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惑星迷子  作者: ふん
Season6
134/223

第九話

「やぁ、また会ったね」

 VR空間の中。卓也は再びトカゲの女性に会いに来ていた。

「会ったんじゃないわ。ずっとここにいるのよ。まだしばらくは家族も会いにくるから、他の空間にもなかなか行けないのよね。まぁ……その頃になったら、私のデータもどうなっているかわからないけど」

 データの保管にも維持費がかかるので、この世界での命もあとわずかだと女性は笑った。

「それってどうにか出来ないの?」

「どうにかって」

「データをこっちのVR世界に移動させちゃうとか。だって、VR空間にはそういう人たちもいっぱいいるだろう? 聞けば誰か知ってるかも」

「永遠の命ね……。ここじゃ自殺も出来ないのよ。私の惑星と一緒。違うのは病気もないってこと。だけど、飽きちゃうわ。ああなりたいとは思わないもの」

 女性が指したのは地面だった。一見ただの土に見えるが不自然に盛り上がっている。

 卓也がしゃがみ込んで確かめてみると、それは人だということがわかった。ほぼオブジェクトのデータと一体化しており、何か口をぱくぱくさせて言葉にならない言語を垂れ流していた。

 その姿は末期の薬物中毒者のように思えた。

「大丈夫なの? これ」

「大丈夫じゃないわ。壊れちゃったのよ。生身の人がずっとここにいると、遅かれ早かれこうなるわ。脳がバグっちゃうの。VR世界でバグった脳は現実世界でも治せないし、彼は生身の体を捨てちゃったから死ぬこともできず、ただのデータとして生きているのよ」

「わお……一生女の人の下半身を見ながら生きてられるのか……。悩んじゃうな僕……」

 卓也は周囲を見回しながら言った。ここは自然が多い空間なので、みんな地べたに座ったり寝転んだりしている。

 女性のお尻に敷かれる人生も悪くないと本気で思っていた。

「あなたって変わってるわね。でも、これでも言える?」

 女性は急に卓也を抱きしめた。

 これは願ってもいない事だと抱きしめ返した卓也だが、そこでおかしなことに気付いた。柔らかい胸の感触もなければ、硬い鱗の感触もない。彼女を抱きしめている感触もなければ、彼女に抱きしめられている感触もないのだ。

