第二十四話
レストは宇宙へ出ることに成功したのだが、すぐにエンジンが停止してしまった。
原因は探しにエンジンルームに駆け込んだラバドーラは驚愕した。燃料になりそうにもないものばかりが、炉に焼べられていたからだ。
「誰だ……燃料に金属なんて突っ込んだのは……。こんなものを突っ込むから、燃焼効率が悪くなったんだ」
すっかり白いマネキンのような姿に戻ったラバドーラは、溶けた金属の塊を炉から取り出すと、冷却ケースの中に放り込んだ。
「僕だよ。僕がフラれた記事が保存してあるサーバーから、ストレージを抜き取っておいたの。これで一安心。僕がルーカスに負けたという不条理な現実は、誰かさんが鼻息荒く広げたとしても、ただの妄想になるってわけ」
「私のデータのことはどうなったんだ……」
「知らないよ。僕はヴーヴァーから聞いてどこに保存されてるか知ったんだから、旧サーバーのどのストレージにラバドーラの情報が保存されてるなんて、僕がわかるわけないじゃん」
もうラバドーラはアイの姿ではないので、卓也は約束なんか知ったことないと思っていた。
椅子に浅く腰掛け、背中をベタッと背もたれにくっつけると、もう騒動は解決したと言わんばかりに両手を伸ばしてリラックスした。
しかし、エンジンが再び動き出すと、ラバドーラは急旋回させてレストをフィリュグライドの宇宙船へと向けた。
「もしかして戻るおつもりですか!?」
デフォルトは無茶なことをされてはかなわないと、慌てて機体を戻そうとするが、レバーがロックされていて動かすことが出来なかった。
「場合によってはそういうことになる。マタセスが消えたとも限らないし、他の奴らが私のデータに気付いて利用するかもしれない。これからどうなるか見届ける必要がある。データの痕跡を残され、悪事を私のせいにされてしまっては、また逃亡生活だ」
「だからって、ルーカスのうんこが暴れるのを眺めるとはね……」
卓也はアホらしいと寝室へと戻っていったが、ルーカスは違った。
モニターを見つめて、ラバドーラ以上にどうなるか行く末を見届ける気満々だった。
「まさか、ルーカス様も変なデータを残してきたのではないでしょうね……」
これ以上厄介事が増えてはかなわないと、デフォルトはルーカスに命じられたお茶を淹れながらため息を落とした。
「私は気付いただけだ。私のうんこと悪名高いフィリュグライド。どちらが強いか。私のうんこの方が強ければ、奴らは私のうんこ以下の存在。つまり私の株は上がる。私がフィリュグライドを壊滅させたも同然だ。それも直接手を下さずにだ」
ルーカスは淹れたてのお茶をズズッとすすると、映画でも見るような気持ちでモニターに釘付けになった。
そんな呑気なレストとは違い、フィリュグライドの宇宙船の中はてんやわんやと、数分ごとに状況が変わっていた。
「いい? 追い詰めるのよ!」とチベスナが叫んだ。「どうせこのセクターは切り離すんだから、どんな武器を使ってもいいわ」
その命令に早速毒ガスが巻かれた。AIに毒は効果なしだが、目的はそれではない。燃焼させて、行き止まりを作るためだ。ちょっとやそっとの炎はもう既に効かなくなっており、延々と燃える炎のバリケードを作る必要があった。
そうして迂回させて、セクター八と九に追いやるのが作戦だ。
そうすれば、セクター八と九を切り離した時に、AIうんこは宇宙空間へ放り出されるか、自ら出ていかなくてはならなくなる。
マタセスが消えた今。すっかり総大将となったモルガンは宇宙空間へ追い出した後、討伐するための準備をしていた。
「レーザー、プラズマ、核エネルギー。……この際疑似ブラックホールでもいいわ。あらゆる攻撃手段を用意するのよ。宇宙生物だろうが、AIだろうが、弱点は必ずある。私は拷問のプロよ。弱点を見つけるのは得意中の得意。そこは私に任せて、どんな攻撃でも出来るように用意だけはしておいて」
モルガンは味方を鼓舞して攻撃用宇宙船の準備を進めるだけではなく、逃走用の宇宙船の準備もさせていた。
なぜなら、空母を捨てる可能性が高いと思ったからだ。
空母から追い出しても、空母自体が手頃なエネルギー源であることから、敵は離れることはないと判断した。
それなら、少しでもエネルギーを減らすために、個々が宇宙船に乗って脱出するのが肝心だ。騒動が終われば空母に戻ればいいし、万が一討伐不能だったならば、全力で逃げる必要があるので、エネルギーとなるものは出来るだけ空母に残さないほうがいい。
