第四話
「奇妙な光景だな……」
ラバドーラは卓也を見て言った。
同じ宇宙船にジジという綺麗な女性がいるというのに、タブレット端末を持ってベッドに寝転がっているだなんて、今までならありえない光景だ。
地球学的に男性だと部類されたとしても、そこらの女性とは比べ物にならないほどの美人だと思うのは、今ラバドーラはいつものようにアイという女性ではなく、ハワード・ルイスという男性の姿を投影しているからだ。
そのせいで思考も男寄りに変わっていた。
「僕に話しかけないでくれる? 君とは仲良くするつもりはない。よりによってルイスだなんて……」
「元気出せよ。別にオレは本物じゃないんだぞ。言うなればオレはNEWルイスだ。新しい関係を築くチャンスだぞ」
ラバドーラは豪快に笑うと、卓也の背中を乱暴に叩いた。
「なにがNEWルイスだよ。がさつなところまでそっくりじゃないか……。やっぱり彼はムカつく――っと……」
卓也はタブレット端末の送信画面を押すと、長い溜息を落とした。
一瞬だが、画面の情報が見えたラバドーラは、卓也を押し倒すような格好でタブレットを奪い取った。
「ちょっと待った……今何をしたんだ」
「なにって、ママにメッセージを送ったんだよ。方舟で女の子以外からいじめられてないかって聞かれたから、君にいじめられてるって送っておいた。ムカつくハワード・ルイスにって」
「このバカ野郎は……」ラバドーラはため息代わりに排熱をすると「デフォルト!」と大声で呼んだ。
「あのですね……前にも言いましたが、ルイスさんは自分のことを多古さんと――。……なにをしているんですか?」
デフォルトにはルイスの姿のラバドーラが、卓也をベッドに押し倒しているように見えたので、事態が把握できずに混乱していた。
「僕のリクエストじゃないのは確かだ。立ってても見下されるのに、ベッドでも見下されるなんて最悪だよ」
「そんなことはどうでもいい。デフォルト、こいつを見ろ」
ラバドーラはタブレット端末に映されたメッセージ画面をデフォルトに見せた。
「母親へのメッセージですか? 普通のメッセージだと思いますけど。……前半の恋文のような文章がなければですが。これ……本当に母親へのメッセージなんですか?」
「そうだよ。宇宙一のママへ、宇宙一の息子がメッセージを送るとこうなるの。残念ながら化学反応を起こして恋人になることはない。なぜなら、宇宙一のママの隣には宇宙一のパパがいるからだ」
卓也は真顔で言い切ると、パパにもメッセージを送らなきゃとタブレット端末を操作し始めた。
「これが変だと感じるなら、これから先はもっと凄い話も聞くことになりますよ」
「違う。方舟は爆発したんだろ。地球との通信信号途絶えたはずだ。それなのに、方舟に対してなんの対処もされていない。なぜかわかるか? 方舟は爆発してないことになっているからだ」
「自分達は方舟を爆破させてないということですか?」
「違う……。卓也がのんきに地球にいる両親と連絡をとっているから、気付かれていないんだ。方舟が爆発したことにな。宇宙で長い期間連絡が途絶えることなんてよくある話だ。特に回遊電磁波を使っている場合はな」
「卓也さん!?」
今知らされたばかりの事実に、デフォルトは思わず声を大きくした。
「ちょっとちょっと! なんでみんなして僕を責めるのさ。親に心配ないって連絡をするのがそんなに悪いこと? 隣町へ買い物へ出かけたわけじゃないんだぞ。僕らは宇宙にいる。それも遠い銀河の果てへね。本当ならビデオ通話で話したいくらいだよ」
「卓也さん……なぜ銀河の果てへいることを話していないのですか?」
「箱舟に乗ってたんだぞ。そんなこといちいち言わなくてもわかるだろう。まさか、僕のママを宇宙船と遊覧船の違いがわからないおバカさんだと思ってるんじゃないだろうね。だとしたら不愉快だ。ママをおバカさんって言っていいのはパパだけ。それもイチャイチャしてる時に限りだ」
「そうじゃない」とラバドーラがうんざりした顔で卓也を見下ろした。「箱舟が爆発したことを伝え、宇宙を漂流したことを伝えていれば、今頃捜索チームが発足されていたり、地球の座標を教えてもらい、ワープホールを駆使して帰還出来たんじゃないかってことだ。少し考えればわかるだろう」
「ラバドーラ……言っとくけど、ルイスはそんなに賢くない。スポーツ以外の知識は皆無だ。プロセスチーズを食べるかって聞かれて、それはなんのスポーツチーム名かって聞き返した男だぞ」
卓也が話を逸らそうとするので、デフォルトは「卓也さん……」と強めの口調で名前を呼んだ。
「……わかったよ。全然思い付きもしなかった。マヌケは僕さ。メッセージを送ればいいんだろう。でも、いつ地球に届くかわからないし、地球からの返事はもっと遅いよ。あのDドライブだって回遊電磁波を繋ぎ合わせるのに苦労してるんだから」
