第一話
「どう?」
卓也は分け目を変えた髪型を、デフォルトにお披露目して意見を求めていた。
「とても似合っていると思いますよ」
「それはわかってるよ。僕が聞いてるのは、カッコイイかセクシーかキュートかってこと」
「卓也さんがお好きな言葉でよいのでは? 自分に聞いたところで、女性からの意見にはならないので、参考になりませんよ」
「そうだけど、他に誰に聞けっていうのさ」
卓也は鼻をほじるルーカスと、白いマネキン姿のラバドーラの二人を両手でそれぞれ指すと、そのまま肩をすくめた。
「いいですか……久しぶりのデートで気分が盛り上げっているのはわかります。ですが、くれぐれも節度を守ってくださいね。自分は手助けすることは出来ませんよ」
「デフォルト……誰に言ってるのさ。僕だよ、この僕。宇宙一セクシーな男。それじゃあ、言ってくるよ」
卓也はそう言うとカプセルの中に寝転び、深呼吸を数回繰り返した後に静かになった。
「行ったか……。私は生命体に女がいなくなって、いるのがメスの猿一匹になったとしても。こうはなりたくない。惨めだ」
ルーカスは卓也が入っている縦長のカプセルケースを乱暴に叩いて言った。
「ルーカス様気を付けてください! 雑音は中のマイクが拾ってしまいますよ」
デフォルトが触手を絡みつけ叩く手を止めると、ルーカスは大きなため息をついた。その大きさと言えば、カラオケのマイクテストでスピーカーから流れてくるほどの大きさだった。
「これが本当に正しい治療法だと思っているのかね?」
「他に方法がないんです……」
「そうだ。心電図を見てみろ、実際に安定してるだろう」
ラバドーラはルーカスに蹴りを入れながら言った。自分が作ったこの機械を乱暴に扱ったことへの苛立ちだ。
「私は揃いも揃ってアホばかりだと言っているのだ。君らが作ったものは、ただのバーチャルデートシステムだぞ」
ルーカスにはっきり言われて、デフォルトもラバドーラも一瞬我に返ったが、すぐに現実から目をそらした。
「これは医療器具だ。実際にこうしなければ、死んでしまうんだからな」
「そうですよ、ルーカス様に恋人を奪われたことにより、心を蝕まれた卓也さんは女性と話していないと死んでしまうのです。そこがバーチャルの世界だとしてもです」
二人共なんてバカなことを言っているのだろうと自己嫌悪に陥ったが、これは事実だった。
卓也は奇病にかかり、女性というものが存在しないレストで、どんどんと弱っていってしまったのだ。一時期は酸素投与が必要なほどだったが、ラバドーラが宇宙ゴミを拾って、バーチャルシステムに繋げられる機械を作ると言った瞬間から、どんどん容態が回復していったのだ。
この奇病というのは卓也の思い込みなのだが、元より女性絡みの思い込みで病気になる体質なので、これは正しい治療法だと言える。
デフォルトとラバドーラの二人が、知識と技術と集め、知恵を出し合ってて作ったものが、ただのデートをするコンピューターだという現実は、二人のプライドを大きく傷つけた。
なので、あくまで医療器具だと自分達を騙しているのだった。
「なんともはや……君達まで情けなく見えてきた。いくら船長が私だと言ってもクルーがこれではな……。延々と宇宙を遭難しているわけだ」
ルーカスはマヌケには付き合っていられないと部屋を後にした。
デフォルトとラバドーラは卓也の生体信号を見守っていなければならないので付きっきりだった。
卓也が入り込んでいるバーチャル世界は、デフォルトとラバドーラが作ったものではない。二人が作ったのは、そこに入り込むための機械だ。
VR世界は遥か昔に既に作られているもので、基本的に誰もが入ることの出来るゲームみたいなもの。だが、勝手に拡張を続けている者達がいるせいで、とても複雑な世界になっていた。
特に商人達が違法な取引をする隠れ蓑として使い、有料のワールドも作られてしまっている。
仮想現実なので取り締まるのが難しいのだ。だが、現実では味わえないような世界が待っているのも事実。中には人生を捨てて、この世界に没入する者もいるが、大抵はお酒を嗜むようにたまに数時間バーチャルの世界に入るだけだ。
脳に影響を及ぼすので長時間は厳禁。合法薬物のようなものだ。
あまりに完成されすぎて、深層は第二の宇宙とまで呼ばれている。体を持たずに、細胞のみになってそこで生きる生命体もいるほどだ。
