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惑星迷子  作者: ふん
Season1
12/223

第十二話

 四本の触手で体を押し上げるようにして直立する。両末端の二本の触手は天井に向かってまっすぐ伸ばされ、その内側にある触手も左右に伸ばされているが、それは真っ直ぐではなく、音声ファイルの波形のように激しく打っていた。

 一通り終わり、深呼吸をすると、今度は右の触手から順番に、とぐろを巻いていはまっすぐに伸ばすというの繰り返した。

「見ろ、ルーカス。変に賛同するから、デフォルトがすっかりやる気満々になってる。あの不可解な動き、きっと僕らに呪いをかけるつもりだ」

「ただの朝の体操だろう。テスト実施すると言った日から今日まで、飽きることなく毎朝やっている。どこぞのあほの夜の運動と違い、うるさくなくていい」

 ルーカスは不機嫌に口元を歪ませ、目つき鋭く卓也を睨みつけた。

「まだ、怒ってるのか? 昔レストに女の子を連れ込んだこと」

「君にわかるまい……。隣で軋むベッドの音……嘶くような声。毛布に包まり、枕を被って耳を抑えても消えはしないんだ」

「わかるよ……よくわかる。だからヘッドホンを買ってあげただろう」

 卓也はルーカスが首に下げているヘッドホンを指差した。ヘッドホンからは機械的だが優しい女性の声が漏れ流れている。

「そうだ。これは君が私に献上したヘッドホンだ。そして、皮肉にもこのヘッドフォンが君と差をつける」

 ルーカスは得意げに鼻を鳴らして笑うと、これ見よがしに目の前でヘッドホンをつけた。卓也は傍らにあるタブレット端末のスリープモードを解除して、ルーカスがなにを聞いているのか確認した。

「『聞くだけでミジンコも文明を築く、誰でも簡単理解可能宇宙真理』? わかったぞ。これを聞いたミジンコが、太古の昔にピラミッドを建設したんだ」

「勝手に言っていたまえ。君がうだうだと手をこまねいている間に、私との差はどんどん広がっている」

 ルーカスはやれやれとかぶりを振ると、デフォルトのテストのための勉強へと戻った。

「いや、ね……。正直に言うと、そうやってとりあず勉強をするっていう姿勢は素直にすごいと思いよ。でも、無駄な努力を費やすのはもっとすごい。君の勉強が一度でも役立ったことがあったか? 宇宙の始まりでも妄想してたほうがよっぽど役に立つ」

「いいか、卓也君。それはすべてここに書いてある」ルーカスはタブレット端末で一冊の本を開いた。「宇宙に始まりはない。始まりこそが宇宙だからだ。妄想という正解を求めるために、こじつけるという科学をやめたとき。それが初めて宇宙と向き合うということだ。すなわちそれが、人智を超えるということ。続きを読むには、下記のアドレスにアクセスして、購読をお願いします。――ということだ」

 ルーカスはさも自分の意見を述べたような顔で言うと、タブレット端末を机に置いた。

「言いたいことは色々あるけどさ……せめて買えば?」

「一生かかっても……いや、一生どころか幾星霜も過ごせるような膨大な本が入っているんだぞ。無料部分を繋ぎ合わせれば、充分に勉強ができる」

「できてないから言ってるんだけど……。自分の考えを述べよと出たらどうするつもりさ」

「それも書いてある。『言葉のコラージュ、文章の作成』の九十二ページ。『第四章、自動ツールの使い方』の『第二節、自分にAIを合わせるのではなく、AIに自分を合わせろ』に書いてある。常日頃からAIの意見を自分の意見だと思い込み生活すること、さすれば自動ツールで作った言葉、文章、思考。そのすべてが、すべて自分のものになる。つまり、自動ツールで作った文章はすべて私の意見だ。自分の考えを述べていることになる」

 ルーカスの得意気な笑顔に、卓也はうんざりと肩を落とした。

 それが自分の意見に打ちひしがれているように見えたルーカスは「ハイテク思考にはついてこれまい」と、更に得意になった。

「なにがハイテクだよ……。傾けたらジャイロセンサーが反応して、自動で蓋が開く塩入れのほうがまだ役に立つ」

「なら、君はローテクでもアナログでも使い、勉強していればいい。試験を思い出して懐かしいだろう」

 ルーカスは机に転がすようにして、ペンを投げ渡した。それを卓也が受け取ったのを見ると、自分は勉強の続きを始めた。

 ヘッドホンから流れる女性の声に集中し、画面メモに登録した無料ページを読んでいく。だが、それは漫然としていた。急に静かになり、ペンを動かす卓也の様子が気になって仕方なかったからだ。

