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惑星迷子  作者: ふん
Season5
116/223

第十六話

「聞いて! ビックニュースだよ!」

 四人部屋に戻った卓也は、自分のことを話したくてウズウズしていたが、先にラバドーラが状況を説明した。

「二つ目の認証もクリアよ。特に問題はないわ」

「それは安心ですね」

 ホッとしたデフォルトだが、デフォルトの横では鏡を凝視し、鼻毛を抜くかのような形相でラバドーラを睨みつけるルーカスがいた。

「問題ないだと? 今問題ないと言ったな。なら、私の肛門にナノマシンがまだいるのはどういうことだ!」

 ルーカスの肛門から挿入されたナノマシンは、なぜか体から出てくることはなかった。

 隊長はこれはおかしいと頭を捻ったが、体に害はないと放置されてしまった。

 ナノマシンが出たら届けに来るように言われ、ルーカス達は帰されたのだった。

「肛門にはないわよ。腸かどこかで詰まってるんじゃない?」

「私の体に機械が入っているのだぞ! 何を呑気なことを言ってるんだ! 今すぐにでもどうにかしたまえ!」

 ルーカスがあまりに頭に血を上らせているので、デフォルトは仕方ないと犠牲になる決心を固めた。

「ルーカス様さえよろしければ、肛門に触手を入れて確かめてみますが。どうしますか?」

 デフォルトの言葉に恐怖を覚えたルーカスは慌ててラバドーラの背中に隠れた。

「肛門に指を入れられるのは二度とごめんだ……。今すぐその触手を私に向けるのをやめたまえ」

「また……またなんかやったのですか?」

「やったのではない。やられたのだ! いや、違う。そのやられたではないぞ。とにかく尊厳を奪われたのだ。私が出世したら同じ目に合わせてやる……。覚えていろ……変態技術者め……」

「まぁ、被害がそれだけで済んだと考えれば……。念のために、明日からのルーカス様の食事は食物繊維を多くしておきますね。あと、こちらも良いニュースがあるんですよ」

 デフォルトは手術室と拷問室にサーバーがあることを伝えようとしたのだが、卓也が声に遮られてしまった。

「そう! 良いニュース! みんなが待ち望んでいたもの! ついに付き合うことになったよ! モルガンと」

「あの……その話ではなくてですね。というより、いつそんな話に……」

「デフォルトが不審にウロウロしてる間にだよ。明日のセクター五の見出しも、もう既に決定済み。『卓也。熱愛発覚。お相手は、有名人のモルガン・ボン』。そう! あのモルガン・ボンだよ」

「何度も言わなくても知っていますよ」

「でも言いたいの。モルガン・ボン。良い響きだと思わない?」

 卓也はうっとりと目を細めて言ったが、三人の話題はもう元に戻っていた。

「拷問・治療室にサーバーね……それは難しいわね」

 ラバドーラは今のタイミングでは、行かない方がいいと考えていた。というのも、人の出入りが激しいからだ。拷問はともかく、ここでは怪我など日常茶飯事なので、わざわざ無人のタイミングを作ってもらわなければならない。

 今回、無理を言って卓也とデフォルトが見学させてもらったので、すぐにまた人払いをしてもらうのは不可能だ。

「当面は最後の一つのサーバーを探したほうがいいかもしれませんね」

「今すぐ私の肛門に入れられたナノマシンをどうにかするのが先決だ。腹を食いちぎって出てくるかもしれんのだぞ!」

 ことを大袈裟にしようと騒ぎ立てるルーカスを、ラバドーラが制した。

「医療用のナノマシンだから大丈夫よ。地球にもあるでしょ」

「ここが地球なら騒ぎ立てたりせん。ここがフィリュグライドという犯罪組織の宇宙船で、マッドサイエンティストが私の肛門に指を入れたから騒いでいるのだ! 私は研究対象なのだぞ! ネズミと一緒だ。このままでは股間がどっちに曲がっているのかまで観察されてしまう」

