第三話
「なるほど。ただ宇宙ゴミを拾うわけではなく、技術進化の乏しい銀河まで移動して売るわけですね。……言われれば簡単に思いますが、銀河移動はかなり時間がかかると思うのですが……」
デフォルトはいちいち移動を繰り返していては、いざ資金が貯まる頃には地球人の二人が年老いてしまうと心配していた。
「今時そんなことする宇宙商人はいないわよ。中にはワープホールを自作して宇宙に隠している商人もいるみたいだけどね。そんなの極一部よ。商人が使っているのは、もっぱら仮想空間よ」
ジジはポケットから端末を出すと、レストに繋げてあるものを空間投影した。
「それは、もしかして……」
「そう『エンド0』よ。皆が使ってる仮想空間。食料から兵器まで。なんでもござれな世界よ」
「それは聞いたことあるのですが……。商人の闇取引に使われていると。ですが、どうやってもののやり取りを?」
「簡単よ。小型のワームホールを開ければいいだけ。それが唯一の物質をアップロード出来る手段よ。ワープホールを開くと維持するのに面倒だから、皆ワームホールの方を使ってるわ」
「ワームホール? 宇宙商人の方々は、そんな危険なことをしているのですか?」
デフォルトが驚愕の表情を見せるが、ジジはなにをそんなに驚いているのだと一つ目を細めた。
「商人だけじゃなくて、皆使ってるわよ。もしかしてこの船にはワームホールが……あるわけないわよね……」
ジジはざっと辺りを見回して呆れ半分感心半分だった。
単純にこんな古い設備の宇宙船は見たことないと言うのと、こんな宇宙船でしっかり宇宙に出ていられることが不思議でしょうがないという思いだ。
「ある意味凄いわね。究極の省エネで賞を取れるわよ」
「お恥ずかしい……」
デフォルトはジジの皮肉を聞いて顔を触手で覆った。レストのことだけではない。自分もワームホールを日常的に使うほどの技術に達していなかったこともある。むしろその方が大きかった。
今までは何世紀も宇宙技術が遅れている地球人二人と一緒にいたので、自分が一番最先端の技術に触れた人物だったのが、あっという間に下の下に落ちてしまったからだ。
「恥ずかしがることはない。そもそもワームホールってのは小型でも危険なものだ。常用化してる方が、よっぽど遅れているってことだ」
「ルイスさん……」
デフォルトはルイスの姿を投影しているラバドーラに庇われると、嬉しそうに表情を緩めた。
「どういうことかしら」
「ワームホールを閉じても、それは窓にヒビが入っているような状態ってことだ。開け閉めを繰り返すうちに、やがて割れ落ちる」
「そうならないから技術なのよ」
「オレもそう信じたい。だが、そのヒビってのは宇宙生物の通り道になる。フィリュグライドが襲われたようにな」
ラバドーラは尤もらしい理由をつけて、フィリュグライドの宇宙生物騒動は自分達とは無関係だと主張した。
だが実際にそう違う話ではない。ラバドーラもL型ポシタムとして活動していた時は、ワームホールの研究をしていた。その時に導き出した答えの中の一つが、宇宙生物の移動の為に使われると言うものだ。
実際にワームホールを開けるとなると、強大なエネルギーを持ち、質量を作ると言うのが必要になる。だが、ワームホールを行き来する宇宙生物の中には質量を作れない生物も多々いる。
それらは一度開けられたワームホールの歪みを利用して移動している。と言うのがラバドーラの考えだった。
「確かに……あんな宇宙生物は見たことなかったわ。那由多彼方の銀河から来た生物だと言われた方がしっくりくる。でも、小型のワームホールは安全よ。実証済み。それに心配なら、レストじゃなくて専用機を作ればいいのよ。いざとなったら切り離せばいいわ」
ジジはレストではエネルギー不足なので、どちらにせよ専用の機械部屋を作って、レストとドッキングさせた方がいいと提案した。
「それなら問題はないな。やることは増えたけどな。まぁ、得意分野だ」ラバドーラは肩をすくめると、うんざりした顔でデフォルトを見た。「なんだ……さっきからずっと視線を感じるんだが」
「いえ……その……頼もしいと思いまして」
「このオレがか?」
ラバドーラは他の姿の時にはこんな視線は感じなかったぞと言いたげに睨みつけた。
