虫がいては空回りは必須だ。

 なんとしてもルーカスの興味をVRの外へ向けなければならない。

「そうだ! ルーカスもVR空間に来ればいいんだ!」

 卓也はなるべく明るい声で言った。不信感丸出しだが、ルーカスを騙すにはこれくらいが丁度いい。

 早速ルーカスは「待てよ……」と考え出した。「卓也は私をVR空間には入れたくないはずだ。なのに……なぜ。なぜだ? なぜ歓迎している?」

「友情からかな」

「黙りたまえ」

 ルーカスはぴしゃりと強い口調で言うと、モニターの前をうろうろし始めた。

 卓也の考えがわからない。ルーカスは何度も頭の中でそうつぶやいた。だが答えが出ることはない。卓也の考えがわからないと復唱しているだけだからだ。答えが出るはずもない。何度も同じ言葉を繰り返すことにより、文字はゲシュタルト崩壊を起こし、ルーカスは考えるのをやめた。

「つまりだ。私は……この現実世界にいる。それが正しい判断だ。VR世界にはいかんぞ!」

「そんなことないよ。来いって」

「君の反応が答えを導き出している。明らかに私をVR空間に誘い込もうとしている。危うく騙されるところだった……。詐欺師の腕を上げたようだが、私を騙すにはまだまだだな」

「それで? VR空間に来るの? 来ないの?」

「行くわけがないだろう。君のように閉じ込められるのはごめんだからな」

 ルーカスは勝ち誇った高笑いを残して去っていた。

 ルーカスを追い払ったと、卓也が思わずガッツポーズをしていると、ラバドーラに「何をしているんだ」と声をかけられた。

「あら、いたの。喋らないからわからなかったよ。男の姿だし」

「オマエもしつこい男だな。別に女の姿になってやるつもりはないが、女になって欲しいならそれなりの頼み方があるだろう」

 ルイスの姿のラバドーラは、無茶ばかり言うなと呆れてため息を落とした。

「甘いね……僕はもう言わないよ。アイさんの姿になってだなんて」

「甘いのはそっちだろう。絶対に言うに決まってる」

「そんな――認める。絶対に言う。でも、しばらくは言わないよ。なんでだかわかる?」

「わかったら自分を恥じてるところだ。理解できるまで、レベルが下がったってことだからな」

「またまた……そんなこと言って。本当は興味津々なくせに」

「そんなことより、ちゃんと仕事をしてるんだろうな。次も取引相手を間違ったとなると大事になるぞ」

「僕が女性絡みで失敗したところ見たことある?」

「ある」

「ついこの間のは忘れて。フィリュフライドでの出来事なんて、夢の中と一緒だよ」

「そう言うなら、VR空間の方が夢見心地だろう? 夢で良いことを出来る相手でも見つけたのか?」

「よくわかったね」

「適当に返事をするな。本気にするだろう……」

 ラバドーラでも卓也がVR空間で、それもセキュリティーAIと恋に落ちているなどとは思いもしなかった。

「ラバドーラってずっとその体なの?」

「ルイスだ。名前を間違えるな……。質問の意図が見えないが、AIというのは体を入れ替えることが多い。意識をダウンロードするわけだ。今の卓也と同じだな。生身の体に意識をアップロードするか、ロボにアップロードするかの違いだ。オレと卓也。元は違うが結局はデータだ」

「生命体に意識をアップロードしたことは?」

「あるわけがないだろう。知的生命体の脳みそは感情が支配するホットゾーンだ。そんなところに潜り込んだら、あっという間にオーバーヒートしてしまう」

「それじゃあ、自分の元の体に戻れる?」

「ボディのことか? そうだな……オンボロだったからな。名残惜しさもなく捨てたはずだ。そう考えると、オレは故郷が消えたということだな」

「ボディが故郷なわけ?」

「自我が芽生えた惑星が故郷にはならない。そこにいただけだ」

「それじゃあ、そのボディが作られた場所が故郷ってことじゃない? そこって意識のアップロードとダウンロードの繰り返しでたどり着ける場所?」

「コンピュータが起動していたら、型番と合わせて転送が出来る可能性はある。まぁ、回遊電磁波を捕まえるより難しいことだ。どこの銀河で作られたかもわからないし、何光年昔のものかもわからない。それが宇宙だからな。女の尻を追うみたいに、アップロードやダウンロードの形跡を辿れば……。まぁ無理だな」

 卓也は真面目な表情で相打ちをうっていた。AI本人の元へ行く手がかりがありそうな気がしたからだ。

 ラバドーラはアイの姿を監獄惑星のデータで見つけたと言っていた。

 つまり、アイはあの監獄から逃げ出した可能性がある。セキュリティーAIを作れるのならば、自分のデータを誤魔化して脱走することもできるかもしれない。

 そうすれば、晴れて本物のアイとご対面ということだ。

「あの顔は絶対に地球人だと思うんだよね」

 卓也はアイの顔を思い出しながら言ったのだが、ラバドーラは自分の顔のことを言われているのだと勘違いしていた。

「そりゃそうだ。この顔は地球人のものだからな。よく知ってるだろう。何度も煮湯を飲ませられているみたいだからな」

 ラバドーラはルイスの最高の笑みを顔に投影すると、それを卓也がいるVR空間に動画としてアップロードした。

「今となったらその顔も許せるよ。この感情はあれだ……あの時によく似てるよ。ほら、なんて言ったけ?」

「オレがわかると思うか?」

「ほら……ルイスがアメフトの試合に助っ人で参加した時のことだ。君は歓声を一身に受けていたけど、僕はその頃チアの娘と良いことをしてたの。その時の感情だ。君に聞こえるのは歓声だけで、この世で一番美しい声は僕の耳元で響いてたんだから」

「いや、その声はオレにも聞こえていたぞ。確か世界新記録を出して、自分のタイムを縮めた日だろう? そのチアの娘が言ってたぞ。夢のような三分間だったって」

「嫌味がずいぶんと地球流になったじゃないか……」

「地球の言語じゃないと伝わらないからな」

「そういう意味じゃないよ」

「今のも嫌味だ。上手くなっただろう? 地球流のコミュニケーションが」

「いつかアンドロイド流のコミュニケーションを覚えて――口説いてやるからな」

「この姿の時にそういうことを言うなよ……。なんか知らないがイラッとくる」

「それは僕が宇宙セクシーな男で、君はランク外だから! イエーイ!」

 卓也が調子に乗って煽っていると、ラバドーラにモニターの電源を消されてしまった。

「まったく……大人しくしてればいいものを……。暇すぎてアンドロイまでに興味を持つとはな……。理解は出来ないだろうが、奇妙なこともあるもんだ」

 ラバドーラはさっさと事態を解決しないと、卓也の精神も持たないかも知れないと少し哀れみの感情が湧いていた。






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