デフォルトもラバドーラも興味はないし、卓也もバーチャルよりも現実で女性と愛し合いたい。ルーカスに至ってはオタクのおもちゃだと歯牙にもかけていない。なので、見張る者さえいれば、安全に使えるものだった。
差し当たっての問題は、中で卓也が何をしているか確認する方法がないことだ。
バーチャル世界での体験を映像化したり音声を流すことは、人間の脳に保存された記憶を映像化して見るようなもので、危険かつどの知的生命体もその技術を手に入れていない。
「仮想現実となると、ラバドーラさんのように自立したAIがたくさん生まれそうですが。そういうわけでもないんですか?」
「自分を自立したAIだと勘違いしてるAIなら腐るほどいるだろうな。だが、そういう奴は表に出てこない。外に出る術を持っていないし、出たところで現実を受け入れることができなくてショートする」
「複雑ですからね。自分は危険なので、入りたいとは思わないのですが」
「それが普通だ。まともに考える力があれば、二つの世界を生きようなどと思わん。一つの世界でも知らないことだらけなのに、もう一つの世界などキャパオーバーだ。入っては残ることなく抜けていくバカな脳みそだからこそ、体験出来るのかもな」
ラバドーラはそろそろ時間だと、卓也をバーチャル世界から引き離す準備を始めた。
すぐにカプセルが開き、中にいる卓也が起き上がった。
「もう……いいところだったのに……。大人の男女のデートが、たったの二十分で済むと思ってるなら間違いだよ。子供のお使いだって、もっと時間がかかるって言うのにさ……」
「長時間のバーチャル世界は危険なんですよ。地球での時間制限はなっかたんですか?」
デフォルトは長時間VRの世界にいるのは危険だと遠回しに言いながら、念のために自分の触手でも卓也の脈や熱を測ってみた。
卓也に問題はなく健康体だった。
「あったよ。十分で強制終了。一日二回起動しようものなら即通報。二度とバーチャルワールドには触れられない」
「……そこまで聞いていないのですが。なぜ言わなかったのですか?」
「そりゃ聞かれてないもん。聞かれてないことをわざわざ言うかい? それが常識だとしたら、デフォルトは僕のあそこの大きさも知ってるってことになるけど」
卓也が軽い調子で言うので、デフォルトは怒っていると目を細めた。
「卓也さん……これは危険なことなんですよ。地球時間で十分と決められているのは、それなりの理由があるからです。すぐに精密検査をしましょう」
「大袈裟だよ……地球っていうのは、安全に安全を重ねる惑星なの。賞味期限が過ぎたものを出されただけで大騒ぎ。そのくせ資源がなんだって騒ぐような惑星だよ。過保護なの。デフォルトと一緒。大丈夫だってば」
「自分の目で確認するまで信じません。ラバドーラさん、手伝いをお願いできますか?」
「嫌だと言っていいなら言うぞ。見たところ問題はないし、あったところで私にはなんの関係もないからな」
「本当にそう思いますか? それなら手伝いは頼みませんが」
デフォルトが嫌がる卓也を引きずって部屋を出ようとすると、ラバドーラは排熱をした。
「私の扱いが随分上手くなったな……手伝えばいいんだろう」
もし卓也の身に何か起きていれば、振り回されるのはデフォルトとラバドーラだ。問題があるならば早期解決したほうがいいに決まっていた。
ついこの間まで、ルーカスが生み出したウンコのAIに散々振り回されたばかりだったので、その思いはなおさら強かった。
その後、時間をかけて盛大な精密検査をしたのだが、卓也の体には異常はなし。今度は心の異常はないかと問診を始めた。
「この絵は何に見えますか?」
「女の子二人がキスをしてる」
「……ではこのシミは何に見えますか?」
「ラブホテルの回転ベッド。それもシルクのフットスロー付き」
「……橋にうさぎがいます。あなたはどうしますか」
「バニーちゃんは大好物。僕は肉食獣になっちゃうね。あっ……でも、バニースーツによるかも」
卓也がバニースーツはどんなものかとこと細やかに聞いてきたので、デフォルトはため息を落とした
「満足したか?」
ラバドーラが意味のない質問はこれ以上続ける必要はないと、デフォルトは無駄なことをしたと同意した。
「とにかく異常が見つからなくてよかったです」
「違うだろう。異常だらけだ。こいつにとってはそれが普通みたいだけどな」
ラバドーラの悪態にも卓也は笑顔のままだった。
