第十一話
「見て……ゴルダン星人みたいで可愛いわ」
ジジはカビの生えたぼた餅のような物体を見ると、頬を緩めてほうっと息を吐いた。
「僕は屈辱だ。なんだよこの体……。ずんぐりむっくりで、手足なんか虫みたいに短いんだぞ!」
卓也の声はピッチを変えたように甲高くなっていた。
現在卓也は隔離された空間にいて、レストのモニターに映し出されていた。
そこでジジは卓也の姿を好き勝手に変えて遊んでいるのだ。
「一応テストなのよ。あなたは今ウイルスなんだから。こっちで制御出来ないと、色々と危険でしょう?」
「それならもっとカッコよくしてよ。つまり元の僕に戻してってこと」
「ごめんなさい。ついね」
ジジはモデルデータを読み込み直して、元の卓也の姿へと戻した。
しかし、卓也はまだ不服な表情を浮かべていた。腕を伸ばして、手の甲や手のひらを何度も確かめたり、犬が自分の尻尾を追いかけるように、自分のお尻を見ようとその場でグルグル回ったり、ジャンプを繰り返したりすると、やがてため息を落とした。
「これ本当に僕? 僕ってこんなに小さかった?」
「ええ、卓也そのものよ。私が間違えると思う? そうだ。裸の王様に記載されてたあなたのプロフィール。間違ってたわよ。五センチ高くなってたわ」
「……僕の体が間違ってるだけ。そっちのプロフィールが正解なの。とにかく、もっと足を伸ばしてみてよ。テストなんでしょう。色々やってみるべきだ」
「まぁ……いいけどね」
ジジがモデルデータを編集して足を長く伸ばすと、モニター内の卓也は小躍りして喜んだ。
「これだよ! これ! これでこそ僕。ミスターパーフェクトだ!」
「そうかしら? 小さい方がキュートでいいのに……」
「君も男ならわかるだろう? 男は女よりも大きさにこだわるものなの」
「それって態度の大きさも関わるものなの?」
ジジは後ろでふんぞり返って椅子に座っているルーカスにも聞こえるように言った。
「なにか言ったかね?」
ルーカスは偉そうな態度のまま聞いた。
「いいえ、聞こえてないならいいわ」
「私の態度はでかいと言っただろう」
「聞こえてるんじゃない……。器は小さいのね」
ジジのため息に、ルーカスはふんと鼻を鳴らして割って入った。
「見くびるな、ひとつ目。私の器は大きすぎるくらいだ。大きすぎて、君も私の器の上に足を下ろしているようなものだ」
ルーカスが得意げな笑みを浮かべて言うと、突然ジジは椅子に座ったまま足踏みを始めた。
「……なにをしているのだね」
「器を割ろうと思ったのよ。うるさいから。なんなら頭をかち割ってもいいけど?」
「私はこの状況をもっと有意義に使うべきだと言っているのだ。きせかえ人形ではなくな」
ルーカスは卓也が次々とジジに着せ替えられている画面を見て、呆れた趣味だと肩をすくめた。
「いいじゃない。あなたと違って卓也はなんでも似合うのよ」
「私はもっとやるべきことがあると言っているのだ」
ルーカスはジジを押し退けてモニターの前へ陣取ると、卓也の足元にボックス状のオブジェクトを作った。
卓也は急に足元が狭くなる感覚に襲われ「おっと……」とバランスを取った。「危ないじゃないか! いきなりなにをするんだよ!」
「なにとはゲームだ。古き良き日本のゲーム。横スクロールアクションだ。存分に楽しみたまえ」
ルーカスはボックスを長く伸ばすと、卓也に歩くように指示をした。
なにをバカな事を思った卓也だったが、困ったことに勝手に足が動き始めたのだった。
「ちょっと! なんだよこれ!」
ダッシュしてジャンプ。普段じゃ絶対できないようなアクロバット。
卓也はアスレチックのような難解のコースを、自分の意思ではなく楽々とこなしていく。まるでオリンピック選手になったかのようだ。
その爽快さから卓也はだんだん調子に乗ってきたのだが、急にそこの見えない穴に落ちていったので絶叫した。
「くそ……嫌なとこにある穴だ」
ルーカスは落ちてく卓也を見て、唾を吐くような舌打ちを響かせた。
「あなた……これ自分で作ったコースじゃない。自分に負けるなんて、どういう脳みそしてるのよ……」
「私はいつも私の想像を超えていくのだ。文句があるなら君がやってみたまえ」
「いいわよ、こんなの簡単よ」
ジジがボタンを押すと、卓也は元の位置に戻った。
