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惑星迷子  作者: ふん
Season6
132/223

第七話

 太陽に照らされ、艶のある花弁が赤、黄、ピンクと光っている。それは一見してチューリップのようだが、その大きさときたらまるでヤシの木だ。それが何百という単位で咲き誇り森を作っていた。

 ここは当然地球ではない。だが、宇宙にある他の惑星でもない。

 ここはデータ化されたVR空間の中。現在卓也がいる世界だ。

 データ化された植物は花弁の重さに垂れることなく、鉄のように頑丈で細い茎に支えられている。

 枯れることはなく、『ある』か『ない』の二つだけ。発芽し、成長し、結実するということはない。

 地球で言うと、春から秋は咲き続けているが、冬は花の代わりに雪が積もっている。

 しかし、違法に個人売買されているような植物には種があり、芽吹き、葉が大きくなり、花を咲かせ、実をつける。

 本来ならばデータに植物の成長なんてものはなかったのだが、プログラムが増えれば増えるだけバグが起こりやすくなったり、データという情報過多で重くなったりする。

 だが、宇宙のどこかにいる誰かがVR空間で植物を育てたいと思い、プログラムを追加したことにより宇宙の技術者達が可能性を見出したのだ。

 初めは些細なことから。しかし、段々と過激になっていく。

 植物を成長させられるなら、動物やウイルスなど様々なものも成長、変異させることが出来る。DNAなどは関係ない。子供の落書きさえ、ここでは生命として受け入れられるのだ。

 そうして無法地帯となったVR空間だが、荒らす者がいれば自治しようとする者もいる。そうして争いと発展を繰り返すことにより、いくつもの世界ができた。

 それこそ宇宙にある惑星そのもののようだ。どれだけの惑星があるのかわからないし、機能していないものもある。ある者には有害な環境だったり、目的の惑星につくまで困難を極めたりする。

 いつしかVR空間という非現実な仮想空間の世界は、現実の世界と変わらなくなっていた。

 そう説明しているのは、トカゲのような姿をした女性だ。二足歩行で尻尾はない。だが、この姿が彼女本来の姿なのかは知る由もない。

「ここはのんびり過ごしたい人が過ごす空間よ。そうね……言ってみればバカンスみたいなもの。ほら、宇宙に出るのも一苦労だったり、家から出るのさえ億劫な時もあるでしょう? そんな時にカプセルで一眠り。ここにいる四割はそれよ」

 卓也は「四割?」と驚いた。明らかに少ないと思ったからだ。「他はなんの目的でここにいるの?」

「迷い込んだり抜け出せなくなったり、VR中毒になった脱力感で動けなくなったり、ただの経由に使ったり。色々よ」

「へぇ……。君は観光? 実は僕もなんだ。時間制限のあるVR空間じゃなくて、二人で現実の観光惑星に行くってのはどう? いいところ知ってるんだ」

「どうかしら……正直あからさまに口説かれるのって好きじゃないのよね」

「僕が口説いてるだって? まさか。心外だよ……そう思われてただなんて。僕がデートでもしようって一言でも言った? 僕は二人で観光惑星にいこうって言ったんだ。友達を誘うみたいにね」

 卓也はあれこれと言い訳を並べ立てて、警戒心を解こうとするが、それは全て彼女にはお見通しだった。

「じゃあ、連絡先はいらないの?」

「絶対に欲しい!」

「でしょうね。必死だもの。でも、無理よ」

「君って意地悪って言われない?」

「そんなことないわよ」

「本当に? じゃあ、実際に会って確かめてみないと」

「無理よ。私死んでるから」

 女性はにっこり微笑んで言った。

 あまりにもあっさりしている。まるで昨夜見た動画の話でもするような軽い口ぶりだった。

「……それってジョーク?」

「いいえ、データ化して生きてるの。私の惑星では普通なのよ。奇病が多い惑星でね。突然死の場合はデータ化されるの。家族や友人がお別れの言葉を言えるような処置ね。それだけ医学が発展してないのよ。釣り合ってないの。科学技術の発展と、医療技術の発展がね。まぁ……そうよね。ここにいれば病気とは無縁だから。ねね、私の惑星には面白い法律があるのよ。聞きたい?」

 卓也は「もちろん」と答えた。

 彼女が自分と会話を続けるモードに入ったというのに、自ら手放す必要はどこにもない。コバンザメのようにピタリとくっつくのが正解だ。

「自殺禁止法よ。皆死にたがるから出来たの。天寿を全うするようにってね」

「でも、医療技術が発展してないんじゃ……天寿を全うするのは難しいんじゃない? 別に君の話を疑ってるわけじゃないよ。普通に考えたら、自殺しちゃったほうがメリットがあると思うけど」

