第十九話
「あなた……よくこんな場所を見つけ出したわね」
卓也に連れられてきてラバドーラは驚愕した。
まさかサーバールームに連れて来られるだなんて思いもしなかったからだ。
「いい場所でしょ。ヴーヴァーがよく使ってるんだ。ここならコンセントを差すところもいっぱいあるに違いないよ」
ヴーヴァーがコミュニティーサイトを更新するために使っているサーバーなら、深層までアクセスすることは出来ないので、ラバドーラは期待外れだと落胆した。
しかし、目的の充電の方は果たせそうだった。
ラバドーラはケーブルがどこへと繋がっているのか見るために四つ這いになると、卓也に「突っ立ってないで探すか、誰か来ても逃げられるように背中を見張ってなさい」と指示した。
卓也は気持ちよく「はーい」と返事をすると、同じく四つ這いになった。
アイの姿なのですぐに言うことを聞くのは珍しくないが、こんなになにも言わずに従うのはおかしかった。大抵は愛がどうとか、僕はどうだとか言う話が始まるのに、今日の卓也は黙ったままだ。
「あなた本当に探してるわけ?」
車輪がついているかのようにラバドーラがくるっと後ろを振り返ると、卓也の顔はぶつかるギリギリのところにあった。
「なにしてるのよ……」
「言われた通りお尻を見張ってたんだよ。異常なし。心配なら触診するけど」
「数時間に数秒くらい真面目になれないわけ?」
ラバドーラは卓也の襟首を掴んで立ち上がらせると、ケーブルを追ってコンセントの位置を探せと言った。
「女性になら僕はいつも真面目だよ。真面目過ぎて知恵熱を出すくらいだもん」
「余計なことは考えなくていいのよ。ぶっさせば終わりなんだから」
「わお……僕コンセントになりたいと思ったの初めて」
「そう。脳に電気を流すのなら手伝ってあげるわ」
「それはどうかな」
卓也は見つけたプラグの差し込み口を指すと、自慢げな笑みを浮かべた。
「あなた本当にバカなのね……。穴が埋まってるじゃないの」
「そんなのこうすれば簡単だよ。ね?」
ラバドーラの理解は追いつかなかった。なぜ卓也がコンセントを持っているのか、なぜ差し込み口が一つ空いているのか。それを理解した時には卓也の胸ぐらを掴んで揺らしていた。
「なに考えてるのよ! どのサーバーのを抜いたっていうの! 機械のコンセントを抜くときは電源切ってからって常識知らないの!?」「大丈夫だって、パソコンがフリーズした時にいつもやってるもん。いつも問題なし。周りを見渡してごらんよ。なにか問題ある?」
卓也の言う通り、サーバールームに変化はなかった。警報が鳴ることも、誰かが駆けつけてくることもない。平穏そのものだ。
「知能レベルが低い生命体が作る機械と一緒にしないでよ……。まったく……」
ラバドーラは文句を言いながらも、プラグの形に合わせてケーブルを繋ぐと充電を始めた。
姿を投影するのは効率が悪く、元の白い姿に戻って充電しているので卓也は肩を落としていた。
「君には本当にがっかり。男の需要を理解してないんだから。そんなんじゃ男を投影するときに困るぞ。そんな必要はないけど!!」
「なにが楽しいんだ。こんな足先からケーブルを伸ばしてる姿が」
アイの投影をやめたことにより、ラバドーラの口調は元に戻ってしまっていたので、更に卓也を落胆させた。
「マニキュア塗ってるみたいで興奮する。その姿にはしないけど……。僕はずっと疑問に思ってたんだ。なんで宇宙人はエッチなアンドロイドを作らないんだろうって」
「答えは簡単だ。バカじゃないからだ」
「生命が考える最終の着地点は快楽だよ。いつの時代も、どの銀河でもそうだろう?」
「一般的にはな。だからアンドロイドが発達するんだ。快楽に流されないからな。貴様らは日がな一日腰を振り続けてればいい」
「それって最高。だとしたら皆腰を痛めるから、僕は整骨院になる。一番の出会いの場だからね。触って、口説けて、お金まで貰える。……悪くないよ、それ」
「バカになにを言っても無駄か」
ラバドーラががっかりするとアイの姿に戻っていた。自分の意思ではない。突然システムが書き換えられて投影を始めたのだ。
戸惑ったのは一瞬。
ラバドーラは「これね!!」と、素早く乱暴にコンセント引き抜いた。