「いったいなにをしているのだね?」

「なにって、僕は言われた通りローテクを使い、アナログな勉強方法を実践してるんだよ」

 卓也は手のひらに書いた細い文字を見せつけた。

 火災や緊急減圧時の対処、排泄物分解時における有毒物質の漏洩時の優先行動順位などが簡潔に書かれている。

「ばればれのカンニング方法ではないか。サルだってもっとマシな方法を思いつく」

「そのサルがいない世界で育ったのがデフォルトだぞ。ハイテクには強いけど、ローテクには弱いってこと。電波を飛ばして、コンタクト型スクリーンに答えを映す方法も考えたけど、電波なんか飛ばしたら、デフォルトのゴーグルにスキャンされてすぐにバレる。手のひらなら安心。もし、バレそうになってもすぐに消せる水性ペンだ」

「私はそんな卑怯なことはせんぞ。己の力こそ最大の力だ」

「どうぞご勝手に。さっきも言ったけど、ルーカスのとりあえず自分の力を試すっていうのは尊敬してるよ。でも僕は、だらだらとした有意義な生活を過ごすのが一番だから」

「……まるでテストの結果が悪かったら、だらだら過ごせないような言い方をするではないか」

「だって、デフォルトは結構な完璧主義者だろう? たぶん理解するまで、僕らに優しく教えてくれるぞ。お互いの睡眠時間を削ってまで。カンニングしてそれがなくなるのなら、僕は喜んでカンニングするけどね」

 卓也は強調するように文字を書いた手をグーパーすると、手のひらにカンニングの続きを書き始めた。

「まったくくだらん……」とルーカスは下唇を突き出して不満をあらわにすると、くわえて不機嫌に鼻を鳴らした。

 それからレストの中は静かな時間が流れた。棺桶の中で余生を楽しむかのようなとても静かな時間だ。

 ルーカスはただタブレット端末に表示された文章を眺めるだけ、卓也がペンを走らせる音は肌に吸収されるように静かで、音が鳴る要素がなかった。二人が真面目に資料や専門書に向き合っているのを見て、デフォルトもいつも以上に音を潜めて自分の仕事をしていた。

 静寂の中、徐々にルーカスの様子がおかしくなってきた。

 貧乏ゆすりを始め、無感から微感程度に変わった時、堰を切ったように「なにをしているのだね」と、小さい声ながらもハッキリと言った。

「なにって、手のひらに書く場所がなくなったから、足首に書いてるんだよ。こうすれば足を組む時に答えが見えるし、足を下ろせば答えは裾の中」

「そうではない。いつになったら私にペンを貸すのかと聞いているのだ」

 時間がなくなってきて焦るルーカスとは反対に、もうすぐカンニングの準備が終わる卓也は変に間延びした声で「カンニングはしないんじゃなかったのか?」と聞いた。

「カンニングではない、タトゥーだ。カレンダーやポスター。たまたま目に入ったところに答えがあり、それを見つけた場合は機転が利くというのだタトゥーにたまたま答えが書いてあったとて、それは例外にはならない」

「まぁ、いいけどね。どうぞ」

 卓也からペンを受け取ったルーカスは訝しげに眉をひそめた。

「いやに簡単にペンを私に渡したな。なにか企んでいるのか?」

「僕の準備は終わったからだよ。別に足を引っ張る理由がないだろう? 疑う時間をカンニングのために使ったほうが有意義だと思うけど」

 テストの時間はデフォルトが午前中の仕事が終わってからだ。その時間はホラー映画のラストシーンのようにすぐ背後まで来ていた。

 ルーカスは慌てて自分の手のひらにペンを走らせた。

「わかっている。そう何度も余計なことを言うな」

「一回しか言ってないけど」

「それが余計なことだと言っているのだ」

「わかったよ。でも、なんのために化学式とか元素記号があると思ってるんだ? カンニングをしやすくするためだぞ。いちいち文章で書いてたら、デフォルトでも手の数が足りなくなる」

「わかっていると言っているだろう。エイチ……オーっと」

「違う、Hは二人でするものだろう。だからオーと声を上げて水のように溶け合う」

「後で足そうと思っていたんだ」

「もう一つ言わせてもらえば、水の化学式なんて出ないけどね。デフォルトが言ってただろう。簡単な宇宙物理学とこの宇宙レストについてしかテストしないって、緊急時の行動とか、水と酸素とメタンと二酸化炭素の効率の良い使い方とか、テストに出るのはそんなんだろう」

