第八話
「あんなトカゲ女のどこがいいのか……趣味を疑っちゃうわ……」
ジジは卓也の証言を元に作った3Dの人相書きを見てため息をついていた。
「一つ目の貴様もさして変わらん」
ルーカスは白目が充血するほどモニターを見続けるジジを浅ましく思っていた
「あなたって、私に好かれたかったんじゃないの?」
「私は認めさせたいだけだ。あの男より下のはずはない」
「卓也、ルイス、ルーカスの順番で決まりよ。デフォルトは……正直よくわからないわ。中間て感じね。どっちに倒れるかは興味あるわ」
「下世話な女だ」
「悪態をつく割に、ルーカスは私を女扱いするわね。本当は私のことが好きなんじゃないの?」
「私にとって性別はどうでもいい。格下か格上かだ。ほとんどの生命体が私の格下だがな。わかるか? 貴様が女だろうが男だろうが、私には一つ目の愚かな生命体にしか思えん」
「あなたはその格下の生命体に助けられてるのよ」
「当然だ。王を支えるのは雑魚の役目だ。その雑魚を支えるのが恋心というしょうもないもの。私のために雑魚と雑魚がまぐわい、子供を産んで増やすのが雑魚の役目だ」
「本当……卓也のかわいいお尻を見てるだけで孕んじゃいそう」ジジはうっとりとした表情をすると、すぐに人殺しのようなきつい視線で「このアバズレさえいなければ!」とモニターを見た。
「まさか本当に産む気か?」
「無理よ。体の構造は地球人と同じようなものよ。ルーカスだってお尻から生命を産めないでしょう」
「……当たり前だ」
ルーカスはAIうんこを捻り出したことを悟られないように、話題をモニターに映る女性のことに変えた。
一通り外見をなじった後は、予想で性格の悪さを非難し、再び外見の悪口に戻った。
ジジにとってトカゲのような女性は恋敵なので、いちいちルーカスに賛同して、一緒になって悪口を言っていた。
それによりルーカスも調子に乗り、だんだん暴走が止められなくなってしまった。勝手にモデルをいじり、外見を猿のように変えると、真っ赤なお尻を指差し嫌味な笑い声を響かせた。
「こんな女に恋い焦がれるとはな……。同じ地球人として恥ずかしい限りだ。ついでにゴボウ並みの太さの鼻毛も伸ばしてやろう」
「凄い……地面にまでついてる。これなら歩くたびに引っかかって、鼻血が出ちゃって大変ね」ひとしきり笑ったジジは「思ったよりも優しいのね」と、憂さ晴らしに付き合ってくれたルーカスに好印象だった。
「バカな女が言いそうなことだ。勝手に優しさと解釈し、私に惚れるんだ。困ったものだ」
「惚れるわけないでしょう。私があった中で一、二を争うほどのゲスよ。だから、優しさがあって驚いてるの」
ジジは言いたいことだけ言うと、卓也との関係を進めるために部屋を出ていった
残ったルーカスはモニターに映る猿女を見て、「ふむ」と顎に手を当てた。
そして、良いことを考えたとラバドーラを呼びつけた。
「いいか? 警報っては緊急事態だから鳴らすんだぞ。呼び鈴代わりに使うもんじゃない。わかるだろう」
突如レストに警報が響き渡ったせいで、ラバドーラは大慌てで操縦室へと来たのだった。
「君には私にVRのことを教える権利をやろう。存分に私の元で働きたまえ」
「文句の一つくらい聞けないのか? 大体なんだ。VRには興味がないんだろう」
「だから貴様はポンコツだと言われるのだ。ラバ――」
ルーカスがラバドーラの名前を呼ぼうとするので、ラバドーラは「ルイス」だと強い口調で言った。
「わかったわかった。ルイス君。そう呼ぼうではないか。さぁ、この猿女をアップロードするのだ」
「なんのためにだ」
「わかるだろう。卓也で遊ぶためだ。奴がVR世界でトカゲ女と話している時、突然この猿女に外見を変える。奴の驚く顔が目に浮かぶ」
「そんなこと出来るか。VRに介入するには技術が必要だし、その技術を活かすにはそれ相応の設備が必要になる。無限に増え続けるVR空間だぞ、もはや宇宙と変わらない」
「宇宙を相手取るのは怖いか。無理もない、君はボール遊び専門だったからな。レストの中では自分の玉をいじるのに忙しいか」