「発展してない医療技術で生かされるのよ。生きてるほうが地獄だわ。奇病にかかるのも同じくらい地獄だけどね。私も辛かったわ……」女性は初めて暗い表情を卓也に見せた。「体に脂肪がつく病気よ。年々増えて体を蝕むのよ。脂肪の重さで腰痛が悪化。寝たきりになってそのままよ」

「僕が一緒だったら、一生君のそばにいてあげたのに」

「恋人にも同じことを言われたわ。すぐに来なくなったけどね。無理もないわ。あんなに醜い姿をしてたんじゃ……」

 女性の声のトーンが悲しみの方へ落ちると、卓也の気持ちも落ちていった。彼女の感情にシンクロしているというのもあるが、醜い姿と言われてどう反応するか迷っていたからだ。

 デリケートな問題に、さすがに軽い気持ちで踏み込むことは出来なかった。

 そんな卓也の気持ちを察したのか、女性は笑いかけた。

「いいのよ。生きてた頃の話なんだから。今の私の姿はね。私が一番好きだった頃の私なの。細くてしなやかで、機能的な体をしてるでしょう? それが死ぬ頃にはこうよ」

 女性が空中に指で四角を描くと、そこにタブレット端末を起動させたら出てくるようなメニュー画面が出てきた。そこで自分の体を変形させると、卓也に見せた。

 その姿とは――大きく膨らんだ胸とお尻。それに張りのある太ももだった。

「わお……絶対死ぬまで一緒にいたよ……」

「ありがとう。でも、気を使わなくてもいいのよ」

「確かにそうだ。言葉を間違えたよ。君はもう死んでるんだもんね。だから、言い直すよ。ここは君の新たな人生の場所だ。だから、君の人生に僕も加えて欲しい」

 卓也がまっすぐ目を見て言うと、女性は照れ笑いを浮かべた。

「ありがとう……。本当に……本当に嬉しいわ。でも、お断りするわね。せっかく死んで自由になったのよ。もっと楽しいことを知りたいの。私の人生これからって感じ」

「あからさまに口説かれるのは嫌いって言ったよね」

「言ったわ。遠回しに誘われて、ヤキモキしながらデートするのが夢なの。そして、どろどろの人間関係に身を落として、最後は刺されて死んじゃうの。濃ゆい人生を送るのが望みよ。ここにいられる短い時間だけでもね」

「その望みは叶えられるけど……たぶん殺されるのは僕。でも、連絡先は教えて」

「そうね……。関係がこじれるには知り合いは多いほうがいいか……。いいわよ。私の真似をして」

 卓也は彼女に言われるがまま空間に四角を描き、現れた画面を操作した。

「これで終わり?」

「そうよ。簡単でしょう」

「そうでもないかも……エラーが出てる……」

「そんなはずないわよ。見せて」女性は卓也が開いた空中の画面に手を触れた。「あなたは私の手に合わせて。そうしなきゃ、画面の共有ができないから」

 卓也は彼女の手のひらに自分の手のひらを合わせた。

「これでいい? ほら、ここなにか出てる」

「これは呼び出しよ。なにか警告が入ってるみたい。それは私には確認できないわ。個人情報だから表示されないの」

「警告ね……」

 卓也はまさか利用停止措置のお知らせではないかと心配になったが、呼び出しはデフォルトからだった。三十分過ぎたので、すぐに戻る準備をしろということだ。

「ごめん……帰ってこいってさ。つまらない現実に。三十分が限度なんだって。おんぼろカプセル使ってるから」

「あら、私は時間制限ありのスーパーマンに口説かれてたのね」

「お望みならば、僕はもっこりパンツもはいちゃう」

 それから二言三言会話をすると、卓也は現実の世界へと戻ってきた。



「最悪。三十分なんか無理だよ。これじゃ高感度を上げに上げてベッドに誘っても、たった三分間の活躍じゃ評価はだだ下がり」

 カプセルから出るなり、卓也はため息を落とした。

「仕方がないですよ。バイタルサイン測定を行うので、もう少しお時間をいただきますよ」

 デフォルトは触手を器用に何本も使い、呼吸や体温や血中酸素濃度など調べ始めた。

「せめて一日くらいどうにかならないの?」

「訓練は少しずつです。VR世界に接続するということは、もう一人の自分を作り出すようなものです。自分で感じていなくても、体に負担がかかっているんですよ。――特に精神は。糞尿垂れ流しの廃人にはなりたくないでしょう?」