「敵を追い込みました! 爆薬の設置も完了。いつでも切り離せます!!」
部下の報告を聞いたモルガンは「そう……」とつぶやき、一度だけルーカス達のことを考えた。
既にフィリュグライド内ではパニックによる分断が起きており、命令に応じない大半は見捨てられることとなっている。願わくは彼らがそこにいないようにと。
レストは高エネルギーによる衝撃波を感知したので、空母で行動を起こしたのはすぐに伝わった。
ルーカスとラバドーラがモニターに顔を近づけるのと同時に、更に宇宙空間に衝撃波が広がった。
閃光の刃が大きな車輪のように広がった。フィリュグラドの宇宙船は爆発もなく真っ二つに割れると、触手のようなものが数本伸びてきて、隙間を広げて宇宙へと飛び出してきた。
その姿はもはや排泄物には見えない。まるで卵から這い出てくる巨大な宇宙生物のように思えた。
そして、宇宙船の亀裂から、次から次へと大小様々な形の宇宙船が飛び出してきた。
そのいくつかはすぐさま攻撃を始めたのだが、AIうんこはダメージだと認識していないらしく、全く動く気配がなかった。
既にシンプルなレーザー攻撃対象の仕方を学んでいるので、アーマーで身を囲い済みだ。いくら攻撃をされようと中身にダメージを与えることはできないのだ。
「ただのうんこの癖にやるな」
ルーカスはモニターを見ながら拍手を響かせた。
「ただの排泄物じゃないから暴れてるんだ。もうほとんど中身は入れ替わってるはずだ。機械化され、水分はほとんどない。もう、電気も通じなくなっているだろうな」
ラバドーラは攻防を眺めながら、ひとまずフィリュグライド側の被害はないと思っていた。
AIうんこは宇宙船の中を移動していただけ。そして、攻撃を受けて防御を覚えた。まだ攻撃手段は覚えていないか、覚えている最中ということになる。
攻撃手段を覚えたら、フィリュグライドはもう終わりだ。全ての攻撃は効かなくなり、どんなエネルギー攻撃をしてくるかもわからない。
そうなればただ攻撃の練習の的になるだけだ。そしてそれは現実になりつつあった。
フィリュグライドは次から次へと攻撃を仕掛けるが、全て弾き返されてしまってる。そして、AIうんこがとうとう攻撃と呼べる手段を取ってきたのだ。
触手のように伸ばした体の一部を払うだけの簡単な動作だったが、動きもゆっくりなので宇宙船は難なく避けることが出来た。
しかし、薙ぎ払いが繰り返される度に、触手と機体の幅が狭まってきたのだ。
ラバドーラがこのままでは破壊されるのも時間の問題だと思った時だ。執拗に狙われていてた一機の宇宙船が触手に捉えられてしまった。
圧縮エネルギーが爆発したかのように宇宙船は粉々になってしまい、皮肉にも祝砲の紙吹雪のように宇宙空間に舞った。
休むことなく、AIうんこは次の宇宙船に攻撃を仕掛け出した。
まるで動きを読んでいるかのようにギリギリを攻められる。操縦士の腕が悪かったなら、とっくに粉々になっていた。
生死をかけた攻防が繰り広げられているのだが、ルーカスはあくびを響かせていた。
「つまらん……ピンチになっては盛り返し、またピンチになる。使い古された手法だ」
「ルーカス様……これは映画や漫画の類ではないのですよ。目の前で実際に起きている出来事です。そんな言い方はあんまりです。心が痛まないのですか?」
「デフォルト君。相手は悪の組織と、悪の組織のうんこで出来た怪物だぞ。痛んだのは心ではなく肛門だ。人の肛門にあれこれしおってからに……。自業自得だ」
デフォルトはフィリュグライドを庇う必要がないのはわかっていたのだが、どうも目の前で惨劇が繰り広げられると肩入れしたくなってしまう。
だが、ルーカスの言うことは正しい。今回はルーカスも卓也も悪いことはしておらず、フィリュグライドが悪事に利用しようとして起こった惨劇なのだ。
「そんなに心配なら加勢してやればいい。ここから連絡を取れば、この宇宙船の存在もバレる。回遊電磁波を拾われ、追いかけられるかもしれないし。それに、別の誰かが痕跡からフィリュグライドと関係があったことを突きつけてくるかもしれない。好きな道を選べばいいさ」
ラバドーラはもう自分には関係ないと冷たく言い放った。
「そんな……」