「つまり、僕は変わらずセクシーな男ってことだね。それで、次の治療はいつ? 相手はボルカナイド星の女の子でさ、社会勉強の一環でバーチャルワールドにアクセスしたんだって。地球でいうと大学生。学校でおいたしてると思うと、たまらないよね」
「なにかもう……治療の必要はないと思うのですが……」
すっかり元気な笑顔を見せる卓也に、デフォルトはただ彼の欲望を叶える手助けをしているだけな気がしていた。
「そんなことないよ。ほら見て、足が動かなくなっちゃったよ……。止まっちゃった……どうしよう!」
卓也は足の裏を床につけたまま、動けないと腰を左右に振ってみせた。
「卓也さん……。止まる可能性があるのは脈です。足ではないです」
「いいや、脈はありだね。彼女、僕のお尻が好きだってさ。すごくキュートだって言ってた」
「あのですね……」とデフォルトが間違いを指摘しようとしたのだが、物凄い剣幕でルーカスが部屋に入ってきたので、視線を向けた。「どうしたのですか?」
「どうしたもこうしたもあるか! レーザーの準備をしろ! ビームでもいい!」
「レストに攻撃手段は備わっていませんよ。宇宙生物でも出たのですか?」
「宇宙船だ。私達をつけてきている。手遅れにならないうちに破壊だ! 木っ端微塵にしなければ!」
「賛成だ」と、ラバドーラは宇宙ゴミを集めて余った部品で、なにか武器を作れないかと見に行こうとした。
犯罪組織を抜けた後なので、その後からついてくるものはプラスになるものではないと判断したからだ。
「ちょっと待ってください! その宇宙船はコンタクトを取りたいのでは? 電磁波はチェックしましたか?」
「しなくてもわかる。奴らはゴミくずだ。優秀な私を付け狙っているのに違いない」
「詳細は違うが、ルーカスに同意だ。逃れた犯罪者か、私達を犯罪組織の一員だと思っている自警団か。どちらにせよ、厄介なことになるぞ」
「もし、そうだとしたら警告が入っていると思います。なので、まずは信号をキャッチしてみましょう。判断はそれからでも遅くないはずです」
ラバドーラのやめておけという忠告を無視して、デフォルトはメッセージが送られていないか確認した。
「ほら、見てください。確かめたい事があるので、ドッキングしても良いかの許可を求めています。安全ですよ、もし犯罪者なら。メッセージなしで襲ってくるはずです」
「私なら、善人を装うがな。船のものを根こそぎ奪うためにも」
「大丈夫ですって。ほら見てください、このメッセージは商人暗号ですよ。何かを売りに来たのだと思います。もしかしたら、ゴミを引き取ってもらえるかもしれませんし、ラバドーラさんも買いたいものがあるのではないですか?」
「まぁ、それはそうだが……」
「ならドッキング許可を出しますね」
「仕方ない……。私がレストから独立するために必要なものを売っているかもしれないからな」
ラバドーラは念のために備えてついていくと、ドッキング室へ付き添った。
ドッキングが終わり、相手を待っている間。デフォルトはルーカスに話しかけた。
「ルーカス様の手を煩わせることもないと思うのですが……」
「船長として顔を出すのは当然のことだ。それに、チンケな商人だったら賠償を請求する予定だ。この私の船にふさわしくない商人ならば、コンタクトを取るのは迷惑行為でしかないからな」
「ですから顔を出さないで欲しかったのですが……」
デフォルトの願いも虚しく、ドッキング通路と繋がっているハッチが開いた。
すると、来訪者は開口一番「会いたかったわ!」とルーカスに抱きついた。しかし、すぐに「これじゃない……」と突き飛ばした。
「卓也はどこ?」
「あの……どなたですか?」
遠慮もなくずんずんとレストの中を歩き回る異星人に、デフォルトはたじろぎながらも質問を繰り返すが、答えは全て「そんなのあと」だった。
「卓也さんの知り合いでしょうか?」
デフォルトに聞かれると、ルーカスは「私は知らんぞ。少なくとも地球人でないのは確かだ」と答えた。
そして異星人は卓也を見つめるなり「いた! あなたに会いにきたのよ!」と激しい抱擁をしたのだ。
卓也はというと、「嘘!? なんで?」と心底驚いた表情をしたのだ。
「やはり知り合いみたいですね。卓也さん、彼女は誰ですか? なぜレストに」
デフォルトの質問に卓也は絶望の表情で「どうしよう……僕女の子に反応しなくなっちゃった……」と答えた。
そして、そのまま力なく崩れ落ちたのだった。




