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惑星迷子  作者: ふん
Season6
135/223

第十話

「どこよ……どこに行ったの? お願い……良い子だから出てきて」

 ジジはVR空間を3Dでワイヤーフレーム化して、卓也がどこかに隠れていないか探しているのだが、複雑なオブジェクトの隙間にも卓也の姿はない。

 データごとどこかに消えてしまったと考えるのが普通だが、問題はどこへ消えたかだ。

 VR世界というのはデータの世界だ。どうしたって痕跡が残るもの。しかし、卓也の足取りはつかめなかった。

「ルイスさん……本当にそれだけなのですか?」

 デフォルトはラバドーラが作ったコンピューターウイルスの解析を終えたのだが、モデルデータを強制的に変更する以外のプログラムは見つからなかった。

「オレが作ったんだ。情報を間違えるはずがない。ルーカスとは違うんだぞ」

 言いながらもラバドーラは焦っていた。ルーカスや卓也が相手ならともかく、VR空間という技術が物を言わせる場所で、自分がミスを犯したとなったら、高性能アンドロイドなどという肩書きは鼻で笑われてしまう。L型ポシタムという過去の栄光ごと地に落ちるということだ。

「よくそんな事が言えたわね。知識も技術もないなら、VR空間に干渉しないのが普通でしょう」

 ジジに睨みつけられたラバドーラは反論しようとしたのだが、今はルイスという男の姿を投影している。自分が高性能アンドロイドで、どれだけの技術が集約されて作られた体なのか説明しようにも出来なかった。

「ですが、ルイスさんはとても頭が良い方なのですよ。今回はなにか別の力が働いたのかも知れません」

 そうデフォルトにかばわれて、ラバドーラは惨めな気持ちになった。デフォルトが気に入っているルイスの姿でなければ、もっと責められていたのがまるわかりだからだ。

「そりゃそうでしょうよ。閉鎖空間じゃなくて自由空間よ。他にもプログラムを書き換えようとしてる奴らなんて山ほどいるの。それもリアルタイムでね。ちゃんとそれを計算に入れてウイルスを作ったの?」

「考えて作ったに決まっているだろう。どんな些細なプログラムだって手を抜かない」

「手を抜かない代わりに頭が抜けてるのよ。卓也になにかあったら許さないわよ」

 ジジが心配で一つ目に涙をためている頃。卓也は天にも昇る心地でベッドに横たわっていた。

「わお……凄い……。まるで百人の女性といっぺんに愛し合ったみたいだ」

「大げさよ。少し設定をいじって、お互いの触れる肌面積を広くしただけ。みんなやってることよ。ドラッグより安全だって」

 お腹で大きく深呼吸をする卓也と違い、双子の女性は慣れた素振りで飲み物を注文していた。

「本当に安全なの? 体が凄い重いんだけど……背中がベッドに溶けていくみたいだ」

「もしかしてVR空間で女性と寝るのは初めて?」

「そう、君が僕の初めてを奪ったんだ。でも、ちゃんとバイブルを読んで勉強してたから、悪くはなかっただろう?」

「そうね。初めてなら及第点よ。体が重いのは、きっと脳の処理が追いついてないのよ。そのうち治るわ」

 女性はドリンクサービスを利用しダウンロードしたコップを持つと、卓也に手を振ってホテルの部屋を出ていった。

「なんでもっと早くここへ来なかったんだろう。人生の九割は損してたよ」

 卓也はベッドで女性の残り香を抱きしめるように毛布を引き寄せると、心地よい疲労をそのままに眠りについた。

 目覚めたらもっと楽しいことが出来ると信じて疑わなかったが、卓也が再び目を開けた時に広がっていたのは何もない荒野だった。

「ちょっとカスタマーさん。オブジェクトが消えちゃってるよ。こんなの星一つ付けちゃうけどいいの?」

 卓也は歩き回りながら、女の子がいる場所に帰してと大声で叫んでいると、それはとある信号となってレストまで届いていた。



「ウイルスが検知された?」

 ラバドーラは驚いた。こんな宇宙船に誰がウイルスを送り込んでくるのだろうと。

「卓也さんを探してるうちに、VR空間のなにかを拾ったのでしょうか? 不正アクセスされる前に、削除したほうがいいですね」

 デフォルトは躊躇うことなくウイルスを駆除したのだが、すぐにまたウイルス検知の警告が入った。

「なんだこれは……なにが目的のウイルスなのかさっぱりだ……」

 なにをするわけでもなく、ただ主張を繰り返すウイルス。こんな挙動はおかしいと、ラバドーラはあえてウイルスを起動してみることにした。

 その瞬間。レストのあらゆるスピーカーから「女の子はどこだ!」という卓也の声が響き渡ったのだ。

「卓也さん!?」デフォルトはマイクに向かって「どこにいるんですか!」と訪ねた。

「デフォルト? やっと繋がったよ……早くカスタマーセンターに問い合わせて文句を言ってよ。ここのサービスは最悪だって。女の子はおろか男もいないんだよ。周りは荒野。月だってまだ建築物があるよ」