「わかっていますよ。それに、卓也さんがおマヌケさんじゃないこともわかっていますよ。返事は気長に待ちましょう。希望が見えただけでも前進ですよ」
「デフォルト……君のことも良く書いておくよ。少しでも印象が良くなるようにね」
卓也は感激したと視線を送ると、デフォルトも同じく感激して視線を合わせた
「卓也さん……」
「まず掃除洗濯料理が得意と。地球ではコントクト経験がない宇宙人だね。でも性格はいい。実に良い友人関係を築いている……と」
「卓也さん……母親にメッセージを送るのではなく、専門の部署にヘルプの緊急メッセージを送るんですよ?」
「やだなー、デフォルト……。わかってるよ」と卓也はメッセージをデリートすると、宛先を変えた。「ところで……緊急メッセージの書き方ってわかる?」
「自分が書きますよ……。名前は卓也さんのをお借りしますが」
「頼むよ。くれぐれも余計なことは書かないようにね。僕には守るべきイメージがあるんだから」
「わかっていますよ。今までのことを全部書いてしまったら、きっと迎え入れてもらえないでしょうしね……」
デフォルトは箱舟が爆発した当たり障りのない理由を考えながらメッセージを考えるが、これは思っていたより大変な作業だった。ルーカスと卓也の愚行を誤魔化しつつ、自分の境遇や、犯罪組織のリーダーであるラバドーラのことも説明しなければならないのだ。納得させる文章を入力するのは、実に骨の折れる作業だった。
デフォルトにタブレット端末を使われてしまい、やることがなくなった卓也は、まじまじとラバドーラの姿を眺めていた。
「本当……なんでよりによってルイスの姿なのさ……無駄なデータは消す主義じゃなかったのか?」
「あんなドタバタした生活の中で消せるわけもないだろう。スポーツでもして頭を空っぽに出来るならそれでいいんだけどな。あいにくこの体じゃそれは無理だ。それにこの性格もほとんどデフォルトの妄想だからな。本人のことはオレも良く知らない」
「それならいつものようにアイさんの姿でいいじゃん。最悪でも、他の異星人の姿とか」
「アイの姿は無理だ。バゴダスに散々写真を撮られたからな。フィリュグライドに残されたデータを、商人同士で共有してるかもしれない。あの集まってきた宇宙商人達が全員普通の商人だと思うな。人身売買、機密データの流出。犯罪組織に関わってる商人など山ほどいる。それに、他の異星人の姿を投影するとなると説明が面倒だ。同じ地球人なら適当に話を合わせられる」
「凄いね。とても『せっかく宇宙に出たんだ。三日月をハンモックにして昼寝してやるぞ!』って宣言した男とは思えないセリフだ。なのに女の子に人気があるってふざけてると思わない? スポーツの世界じゃ、僕の小さくて可愛いお尻よりも、ゴツくて大きなお尻の方が人気なんだ」
「卓也だって人気があっただろう? オレが試合中に活躍して浴びる歓声の中には、卓也の名前を呼ぶ声もたくさんあったぞ」
「うそ……本当?」
「うそだ。たとえ名前を呼ばれてたとしても、背と同じで小さくて聞こえない。……なんてな冗談だ。観客まで背が低いと限らないからな」
ラバドーラは豪快に笑うと、卓也の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「僕……この冗談嫌い」
「オレは好きだ。だんだん体にハマってきた気がする」
ルイスの姿でいると、アイの時とはまた違う意味で卓也を手玉に取れる。それも、性的感情抱かれてべったりとされることはなしだ。ラバドーラはだんだんこの姿を気に入りだしていた。
「また僕の女の子をとるつもりじゃないだろうな……。エイミー・ハワードの時のように」
「とらないって。名前も知らないんだぞ。どうやって取るんだよ。ここに他の女性と言ったらジジしかいないだろう。仮にオレが取ったとして、とられたら困るのか?」
「ちょっと待った! 君はずっとジジのことを彼女とか女性と言ってるけど、地球生物学的には男だってわかってるのかい?」
「それがどうした。男なら細かいことを気にするなよ。本人が女性らしく振る舞ってるなら、女性扱いでいいだろう。自分は宇宙の支配者だと思ってる男よりも、何億倍もマシだろう? あそこまでいけば、おかしくないところを探す方が困難だ」
「僕の息子の意見も聞いてよ。今まで女性ばかりの楽園でしか顔を出したことがなかったんだぞ。僕の息子に目がついててごらんよ。鏡で自分の姿を見ただけでも卒倒するぞ」
「そりゃ起き上がったら驚きだ。卓也ならありえそうで怖いけどな」
