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惑星迷子  作者: ふん
Season6
127/223

第二話

 雨雲を連れてきそうな灰色の雲に、絵の具の青を一滴垂らして混ぜたようなブルーグレー。それが異星人の肌の色だった。

 体は地球人と酷似しており、一対の手脚を持つ直立二足歩行で頭は一つ。毛髪はあるが、地球人のように細くはない。どちらかというと薄いという言葉がしっくりくる。板のように薄く広い髪が、十数本重なっている。まるでデフォルメされたアニメキャラクターのような髪だった。

 それよりも遥かに特徴的なのは大きな一つ目だ。それも縦開きではなく横開き。瞬きするたびに、大きな目玉が両開きの襖から顔を出すようだ。

 異星人の美的感覚は様々だが、少なくとも卓也にとって美人と思える容姿だった。スタイルだって申し分ない。肉付きの良い太い脚も、十分魅力的な範疇に留まっている。

 だが、卓也の心はいつものように踊ることはなかった。これが嵐の前の静けさならいいのだが、のどかな休日のように穏やかな心のままだった。

 卓也は焦る中でなんとか閃いた。ラバドーラに女の子の姿を投影してもらい、それで確かめようと。

 しかし、ラバドーラは既に投影をしていた。いつものようにアイの姿ではなく『ルイス』の姿に。

「……なんで?」

 宿敵の姿に卓也は驚愕した。

「なんでだろうな。あえて言うなら、勘ってやつだな。どうせ当たるなら宝くじでも買っておけばよかった」

 そう言うとラバドーラは爽やかに笑った。

 だが、卓也にとっては鼻持ちならない笑い方でしかない。思わずラバドーラの名前を呼んで投影をやめさせようとした瞬間だ。卓也の口はデフォルトの触手に押さえられていた。

 そうして余計なことを喋らせないようにすると「卓也さんとお知り合いですか?」と異星人に聞いた。

「そう、知り合いよ。それも深い仲。それも人に言えないようなことも話した仲ね」

 異星人の言葉を聞いて、デフォルトはやっぱりと項垂れた。

 しかし、当の本人の卓也には全く心当たりがなかったのだ。

 その表情に嘘があるように思えず、デフォルトはルーカスに視線を送った。卓也は女性との関係が終わるとすぐに忘れてしまう、都合のいい記憶力をしているので、交際中の惚気をずっと聞かされているルーカスの方が、卓也と関係を持った女性を覚えている可能性が高いからだ。

 ルーカスが視線だけの察しに気付くことはなく「何をガンつけているのだ。タコランパめ。私は木っ端微塵にするつもりだったのを、君が反対したんだ」と睨み返した。

「なにで攻撃しようとしたのかは知らないけど、超最新の防御シールドを備えてるから、レーザーでもなんでも効果なしよ。それどころか、カウンターシールドも設定されてるから、自分達の宇宙船が破壊されちゃうわよ。不用心に宇宙船に近付くような商人はいないわ」

 異星人はしっかり卓也の腕に抱きつきながら言った。

 普通なら卓也でなくとも、下心が鼻毛程度にもある男なら頬が緩みそうなものだが、卓也の表情は真顔というよりも強張っていた。

「やはり攻撃はしなくてよかったですね……。あの……それで……その……卓也さんとはどういったご関係なのでしょうか。もし、何か傷つけるようなことをしたのなら、変わって謝罪を申し上げます」

「なにもされていないわよ。むしろ私が自分で否定的に思って苦しんでいたことを肯定されたのよ。感謝してるくらいだわ。それが愛に変わるのも時間の問題だったってわけ」

 異星人は卓也の頬を突きながら微笑むが、卓也は乾いた笑いをするしかなかった。

「卓也さん……本当に心当たりはないのですか?」

 デフォルトはまだ疑いを持っていたが、卓也に「あったら、こんなチャンスを僕が逃すと思ってる?」と正論を言われ、確かにと思ってしまった。

「やだ……本当に忘れちゃったの? まぁ、しょうがないわね……あんなことがあったら」

「あんなこととは? 聞いてもいいのでしょうか?」

「あなた達に起こったことでしょ? 敵に襲われて、連絡不能状態。まさかあんな巨大な宇宙生物に襲われていただなんて。あっ、安心して。宇宙生物は退治して、フィリュグライドの船員は大方逮捕よ。幹部達には逃げられちゃったけど、また大きな犯罪組織になることはないでしょうね」