「僕には怒ったのに……。ははーん。わかったぞ。さては僕との共通の失敗を作って話の種にするつもりだろ」
「バカ言ってる場合じゃないわよ! なにかが介入してきたの! 投影が解除できなくなってる」
「僕の願いが通じた!? こんなところにも神様はいるんだ……」
ラバドーラは祈りのポーズをする卓也の胸ぐらを掴んで立たせた。
「私をハメたわね……」
「まだだよ」
「そういうことじゃないわよ……」
ラバドーラはアイの姿でいてほしい卓也が自分をここに誘い込んだと思ったのだが、アイの姿の時に卓也が嘘をつくはずもないので、別のなにかがシステムを書き換えたと言うことだ。
「ここを出た方が良さそうね」
卓也とラバドーラがサーバールームから出ると、急に警報が鳴り響いた。
すぐに「いたぞ!」と警備が駆け寄ってきた。
「ちょっと道に迷っただけよ」
ラバドーラは苦しい言い訳だと思ったが、咄嗟に思い浮かぶセリフはこれしかインプットされていなかった。
「なにを言っているんだ……。ずっと警報が鳴っていただろ」
「警報?」
卓也とラバドーラはお互いの顔を見合った。そんな音など聞こえていなかったからだ。
「そうだ。話してる暇ないぞ――早く逃げるんだ! ここにもすぐに迫ってくるぞ」
「あぁ……宇宙生物ね。まだ捕まえてなかったの。電気でも流せば?」
またもや充電が中途半端に終わってしまったので、ラバドーラは不機嫌だった。
「電気?」
卓也が「そうだよ」とラバドーラの肩に手を回して頷いた。「電気。別名恋の衝撃。恋の電撃を食らってアイに痺れる。これが地球流。つまりに君に痺れてるってこと」
「はいはい。アイアイうるさいわよ。お猿さんなの?」
「わお……それって地球流のジョークじゃん。ユーモアのセンスがあるって素敵だよ」
「勘弁してよ……」
卓也とラバドーラはまるで散歩でもしたいたかのように、なにも気にせず歩き去っていった。
残された警備もその雰囲気に取り込まれたのか、宇宙生物への焦りの気持ちは消えてしまい、冷静に「電気が有用だそうです」と上部に連絡した。
宇宙生物の脱走騒動はその数分後には落ち着き、翌日になるとセクター五の交流の場に新しい記事が二つトップで並んだ。
一つは宇宙生物のこと、もう一つは卓也とラバドーラについてだった。
「スペシャルアドバイザーね……」
ラバドーラは記事を見ながら呟いた。
昨日のアドバイスが騒動を収める一手になったことで、卓也とラバドーラは新たな役職に就くことになったのだ。それがスペシャルアドバイザー。
ヴーヴァーの分隊の立ち位置だ。
図らずとも独立したことになる。
これで、かなり自由に動けることになったのだが、デフォルトと変わらず便利屋みたいなものだった。
ヴーヴァーの分隊になったのも、記事に出来るような内容があればリークしろという意味があった。
「任せてよ。僕は恋のスペシャリストだぞ。……やっぱなし。他人をくっつけてなにが面白いんだか……僕は同性愛者専門のアドバイザー。男が男とくっつくのになんの文句もないし、女の子同士がくっつくなら二倍美味しいスペシャルチャンスが舞い降りて来るってことだもんね。スペシャルチャンスをスペシャルアドバイザーがスペシャルにいただく。完璧なムーブだよ」
「もっとまともなアドバイスを出来るようになれ。それにかこつけて工具を集めるんだから」
ラバドーラは元の白い姿に戻っていた。システムを書き換え直し、投影のバグを修正したのだが、どうしてああなったのかはわからずじまいのままだった。
「君が工具って言うと、大人のおもちゃみたい」
「レストを切り離すんだ。先に首と胴体を切り離してもいいんだぞ」
「わかってるよ。そっちも油断してると正体がバレるよ。この倉庫は僕らの職場って言っても、アドバイスを受けに人が入って来るんだから」
「あなたからまともな意見を言われると、たまらなく自分が惨めになるわ」
「僕はいつでも慰める準備ができてるよ」
卓也はアイの姿を投影したラバドーラに最高の笑顔を見せた。
「それで……今日のアポは?」
「待ってよ。えっとね……ルーカス。ルーカス?」
「そうだ私だ」
卓也の横ではルーカスが腕を組み、ふてぶてしい態度で立っていた。
「いつの間に瞬間移動を覚えたのさ」
「私は昨日の夜からずっとここにいる」