「いちいち大袈裟なのよ」

 ラバドーラが背中を叩くと、ルーカスは刺されたかのように痛がって床をのたうち回った。

「大丈夫ですか? もしかしたら、本当にナノマシンの影響があったのかもしれませんよ」

 ルーカスに駆け寄るデフォルトの触手を、心配する必要ないとラバドーラが握って止めた。

「暴れるようなナノマシンだったら私が止めているわよ。ただの記録用のナノマシン。ただ内臓を通り戻ってくるだけよ」

 ラバドーラに断言されてデフォルトはホッとした。ここでうんこが歩き回るなどとなったら大事件だ。それもルーカスが関与してるとなると、本当に研究対象になるか、愉快犯だと始末されてしまう。

 デフォルトの不安は、卓也の「――そういうことだから。わかった?」という言葉で一時的にどこかへいってしまった。

「なんの話ですか?」

「だから、僕はモルガンと愛を育むから、君達みたいにセコセコこそこそ宇宙船を嗅ぎ回ることは出来ないよ。彼女、手を握るだけでも顔真っ赤にしちゃってさ。こんな焦ったい感じ小学生以来だよ。まるで過去の記憶を愛撫されてるみたい。この気持ちわかる?」

「君がド変態ということ以外わからん」

 誰からも相手にされなくなったルーカスは痛がるフリをやめて、ラバドーラと一緒になって卓也をバカにした。

「変態で結構。変態ってのは今やトレンドなの。今時正常位だけなんて、愛が足りない証拠。僕ならベッドの上でフィギュアスケートだって出来る」

「バカが踊り出す前に、明日のことを決めちゃいましょう。卓也がいようがいまいがどうでもいいわ。モルガンのストッパー役になってくれるだけで、ルーカスの何倍もの役に立つわよ」

 ラバドーラは明日はどこの部隊を見学するようにヴーヴァーをけしかけるのか、デフォルトと相談することにした。



 それからしばらくは、卓也と他三人の別行動が続いた。

 ルーカスは行く先々で、いい格好をしようとラバドーラに協力させたが、各部隊のリーダー達はルーカスそのものには興味がない様子だった。

 というのも、バカではないのでルーカスを自分の部隊に入れたらどうなるかわかっているからだ。

 騒ぎを起こすというのはそれだけ影響力を持っているということなのだが、制御できなければ意味がない。

 一番いいのは、このままヴーヴァーを中心の特殊隊を作ることだろうという流れになっていた。彼らにはお気楽な娯楽部隊がぴったりだと。

 そのことを漏れ聞いたルーカスは怒りに燃えていた。

「私を手のひらで転がすつもりか?」

「オレは満足だ」ヴーヴァは極上の笑みを浮かべた。「セクター五の最底辺から、特殊隊隊長だぞ。トイレットペーパーとやらから始まり、次々に新しいものを手にしていった。これ以上の成り上がりなんてない。まるであれだ。ほら……ルーカスの惑星の物語。なんて言ったか……そうだ! 一寸先は闇だ!」