 これには卓也も大慌てだ。女性といいことをしたくても出来ないからだ。

「うそ!? うそうそうそうそ! 僕の体がおかしくなっちゃったよ!!」

「触覚も味覚も嗅覚も全部データよ。つまり、データ入力していないものは感じられないの」

「匂いも!?」

 卓也は遠慮なく彼女の谷間に顔を擦り寄せて匂いを嗅いだが、彼女のいう通り何の匂いもしなかった。

 これは急な出来事ではない。今までは女好きが高じて勝手に五感を補完していたのだが、指摘されて何も感じなくなってしまったのだ。

「データを全部入れるとなると膨大なデータになるわよ。VR空間だと、データの保存が難しいの。安全な場所にあるのが大前提だから。一番安全な場所ってどこかわかる?」

「君の胸の谷間以外で?」

「そうよ」

「そうだな……」

 卓也は真面目に考えた。VR世界に危険があるならば、VR世界じゃないところで保管すればいい。つまり現実世界が一番安全な場所ということになる。

 女性は卓也の表情を見て、正解に辿り着いたと判断した。

「そういうことよ。VR世界での永遠の命は、外部に世話してくれる人がいるから成り立つのよ」

「そう聞くと、途端にこの世界がつまらなく見えてくるよ。もちろん君と話してることはハッピーだけど」

「いいのよ、私も考えるのを諦めた口だから」

「このデータでどうにかならない?」

 卓也は手のひらを掲げて以前貰い受けた彼女のデータを開いた。

「どのデータ?」と女性が卓也に手のひらに、自分の手のひらを合わせた瞬間。トカゲだった姿は、サルの姿へと変わった。

「わお……それってどうやるの?」

「前にも、教えたでしょう。手のひらを合わせると画面を共有する事ができるって」

「そうじゃなくて、どうやって姿を変更するのかって」

「着替えたいの? ならまず服のデータを買うのよ。それから――」

「違うよ。突然君の姿が変わったんだ」

 女性は「なに言ってるのよ」と呆れたが、ふと自分のデータを確認してみると姿が全く違うものになっていた。「あなた! なにしたの!?」

「僕はなにもしてないよ! サルのように盛ることはあるけど、それは僕の話で君じゃない!」

 怒られると思った卓也だったが、彼女は喜びに声を高くしていた。

「凄いわ! IDも変わってる! あなたって天才技術者?」

「実はその通りなんだ。セクシーなお尻と一緒で、ズボンの中に隠していてもわかっちゃうんだ」

 理解など全くしていない卓也だが、褒められているのだとわかると、目の前にあるチャンスを素早く自分へ引きせた。

「この世界はID管理されてるの。つまり、私は体を二つ手に入れたことになる。わかる?」

「わお……僕と君二人……つまり三人で出来るってこと!? わーお……僕って凄いやつだったんだ……」

「データをコピーすれば、一人を残して他の空間に遊びにいけるってことよ!」

「それもいい考えだね。でも、僕の考えもいい考えだと思うんだけど……試してみない?」

「恩に着るわ」

 女性は卓也の頬にキスをすると、手を振ってどこかへ行ってしまった。

「別の空間に行くなら、僕を誘ってくれてもいいのに……」

 残された卓也は寂しく肩をすくめると、気を取り直して新たな女性との出会いを求めて歩き回った。

 しばらく勘を頼りに歩き回っていると、不思議な場所へと辿り着いてしまった。ここは自然豊かなVRの空間のはずが、なぜか一部が荒野のようになっている。

 物好きな女性がいる確率が高いと思い、卓也は迷わず踏み入れたのだが、その荒野というのはいくら歩いても歩いても終わりが見えないのだ。振り返れば自然豊かな空間があるし、当然目の前にも広がっている。だが、まるでランニングマシンの上を歩いているかのように景色が変わらないのだ。

