第六話
「ルーカスの特技?」
「そうです! とても凄かったんですよ!!」
デフォルトの興奮は、まるでスポーツ観戦に行き、そこで名プレーを堪能してきたと言わんばかりだった。
「それはそうだろうね。ルーカスは友達がいないから一人遊びが大得意。積み木を与えたら、一時間は遊んでると思うよ」
「真面目な話です」
「僕も真面目に返したつもりだけどね。そうだ! デフォルトに良いことを教えてあげるよ。子供の遊びってのは後先考えないんだ。今が楽しければ最高だからね」
手伝う気のない卓也はあれこれと適当にジョーク気味に返し、デフォルトは言っても無駄だと落胆した。せっかくルーカスが働いて役に立っているのに、卓也はダラダラ過ごすだけだ。
それでも問題を起こさないならと強くは言わず、デフォルトは卓也の話に付き合っていた。
話の内容はルーカスの愚痴と自分がどれだけ恋愛してきたか。そして、今回ジジという美しい男性が現れたことで困惑しているという相談。
見事にどれもデフォルトが興味もなく、今後も深く話し合う必要がないものばかりだった。
しかし、卓也の不満は相当溜まっていたらしく、言葉が止まることはなかった。
デフォルトがほとほと困り果てた頃、レストにジジからの連絡が入った。
「ちょっと困ったことになったのよ。来て」
その言葉は、デフォルトにとって渡りに船だった。卓也の鬱憤晴らしに付き合うほど困ったことはないと思っていたからだ。
デフォルトは「失礼します」と卓也に頭を下げて、ジジに「すぐに行きます」と連絡して部屋を出ていった。
デフォルトが向かった先はジジの宇宙船。
倉庫扉の前で、ジジは先程のデフォルトのようにほとほと困り果てていた。
「見て……最悪よ」
「問題ですか?」とデフォルトは扉を開けた。
そこからは荷物が綺麗に積み込まれているのが見えた。
ジジは困り顔のまま荷物を乱暴に押した。
デフォルトは荷物が崩れて危ないと思ったのだが、壁のように微塵も動くことはなかった。
サルベージした宇宙ゴミをルーカスがあまりに見事に積んだせいで、ギチギチに挟まって取り出せなくなってしまったのだ。
箱に入っているのならばまだ動かしようがあるのだが、荷物は全てサルベージした宇宙船の部品。一つずつ抜き出して保管し直すというのは不可能だ。
「最悪よ……絡まった線や引っ掛けあってる部品のせいで、どうすることも出来ないわ……。バラすような工具も持ってないしね……。これをバラすとなると、船をバラすようなもんよ。それなりの工具が必要になるわ」
ジジは仲間の商船に連絡を取る方法もあると言ったが、向こうも商売だ。商品を貸し出すということはないし、もしあったとしても無料ということはありえない。貸しを作るというのは、生死が関わること以外なら極力避けたい。
デフォルトも同じように困っていたのだが、フィリュグライドの宇宙船から脱出したことを思い出した。
「切り出すことは可能かもしれません。ルイスさん!」
デフォルトはラバドーラの元へ行くと、一緒に工具を持って戻ってきた。
「たいした才能だな」
ラバドーラは開かれた扉のすぐ先にあるスクラップの壁を見て、ため息代わりの大きな排熱をした。
「ルーカス様は良かれと思ってやってくれたことですから……。それに、役立つ場面があるかもしれませんよ。得意なことを知っておくのは、とても良いことだと思います」
「オレが言ってる才能ってのは、どこでも迷惑をかけられる才能ってことだ。普通役立つことをしたら喜ばれるものだ」
ラバドーラは内部をスキャンして、どう切って取り出すのかを考えるから、その姿を見られないようにジジをどこかに連れて行くようにデフォルトに言った。
「さぁ行きましょう。ルイスさんは単独行動のほうが力を発揮するタイプなので」
「そうなの? よく、宇宙でやっていけるわね」
ジジは変な人だと最後にラバドーラを一瞥してから、レストへと戻っていった。
その頃。レストでは、気力も活力もなくなっている卓也の元で、ルーカスが自分はどれだけ役に立ったか自慢しているところだった。
「わかるかね? つまり私の重要性が証明されたわけだ。私がいるからこそ、地球への帰還が可能というわけだ。わかったら、地球でのインタビューに向けてメモでもしておきたまえ」
「ルーカス……。前にも言ったけど、僕は真剣なんだぞ。真剣に男とベッドで良いこと出来るか悩んでるんだ」
卓也は椅子に座り直すと、真剣な眼差しをルーカスに向けた。