「正直それもありかなと思ってる」

 卓也はある女性と会ったことを話したのだが、デフォルトの表情はなんとも言えないものだった。

「難しい話ですね。幸福というのは様々ですが、きっと色々大変なこともあると思いますよ。ラバドーラさんもそうです。データ化されているのなら容量というものがあります。それ以上は記録できないという。ラバドーラさんは消すことにより空きを作っていますが、死後の世界をずっと面倒を見るというのはあまり現実的な考えてはありませんね」

「でも、彼女は存在しているんだよ」

「今はです。容量がいっぱいになったら……その……恐らくですが。あの……技術的に考えて……お金のこともありますし、誰がどこまで面倒を見るかという問題もありますし……」

 デフォルトには答えが言えなかった。会ったこともない女性だが、口に出せば自分が殺してしまうような気がしたからだ。

「デフォルト……地球には幽霊という概念があるんだぞ。死んだ後もやりたい放題できる可能性がある。すぐに技術がなんだっていうのは君の悪い癖だ。飛び込んでみてこそわかることがあるんだぞ」

 卓也の言葉は、リアリストのデフォルトには絵空事に聞こえていた。だが、力強く思えるの確かだった。

 実際に卓也が思い込みでどうにかしてきているのを散々見てきている。今回もどうにかなるのかもしれないと思ったところで、急にはっと目的を思い出した。

「卓也さん……VRは女性を口説きに行くわけじゃないですよ。商売をするのに慣れておいたほうがいいので、こうやって訓練してるのです。頼みますよ……他に誰もできないのですから……」

 ルーカスはVR空間に行くのを嫌がり、デフォルトとラバドーラはなにかあった時のために現実世界にいたほうが良い。なにか起こった場合、安全に素早く現実世界に帰す技術者が必要だからだ。

 この件に関してジジは関わることが出来ない。というのも、自身も商人としてVR空間を利用しているので、あまり卓也達に肩入れして協力すると、後々面倒くさいことになってしまうからだ。

 ただでさえ宇宙ゴミが集まる餌場を一般人に分け与えてしまっているので、商人同士で結ばれた契約に違反してしまっているのだ。

「デフォルトこそわかってるの? 僕が男相手に商売をすると思ってるわけ? つまりVR空間で女性を口説くのも、僕の訓練のひとつなの」

 デフォルトは「そんなこと……」と反論しようとしたのだが、卓也に「男相手に、僕がまともな商売が出来ると思ってるわけ?」と聞かれると、納得せざるを得なかった。

「わかりました……訓練中に他のVRプレイヤーと話すことは重要なことです。ですが、これだけは絶対に忘れないでくださいよ」

 デフォルトは念を押して説明をした。

 もしも時間に遅れれば、現実世界には二度と戻ってこられなくなる可能性があるということ。

 VR空間に残されたからといって、同じ場所にいられるとは限らないということ。

 なにもない暗闇に彷徨うことになる可能性があるということ。

 現実世界から強制的にVR空間との接続を切断すれば、後遺症が残る可能性はものすごく高くなるということ。

「全部そういう可能性があるってだけでしょう? これだってそうだよ。ルーカスの頭が突然良くなる可能性。限りなくゼロに近いけど。絶対的なゼロじゃない。そんなことまでいちいち考えてたら、まとな生活なんてできないよ」

 考えすぎだと笑う卓也に、デフォルトはため息を返した。

「ラバドーラさんがルイスさんの姿になることを想像しましたか?」

「いいや」

「それが今も続くことは?」

「いいや」

「もしもラバドーラがさんルイスさんの姿を気に入って、一生その姿でいるという可能性を考えたことは?」

「今――考えた。……最悪だ。気をつけないと……僕VRの世界から帰って来られないかも!? そしたら宇宙一セクシーな男はどうなる? そんなのVRの中だけの肩書きになっちゃうよ。バカな学生が名前の終わりにつける変なマークみたいだ」

「でしたら、やることはわかりますね」

「当然! ラバドーラに女体の素晴らしさを伝えに行かないと!」

 卓也は一大事だと走り去っていった。

 その姿を見て、デフォルトはひとまずホッとした。伝えたいことが、間違いなく伝わったようには思えないが、バイタルサインに異常は見られなく、元気に走る姿が健康だと裏付けていたからだ。






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