「勝手に消えたから心配していたんですよ。どこにいるんですか?」

「どこって……南国のリゾートにいたかと思ったら、急に何もない場所に飛ばされたんだよ。出来るならリゾートに戻して。あそこは楽園なんだ。ホットだよ。もう……超ホット……」

 卓也がどんなに素晴らしい体験をしたかと話している間。

 ジジは深刻な顔で「まずいわね……」と呟いた。それは卓也には聞こえないような小さな声だった。

 デフォルトもマイクに声が乗らないように気をつけて「どういうことですか?」と聞いた。

「穴に落ちたのよ。現実世界で言うところのワームホール。VR空間で言うならバグったってこと」

「それは危険ということですか?」

「そうね……。このまま卓也の意識を脳にダウンロードしてしまうと、バグもついてくるってこと。それがどういうことかわかるでしょう?」

「元々がアッパラパーなんだぞ。脳みそがバグったところで、今の卓也となにか変わるのかね?」

 ルーカスがマイクでも拾えるような大きな声で言うので、それは卓也にも聞こえてしまっていた。

「僕の脳みそがバグっただって!? ……それって、男を好きになれるってこと? それなら現実世界に戻ってジジを抱けるじゃん! やったね。今日の僕はとことんツイてるよ! ツイてる君と相性バッチリ」

「残念ながら違うわ。聞こえちゃったなら言うけど、自我が崩壊するってことよ。良くて植物人間ね」

「うそ……じゃあ僕はこのままVR空間の住人になっちゃうってこと? それなら絶対あのリゾートに戻して……」

「無理よ。今はあなたがウイルスそのものになっちゃったのよ。どっかのバカ二人のせいでね」

 ジジはルーカスとラバドーラを睨んだ。

 ウイルスになってしまったということは、卓也というデータで認識されなくなってしまったということだ。元の体に戻すには、まずウイルス化をどうにかしなければならない。

 ルーカスは「待ちたまえ」とジジの睨みを笑みで返した。「これは好都合だぞ」

「あなたがモテないからってね……卓也を消してもどうにもならないわよ。アナタがモテるようになるには、一体どれだけの生命を消せばいいと思ってるの? 知的生命体を根絶やしにする気?」

「私がブーブー文句だけを言う豚にモテたいとでも思っているのか? 私が言っているのは、ウイルスならば楽に金儲けが出来るということだ。金持ちの宇宙船をハッキングし、身代金を要求すればいい」

 ルーカスのとんでもない思いつきに、デフォルトは「ルーカス様……。フィリュグライドでのことはいい加減忘れてください」と呆れた。

 しかし、ラバドーラとジジは「それだ!」と声を合わせた。

「そうよ、今の卓也はウイルス。それも自我を持った高性能のウイルス。それなら手順を踏めば、割りと安全に深層空間まで行けるわ」

「今いるバグの空間を利用すれば、物質のアップロードも実質無制限だ」

「バグ空間に巨大倉庫を作るってことね。その為には、卓也のいるバグ空間をこっちに繋げないと……」

「ウイルスをインストールしてしまえばいい。それで、まずウイルスとの繋がりを作るんだ」

「それじゃあ、ウイルスを隔離できる空間が必要ね。これから更に脅威になるウイルスにプログラミングし直すんだから、宇宙船のシステムを使うのは危険よ」

「それはこっちに任せてもらおう。信じてもらえるなら、それに応える自信はある」

「ふーん……ならお手並み拝見ね。なら私は自分の宇宙船のアップロードシステムを再構築してくるわ」

 ラバドーラとジジはお互いを挑戦的に見合うと、ニッと笑顔を浮かべてそれぞれ自分の仕事をしに行った。

「ちょっと! 僕を放っておいって、なに意気投合してるのさ! 声しか聞こえないけど良い雰囲気だったぞ!」

「お二人とも、卓也さんのことを考えて行動してくれているんですよ。自分もなにか出来ることを探すつもりです」

「悪い虫をどうにかして!」

 卓也はジジをラバドーラに、それもルイスの姿を投影した状態で取られたくないと断固講義した。

「何を言っている。バグは君の方だ」ルーカスは鼻で笑うと、マイクの前にどっしりと座り込んだ。「それで、どんな気分かね?」

「どんな気分だって? ……実は最高なんだ。聞いてよ。まるで、体全体が性感帯なんだ。こんな体験初めてだよ! 初めてといえば、僕は今日……人生で二回目の童貞を捨てたんだ。これも最高の気分だよ!」