「酒でも飲みたまえ。スコッチ二杯でも飲めば、八割はストライクゾーンになるだろう。三杯で十割だ。四杯飲めば十二割。君のくだらん悩みもすぐに解決だ」
「十割を超えてどうするんだよ」
「十割は女だ。残り二割は言わんでもわかるだろう。私のことは気にする必要がないぞ。君が男とやろうが、馬とやろうが、バイオテクノロジーで巨大化したバッタとやろうが、まったく気にしない。むしろバッタ人間が生まれるなら見てみたいものだ」
「ルーカス……」と、卓也は恨みがましい非難の視線を向けた。
いつものように乗ってこない卓也に、ルーカスはつまらない奴だと肩をすくめた。
「私にその視線は通用せんぞ。その顔を見る度に蹴り倒したくなってくる」
「女の子はこの顔を見ると、ふてくされないでって甘やかしてくれるのに……。僕が男をどうしようなんて、土台無理な話だったんだよ」
「自分自身に抱かれるのをなんとも思ってないナルシストにも、抱けない生命体がいることに驚きだ。同じモノがついていようが、目玉が一つしかなかろうが、見てくれは女だと言うのにな」
諦めモードで暗かった卓也だが「ルーカス……それだよ」と、思いついた顔で気力を取り戻した。
「アイマスクでもしてやるつもりか? 変態プレイまでして性欲を発散させるとはな……恐れ入る」
「違うよ! まず、僕が僕を抱いてからだ! そうだよ! なんかおかしいと思ったんだ……。僕が僕を抱いてみないことには、男がどんなにいいものかわからない。そうだろう?」
卓也は真剣な顔で言うと、ルーカスの両肩を掴んで勢い任せに揺らした。
「私には……宇宙一の大バカ者だと言っているように聞こえたが?」
「僕は宇宙一セクシーな男なんだぞ? 僕が僕を抱けなきゃ、僕は他の男を抱けないよ」
「意味がわからん……」
「いいかい? ルーカス。僕は牛肉だ。霜降りの牛肉は不味いか? そうじゃないんだ。そう思うのは、最初にレベルを下げた牛肉を食べたからさ。最高級の牛肉を食べてこそ本当の味がわかる。味がわかるからこそ、納得が出来るんだ。上を知らないと下を評価出来ない。最高級の男イコール宇宙一セクシーな男だ。つまり僕を食べてこそ、男の味がわかるんだよ」
卓也はジョークを言う顔ではなかった。わかりきった答えを宣言するかのように、瞳を濁らせずに堂々と言ってのけた。
「鏡の自分を抱こうとするとは……。変態の考えることは違うな」
ルーカスはとことんバカにした言い方で返したのだが、卓也は瞳を輝かせて自分の意見の正しさを信じ切っていた。
「ルーカス……過去の人類がやってきたように、僕らも鏡を崇拝する必要はないんだ。正しさは全てこれが証明してくれる」
卓也が手を置いたのはVRシステム。この世界で自分に抱かれるつもりだ。
「VRシステムというのは、意識を二つに分けるものではない。つまり、どっちかはただの道具だ。そして、もう一人はその道具に腰を振る惨めな男だということだ」
「それって哀愁があってセクシーって意味?」
「違う」
「じゃあ、僕には当てはまらない。早く起動しよう」
卓也は鼻歌を歌いながら、VRシステムのセッティングを始めた。いつか勝手に使おうと、デフォルトとラバドーラがやっていた手順を密かに覚えていたのだ。
VRシステムは使用者の安全を確保するために複雑に設定されているが、色事に絡んだことならば卓也は実力以上の力を発揮する。
事故を起こすことなくセッティングし終えると、自分はカプセルに入って心を落ち着けた。
「心電図をよく見て。僕の動悸が落ち着いたら、右から順番にスイッチを上げていく。緊急で赤く光ったら、そこから逆にスイッチを下げて消していく。それだけだ。後は時間を見て、三十分を過ぎるようなら、僕を元の世界に戻す準備を始める。やり方は緊急時と同じ。端から、逆にスイッチを下げていく。頼んだよ」
卓也はカプセルを閉めると、落ち着きやすい体勢で深呼吸を繰り返した。
すると、急に胸が重くなった。まるで胸にだけ重力を感じ、背中と溶けて合わせるような感覚。呼吸の感覚は長くなり、時間の流れがわからなくなった。
だが、不快感はない。究極のリラックスに入ったのだ。これはルーカスが間違えることなく、スイッチを上げていくのを意味していた。
あともう少し。胸の重力がお腹まで広がると、立ちくらみしたように脳がからっぽになる。
そうなれば、意識が戻った頃にはVR世界だ。
卓也はワクワクしながら目を開けると、そこは地球だった。実際には地球によく似たVR空間。元にされたモデルは地球ではないが、水が多く自然も多い、卓也にとって過ごしやすい場所だ。