「僕をバカにするな。僕が僕を見て反応するわけないだろう! でも、僕が女装してたら話は別。それは最高にセクシーな女ってことだからね。僕は礼儀正しく真っ直ぐ立つね」
「面白そうな話をしてるじゃない? 一回女になってみる?」
ジジは部屋に入ってくるなり、卓也の腕に抱きつきながら言った。
「ジジ……その手法はもう過去にくらってる。応募したら下手くそなフィギュアが送られてきたよ。どう見ても使い回しの素体でね。足の裏にはジョーって書かれてた……」
「それは地球の話でしょ。ここは広大な宇宙よ。地球では認められていない、不可能だと思われてる事実っていうのも、たくさん転がってるのよ。女の子になれちゃう技術とかもね」
ラバドーラは「嘘だろ」とすぐさま突っ込んだ。
「どうしてそう思うわけ?」
「そんな技術があれば。自分がなってるはずだ。卓也に抱かれるためにな」
「一理あるわね。でも、私は自分が気に入ってるから、そんなことするつもりはないわよ。まぁ、そんな技術はないんだけどね。似たようものはあっても、形や名前だけよ。変えられるのはね。自分の心は変えられないの。私は心が同じなら、他は変えなくてもいいと思ってるからね。でも、たまに変わりたくなる。それがVRよ。それも電磁波が触覚を刺激するから、感触まで再現しちゃうの」
「VRの世界はこの船にもある。今更目新しい技術でもないな」
ラバドーラは自分の投影技術の方が遥かに新しい技術だと、内心ほくそ笑んでいた。
「違うわよ。こっちがVRの世界に入るんじゃなくて、VRをこっちの世界に作り出すの」
「まさか……そんなことが……出来るわけない」
「出来るわよ。それもすぐね。ぱぱっと」
ジジは卓也の画像を端末に取り入れると、VRを起動した。
するとホログラムという言葉では片付けられないほど、精巧な生命がそこに存在していた。
それは卓也を女性へと変換したものだった。
「いつの間にこんな技術が……。オレの知らない間に……生命のダウンロードだと?」
ラバドーラはショックを受けた。確実に自分は古い技術へと追いやられてしまうほどの技術が目の前にあるからだ。
「まぁ嘘なんだけどね。ただの超精巧なホログラムよ。人体そのものを利用できる技術はないわ。あなたちょっとバカそうな顔してるから、からかってみただけよ。もうしないわ。余計なことまで信じちゃいそうだし」
ジジに言われてラバドーラは愕然とした。自分の頭がこれほどまで悪くなっているのは、錯覚ではないような気がしたからだ。ルイスを投影することによって、卓也やデフォルトの反応を受けて、その情報を元に、どんどん勝手にアップデートされてしまっているようだ。
気付けば卓也も、ラバドーラの隣で愕然としていた。
「嘘だろ……完璧な女性だよ。ママの若い頃にそっくりだ! すごいよ! 体の柔らかさまで伝わってくるようだよ」
卓也が感激していると、ジジは頬を赤くしてもじもじし始めた。
「私の息子は、あなたのママに挨拶したいってコチコチに緊張してるわ」
「僕のママだぞ! コチコチもカチカチも禁止だ!」
「これはあなたよ。コンピューターが計算した。女として生まれてきた時のあなた」
「ということは――世界一の女性に、僕の好きなことを出来るってわけ?」
卓也は信じられないと瞳を輝かせたのだが、ジジは少し引いていた。
「そうよ、あなただから問題ないわ。ホログラムが作り出したママにそっくりなあなただけど……」
「安心して。僕はホログラムからでも完璧に妄想ができる。スーパーヒーローのようなスーパーパワーが備わってるんだ。それは妄想の具現化だ。さぁ、立ち上がれ! 僕はスーパーヒーローだ!!」
卓也は首に筋を立てて叫ぶと、ぐっと目を閉じて眉間に皺を寄せて唸った。
そのまましばらく猫のように喉を鳴らし続けたかと思うと、急に狼のように遠吠えを上げた。
「ダメだ! どうしちゃったの僕……スーパーパワーが無くなっちゃったよ! これじゃあ、完璧なデートのシミュレーションも出来ない……」
卓也は世界の終わりだとでも言うように膝をついて崩れた。
ジジの励ましの言葉も全く聞こえていない。
「ねぇ、これってどっち? 自分の母親だから反応しなかったの? それとも、自分が元は男だってわかってるから?」
「さぁな。わかってるのは、地球のスーパーヒーローってのは、一度の自分の力を失うものなんだ」
「そうなの?」
「例えば、自分より手強い敵が出てきた時とかな。ありがちな話だ。ヒーローは自信を失う」ラバドーラはニカっと笑ってから、重いため息を落とした。「こういういらない知識が溜まるから困るんだ……」
ラバドーラは言ったことのない惑星地球を思い出し、娯楽ばかり進化するしょうもない惑星のくせにと自身を責め立てていた。