「そうですよ。さすがルイスさんです」
デフォルトは頼りにしていると触手で、軽くラバドーラの肩を殴った。これは過去にタイムスリップで箱舟に行った時に、ルイスから教わった挨拶だった。
「ははは、そうだろう?」
ラバドーラは爽やかに笑いながら、事態をややこしくするなと強めに殴り返すと、船の針路を確認する為に部屋を出ていった。
「なに? 今の」
音が出るほど強く叩かれたのに笑っているデフォルトを、ジジは訝しく見ていた。
「これは地球人が親愛なる相手にする挨拶なんですよ」
「あら、それは良いことを聞いたわね。他に何かないの? 地球人の習わしみたいのって」
「それは――」
「――それは私が教えよう」
ルイスの姿のラバドーラがいなくなった途端。ルーカスが姿を現した。これは偶然ではない。投影と言えども、天敵のルイスがいる部屋に入りたくなくので、いなくなるのを外でずっと待っていたのだ。
「この男も地球人なの? それなら、異星人の私でもわかるわよ。他の二人より遥かに劣るってね。彼も異星人なら、別の見方が出来るけど」
ジジが素直に思ったことを言うと、デフォルトは余計なことを言ってしまったと天井を仰いだが、ここはフォローするより逃げた方が自分のためだと、そっと部屋から離れた。
「いいかね? 君がそう思うのは仕方がない。飲みすぎて頭がおかしくなっているんだから」
「飲むってアルコールのこと? 飲んでないわよ」
「ならば、なぜそんな吐いた後のような青白い顔をしているのだね? 息は……酒を飲んでる方がマシだ。臭いぞ……世間を知らない田舎者のニオイがぷんぷんしている」
「あら、喧嘩を売ってるのね。大丈夫?」
「なにがだね」
「あまり賢そうに見えないから。今ので全部知ってる単語を使っちゃったんじゃない?」
「よし……買ったぞ! これはチンケな口喧嘩などではない! 地球の財産という私を傷つけたという惑星間戦争だ!」
唾を飛ばして怒鳴り散らかすルーカスだが、ジジは至って冷静だった。
「落ち着いて。売ってきたのはあなたよ。でも、私は買わない。商人だから無駄な買い入れはしないの」
「ほう……私に怖気付いたと言うことかね」
「それでいいわよ」
ルーカスになんと思われようと気にしないジジは、あっさりルーカスの立場が上だと認めた。別に言うことを聞く必要もないので、マウントを取られようがどうでもいいことだった
「なんとも拍子抜けだ……。さては、私の噂は銀河の果てを通り越して、新たな宇宙形成に影響を与えているのだな」
「いいえ、あなたの名前も初めて聞いたわよ。そもそも地球なんて惑星も、卓也がいなければ全く興味がないもの」
「これだから田舎の銀河出身は嫌いだ。礼儀がなっていない」
ルーカスはこれでもかと見下して言ったのだが、やはりジジは何を言われても気にすることはなかった。愛想笑いも、批判の受け流しも、相手にゴマをすることも、宇宙商人にとっては当たり前に備わっているスキルだった。
そもそも異星人はどこに怒りの沸点があるのかは謎だ。それは地球人にとっての異星人も同じだし、ジジにとっての異星人にも同じことだ。
なのでルーカスが喚き散らしたところで、ジジはいつでもどうとでもあしらえるのだった。
「もしかしたら他の商人は知ってるかもしれないわよ。私は卓也一筋だから。彼を初めて見た瞬間どうなったと思う? 普段なら絶対買わない粗悪品を買ったのよ。これってドーパミンが過剰分泌されて私をおかしくさせたってこと。これってアルコール依存症やギャンブル依存症にもみられることよ。つまり――私は卓也依存症ってこと」
自分を抱きしめて腰をくねらせるジジを見て、ルーカスは間違いなく自分より劣った知的生命体だと確信した。判断能力が著しく低いのだと同情し、卓也がどんなに愚かな男か教えてやろうという親切心さえ芽生えていた。
「あんな男のどこがいいのか……。見たまえ、これを。彼が引き起こした最も情けない事件だ」
ルーカスはタブレット端末に保存してあった、箱舟での記事をいくつかジジに見せた。
内容は女性との悪さがバレてしまい、裸で通路を逃げ回っているものや、異星人とのファーストコンタクト後のセカンドコンタクトでの取引の際に、お偉いさんの娘を口説こうとして友好関係が拗れてしまったものなど。要はスキャンダルをまとめたものだ。