卓也は時間がもったいないと、景色を感じることなくすぐにある商人の元へと向かった。そこで売っているのは、自分の外見をコピーするデータを売っている店だ。
これは究極のマネキンと言ってもいい。まるでゲームのキャラクターメイキングだ。
VRの世界を生きる自分を作ってもいいし、服装や髪型や化粧。体型までいじれるので、体を細くしてダイエットの目標にしたり、新しい髪型を試してみたり、自分のファッションを客観的に見たり出来る。
だが、卓也の目的はこれではない。中身のないモデルと一発やってみようというのが今回の目的だ。
さっそく卓也は自分そっくりのモデルを見た。
「やっぱり……僕は最高だよ。シミのない肌、さらさらの髪の毛。キュートでセクシーなお尻。ミスターセクシーだ」
卓也がまじまじとモデルの顔を見たときだった。
「君はひどい顔をしてるな。まるでナマズを無理やり人間に近付けたような顔だ」と、突然モデルが話しかけてきたのだ。
「ちょっと待って……おしゃべりポリゴン君。……なんで君が喋れるんだ?」
「知能の違いだ。下半身の玉に脳みそがあるか、上半身の頭に脳みそがあるかの違いだな」
「君は僕だぞ。僕は僕を貶さない」
卓也は自分そっくりのモデルデータに向かって、自分のコピーなんだから自重しろと言った。
「時と場合による。君は目の前のごちそうをどうしてる? 皿が違うってだけで手を付けないのか? 食べてこその料理なのに食わず嫌いしているんだ。お皿が花柄だろうが、無地だろうが、勝手な価値観で祭り上げられたブランド品だろうが、美味しければなんでもいいはずだ。そうだろう?」
「単純な話じゃない。あれは禁断の果実だよ。僕の考えがまるっきり変わっちゃうんだぞ?」
「この体を見ても、同じことが言えるかい?」モデルデータはシャツを脱ぐと卓也に迫った。そして「これを機会に、もう少し物事を考える力を身に着けてもいいんじゃないか? 女性にうつつを抜かすだけではなく、宇宙というものを考え、そこにいる知的生命体達と価値観を広げていく。それこそスペースワイドの考え方だよ」
「ちょっと待った。それ本当に僕が言ったセリフ?」
「……言い方を変えよう。知的生命体とは女性も含まれている」
「前言撤回。僕のセリフだ」
「なんでもいいから、早く僕を抱け。それが目的だろう? 躊躇うな。アホ面を晒し、腰を振れ。これはスキャンダルになるぞ。――スキャンダルじゃない。ただの愛。宇宙のどこでも営まれているもの。――でも、物事を深く考えるのは大事だ」
モデルデータは急に無線が乱れたかのように好き勝手に喋り出したので、卓也も混乱していた。
「待った待った! 今はなんの時間なのさ。そもそも君は動いたり、考えたり、言葉を発することは不可能なはずだろう? ……ルーカス!!」
卓也はおかしくなった原因はルーカスだと思い叫んだ。
レストにあるVRカプセルは寄せ集めの部品で使ったため、防音対策がしっかり出来ていないのだ。つまり、卓也が入っているカプセルの周りで騒ぎ立てると、それがVRの世界になんらかの影響を及ぼすことになる。
そして、今まさに卓也のカプセルの周りで騒ぎ立てているところだった。
「ちょっと……邪魔しないでよ。彼の潜在意識に、男を抱くのはなにも悪いことじゃないって刷り込んでるんだから」
ジジがルーカスを睨みつけると、ルーカスはデフォルトを睨みつけた。
「君がスペースワイドなどという戯言を持ち込むからバレたんだ」
「VR世界も秩序で守られているものなので、無茶はしないように助言をしただけです。現にVR世界での差別が問題になっているんですよ」
「なら、二対一ね」
ジジはデフォルトの触手を握って友好関係をアピールするが、デフォルトは手を振り払った。
「それは違います。それは卓也さんが選ぶものであって、自分達が外からあれこれ洗脳するものではありません。もし、卓也さんが自らジジさんを選んで関係を持つなら、それは素晴らしいことです。ですが――」
「――ですが、なにさ」
いつの間にか卓也はカプセルから出て三人を睨みつけていた。
いつまで経っても戻ってこないので、探しに来たラバドーラが卓也とVR世界のリンクを解除したのだった。
「ですが……ですが! 次にやることは決まってます。サルベージした部品を種類ごとに分けましょう。それをVR世界に持ち込む準備も必要です。量子テレポーテーションを基礎にしたもので、まず電子をですね――」
デフォルトは卓也が興味なさそうなことを適当に並べ立てて、話題を変えて誤魔化したのだった。




