第十八話
数日も経たないうちに、卓也とデフォルトは専用の仕事部屋を手に入れていた。
「わお……やっぱりルーカスがいないと、僕って凄い勢いで出世するんだね。驚いてるよ……自分じゃ、特別なにをしてるつもりはないのに」
卓也はまだ埃まみれの倉庫の空き箱に座って、自分の才能の怖さに驚いていた。
そんな卓也に冷たい視線を浴びせているのはデフォルトだ。
「それはそうでしょうね……。卓也さんはなにもしていないのですから……」
卓也とデフォルトがこんなに早く仕事部屋を手に入れたのには理由がある。それはデフォルトの給仕としての才能と、謙虚で真面目すぎるほどの性格が認められたからだ。
言うなればただの雑用なのだが、パウダー率いる十のグループを行き来出来るのはデフォルトだけであり、卓也は完全なおまけだ。
なので、卓也が仕事に呼ばれるようなことはなく、デフォルトは一人忙しく動き回っていた。
「それって僕がヒモ男だって言いたいわけ?」
「せめて掃除くらいしてくださいとお願いしてるんです。いいですか? 自分達の目的はここを仕事場にすることではなく、ここにあるレストで逃げるためですよ」
この倉庫とは、レストがある倉庫だった。誰も使っていないので手に入れるのは簡単。理由もデフォルトが謙虚だから選んだのだろうと、皆が納得した。
ここはセクター五の近く。上層部からは滅多に人が来ないので、宇宙船と同化してしまったレストを切り離すチャンスは十分にある。
卓也とデフォルトがやることはレストのメンテナンスをしながら、ルーカスとラバドーラが生体認証をすべて登録して逃げ出すチャンスを作ってくれるのを待つことだ。
最初は別の宇宙船を奪うことも考えたのだが、流石に小型宇宙船と言えども容易に近付くことは出来ない。結局レストをどうにかして逃げるしか道はなかった。
「わかってるよ。こんな汚いところに女の子を呼べないからね」
卓也は掃除を頑張るぞと腕まくりをした。
人を呼ばれては困るのでわかっていないと説明したいデフォルトだが、既に仕事の時間が迫っていることに気付くと慌てて倉庫を出ていった。
デフォルトが特殊隊の薬品整理を手伝っていると、「どうしたの? ため息ばっかりよ」とポニポニに声をかけられた。
「少し……色々ありまして……」
「話してみてよ。喋りながらでも触手は動かせるでしょ? 何本もあるんだから」
周りは性格はどうあれ悪人ばかり、ルーカスも卓也もラバドーラも危険なことばかりする。デフォルトは誰かに愚痴りたくなったので、ついついポロッと日々の不満をこぼしてしまった。肝心のことは誤魔化しつつも、思い通りにいかない日々や、この立場にいる憤りなど、思いを言葉にして口に出すだけでもかなり精神的に楽になった。
デフォルトの愚痴を真面目な顔で相槌を打って聞いていたポニポニは、丸く柔らかい体を小さく波打たせながら「わかるわ……」と何度も頷いていた。
というのも、今ポニポニもデフォルトと同じような状態になっていたからだ。
特殊隊のリーダーのモルガンがルーカスにつきっきりになってしまい、普段やらない仕事まで押し付けられている。なので、デフォルトを呼んで薬品整理を手伝わせているというわけだ。
「特殊隊にはもう一人、チベスナさんがいませんでしたか?」
「チベスナは拷問のほうで手一杯なの。私は看護のほうを受け持ってる。本当……どこがいいんだか……あんな男の」
ポニポニの恨み言にデフォルトは頷いた。ルーカスが好かれるか嫌われるかというのは個人の趣味だとしても、モルガンに好かれるようなことは一切していないと思ったからだ。
なにが彼女を駆り立てているのかわからないが、今日もモルガンはルーカスを連れて部屋に来ていた。
「ほら……もう少しよ。ちゃんと歩いて……」
モルガンがルーカスに肩を貸しながら部屋の入ってきたので、デフォルトは薬品を触手に持ったまま駆け寄った。
「どうしたですか!?」
「それを今から調べるところよ。食後のお茶をしてたら、急にお腹を押さえて倒れ込んだの」
ルーカスを寝かさせるのを手伝うように言われると、デフォルトは持っていた薬品を近くの机に置いて、ルーカスの足を持ちあげた。
その時乗せられたのは台代わりにしている旧サーバーの上だったのだが、あまりにルーカスが苦しそうにしているので、そっちに気を取られたデフォルトは気付くことはなかった。
「大丈夫ですか? 今、モルガンさんが体を調べてくれるようです。もう少しの辛抱ですよ」
「大丈夫なものか……この拷問マニアに私の体を見せるだと? ……マヌケな体に改造されてしまうのかも知れないのだぞ。今すぐ君が私を助けたまえ!!」