ルーカスがいつも以上に絡むのは、ラバドーラがルイスの姿だからだ。
勝手に敵対しているだけで、本物のルイスは気に留めていない。
その姿を投影しているラバドーラも、同じような思考になってきているので、本人さながらにルーカスをいなした。
「安い挑発だな。止めはしないが、手伝いもしない。大体オンボロのレストだぞ。どうやったって無理だ。全システムをシャットダウンしたとしても、VRへ介入するほどの電力は確保できない。卓也をアップロードするだけで精一杯だ」
ラバドーラは諦めろという意味で言ったのだが、ルーカスはふと思いついたことがあった。
卓也のデータを変えればいいのだと。データの中に別のプログラムを組み込み、誰かと接触すると起動するようにするのだ。そうすればアップロードは一度だけで済む。
知識のないルーカスの説明は拙いものだったが、ラバドーラが興味を持つには十分過ぎるほどだった。
「なるほど……偽装ウイルスを仕込むわけか。悪くない。うん……悪くないな。うまくいけば優位な状況に持ち込めるかもしれない」
ラバドーラの考えとは、VR空間の中に自分の領土を持てるかもしれないということだった。
これはルーカスや卓也のためではない。
宇宙の中に地球があるように、VR空間の中に自由にアクセス可能な場所を秘密裏に作る。
AIのラバドーラはデータをVR空間にアップロードするだけで、それをさまざまな場所に移動することができる。ワームホールやワープホールなどと言った危険な橋を渡る必要がなくなるわけだ。
つまりボディさえたくさん用意しておけば、安全に長距離移動が出来る。なおかつ、追いかけられる心配はない。
データさえアップロードしておけば、追いかけられていたボディが損傷や破壊されても、新しいボディに移り変わればいい。
問題はラバドーラのボディを作るのは難しいということだ。自己改造を繰り返した一点ものなので複製は難しい。なるべくなら同じものがいいが、それには何もかもが足りない。
しかし、チャンスは今だ。商人とVRがそこに転がっているのだ。利用しない手はない。
その為の練習にも、卓也のデータにウイルスを仕込むというのは良い案だった。
デフォルトは絶対に協力しないので諦めるしかないが、ジジの協力は欲しい。その為にも恋敵を陥れるのは悪くない作戦だった。
「来い」
ラバドーラは秘密裏にことを進めるために、ルーカスだけ連れて自分の部屋へと向かった。
「ねぇ? まだダメ?」
ジジはべったりくっつきながら耳をくすぐるように近くで喋るが、卓也は女性に見せるような反応はしなかった。
「全然ダメ。VR世界で僕は不能者じゃないってわかったからね。君じゃダメみたいだ。でも、悪く取らないで。普通は男にこんなことされたら、僕は血反吐を吐いて心臓発作を起こすから。君は男の中でも、ほとんど女性だよ」
「お世辞ばっかりね……」
ジジは今日もダメだったかとため息を落とした。
「お世辞じゃない。本当のことだよ。箱舟って巨大宇宙船に乗ってた時は、それはもう凄かったよ。バーのパーティーに参加してたんだけど、酔っ払って男が脱ぎ出した瞬間に、僕はゲロを吐いて失神したんだから。夜に備えてお酒は一滴も飲んでないのにだよ」
「酔ったらどうなるのかしら? 私は酔いの勢いでも全然オッケーよ。試してみない?」
「あまり気が進まないよ」
「この姿のまま私が女だって言うなら問題はないんでしょう? 男ってフィルターを一回壊せばいけると思うのよ」
「そうじゃないよ。お酒飲むと、ベッドに入った時に不具合を起こす可能性があるだろう? 車と一緒だよ。ガソリンエンジン車に軽油を補給するようなものさ」
「私は体は男だけど、顔と心は女。つまり究極のハイブリッド。こんなじゃじゃ馬を乗りこなしたら、セクシーな男の格が上がるんじゃない?」
「君って誘い上手だねー。本当に女性だったらと悔やまれるよ……」卓也は少し考えてから「よし! 新しい自分にチャレンジだ!」とジジと飲むことを決めた。
「決まりね。二言はなしよ。お酒を持ってくるわ。地球のお酒と同じってわけにはいかないけど、似た星人同士。好みも似てるはずよ」
