第十五話
「技術部だと? あんなものはオタクがなるものだ。私は断固として拒否する」
ルーカスは操縦士に抜擢されなかったことを怒っていた。
「向こうだってお断りよ。でも、行かなきゃしょうがないの。わかるでしょ」
ルーカスとラバドーラの会話を、ヴーヴァーはニコニコして聞いていた。
「出世欲が強いのはいいことだ。おかげでこっちもどんどん評価が上がっていく。このまま新たな特別隊が作られ、そこのリーダーに任命されてみろ。オレの名前は歴史に残るぞ」
ヴーヴァーは記事を書くことこそ、己の使命だと信じて疑っていなかった。
「一過性の記事に踊らされるアホどもに、一生媚を売り続けるつもりかね? 奴らのオツムは小学生並みだぞ。黒板に書いてあれば正解だと思っている。バカがバカをバカと罵り、マヌケがマヌケと気付かずマヌケな意見を晒す。実に惨めなピラミッドを作っている。そこに王も誰もいない。ただの空のピラミッドだ」
ルーカスはやれやれと肩をすくめた。
「それなら、あなたのことを宇宙ゴミ以下の役立たず。って書かれても気にしないわよね」
「なんだと!? 見せてみろ!」ルーカスはラバドーラからタブレット端末を奪い取ると、そこに意見交換の場に書かれている自分を批難する言葉に激怒した。「うんこも満足に出来ない、セクター五のゴミが偉そうに言うな」
ルーカスが怒りに任せて書き込んだ口汚いコメントには、すぐに批判的なコメントが返された。
「クソの山に立つおとぼけ野郎が偉そうに言うなだと!? ヴーヴァー君! 今すぐこいつが誰か炙り出したまえ」
「匿名は大事だ。もっと上からの命令なら開示するけど、たかが悪口にめくじら立ててもしょうがないだろう。こんなコメントをいちいち気にしてたら生きていけないぞ」
ヴーヴァーはルーカスの悪口など毎日何百も書かれていると一覧を見せた。
「なぜだ! 私はここでは優秀で憧れの的ではないのか? 私こそ悪の中の悪だぞ!」
「迷惑をかけられてるからに決まってるでしょ。悪と言っても組織なの。迷惑をかけられれば嫌われるのは当たり前」
「誰がそんなことを言っているのだ」
「みんなよ。同僚以下全員」
ラバドーラが煽るようにいうと、ヴーヴァが何度も頷いて同調した。
「本当だぞ。オレ達が出世すればするほど、ルーカスを恨む者が増えていっている。ある意味才能だ。上はそれを買っているみたいだけどな」
「聞いたかね?」
ルーカスはニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべてラバドーラを見た。自分の腕は買われているのだと。
「買ってるのは恨みじゃなければいいんだけど……」というラバドーラの心配は杞憂に終わった。
技術の隊長に「やぁルーカス。君を待っていたんだ!」と大袈裟に迎え入れられたからだ。
「どうやら、私の活躍が耳に入っておいでで」
「それはもう! 君ほど嫌われている星人はどこの銀河にも存在しないからな。理由を解明すれば、最強のコンピューターウイルスを作れるかもしれない。題して宇宙孤立化計画。君の性格、言葉を完璧に模倣したAIが、勝手に他の宇宙船とコンタクトを取るんだ。これは効くぞ。どこからも助けは来ず、敵ばかりが増える。そこを狙えば、簡単に宇宙船を制覇できる」
隊長の言葉はどれ一つルーカスの心に響くことはなかった。宇宙一の嫌われ者と断言され、バカにされているとしか思えなかったからだ。
「隊長殿は勘違いしておられるようですが、このルーカス。頭脳により常に支配してきてまいりました。負け犬どもの嫉妬混じりの戯言を信じるなど……」
「そう心配するな。君のことはある程度調べてある。悪の素質は十分だが、飛び抜けてマヌケなこともわかっている。私はそこを評価しているんだ。いくらマヌケでも、普通はブレーキがかかる。でも、君のブレーキは壊れたままだ。ありえない。あぁ……気を悪くしないでくれ。でもこれは事実だ。何かが欠落しているとしか考えられない。だからこそ、君に体を調べ尽くそうと思っているのだ」