ルーカスは急に起き上がると、デフォルトの触手を掴んで揺さぶったが、すぐにまた痛みが強くなったお腹を押さえて倒れてしまった。
「そんなことするわけないでしょ……まったく」
モルガンはそう言ったきり手を止めた。
「そんなことないというのは……私を見殺しにするつもりかね……」
「そういうつもりじゃないんだけど……その……ねぇ?」
モルガンは顔を赤く染めると、困り顔をポニポニへと向けた。
視線の意味を理解したポニポニは「あぁ……」と呆れた。「まったく……変なところでウブなんだから……。なに? どこを脱がせればいいの?」
「お尻です!」とデフォルトが声を上げた。
ナノマシンをお尻の穴から入れられたことを思い出したのだ。
「タコランパ! 君は卓也についていき、心まで私の敵になったのかね!!」
またお尻の穴をいじられてはたまらないと、ルーカスは台の上で暴れに暴れた。
「あのマッドサイエンティストに弄られたのね……。心配しなくても大丈夫よ。今はナノマシンで改造されるようなことはないから」
ポニポニは体内のどこかに引っかかったのだろうと、ルーカスの内臓のスキャンを始めた。
「なんだと! 今はというのはどういうことだね!!」
「暴れないで。昔はナノマシンで精神作用させて、自分のところの兵に使ってたってだけよ。別のグループともめて、禁止になったの。今は情報収集だけよ。下っ端はよくやられるのよ。どんな癖があるとか、どんなことを考えているかと調べられるってわけ。扱いやすいようにね」
「なんだと! あの変態め!! 私をどうするつもりだ!! 早くどうにかしたまえ!!」
ルーカスはそこまでは聞いていないと、そこらの物を倒して暴れだした。
下っ端と呼ばれたことと、勝手な情報収集をされていると聞かされ、頭に血が上ってお腹の痛みが吹き飛んだのだ。
「暴れないでって言ってるでしょ、もう……」ポニポニはルーカスの上に乗っかると、まるで溶けたようなどろどろな体を押し付けてルーカスを拘束した。「私はこうして押さえてるから、あとは自分でやって」
ポニポニに下剤を渡されたモルガンは、ルーカスの前に立ち一点を見つめたまま深呼吸を繰り返した。
「そうよね……誰かがやらないといけないんだもの。落ち着いて……落ち着くのよモルガン。これは医療行為よ。下着を脱がして肛門に挿すだけ。広げるのもなし、引き裂くのも、裏返すのもなし。もう一度復唱するのよ、モルガン……これは医療行為。拷問じゃないわ。医療行為よ……」
モルガンは何度も自分に言い聞かせて心を落ち着かせているのだが、ブツブツと聞こえる言葉はルーカスにとって恐怖でしかなかった。
「不穏な言葉が聞こえるぞ! どういうことだ! 私の尻をどうするつもりかね!」
「黙ってないと、本当にどうにかなるわよ。モルガンは興奮すると拷問グセが出るの。ただでさえあなたに夢中になってるんだから。騒いで興奮させると、数秒後にはあなたの頭はお尻の穴から出てるかも知れないわよ」
ルーカスは目を見開き青ざめると、デフォルトに助けろと口パクで訴えた。
「あの……よろしければ、自分がやりましょうか?」
「大丈夫よ……。落ち着いたわ」
そう言ったモルガンの顔は冷静そのものだったが、ルーカスのパンツを下ろすと「キャー!」と悲鳴を上げた。
「一体何だ!? 私のお尻はどうなっているのだ!」
「肛門が一つしかないわ」
「このバカ女め……心配させるな。よく見ろ……私のお尻の穴は二つあるはずだ」
「ルーカス様のお尻の穴は一つのはずですが……」
「なんだと! 見せろ!! 今すぐだ! 私のお尻の穴がひとつ消えただと!?」
「ですから……あぁ……もう、いきますよ……」
パニックになっているルーカスにかまっていては一生先に進まないと思ったので、デフォルトはモルガンから薬剤を受け取ってルーカスの肛門に入れた。
それからしばらくして、下剤が効いてきたルーカスはトイレへと駆け込んだ。
「取り乱してごめんなさい……。地球人って肛門が一つしかないのね。驚いたわ……不便じゃないのかしら」
「そうですね。地球人の体というのは、他の星人と比べて取り分け複雑に思えます。なので病気も多いのでしょうね」
「それに……なによこの臭い……」ポニポニはあまりに酷い臭いに、ルーカスが入っているトイレのドアを乱暴に叩いた。「換気くらいしなさいよ! 非常識ね!」
「私はまだうんこをひねり出していないぞ! トイレの前で臭いを嗅ごうとしている君のほうが非常識だ! 水風船みたいな体のデブめが……」
異臭はデフォルトにも届いていたので「この臭いはなんでしょうか……」と三人で顔を見合わせあった。
そして、ルーカスが「ようやく出たか……」とスッキリした瞬間。