「一生落ち続けるかと思った……」
卓也はまだ床に足がついてる感覚がなく、歩いてもいないのにその場でフラついていた。
「大丈夫よ。私はヘマをしないわ」
卓也は「もう無理! おしっこ漏らしちゃう!」と拒否するが、ジジはルーカスに負けていられないと、卓也を操作して難解なコースを進めていった。
その間卓也はずっと「落ちませんように……落ちませんように……」と呟いていた。
結果落ちることなく、ルーカスが作ったコースの終わりまで辿り着いた。
「ほらね。私は楽勝よ。私が卓也を落とすわけないでしょう」
「僕は動かすのもやめてほしい……このままじゃ死んじゃうよ」
「大丈夫よ。その中ではどうしたって死なないから。ほら、卓也が好きな海よ。機嫌を直して」
ジジは海岸のデータを読み込むが、卓也は不服の表情で腰に手をついていた。
「なにが海だよ。気温もない、風もない、匂いもないんだぞ。そしてこれが一番重要。水着の女の子もいない。どう楽しめって言うんだよ」
「五感のデータって容量を使うのよね……女の子を増やすならすぐだけど」
「なにを聞いてたんだよ! それでいいに決まってるじゃないか!! さぁ、早く! 頼んだよ!」
卓也がワクワクしていると、すぐに隣に女性がやってきた。
しかし、声をかけるが反応はない。そういうこともあるさと、気を取り直し別の女性に話しかけるがまたも反応はない。何度も繰り返し、誰も動いてないことに気付くと「ジジ!」と怒鳴ったのだった。
「それが精一杯よ。一応簡単な動きならすぐに読み込めるけど……余計悲しくなるだけよ」
「なにがVRだよ……こんなの最悪!」
一度良い思いをしただけに、こんな仕打ちは耐えられないと卓也は不機嫌になってしまった。
だが、ルーカスにエモーション機能を使われ、嫌でも笑顔を浮かべるしかなかった。
「これは最高だな。もっと早くこうしていればよかった」
ルーカスは卓也をいいように操れると満足な笑みを浮かべて、あれこれと様々な機能を試し始めた。
二人が卓也で遊んでいる頃。デフォルトとラバドーラは秘密の会議を開いていた。
「やっぱり心配ですよ……」
デフォルトが頭を悩ませているのは、卓也にまとわりつく不具合だ。いくらウイルスでバグを引き起こす存在だとしても、データが寝たりするのはおかしい。それに、まだどうやって勝手に移動したのかも解決していないのだ。
「オレも同じ気持ちだ。だけどな……今卓也をこっちに戻す方が危険だ。それはわかるだろう?」
「ですが……もっと安全なことから始めるのはどうでしょうか?」
「まぁ、それも一つの手だ。間違ってはいない。だけどよ、あそこに閉じ込めて置いたからって、それが安全だという保証はどこにもないんだぞ。それにウイルスだと、気付いた誰かが元に戻してくれる可能性の方が高い。深層空間にいるのはそう奴らばかりだ。むしろ、ウイルス化の解除に躍起になる可能性がある。そうすれば卓也は元通りだ。こっちの世界に戻ってこられる。まぁ……無理に引き戻す必要もないがな」
ラバドーラはニカっと笑って冗談だと安心させると、デフォルトの後頭部を軽くペチンと叩いた。
「そうです……ね。自分達もこれから売るためのものを取引するために、異星人交流を重ねていくので、卓也さんがいない方がいいかも知れませんね。女性と問題を起こされては困りますから」
「そういうことだ」
ラバドーラがもう一度笑うと、デフォルトも笑みを浮かべた。
「ところで……深層空間でなにを売るつもりなのですか? 売れるものがあるなら、取引中に売ってしまった方が手っ取り早いと思うのですが……」
デフォルトはゴミを売るのに、いちいちVR空間を利用するのは手間だと感じていた。当初の予定通り、宇宙技術に乏しい惑星に売りにいくのが安全だと思っていたからだ。
「まぁ……色々だな」とラバドーラは濁した。
それで、デフォルトは違法なものを売る計画だと察知した。
「自分は犯罪には手を貸せませんよ」
「いいか? 犯罪者は向こうだ。オレ達はなにも知らずに売る。向こうが買う理由を言う必要もなければ、こっちも聞く必要はないだろう? 買い物をする時に、店で食事のメニューを伝えるか?」
「それはそうですが……。悪いことには変わりないですよね?」