「もしかして卓也さんに助けに来たとメッセージを送ったのは」

「そう私。名前がまだだったわね。『ジ・ジ』。まぁ、繋げてジジでいいわ」

「ジ・ジ……ジジ……」

 卓也は試しに何度か名前を口に出してみたが、やはり思い当たることはなかった。

「ジジさんはなぜ、自分達が宇宙生物に襲われているのがわかったのですか?」

「いやね。そっちがメッセージを送って来たのよ。敵襲あり。助けを求めるって。他にも、ほら」

 ジジは卓也から送られてきた様々なメッセージをデフォルトに見せた。

 確かにそれは卓也から送られたメッセージだった。驚いたのはそれは普通のメッセージではないことだ。

 間に入っている送受信に使った電磁波は『怠惰な昼下がり』のもの。卓也がやりとりしていたコミュニティーサイトだった。

「回遊電磁波も途切れて遅れちゃったから、もうダメだと思ってた。でも、助けられてよかったわ」

 ジジはご機嫌で攻撃の意思もない。ひとまずは安心したデフォルトだったが、気になることが一つあった。怠惰の昼下がりは、フィリュグライド騒動の前の出来事だ。

 性的目標の利用だとバレた卓也は強制退会させられて、二度とアクセスできなくなってしまった。

 つまりメッセージのやりとりは、宇宙生物に襲われる前の出来事になる。

 そして、最後のメッセージ。『敵襲あり。助けを求める』というメッセージに戻ると、デフォルトはあることに気づいたのだ。このメッセージだけ送受信に使った電磁波が違うのだ。怠惰の昼下がりというコミュニティーサイトを使わずに、直接メッセージをやり取りしたことになっている。

 なにかまた時間軸の乱れに巻き込まれたと思ったが、卓也側の受信フォルダからメッセージが全て消えているのを見て、あることを思い出した。

 卓也が怠惰の昼下がりには、自身をゲイとして登録していたのだ。そうして無害を装って女性に近付こうという卑怯な手を使っていた。

「『作りかけのスープの人』ですよ!? 熱くなった私をかき混ぜてってやつです!!」

「デフォルト……いつから僕みたいなことを言うようになったんだよ」

「いいえ、それは私のセリフよ。あなたに送った愛のセリフ」

 ジジは目を閉じると、卓也の唇にキスをした。

 その瞬間卓也に電流が走った。愛に痺れた訳ではない。デフォルトが過去に言っていたセリフを思い出したのだ。

『卓也さんが連絡をとっている相手が、卓也さんのいう女性とは限らないということです』

「もしかして君って男!?」

 衝撃の事実が頭によぎったせいで、卓也の声はひっくり返っていた。

「そうよ、やっと思い出してくれたのね!」

 喜ぶジジに二度目のキスをされるが、卓也には何かを考える余裕はなくなり、気絶したかのように動かなくなってしまった。



「まさか、そんな面白いことがあったとはな……」

 自分には関係ないと場を離れていたルーカスは惜しいことをしたと悔しがった。

「笑い事じゃありませんよ。卓也さんが動かなくなってしまったのですから」

 デフォルトは膝を抱えたまま座り込む卓也をどうにか別室へと運んだ。

 卓也がこうなってしまったので、デフォルトが代わりにジジへ状況を説明した。

 失礼なことをし、勘違いから危険な救出をさせてしまったことを詫びたが、ジジは気にしていないと笑っていた。自分も不正にコミュニティを使っていたのは事実だし、それならそれで卓也を振り向かせる自信があったからだ。

「でも、キスの一つや二つで固まるなんて。宇宙一セクシーな男も、案外ウブなのね。燃えるわ」

 ジジは固まる卓也の頭を撫でた。

「地球には見るものを石にしてしまう力を持つ怪物がいる」

 ルーカスは一つ目のジジへ、差別的な視線を送っていった。

「そうよ、あなたのことも石みたいに固くできるわよ。気を付けてね」

「聞いたかね。私を石に出来るだと。やってもらおうではないか」

 ルーカスはラバドーラの肩に肘をつくと、そんなこと出来るはずがないとバカにしてヒーヒーと笑った。

「じゃあ、よく見てなさい」

 ジジは素早く自分のズボンに手をかけると下着まで脱いだ。またぐらにぶら下がるものは、ルーカスよりも遥かに大きなものだった。

 ズボンを履き直したジジは、不敵な笑みを浮かべると「まるでこれに殴られたみたいに、頭ぐわんぐわんしてるでしょ」とゴルフスイングをするように腰を振った。

「見たかね? 本当の化け物は下にいたぞ。まるでビール瓶だ。あんなもので殴られてみろ。肉体的にも社会的にも痛手を負うぞ」

「記憶を除去しようとしてるんだから、説明するな……上書きされるだろう」

 ラバドーラはまた余計なことにメモリを使ったと嘆いた。

「とにかく、私が来たからには安心よ。あなた達を立派な商人にしてあげるわ」

 ジジはデフォルト達を地球に帰す手伝いをしてくれることになった。

 理由は二つ。単純に卓也に好かれようとするため。もう一つは、自分の住む惑星というのは同性愛にかなり厳しい惑星なので、もし地球が自分にあった惑星ならば移住しようと思ったからだ。