 卓也がやれやれとバカにしたように言うと、ルーカスは苛立ちを机にぶつけて、拳を勢いよく叩き落とした。

「焦らせるなと言っているだろう! 緊張すると汗が止まらなくなるのを知っているだろう」

 ルーカスの青筋が浮かぶ額には、既に大粒の汗が吹き出ていた。

 卓也はもう無駄なおせっかいは焼かないと、視線をルーカスから逸した。

「結構だ」とルーカスは満足にうなずき、再び手のひらにペンを走らせた。「ただ、デフォルトがこの部屋に向かって来たら、カウントダウンを始めたまえ」

 卓也は「はいはい」と返事をすると、何もやることがなくテレビを見る老人のように、ボケーッとドアを眺めた。



 三十分ほど経つと、デフォルトの吸盤のような足音が静かに響いてきた。

「来たよ。たぶんあと三十秒くらいだね」

「もうか!? 答えを吟味する暇がないではないか」

 ルーカスはもうかまってられないと、一層ペンを走らせるスピードを上げた。

「あと十秒だね」と卓也はカウントダウンを始めた。「三……二……一……はい、到着」という言葉とともに、ドアが開いた。

さらにそれと同時にルーカスはペンを投げ捨てた。そして、手のひらに書いたカンニングを確認すると、一安心だと額の汗を拭いた。

「あっ……」と声を漏らしたのは卓也だ。

 卓也がルーカスの額を見るのと同時に、デフォルトも視線をやった。

 ペンのインクは水性であり、ルーカスの額の汗によって溶けて伸びて、真っ黒に染まっていた。

「二人してなにを見ているのだね? 言っておくが、私は遺伝的に額の心配をする必要はまったくない。たとえ八十になったとて、黒々しいままのはずだ」

「どうやらそのようですね……」

 デフォルトはなにかを諦めたような顔をすると、何も持っていない触手でパチンと手を打った。その鳴らした触手だけではなく、他の触手にもなにも持っていなかった。

「テストをするんじゃなかったのか?」

「最初はその予定でしたのですが……この十日間の部屋に籠もる具合を見て、テストをしても意味がないと確信したのでやりません」

「なんだよ……それなら早く言ってくれよ……」

 卓也は両手のひらを擦り合わせてカンニングの形跡を消しながら、無駄な時間を使ったとため息をついた。

「伝えたら学ぶこともしようとしないと思ったので。文字を入力しても、紙に書いても、それだけなんとなく頭に入るものです――たとえそれが手のひらでも」

 デフォルトの良心を刺してくるような視線を卓也は笑ってごまかした。

「まぁまぁ、僕達はテストを受けないで済んだ。デフォルトは僕達に振り回されないで済んだ。お互い良いこと尽くめじゃないか」

「自覚はあったんですね……。ここ十日の間。実に有意義に過ごさせていただきました。無駄なシステムを落として電力を確保し、配線を繋ぎ直すことによって、間で発生するエネルギーのロスを抑えることができました。それによって、わずかばかりですが燃料の使用量を抑えることに成功しました。その分の電力を使い一時的にレーダーの探知距離を広げ、詳しく調べていたところ。第五次発展主要生物の熱を探知したので――」

「待て待て、君の星の言葉を直訳したものではなく、もっとわかりやすく言いたまえ」

 ルーカスが頭を抱えると、黒い汗が一滴流れ落ちて輪郭をなぞった。

「第五次発展というのは、地球でいう原始時代辺り前後の文明レベルです。主要生物というのは、中心となってその文明を発展させている生物のことであり、熱を探知して行動パターンを見ていると、衣食住を基本とする生活をしており、知的生命体と呼べると判断したので、そこへ向けて進路を取りました。食料や燃料の確保は充分に見込めるはずです」

「私がなにを言いたいのかわかるか?」

 ルーカスは腕を組み、勝手に判断をしたことへ不機嫌に唇を尖らせたが、デフォルトはまったく意に介した様子がなかった。

「はい、ルーカス様が勉強したとおり、緊急時における現場判断の重要性というものを理解していただけたかと思います。ルーカス様の地球での適性検査結果を信じ、それが知的生命体のいる星に結びついたのだと思います」

 デフォルトの言葉に、不機嫌だったルーカスの顔は、にんまり口の端を吊り上げるものに変わっていた。

「その通りだ、デフォルト君。私の言いたいことをすべて代弁してくれた。だが、アホにも伝わるように、私が直々にわかりやすく言ってやろう。つまり私の頭は悪くないということだ。わかったか? 卓也君」

 ルーカスは上機嫌に笑い声を響かせると、「脳と体をつなぐ配線がまだ一本の連中に、科学の力というのを見せつけてやるとするか」と、星を確認するために操縦室へと向かった。

「ずいぶんルーカスの扱いがうまくなったな。でも、油断すると思いがけないことをするのがルーカスだぞ」

「あの……その言葉には卓也さんも入っているのですが……」

「僕は大丈夫だって。裸の女の子がいるようなら……」卓也は重大なことに気付いたと目を見開いた。「原始人ってことは、女の子も裸同然じゃないか!?」

「いえ、あくまで地球に沿ってわかりやすく言うと、その時代のレベルということで、人間のような姿をしているわけではないと思います。自分のような姿かもしれませんし、想像もし得ない姿の可能性のほうが高いです」

「なんだ……。まぁ、しばらくは僕もおとなしくしてるよ」と、卓也もデフォルトが見つけた星を見に操縦室へと向かった。

 一人部屋に残ったデフォルトは、効果的に勉強した形跡のない机の上を見て、ため息を落とした。






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