急な振動と、けたたましい警報が鳴り響いた。
研究所からの緊急警報であり、捕らえていた宇宙生物が逃げ出したとのことだ。
「またやったのね……」とモルガンは呆れていた。
「またとは?」
「うちの研究機関は、よく考えもせずに宇宙生物を捕まえるから、しょっちゅうこういう事故が起きるのよ。怪我人も続出、ここも忙しくなるわよ。しょうがないわね……少しここを見ていてちょうだい。他の子達に指示を出してくるから」
モルガンはポニポニを連れて部屋を出ていくと、ルーカスもトイレから出てきた。
「まったく……危機一髪だ。もう少し揺れが早ければ、うんこが引っ込むところだ。だが、今なら空も飛べそうなほど体が軽い」
ナノマシンごと排便してすっきりしたルーカスは、至福の表情を浮かべていた。
「そんなこと言ってる暇はないですよ。緊急事態です。急いでズボンをおはきになってください」
「わかっている」とルーカスが台に置かれたズボンを手に取った時、かけられていた布が一緒に取れて、旧サーバーがあらわになった。
「ルーカス様チャンスです! 今のうちに認証してしまいましょう」
デフォルトは旧サーバーの電源をつなぐと、モルガンが戻ってこないうちに起動した。
「まったく……はけと言ったり、脱げと言ったり……。チンパンジーに芸を教えているつもりかね」
ぶつくさと文句を言うルーカスだが、やらなければならないとわかっているので、旧サーバーに肛門をスキャンさせて生体認証することにした。
素早く済ませたおがげで、モルガン達にバレることはなかったのだが、一つだけ忘れたことがある。ルーカスは排便をしたまま流し忘れたのだ。
すぐに怪我人が運ばれて来て、デフォルトは特殊隊の手伝いをすることになり、ルーカスも別部隊に呼ばれて離れてしまったので、そのことに誰も気付くことはなかった。
その頃、卓也は騒ぎに乗じて宇宙船をうろちょろしていた。
セクター五の住人は宇宙生物を捕獲するための鉄砲玉に使われているおかげで、あちこちフリーパス状態になっていたのだ。
卓也の目的は一つ。モルガンにフラれた傷を癒やしてもらうために、まだ見ぬ女性を求めることだ。
そして、もう一人。このチャンスを逃す手はないと歩き回っていたのがラバドーラだ。
二人が出会うのに時間はかからなかった。
「やっぱり……僕にはアイさんしかいないってことだね」
姿を見かけるなり抱きつこうとした卓也だったが、そんな暇はないとラバドーラは乱暴に暴力であしらった。
「チャンスなんだから邪魔しないで」
卓也を床に叩きつけてラバドーラが入っていたのは保管庫だった。
目的は体の修理だ。すっかりガタが来ていた体を直そうと、今のうちに最新技術のパーツを盗んで使ってしまおうということだ。
特に最近じゃ投影のためのカメラが悪くなっている。このままだとやがて投影に支障が出て正体がバレてしまう。それなら部品が盗まれてバレるのも一緒なので、大胆な行動に出たというわけだ。
「これなんかどう?」
卓也はどこからか下着を見つけてきて広げた。
「何度も言わせないで、邪魔したら殺すわよ」
「邪魔なんかしないって。だって、修理すればもっと凄いアイさんに会えるってことだろ? さては知らないだろう。僕は女の子が関わっていると、ものすごい力を発揮するんだぞ」
「そういえば……そうなのよね」
ラバドーラは卓也を使ったほうが早くパーツ品が見つかると思い、手伝いをさせることにした。いつまでこの騒動が続いてくれているかわからないので、なるべく早く済ませたいからだ。
この考えは見事に良い方向に転がった。
投影の技術が上がればそれだけ、様々な女性に姿を変えられる。どんなに複雑な下着でも一発だ。その一心で卓也は次々とパーツを見つけてきたのだ。
なんと騒ぎが続いている間に、すべての修理と改造を済ませることに成功したのだった。
「やるじゃない」
アイの姿を投影し直して、不備がないかを確認するラバドーラの横へ、卓也がすすっと近寄った。
「言葉だけじゃなくて、態度で示すのが正しいお礼だよ」
「はいはい……いい子ちゃんねぇ」
ラバドーラは適当に犬でもあやすように首元をくすったのだが、卓也はそれで満足だった。
「あとはエネルギーね。どうせなら、このチャンスに充電しておきたいわ」
「任せてよ、僕いいところ知ってるから」
卓也はついてきてと言うと立ち止まった。
「なによ、ついていくわよ」
「わからない? 男が脇を緩めるのは、君専用の席が開いてるってことだよ」
「あー……もう……わかったわよ」
ラバドーラは卓也に寄り添うと腕を抱きしめた。
すると卓也は満足だと言うように、最高の笑みを浮かべて歩き出したのだった。