しかし、ジジはそれを一つ目の瞳を輝かせて読んでいた。
「彼ってすごい影響力があるのね……。これも凄いわ。『卓也。一晩で三部屋をハシゴ。彼が早いのか、時間の流れが遅いのか』。彼って時空間理論の研究者かなにか?」
「詳しくは知らんが、愛の深さは時間とは無関係だと証明しようとしている」
「すごいわ! それで?」
「証明出来たのは、愛が冷めるのは早いと言うことだ」
「興味深いわ。冷たいものと温かいものは時間の流れが違うっていう研究があるの。低温のものを温めると、そこにワームホールを呼び寄せることが出来るんじゃないかって」
「それは凄い。一回に一台電子レンジを。今ならワームホール付き。レンジでお弁当をチンして異星人を呼び寄せましょう」
ルーカスはバカにしたような仕草で、CMの一場面のようなセリフを言ってからかった。
「重力に影響を与えるほどの超低温と超高温の話よ。地球って、そんなものを使って調理するの?」
「私専用のスペシャルディナーの場合に限りだ」
「それは凄いわね。でも、これも凄いわ。『卓也奇跡の帰還。空調ダクトで過ごした。三日の謎』。答えは『誰かが違法に持ち込んだペットを助けるため』ですって。彼って愛護精神にも溢れているのね」
「口説き中の女が二人鉢合わせたから逃げたんだ。確かに賞賛に値する行為だ。私には真似できん。咄嗟のことに体の関節を外して、小さな自分よりも小さなダクトの中に入り込んだんだからな」
「まさか」
「だから動けずに三日そこにいたんだ。真相はこうだ。動けなくなった卓也を、逃げ出したペットが見つけた。ペットは猫で喋れない。あとはわかるだろう」
「あなた詳しいのね……。もしかしてお仲間?」
ジジは初めて不機嫌な顔をルーカスに見せた。もしも卓也を狙っているとなれば、大きなライバルになると思ったからだ。
「話にならん……これだから異星人は好かんのだ。誰一人私の知能についてこれない」
「知能なんて宇宙ではそこまで評価されないのよ。大事なのはキュートとセクシー。頭が良くても、価値観が違えばただの鼻持ちならない奴よ」
ジジは他の部屋も見させてもらうと、部屋を後にした。
それからしばらくしてルーカスも部屋を移動した。
そこで「うーむ……」と唸っていた。
「どうしたんですか?」
デフォルトは洗濯物を干しながら聞いた。
「あの異星人のことだ」
「もしかして恋に落ちたんですか? なんて、地球のジョークですよ。ルイスさんに教えてもらったんです」
いつになく上機嫌なデフォルトに、ルーカスは「低俗なジョークだな」と吐き捨てた。
「すいません……。では、いったいどうなさったんですか?」
「あの異星人は卓也を褒めるのに、私のことは全く褒めん。おかしいと思わないか?」
「えっと……お好きになられたわけじゃないんですよね。確認しておきますが、ジジさんはルーカス様が差別している異星人であり、地球的には男性に部類されるお方ですよ」
「わかっている。だからしっかり見下している。私が問題視しているのは、私より技能も知能も低い卓也が賞賛され、私に賞賛がないのはおかしいと言うことだ。まずは私を褒めて然るべきだろう?」
「それならば……相手に良いところ見せればいいのでは? 見つけてもらうのではなく」
「なぜだ。向こうが見つけるべきだろう。良いところがありすぎて、私が通った後にはいくつも落ちている。君はいくつも見つけているだろう?」
「えっと……そうですね。ですが、自分が掃除してしまうので。その時にルーカス様の良いところも回収してしまっているんだと思います……」
「君のせいか。掃除は程々にしたまえ」
「えぇ、なるべく……。それで良いところを見せるのですか?」
デフォルトは協力的だった。ルーカスとジジの二人が悪いところを見せ合うよりも、良いところ見せ合う方が良好な関係を築けるからだ。
「多少はな。得意分野でも見せつけてやれば、泉のように褒め言葉が湧き出るだろう」
ルーカスは上機嫌に笑うと部屋を出ていった。
デフォルトはルーカスの得意分野とは何かも聞けずに、その手法は恋する相手の気を引く方法だと教えることも出来なかった。