 さすがにこれはおかしいと気付いた卓也は、引き返して歩き出したのだが、もう遅かった。どの方向へ向いて歩いても、景色は変わらない。

「デフォルト! バグったみたいだ。女の子も見つからないし、今日はもう戻るよ」

 しかし、返事はない。

 卓也は何度も通信を試みるが、デフォルトと繋がることはなかった。

 これは非常事態だと、自分の状況を確認しようとデータを開いた瞬間。卓也の姿はそこから消えてしまった。



 その頃。レストでは、デフォルトがずっと卓也に呼びかけていた。

「卓也さん。もう時間ですよ。卓也さん……卓也さん!」

「どうした? 色ボケ男はまだ中か?」

 ルーカスはカプセルをコツコツと叩いてみるが、中からの反応はなかった。

 いつもはいないルーカスがここにいる理由は、トカゲからサルに急に姿を変えた女性を見た卓也が、どんな反応をしたのかいち早く知りたいからだ。

 それはラバドーラも同じで、帰ってこないなら強制的に帰らせようと準備を始めた。

「手間をかけさせるやつだな、それともよっぽどショックだったか」

 ラバドーラが笑みを浮かべると、ルーカスも同じような意地の悪い笑みを浮べた。

 しかし、ラバドーラは急に焦り始めた。卓也の意識がどこを探してもないのだ。これではデータ化した意識を体へ戻すことが出来ない。

 異変に気付いたデフォルトは「どうかしましたか?」と聞くが、ラバドーラはなにも答えない。あるはずの意識を探すのに夢中で、なにも聞こえていないのだ。

 その隣で「私は悪くないぞ」とあっさりルーカスが罪を認めるような発言をしたので、何か厄介ごとが起こったのはすぐにわかった。

「一体なにをしたんですか?」

「それはだな。少しばかりウイルスを仕込んだのだ。人間の体と一緒だ。ウイルスがなければ免疫は出来ない。私はVR世界で生きやすくしてやろうとしたのだ」

「いいですか? これは緊急事態ですよ。VR空間は無数にあるんです。ここから消えてしまえば。探し出すのは不可能です。宇宙を漂流するようなものなんですよ!」

「なんだと!?」とルーカスは驚愕した。「それではレストにいるのと変わらんではないか」

「そ……そういえばそうなんですが。とにかく卓也さんのIDで検索しましょう。深層データに紛れ込んでしまったのかもしれません」

 時間が経てば経つほど卓也は危険な状況に追い込まれると、デフォルトはジジにも連絡して全員で捜索すると決めた。



「わお……僕ってやっぱり天才なのかも」

 卓也は目の前に広がる刺激的で官能的な世界に目を奪われながらも、しっかり感動していた。

 ピンク色の海。羽毛のような感触の砂浜。恒星は熱く燃えたぎり、皆薄着やトップレスで歩いているのだ。

 なぜこんな場所にいるのかと考えもせず、思わず走り出す卓也だったが、誰かに腕を掴まれて止められた。

「待った。パスはどうした?」

 明らかに敵意を持った大男が卓也を睨みつけた。

「わかったよ。あまり男にやりたくなかったんだけど……」

 卓也は大男にお尻を向けると、ミツバチのようにお尻を振った。

「なにをしている……」

「セクシービーチにはセクシーヒップだろう? わかってるよ、それが常識だ。今度からチェッカーは女の人にしてよね」

 卓也はもういいだろうと男を押して前へ行こうとすると、「リゾートパスを認証しました。ごゆっくりどうぞ」とあっさり通したのだった。

 一度止められたことにぶつぶつ文句を言いながらも、卓也はここを楽しもうと決めていた。

 そのためにはまず服装だ。必要なのはビーチサンダル。それに海パンと、日焼け除けのパーカーだ。

 ウキウキ気分でショッピングと行きたいところだったが、ここでもまた問題が出てきた。VR世界での通貨を持っていないのだ。

「まさかパンツで過ごせって言うの?」

 卓也がチェッカーの男に聞くと、部外者から客人へと変わったせいか話し方も変わっていた。

「そう言われましても……。全宇宙から集まっているわけですから、通貨統合は仕方ないんです。惑星通貨があるのならば、すぐに両替できますよ」

「持ってれば苦労しないよ。デフォルトったら肝心なとこが抜けてるんだから。そうだ、デフォルト!」

 卓也はデフォルトと通信を試みている途中だったことを思い出して再び声をかけるが、やはり反応はない。

 しかし、深く考える前に女性に話しかけられたことによって、デフォルトのことなどすぐにどこかへいってしまった。

「どうしたの? 困りごと?」

「そうなんだよ。今すぐ君とデートをしないと死んじゃいそうなんだ」

「それは無理よ。ここのドレスコードは水着なの。水着を着てなければ、ショップ周辺しかうろうろできないわよ。説明書きにあったでしょう」

 女性の話ではここは違法VR空間であり。快楽を追加した世界だ。つまり、ここに存在する人達は全員同じ目的だということだ。

「十歳の頃からの夢が、こんな形で叶うとは……」

「良かったわね。それじゃあ」

 去って行こうとすると女性の脚へ、恥ずかしげもなく卓也は抱きついた。

「お願い行かないで! このままじゃ、僕がお猿さんになっちゃうよ。遠巻きに見てるだけだなんて絶対いや」

「そうは言ってもね……ドレスコードよ。水着のデータがなければ、どうも出来ないわ」

「待って、ドレスコードに引っ掛からなければオッケーってことだよね」

「そうよ、さっきからそう言ってるでしょう」

「なら迷う必要はなかったよ」卓也は立ち上がると、背伸びして女性の肩を抱いた。「つまり、ベッドの上でのドレスコードは裸だ。なんの問題もない」

 卓也は後ろに広がる高級リゾートホテルに振り返った。海には行けないけど、あそこなら行けると思ったのだ。

「あら、誘ってるのね。いいわよ。でも、お相手出来る? 私は二人分よ。双子なの」

 そう言うと女性は分身した。この女性は違法空間の中でさらに違法なことをしていたのだ。一つのパスで、二人で遊ぼうとしているのだ。

「高次元世界に神様はいるって本当だったんだ。十一次元の宇宙って最高だ。ナイスM理論!!」

 卓也は満面の笑みで背の高い女性達と握手をした。

「あら、本当にいいの?」

「地球じゃ双子は、フグ並みの信仰があるんだ」

「なに? フグって?」

「実際に食べて見ないと、味を理解できないってこと」

「よくわからない……。でも、いいわ。こっちも助かっちゃう。ここって、色んな人との出会いを求めてる人達ばかりだから、同じ顔が二つって評判が良くないのよ。せっかく二人で入ったのに、変わりばんこなの。そんなの現実世界と一緒だもん」

「僕なら三つ子でも大歓迎。さぁ、シーツの海に飛び込もう」

 卓也はすっかりご機嫌になり、自分が窮地に追い込まれていることなどすっかり忘れてしまっていた。






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