「そうでもない。別に兵器を売ろうって言うわけじゃない。物質を売るんだ。鉄が入らない惑星に鉄を売る。奴らはそれで兵器を作るかもしれないが、家を作るかもしれない。頑丈な家が作られれば、暮らしは豊かになる。それが悪いことか?」
「惑星間干渉法に反しています。銀河で作られない物質というのは、それなりの理由があるんですよ。それが0・1グラムだとしても、銀河全体に影響が出る可能性は否定できません」
「だからVR空間が使われている。宇宙船で運んでれば問題が起きるかもしれないが、VR空間ならダウンロードするまで安心だ。それはオレ達にも言える。レストを改造するための材料が手に入っても、それが本当に適した材料かわからないだろう? VR空間で一度試してからダウンロードすれば、デフォルトの大好きな安全だ。迷子惑星のように、レストがあてもなく彷徨うこともなくなる」
それでもデフォルトは「ですが……」と食い下がった。
「わかった。言い方を変えよう。これは正義のためだ」
「この状況では、さすがに騙されませんよ……」
「本当のことだ。なぜ違法性のある物質を欲しがるか。手に入らないからだ。手に入らないということは、資源に乏しい惑星か、どこかの管理下にある支配惑星の可能性もある。それは、惑星を転々として売り捌くのと何か変わるのか?」
まだ納得していないデフォルトに、ラバドーラは「それに生命体の売買はされない。そんな技術はどこにもないからな。意識をアップロードするので精一杯だ」と安心させるように言った。「まぁ……それでも心配なら、卓也にカメラ機能でもつけるんだな」
「そうですね……卓也さんの目に映った情報を共有できれば、何かあった時にこちらでも対処できますから」
デフォルトはどうやって説得しようかと、モニター内の卓也に話に行ったのだが、返事はあっさりオッケーだった。
「むしろ望むところだよ。それって録画も出来るんだろう? VR世界の美女を記録出来るんだ。僕が断る理由ってあると思う?」
「冷静に考えていただければ、たくさんあると思うのですが……。とにかく賛成ならよかったです。これで安全の確保がしやすくなりますから」
「むしろここの方が危険だよ。あっちの世界では自由だったからね。なんとかしてよ……デフォルト……」
卓也は着せ替えさせられるのは諦めて、ジジのなすがままになっていた。
「ですが、姿を変えられるのなら、変えた方がよろしいと思いますよ。何かあったときに、すぐ本人照合されると厄介ですよ。地球に戻って アクセスしようにも、今回のことでアクセス禁止になっているかもしれませんよ」
「大変だ! ジジ! 今すぐ僕の姿を変えて!」
「ええ、もちろんよ」
ジジは卓也はピチピチパンツの下着姿に変えると、熱っぽいため息をついた。
「服装じゃなくて、姿そのものを変えてってこと! あと……僕は絶対もっともっこりするハズだ。これは侮辱と受け取ったからね」
「地球人は大きさにこだわりすぎよ。小さいのも可愛いのに」
「それって背のことだよね?」
「どっちも同じよ。私は小さい卓也が好きだもの」
「男の君に言われると侮辱にしか聞こえないよ。それも立派なものを持ってるんだから、なおさらだ」
卓也はジジの股間にぶら下げているモノの大きさを思い出すと、嫌悪に顔を歪めた。
「そうだ! これよ! とても良い案が思い浮かんだわ!」
ジジは手を鳴らすと、ひとつ目をニコニコと細めて卓也の容姿を変更した。
その姿とは女性になった卓也の姿だった。
「これのどこが良い案なんだよ……。良いのは僕の顔と体だけだ。これじゃあ……女の子と良いこと出来ないじゃん」
「男に口説かれ慣れたら、私の性別問題も解決するんじゃないかと思って、卓也にとっては荒療治かもしれないけど、素性も隠せて悪くない案だと思うわよ。ね? 卓美ちゃん」
ジジは下着まで可愛くすると、満足げににっこり微笑んだのだった。
「これがジジの女性趣味だとしたら最悪だよ……」
「知ってるわ。私の女性趣味が最悪なの。だから男が好きなのよ」
「とにかく納得いかない! 僕がはくならセクシーパンティーだ! そこだけは絶対に直してもらうぞ」
卓也が真剣な表情で言うと、ジジは元の姿へと戻した。
「いくら好きな男でも、下着について熱く語る姿は見たくないものね……」




