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惑星迷子  作者: ふん
Season5
120/223

第二十話

「僕を殺して! さもなければ死んでやる!!」

 ラバドーラとモルガンがルーカスを取り合っている噂が広がり、当然卓也にもその噂は届いていた。

 どこからか手に入れた電動工具を脇に抱えて、真相はどうなっているのかとラバドーラの元へ乗り込んできたのだった。

「死ぬなら勝手にして。でも、その電動工具は使わないで置いていって。体を切って刃に脂がついたら切れ味が悪くなるんだから」

「聞いてる? 僕は死ぬって言ってるんだよ」

「聞いてるわよ。どうせならもっとレーザーとか使い勝手がいいのを持ってきなさいよ」

 レストを床から切り離すには、すぐに刃がこぼれてしまいそうなので、どうにか使い勝手良くできないかと考えていたラバドーラだったが、卓也が足にすがりついてうるさいので、何も考えることは出来なかった。

「死ぬー。絶対死ぬ。もう息もできないよ……」

「ずいぶん余裕あるじゃない……」

 ラバドーラは下半身をじっくりな見ながら泣き言を言う卓也に呆れていた。

「思わず息を飲む光景ってやつだよ。飲みっぱなしじゃ息が出来ないだろう? 本当……この投影機凄いよ……。ズボンが薄くなって下着透けるところまで再現されてるんだもん」

「その女の褒め方はダメだって、アンドロイドの私でもわかるわよ」

「だって僕は女じゃなくて、アンドロイドのアイさんを口説いてるんだもん。完璧な口説き文句だと思うけど?」

 確かに機能を褒められて悪い気はしなかったラバドーラだったが、機械工学の基礎も何も知らない卓也に適当に褒められて良い気分にもならなかった。ディスプレイの家電を褒めるのと、何ら変わりないようなものだからだ。

「その返事が欲しかったら、削るんじゃなくて焼き切るための電動工具でも持ってきなさいよ」

 ラバドーラはチェンソー型の電動工具の原電を入れると、早速レストと床を切り離すために刃を入れた。

 火花が散り轟音が鳴り、卓也の文句など聞こえなくなったので、ラバドーラは集中して作業をすることができた。

 しかし、すぐに困ったことが起きた。なんと赤いケーブルが一本レストと宇宙船を繋いでしまっていたのだ。どこに繋がっているのかわからず、不用意に切ることはできない。

 ラバドーラはレストに乗り、電源が全て切れていることを確認すると、もう一度外のケーブルを見に出た。

 レストの電源がつけば、ケーブルはレストにアクセス出来るようになってしまう。ケーブルの先がどこへ繋がっているか調べる必要があった。

「行くわよ」

 ラバドーラはいじける卓也の襟元を掴むと引きずった。

「わお! それってデートのお誘い?」

「そうよ。運命の赤い糸を辿るの。ロマンチックでしょ?」

「そんなの僕と君の小指に繋がってるに決まってるさ。縄跳びだって出来るよ。一緒に飛ぶ?」

「そうね……そのほうが良さそうね」

 ラバドーラは天井に穴を開けると、そこ目掛けて卓也を放り投げた。

 配線は全て天井と床の間の空間にまとめられており、そこから各部屋と繋がっている。

 狭い空間だが、体の小さい卓也とパーツを取り外せるラバドーラなら通り抜けることができる。

「それ……アイさんの姿で二度とやらないで……夢に出てきそう」

 体がバラバラになったラバドーラの姿を見た卓也は、生々しい殺人現場を見たかのように真っ青になっていた。

「いいからさっさと先を行きなさいよ。赤いケーブルを辿っていくの。難しいことじゃないでしょ。繋がる部屋につけばケーブルの向きが変わってるはずよ」

 ラバドーラの言う通り、赤いケーブルを辿るのは容易だった。同じ色のケーブルは何本かあるか、綺麗にまとめられているおかげで見間違うようなことはない。気が逸れやすい卓也でも、間違わずに辿ることができた。

 そして、到着点に付き、部屋へと侵入したラバドーラは驚愕した。

「サーバールーム? それも、マザーコンピューター付きとはね……」

 そう言ったきりラバドーラは喋ることも動くこともなくなってしまった。投影もなくなり、ただの白いマネキンの姿で佇んでいる。

 これはおかしいと思った卓也は、ラバドーラの充電がなくなったのかと思い、充電出来る場所を探そうとした。場所は違うが、前と同じようなサーバールームなので、コンセントくらいあるだろうと思ったからだ。