 ジジが宇宙を移動する商人をしているのは、住みやすい惑星を見つけるのが目的だった。

 地球に帰るのに、このレストでは完全に不可能だと判断し、買い換えるにもオーバーホールするにもまずはお金だということになったのだ。

「そうですね。頼りにしています」

 デフォルトが乗り気なのは、お金を稼いで買う。という至極当然なことをするからだ。

 盗んだり、忍び込んだりといったことがないとわかるだけでも、心は晴れやかだった。

 反対に卓也の心はずぶ濡れ。落ち込むばかりだった。

 あまりにウジウジとしているので、ルーカスはため息をつきながら近付いた。

「いつまでクヨクヨしているんだ。私の初キスは実験薬で興奮状態に陥ったゴリラだぞ。小学校の工場見学……忘れられん思い出だ。それに比べたらなんだ。化け物だが、十分女に見える生物ではないか。ゴリラはどう見たってゴリラにしかならん。だいたいだ……アホ担任の女が目を逸らしたから、ハメを外した私が研究室に忍び込み、タガが外れたゴリラに襲われるような事態になるのだ。その他にもだな――」

 ルーカスが下手な慰めを続けていると、ようやく卓也が反応を示した。

「ルーカス、もう黙っててよ……慰めはもういらないから」

「なにを言う……慰めなどとっくの間に終わっている。今は私が過去の怒りに燃えているところだ。邪魔をせずに聞きたまえ。君の悩みは男にキスされたというチンケなものだろう?」

「そんなことで僕が悩む訳ないだろう。どうして僕はゲイにはなれないかを悩んでるんだ!!」

「なにを言っとるのかね……君は」

「だって、あんな美人だぞ。それを僕はゲイじゃないという理由だけで、なにも反応しないんだ。こんなひどい話ってあるかい? 僕がゲイだったら、今頃ベッドの上で愛を叫びあってるっていうのにさ」

 ルーカスが卓也のメチャクチャな理論に呆れ返っていると、ジジは押しのけて会話に混ざった。

「あら、ありがとう。でも、ゲイにはなるものじゃないのよ。気付くもの。普通の恋愛と同じ、好きになろうとするんじゃないの。気付いたら好きになってるのと同じよ」

「でも、まさか愛が障害になる日が来るとは思わなかったよ。だって、君はこんなに綺麗だ」

「愛はいつだって障害よ。異性愛者の方が整備がされてるってだけ」

「今すぐ僕の道を整備して、君の道へと繋げてほしいよ」

「それはあなたの問題よ。いつ気付くか、気付かないまま人生を終えるか。私は気付かせる自信があるけどね」

 ジジは優しく笑いかけると、今後の予定を立てるためにもデフォルトと一緒にレストにある資源を確認しに部屋を出ていった。

「よく頑張ったな。正直驚きだ」

 ルーカスはジジが男だとわかった瞬間に、卓也は突き放すと思っていたが、意外にも女性と接するように優しくてしていたので驚いていた。

「僕も混乱してるの。頭とペニスと心。誰が本当のことを言っているのか全然わかんないよ」

「なにを言っている。君の脳みそも心も全てペニスの中だ。そのうち勝手に歩き出すに違いない」

「それってルーカスのうんこみたいにってこと」

 卓也が言うと慌ててルーカスが手で口を塞いだ。

「あの異星人に聞かれたらどうするつもりだね……。あの異星人は宇宙生物を退治したと言っていた。私が生み出したと知られると危険だ。私の頭脳が狙われるかもしれん」

「ルーカスの頭脳ってうんこなの? それで納得だよ。毎日垂れ流すからアホなわけね」

「私は真面目に言っているのだぞ。私にしかない技術だ。利用されれば全て私のせいになる。非常に危険だ」

「それって怪物を生み出したフランケンシュタイン博士みたいってこと? 今じゃすっかり怪物の方がフランケンシュタインだ。そんなくだらない……僕は心の怪物と戦うので精一杯なの。ルーカスのうんこと戦う暇はないよ」

「私もそう願っている。くれぐれもナノマシンの類は、私に近付けないように気を付けてくれたまえ」

「僕がS極とN極のどちらにくっつこうか悩んでる時に、よくそんな自分のことばかり心配できるな」

「私には関係ないことだ。」「いっそ僕が二人になれればいいのに、そうすれば片方はS極で、もう片方はN極だ」

「何を言っている……磁石はどこで切ってもSとNで分かれる。小学生でも知っていることだぞ」

「それくらいあり得ないことで悩んでるって言ってるの。ラバドーラも男。それもルイスの姿を投影するだなんて、レスト史上最低の旅になりそうだよ」

 卓也は大きくため息をつくと、やる気が一つも起こらないと椅子を倒して寝転んでしまった。






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