「私はカプセルの中で寝たきりは惨めじゃないのかと聞いているのだ。卓也君……君の体はこっちにあるんだぞ。それもポンコツアンドロイドが作った安物カプセルだ」

「お礼を言っておいてよ。ラバドーラが作ったカプセルとウイルスのお陰で、僕は最高の体験をしてるってね」

「全く理解できん……。現実世界で成り上がってこそだ」

 ルーカスは寂しい男だと鼻で笑った。

「そんなことより、お体は大丈夫ですか? こんなに長時間VR空間にいるのは初めてです。脳疲労があるはずですが」

「あー……なんかそんな事言われたね。でも、寝たらすっきり」

「寝た? 寝たんですか?」

「そうだよ。ぐっすり寝た。起きたら荒野だ。待てよ……もしかして……もう一回寝たら、また別の場所へ移動できる?」

「無理ですよ。そもそも寝るという行為は出来ないはずです」

「そんなことないよ。僕は間違いなく双子と寝たんだから。ははーん……デフォルトもスケベなんだから。仕方ない許すよ。僕の記憶を覗いてみなよ。間違いなく女性と寝てるから」

「睡眠の話ですよ。もう既に、卓也さんは睡眠状態なんですよ。現実世界のカプセルの中で。そちらの世界ではただのデータです。寝るなんてことは必要がないのです」

「デフォルトの言う通りだ……」卓也は思い当たることがあった。「絶対に疲れさせたはずなのに……あの女の子は元気だった」

「卓也さん……」

 デフォルトは真面目に話を聞いてくださいと言うと、卓也は大真面目だと返した。

「現実世界なら男はすぐ寝たいよ。でも、VR空間だぞ。それなら、男はすぐ次の獲物を狙いに行くはずだ。寝る必要がないなら、疲れる必要もないからね。でも、僕は寝た。それがおかしいってことだろう?」

「そう……です……ね……。あまり同意したくない言い方ですが……。つまり、誰かが故意にスリープ状態にした可能性があるということですか?」

「なんの為にさ」

「それは……わかりませんが……」

 デフォルトはデータが睡眠を取る意味を考えてみたが、何一つ有用な答えに行き着くことはなかった。

「まぁ、とにかく心配しなくていいよ。僕は元気なんだから」と言うと、急に卓也はため息をついた。「今のところはね……」

「どうしました!?」

「わかるだろう? 女の子がいない空間にずっといたら僕がどうなるか。女の子のデータを作って、こっちにアップロードとか出来ないの?」

「出来ると思いますが……出来るのはガワだけですよ。中身は自分かルーカス様になります」

「それって最悪……」

 卓也はやっていられないとため息を落とした。

「それにしても……意外に平気なんですね。VR空間における脳疲労の認識を改めないといけなかもしれません」

「それは簡単だ」とルーカスは教授するように人差し指を立てた。「女と寝ることしか考えない男だぞ。下半身に従って生きているのだから、脳疲労など起こらん。バカほど生きやすい世界なのだ」

 デフォルトは思わずルーカスの顔をまじまじと見つめてしまったが、その視線の意味にルーカスが気付くことはなかった。

 しかし、デフォルトはルーカスに呆れるばかりではない。納得できる部分もあった。

 卓也は女性のことによく頭を悩ませるが、一度関係が切れると名前も忘れてしまうほど薄情な男だ。ラバドーラ風に言うならば、常に容量の空きを作っているということになる。

 他に真剣に考えることはないので、VR空間に上手いこと適応できている可能性が高いということだ。

 もし、それが正しければ、考えすぎる傾向にあるデフォルトは適応できないし、ラバドーラもすぐに記録容量がいっぱいになってしまうだろう。

「VR空間に行ったのが、卓也さんで正解だったみたいですね」

 デフォルトは被害が最小限で済みそうだと言う意味で言ったのだが、ルーカスにはそう聞こえなかった。

「待ちたまえ。デフォルト君……君まで卓也を特別扱いするのかね? それでは一つ目女と一緒ではないか。VR空間に行くなんて容易だ。私にだって出来る」

「そうですね。それはそうだと思います」

 デフォルトはルーカスも頭が空っぽなので、VR空間でも影響は少ないだろうという意味で言ったのだが、それもルーカスには正しく伝わらなかった。

「タコランパめ、私をナメおって……。できんと思っているな」と、小さく復讐に燃えていた。






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