 しかし、聞いたことのない声で「動くな」と命じられた。

 その言葉はラバドーラが発していたのだが、それはラバドーラの意思ではないと卓也にもわかった。それほどまでに身に纏う雰囲気が違っているのだ。

「話が通じてよかったよ」

 ラバドーラの口からは子供のような声が聞こえてきた。

「僕は嫌な予感がしてるけど……」

「そんなことないはずさ。僕は君を仲間に引き入れるためにこうして現れたんだからね。僕の名前は『マタセス』。フィリュグライドのトップにして、この宇宙船の人工知能。わかりやすく言えば、今は君達の一番上の上司ってことだね」

 フィリュグライドのトップ。それはラバドーラと同じAI。だが、動けるような体ではなく、マザーコンピューターとなった大物だった。

「僕はなにも聞かなかった。そういうことにしよう」

「そうはいかない。君達には僕の計画を手伝ってもらうからね」

「計画?」

「そう。最も恐ろしい姿に変えて、宇宙を恐怖で支配する。つまり新たな犯罪組織を立ち上げようと言うことだよ」

 マタセスの言うことを卓也が理解することはなかった。反対ということではなく、単純に意味がわからなかったのだ。

「それがラバドーラや僕達とどう関係してくるっていうのさ」

「この船は一度ラバドーラにハッキングされちゃったのさ。嫌がらせに肛門認証に変えられたせいで、僕は毎日肛門をデータに記録する日々。考え得る日々で一番最悪な日々だったよ……。でも、僕は気付いたんだ。皆肛門を出すのは恥ずかしがるって。そして、絶対に肛門を綺麗にしてから認証する。つまり、排泄物というのは隠し通すべき存在。誰にも知られたくないものだってね。だから僕はそれを利用することにした。この計画は昔からあったんだ。では、なぜ今それを実行に移したか。君達がプロトタイプを生み出したからだよ。驚いたよ。僕と同じ考えを持つ者が他にもいるだなんて……そして、そのリアルさに驚愕した。排泄物とAIの融合。それも、煮込み料理の色と鶏肉で質感を覚えさせるだなんてね。どんな芸術家が作るよりリアル。そして、それこそが僕の目指す道だと思ったんだ」

 マタセスの言っているプロトタイプというのは、ルーカスがレストのトイレで生み出したAI。つまり『クソ野郎』のことだった。

 卓也もそのことは理解したのだが、なんてバカな計画を立てているのだろうと呆れ返っていた。ルーカスのウンコを使った宇宙征服など、よっぽどのバカじゃなければ思い浮かばない。

 よっぽど口に出して言いたいところを、卓也はグッと堪えた。

「その道は目指さない方がいいと思うよ……手を汚すどころの騒ぎじゃないから」

「君ならそう言うと思ったよ。なら悪党は悪党らしくだ。邪魔をされないよう君達には消えてもらう」

 マタセスが四人を殺すように命令を出そうとした時だった。

 急に音声が乱れ「クソ! どうしたんだ? 誰だ……まさか……多すぎる」という言葉を残して、マタセスは消えてしまった。

 それと同時にラバドーラは目覚め、慌てて繋がれていたケーブルを抜いた。

「こんな低度なAIにやられるとは! クソ!」

 ラバドーラはマタセスにいいように乗っ取られたことが悔しく、近くのサーバを蹴って八つ当たりした。しかし、ここのサーバーは頑丈であり、へこむどころか傷ひとつ付くことはないので、それが余計に腹立たしかった。

「あーあ……僕達も終わりみたいだね……」

 マタセスは全サーバーにアクセス出来るので、もう隠れようがないと卓也は諦めムードに入っていた。

「いいや、まだだ。むしろ今がチャンスだ。マタセスの気配が消えた。何かしら不備が起きてるに違いない。でなければ、マザーコンピューターのすぐそばでアクセスの切断などありえない。つまり、今は監視の目はない。やりたい放題ということだ。今のうちにケーブルをぶった切って、レストも切り離すぞ。これ以上のチャンスはないと思え」

 ラバドーラは最後のチャンスかもしれないと意気込んで言ったのだが、卓也の反応は薄いものだった。

「わかったわよ……。やるわよ。頼りになるのはあなたしかいないんだから」

 ラバドーラは真っ白な体にアイの姿を投影すると、卓也は俄然やる気を出した。

「よしきた! 電動工具だね! 片っ端から持ってっちゃおう。なんならひとまとめにして、君への花束にしてもいいよ」

「それを手向けの花にされたくなかったら、他の女にうつつを抜かしてないで、私についてくることよ」

「わお、それってヤキモチ?」

「ヤキを入れるって言ってるのよ」



 卓也とラバドーラが脱出の計画を進めている頃。ルーカスとデフォルトはまたも特殊隊を手伝っていた。

「なんだって私が他人の世話を焼かなければならないのだ!」

「ルーカス様! 今は堪えてください! 早く止血を!」

 デフォルトは全ての触手を忙しそうに使い、患者に簡単な手当てを施していた。

 重傷者はモルガンや他の幹部達が対処しているので、デフォルト達が受け持つ患者達は比較的軽症者ばかりなのだが、その分意識があるため、痛みや恐怖に叫ぶ者達の声で修羅場と化していた。