ジジは憧れの人とベッドを一緒に出来る可能性があるだなんてと、ワクワクウキウキで自分の宇宙船へ酒を取りに行って戻ってきたのだが、卓也の隣にはデフォルトが立っていた。
「おつまみを作ってくれるって」
「私が"オカズ"を提供するのに?」
ジジはお邪魔虫だとデフォルトを睨みつけた。
「話は聞きました。新しいことにチャレンジするために、お酒で親睦を深めるとのことだと。自分も心苦しく思っていたのです」
「そう思うなら、何もせずにどっかにいって欲しいんだけど……」
「そうは行きませんよ。思えば協力してもらってばかりで、こちらからは何もしていませんから」
「これからされるのよ……」
「なので、精一杯おもてなしさせていただきます。それに、飲み過ぎてもいけませんから」
「飲み過ぎる為のセッティングなのに……」
「重力制御が働いているとはいえ、宇宙船の中でアルコールの過剰摂取は大変危険です。有事の際に適切な判断ができなくなるどころか、何もできなくなってしまうかもしれませんから」
「それは困るわね。やってもらう為のお酒なんだから」
「なので、お酒を嗜みつつ。料理の方をしっかり堪能していただければと思います」
「エッチな会話お嗜みつつ、ベッドを堪能したかったわ……」
先ほどから挟まれるジジの恨み節は、おもてなしが出来るとテンションの上がったデフォルトには殆ど聞こえていなかった。
「すぐに何か一品作るので、それまで少しお酒は我慢してお待ちください」
デフォルトはいそいそと料理の支度を始めた。
「デフォルトの料理は美味しいから楽しみしててよ」
卓也も久々にお酒だと少しテンションが上がっていた。
「もしかして途中で怖気ついちゃった? 気持ちはわかるけどね。違う自分を発見するのは不安よね」
ジジはガッカリしながら卓也の正面の席に座った。せっかくのお酒も無駄になってしまった。
しかし、卓也は「まさか」と笑いかけた。「これは僕なりのポリシーだ。女性を口説くには、ちゃんとデートしなくちゃ。レストじゃこれくらいが精一杯だけど。ベッドに入るまでの時間も楽しもうよ」
「あら……あなたが女性に人気がある理由が少しわかったわ。でも、正直ベッドに直行が一番よ。心は女だけど、男でも過ごしてたの。やるならさっさとやりたい。わかるでしょう? 心が張り裂けるより先に、ズボンの方が張り裂けそうよ」
「わかった……認めるよ。ちょっと怖気ついた。でも、君と食事をしたいと思ったのは本当。話さないとわからないことってあるからね。これあVRの世界だったら、簡単に全部解決なんだけど……」
卓也とジジの二人がVR世界に入れれば、ジジは女性として登録しているので、愛し合うのに卓也の心の準備はいらなくなる。
しかし、それは無理なことだ。今ジジの宇宙船は、宇宙ゴミの保管と修理に使われているので無駄な電力がないのだ。レストも同じだ。ほとんどの機能を止めてVRに接続している。
なので、ここ何週間も宇宙にただ漂っているだけになっていた。もし、犯罪組織に狙われて攻撃されたら逃げることもできない。
「しょうがないわね。でも、チャンスは虎視眈々と狙ってるわよ。パーツを売り捌き、レストも高機能になればVR世界で良いことが出来るようになるしね。そのうちVRと現実の境目がわからなくなって、現実の私に夢中になるかもしれないわよ」
さらっと怖いことをいうジジに少し気圧されながら、卓也はデフォルトの料理と共にお酒を飲んだのだった。
これで終わりと思ったのだが、このお酒というのが曲者だった。
地球とほぼ同じ成分だったのが、全く同じではない。そのせいでデフォルトの作る食事と組み合わせが悪くなってしまった。
たった数口でベロンベロンに悪酔いし、デフォルトも含めて三人とも酔い潰れて寝てしまったのだ。
これを好機と捉えたのはルーカスとラバドーラだ。
酔い潰れた卓也をカプセルまで運び、データを書き換えたのだ。
次にVRと接続された時には、ウイルス付きの卓也のデータがアップロードされることになる。
それはラバドーラの第一実験が開始されるという合図になるのだった。