「そういえば……そうだった。なに? 昨夜の嫌味なノロけの続きなら聞かないよ、僕」
「モルガンのことだ! 私の尻の穴に指を入れおった不届な女のことだ!」
「もう……昨夜のノロけの続きじゃん。僕が羨ましがると思ってんだろ? 言っとくよ、すごい羨ましい! チョー羨ましい! まじで羨ましい! もう聞いてらんないから、デフォルトのところに行ってくる!」
卓也はルーカスを睨みつけると、足音を鳴らしながら出ていった。
「アドバイスを送るわ。今すぐ死ねば全部解決よ」
ラバドーラは仕事は終わりだと出口を指したが、ルーカスが出て行くことはなかった。
「もっと真面目に仕事をしたらどうかね? スペシャルアドバイザーの名が泣くぞ。勝手に役職に付きおって、そんなに私に負けるのが嫌なのかね?」
「仕事はここから出ることよ。アドバイスをあげるなら、その為に動いてることを忘れないで。最後の質問にはこう答えるわ。あなたに負けるのは絶対に嫌」
「相変わらずムカつくポ――」
ルーカスがポンコツと言い切る前に、ラバドーラは力任せにルーカスの胸を押した。
バランスを崩したルーカスは転ばないようにヨタヨタしながら後ろ向きに歩いていくと、最後に誰かに抱き止められた。
「あら……積極的にもなれるのね」
そこにいたのはモルガンだった。
「確かに……次のアポはモルガンになってるわね。どうせルーカスのことでしょ。大丈夫よお尻にプラグでも差し込んで、それにロープでも結んでいつも片手に持ってれば解決。あなた好みのよく吠えるワンちゃんよ」
「相変わらず嫌な女ね」というモルガンの呟きに、ルーカスは全力で首を振って同意した。
「仲良くするような間柄じゃないと思うけど」
「でも、もう敵対するような間柄じゃないでしょ。それを確かめにきたの。あなた……以前ルーカスとも噂になってたでしょう」
「なっていたわね。どこぞのバカが妄想で書いただけだから、私に責任はないわ」
「何もなければそれでいいのよ。卓也の時は焦っていたのね。あの高鳴りは誰かと争う闘争心。今度こそ本物の愛よね?」
「あのねぇ、盛るなら私抜きでやって」
「嫌な女には変わりないわね……でも、卓也はあなたにあげるわ」
モルガンは吐き捨てるように言うと出て行こうとしたのだが、ラバドーラが腕を掴んで止めた。
「今……もしかして私に施したってわけ?」
「そういう結果になったってだけよ。私に責任はないわ」
モルガンの言い返しにカチンときたラバドーラはルーカスを引き寄せた。
「なにも知らないで無邪気なのね。子供みたいよ」
「なにしてるのよ……」
「なにっていつも通りよ。小さな宇宙船に男と女。どんな関係か言われなくてもわかると思ってたわ。頭だけじゃなくて、察しも悪いのね」
「なにを挑発しているのかね。相手は肛門に指を入れるような、危険な女だぞ……」
ルーカスは巻き込まれたらたまらないと逃げ出そうとするが、ラバドーラにガッチリ掴まれて動けなかった。
「私はもっと恥ずかしいこと知ってるけど? お尻の穴以上に」
「待ちたまえ! あのことを話すつもりかね!」
ルーカスはお尻から人工知能を持ったうんこを生み出したことなど、知られては恥だと必死で止めた。
そんな二人の姿は、モルガンからは男女のもつれにしか見えなかった。
「なるほど……私に挑戦してるわけね」
モルガンは怒りに燃えた瞳を細めてラバドーラを睨んだ。
「まさか、あなたにあげるわ。こいつとの過去は綺麗さっぱり忘れてあげる」
仕返しが終わったと、ラバドーラはルーカスを投げ渡したのだが、モルガンが受け取ることはなかった。
「まさか施すつもり? この私に」
「結果そうなっただけよ」
「勘違いさせちゃったみたいだけど。私は欲しいものは奪うのよ。でも、慈悲も与えるの。二人で最後の夜でも過ごせばいいわ」
モルガンは一度も振り返らずに倉庫部屋を出ていった。
「何を考えているのかね!」
「あの女を叩きのめして踏んづける方法よ。なんか文句でもあるわけ」
ラバドーラは怒りに排熱して睨んだ。その姿はまるで鬼のようで、ルーカスは黙ってしまった。
「ないならやることは一つよ」ラバドーラはルーカスの腕を組むと、周りに見せつけるようにわざとゆっくり歩いて宇宙船を練り回った。