「一寸法師だ。馬鹿者め」

「わらしべ長者でしょ……自分の惑星のことも忘れたの?」

 ラバドーラは記事作りを手伝いながら、どうしたものかと考えていた。

 このまま特殊隊になってはヴーヴァーが邪魔になる。

 ルーカスを小隊のリーダーまで出世させて、レストがある倉庫を部屋にもらうつもりだったのだが、ヴーヴァーが付き纏うとレストの説明をしなければいけなくなる。

 もしバレれば格好の標的になることだろう。面白おかしく記事の材料になり、ラバドーラの正体がバレるのも時間のうちになってしまう。

 だが、もう一つのサーバーを見つけるまではヴーヴァーと共に行動していたほうが安全だ。

「本当に……あなた方は人の頭を悩ませる天才ね」

 ラバドーラに呆れられたヴーヴァーはまいったと頭をかいた。

「天才ときたもんだ。彼女は上司に媚を売る術を心得ている」

「今のは私に言ったのだ。ヴーヴァー君、君の出世は私の力だぞ。君こそ心得たらどうだね?」

「しょうがない……頭を悩ませる天才の称号はルーカスのものだ……ルーカスの力で出世したのは紛れもない事実だからな」

「本当バカ……」と呆れていたラバドーラだが、内部分裂は使える手だと閃いた。

 ヴーヴァーと争っては切り離されてしまうが、ルーカスと誰かが争って険悪になればいい。一時的に別部隊扱いになれば、倉庫を手に入れる可能性も出てくる。

 問題は誰がルーカスと争うかだ。自分と争うか、デフォルトと争うか、卓也と争うか。理想はルーカスと卓也が争い、それぞれのフォローに自分とデフォルトが分かれることだ。

 そうすれば、どちらかがヴーヴァーの元から離れても目的に沿って動くことが出来る。

 問題はそう上手いこと仲違いをしてくれるかだった。



 ラバドーラがそんなことを考えている間。卓也はモルガンと何度目かのデートの真っ最中だった。

「予約者の名前は卓也。その恋人の名前はモルガン・ボン。予約は取れてる?」

 卓也は高級食事施設で給仕の男に意味ありげな笑みを向けて聞いた。

 給仕は「それはもう!」と声を高くした。「あの有名なモルガン・ボン様。この店を選んでいただけるなんて、誘拐されてきて初めて前向きな気持ちになれました」

「とにかく席に案内してよ。僕とモルガン・ボンを」

「失礼しました。こちらへどうぞ」

 給仕は遠くの宇宙まで見渡せるスクリーン横の一番良い席に二人を案内すると、すぐに前菜を運んでくると言って離れていった。

「キレイね」

 モルガンがスクリーンに映る星々に見惚れていうと、卓也は大きく頷いた。

「本当にキレイだ。でも――モルガン・ボン。君よりもキレイなものは存在しないよ」

「ねぇ、卓也……。いちいちフルネームで呼ばなくてもいいのよ」

 モルガンは人目が気になると小声で言った。

 モルガンの人気というのは、セクター五の交流の場というサイトが活用されていない頃から高いものだった。それが、最近やたらと特集を組まれて発信されるものだから、以前よりも人気になっていた。

 名前が呟かれれば、誰もが振り返るほどだ。

 卓也もそのことは知っており、モルガンの名前を呼ぶたび優越感に浸っていたのだ。

「モルガン・ボン。すごい響きがいいんだもん。モルガンにボンでモルガン・ボン。ついつい口に出して言いたくなっちゃう。モルガン・ボン。ほら、また言っちゃった」

「それはどうかしらね……私じゃなくて私の名前とデートしてるみたい」

「そんなことないよ、僕がデートしてるのはモルガン・ボン。君だけさ」

「ほらまた……」モルガンはうんざりしながら立ち上がると「ちょっと席を外すわ」とトイレへ向かった。

 そんな気持ちに卓也は気づかず舞い上がっていた。

 なぜなら、卓也がモルガン・ボンと呼ぶたびに、周りの席から歓声が上がったからだ。

 卓也は隣の席の男に「君は誰と食事? 友人? 上司? 僕はモルガン・ボンと」と自慢げに言った。

「知ってるよ。あのモルガン・ボンと食事だなんて本当に凄い。隣の席になれて光栄だよ。……動画を撮ってもいいかい? 君がモルガン・ボンと言っているところを」

「当然。いいかい? 言うよ。モルガン・ボン」

 卓也が名前を出した瞬間。口笛に拍手に雄叫びと、会場は熱狂に包まれた。

「ちょっとちょっと……なんの騒ぎ? 超新星爆発でもスクリーンに映ったの?」

 モルガンは何事かと慌ててトイレから戻ってきた。

「なんでもないけど……言うなれば、フットサルの選手がハットトリックを決めた瞬間を目撃したって感じかな。モルガン・ボンというゴールにね。ほら、みんなウェーブ」

 卓也が両手を挙げると、全員が囃し立てるように「ウー!」という歓声をあげ、隣の席から順に波打つように手を上げ下げした。

「あぁ……もう……私帰るわ」

「ちょっとちょっと! まだ前菜も出てないのにどうして!?」

「私は私とデートをして欲しいの。名前じゃなくて中身。わかる? モルガン・ボンじゃなくて、あなたとのデートを楽しみにした乙女と。……さよなら」

 モルガンは一度も振り返らずに店を出て行った。

 会場に響き渡ったのは、からかうような「ウー」という歓声だ。

「嘘だろ……僕フラれたの? モルガン・ボンに?」

 卓也が呆然とモルガンの名前を呟くと再び歓声が上がったが、そんなものは卓也の耳には聞こえず。ただ何時間もそこに立ち尽くしたままだった。






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