 そんな中でも「奴がここまで来たぞ!」という絶望の叫びは、何よりも大きく部屋に響いて耳に届いた。

 そう。特殊隊が忙しい原因は、再び宇宙生物が現れたからだった。しかも今度は複数現れたと報告されている。

 あちこちから運ばれてくるので、入り口は開けっぱなしになっていたのだが、その入り口を慌てて閉めた者がいた。

 当然外に残された者達から非難轟々の怒声が響き渡るが、中にいる者の考えは全員一致していた。閉め遅れて、宇宙生物が侵入してきては困る。

 だが、デフォルトとルーカスは首を傾げるばかりだった。宇宙生物の姿を一度も見ていないので、どれだけ危険なのかがわからない。ただ全員が怯えて運ばれてきたということだけ。

「ダメだ! オレは逃げるぞ!」

 外にいた一人は叫んで走ったが、あまりに慌てて足がもつれたせいで、壁に頭をぶつけて気絶してしまった。

 次に逃げようとした者は倒れた者に躓いて転び、他の者を巻き込んで倒れていった。

「デフォルト。あいつらはバカだぞ。治療するなら、怪我よりも脳みそではないのかね……」

 ルーカスはあんなので出来た怪我を手当てするだけ無駄だと職務を放り出した。

「あれだけ正気を失うなど……よっぽど恐ろしい恐怖体験をしたからですよ――例えば……」

 デフォルトの言葉が止まった。宇宙生物が目に入ったからだ。その恐ろしさに、喉が詰まって呼吸が荒くなった。

「何を大袈裟な……」ルーカスはおどかすなと、デフォルトの視線の先を見やった。そこには見覚えのあるモノが蠢いていたので、思わず息を呑んだ。

 それはルーカスだけではなく、この場にいる全員だ。全員が鼻を押さえて口で静かに息をした。怪物に気付かれないようにと。

「あれは……ルーカス様のうんこでは?」

 デフォルトが耳元で呟くと、ルーカスは首を振った。

「私のうんこと決めつけるな。あの大きさを見ろ。全員のうんこの集合体だ」

「ですが、クソ野郎さんとそっくりなのですが……」

「あんなこと二度と起きてたまるか。大体もう体内にAIなど――」

 ルーカスの言葉が止まった。お尻の穴から入れられたナノマシンのことを思い出したからだ。

 同じことをデフォルトも思い出していた。

「この異臭……どうやら本物ですよ。クソ野郎さんのように作られたものではなく、正真正銘排泄物が人工知能を持っています。それに……」

 デフォルトの言葉を遮るようにノックの音が響いた。うんこがルーカスを見つけて強化ガラスを叩いているのだ。

「私があんな巨大なウンコをすると思っているのかね……」

「他の排泄物と融合した可能性が考えられます。ここの処理施設は良い環境だとは言えませんから……。おそらく窒素や水素それにメタンガスを燃料に動いている可能性が……。それがわかっているので、攻撃できないのかと。もし、引火すれば方舟のように……」

「ドカンか……。本来ならば流されるだけのうんこの癖に……。火事場のクソ力とは生意気な……」

「冗談を言っている場合ではないですよ。あの排泄物はルーカス様を認識しています。今回の全責任を負わされる可能性もあります。逃げる準備をしましょう……」

「またうんこから逃げ回るのか……」

「そうです。いいですか? 入り口を開けますよ」

 デフォルトは緊急用ロック解除のボタンに触手を添えた。

「アホかね……。トイレのレバーと一緒だ。うんこが流れ込んでくるぞ。ここはパニックだ」

「そのすきに逃げるんです。全員が慌てふためいて走りまわるはずです。その波に乗り、ここから脱出。卓也さんとラバドーラさんの元へと向かいましょう」

 デフォルトの真剣な瞳にルーカスは渋々頷いた。

 デフォルトがボタンを押す。それが最後の記憶だった。

 とても思い出したくない光景。必死で逃げ惑う群衆。押し寄せる強烈な臭い。

 ルーカスもデフォルトも記憶に残らないように、鼻で息をするのをやめて、ただ一点。前だけを見つめて走り抜けたのだった。






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