「それにだ。もう既にここらの電波はAIに乗っ取られていると思うぞ。連絡をとった瞬間に、攻撃がレストに向けられてもおかしくない。この船に攻撃手段はないぞ」
ラバドーラの絶望の言葉は、デフォルトの歓声にかき消されてしまった。
「見てください! 宇宙船は陽動だったんですよ! 攻撃は母船です!!」
フィリュグライドのとった攻撃手段はワームホールを開いて、うんこAIをホール内に閉じ込めることだ。
ワームホールを開くには高エネルギーが必要なので、エネルギーが溜まるまで気付かれないように攻撃を休めることなく続けていたのだ。
結果は上々なのか、散々なのか……。AIうんこの三分の一をワームホールに閉じ込めることに成功したのだ。
しかし、向こうもただ消されることはない。母船ごとワームホールに引き摺り込んだのだ。
「これは逃げた方が良さそうだ。幸い母船はワームホールの中。私のデータは一生彷徨うことになる。ある意味破壊より安心だ。ワームホールの中のものをのんきにサルベージするような奴はいないからな」
ラバドーラは問題解決だとレストのエンジンに火を入れた。
デフォルトは一度モニターでフィリュグライドの宇宙船を確認すると、自分達を受け入れてくれたことに小さくお礼を言った。
そして、決心して前を見たのだがレストは動かない。
「どうしたんですか?」
「見ろ……厄介な軍団が現れた……」
ラバドーラは前方のモニターを拡大した。そこにはフィリュグライドの宇宙船の数十倍もありそうな数の宇宙船が向かってきていた。
「あれは……なんですか?」
「自警団だ。マークを見ろ。あそこには宇宙の商人が集まっている。何を嗅ぎつけてきたんだか」
「商人なら助けて貰えるのでは?」
「足元を見られるに決まっているだろう。宇宙商人と言うのは、ある意味フィリュグライドよりもタチが悪いぞ。なんでも金だ。貧乏人は利用され、金持ちは搾り取られる。何を目的で来たのかはわからないが……コンタクトを取るのは控えた方がいい」
ラバドーラはエンジンを消した。こんなボロ船なら、宇宙ゴミと勘違いして素通りしてくれると思ったからだ。
その思惑は当たっていた。商船は次々にレストを横切っていったのだ。そして、向かう先は戦闘中のフィリュグライドの集団だ。
「懸賞金目当てか?」
ラバドーラはフィリュグライドを捕まえにきたのかと思ったが、それも違った。フィリュグライドの宇宙船も素通りし、なんとAIうんこに攻撃を始めたのだ。
その攻撃は大いに有効だった。
AIうんこはフィリュグライドの中で生まれ、そこで起こったことを学習して進化した。外からの知識はなく、商人達からの攻撃を防ぐ手段がなかったのだ。
そんなものが一斉に襲いかかってくるものだがから、AIうんこはたちまち弱わっていく。チャンスだとフィリュグライドは追撃をし、あっという間に形勢は逆転。
AIうんこは討伐され、汚い塵が宇宙空間に舞った。
だが、そんな勝利に酔いしれる暇はなかった。商船は今度こそフィリュグライドの宇宙船を追いかけ回したのだ。
レストは勝敗を見届けることなく、場を離れたので商船に見つかることはなかった。
次々とフィリュグライドの一員は商船に捕まえられ、ある宇宙船に集められていた。
「違う。違う。違うわ!」商人の一人が犯罪者を一人一人確かめながら、コイツでもないとイライラしていた。「どこにいるのよ……。これで全部なの?」
「いいや、結構な数に逃げられた。奴ら随分燃料を積んでいたらしくてな。追いかけるのは不可能だ。誰を探してる? 犯罪者に知り合いでもいるのか?」
「犯罪者じゃないわよ。セクシーな男」
商人はうっとりとした表情で言うと、もう一人が呆れたとため息をついた。
「オマエにはうんざりだよ……。またそれか」
「愛はお金じゃ買えないのよ。商人やっててもそんなこともわからないの? せっかく助けに来たのに……どこへ行ったのかしら……」
「さぁな、オレは懸賞金を貰えて満足だ。探し人なら、回遊電磁波でも追えよ」
「あのね……何船逃げていったと思ってるのよ」
「それがなんと、一つだけ逆に逃げていった船がある。ログを買うか?」
「そんな嘘か本当かもわからない情報を帰って言うの? 確かめることもできないのに? あなたねぇ……まったく……買うに決まってるでしょ。およこし」
商人はデータを奪うように受け取ると、すぐさま自分の宇宙船にログを登録した。
「さぁ、行くわよ。待っててね。宇宙一セクシーな男」