「技術は……機械専門だと聞いていましたが……」
隊長が怪しげな拘束具のついた機械台を出してきたので、ルーカスは怯んで壁まで後ずさった。
「その通りだ。だから手術ではない。このナノマシンを使う。心配するな。体を一周したら戻ってくる。問題はどこからナノマシンを入れるかだが……」
「それならお尻の穴がいいわよ。彼のお尻の穴は特殊らしいから」
ラバドーラはこれはチャンスだと、ルーカスが肛門を出していてもおかしくない状況を作り出そうとした。
ルーカスは当然反抗しようと「この――」とラバドーラを睨みつけたが、拘束具によって台にはりつけにされてしまった。
「それは興味深い。是非とも調べさせてもらおう」
「隊長殿!? 隊長殿? 隊長殿!!!」
ルーカスの叫びは虚しく響いた。
「いやー……凄いものが撮れた。問題は誰がこれを見たいかだ……。被写体が悪くなければ、もう少し映像的価値が生まれたんだがな……」
ヴーヴァーはルーカスの肛門にナノマシンが入っていくのを録画していたのだが、よく考えなくても誰にも需要がなかった。
「言いたいことはそれだけかね。ピーナッツサイズの脳みそしかないハンマーヘッドめ……」
ルーカスがヴーヴァーを睨みつけていると、隊長がルーカスのお腹を茶化すように軽く小突いた。
「そう気にするな。すぐに終わる。それまでここで待っていなさい。私はデータをすぐに活用出来るよう、部下達に準備を命じてくる。ここにあるものは好きに飲み食いしてもらって構わない。ナノマシンが排出されるまで、ゆっくり寛いでいてくれ」
隊長が部屋から出ていくと、ルーカスは歯を食いしばって鼻息を荒くした。
「見たか? あの男。私の肛門に指を入れてきたぞ」
「見てないわよ。見たくないもの」
「君が煽ったんだぞ……なんて無責任だ。最後まで見届けるのが、最低限の礼儀ではないのかね」
「あなたの排泄器官は絶対におかしいもの。一度調べてみてもらった方がいいでしょ。感謝しなさいよ」
「オレは絶対にごめんだ。排泄器官にものを入れられるのはな」ヴーヴァは想像して身震いすると「便意が……」とお腹を押さえだした。
「ここで糞を垂れるくらいなら、どっか別のトイレを探してきた方がいいわよ。ルーカスと同じ評価になってもいいの?」
ヴーヴァーはいまだに肛門丸出して拘束具に磔られているルーカスを見て、あんな惨めなことにはなりたくないと強く心に刻んだ。
「しょうがない……ここを頼んでいいか? スッキリしたら戻ってくる。それまで取材は一時中止だ」
「技術部の隊長も席を外してるんだから、どっちにしろ中断でしょ。漏らしたら、私が記事にして載せるわよ。わかったらさっさと行きなさい」
ラバドーラにけしかけられると、記事にされてはたまったものじゃないと、ヴーヴァーは走り去った。
ラバドーラはルーカスの拘束具を外し、スキャン機を探し始めた。
「私は惨めな男だ……」
「今更なによ。別に今に始まったことじゃないでしょ」
「尻に指を入れられてかき回されたんだぞ! 私の肛門は鍵穴か? 違うだろ。キーを差し込んでガチャガチャ回すことなどありえないのだ!」
「いいからスキャンを探しなさいよ。なんのために、あなたのズボンを脱がせたと思っているのよ」
「それは君がスケベだからだ。私を脱がしたいと思っていたのだろ」
「バカなこと言ってないで、ここに来た目的を遂行しなさいよ」
「なぜ君が命令するのかね」
「命令じゃないわよ。目的を忘れるなって言ってるの」
「決めた。私は絶対に動かんぞ」
ルーカスは腕を組んだまま、子供のように顔を背けた。
「あのねぇ……子供みたいなこと言わないの。むくれても、下半身丸出しの大人には変わらないわよ。あなたの惑星では立派な犯罪者」
ラバドーラが呆れて背中を向けると、それに気を悪くしたルーカスはますます意固地になった。絶対に手を貸してなるものかと。
かといって、下半身丸出しのままぶらぶら立っているのも決まりが悪いので、まずズボンを探すことにした。
機械に乱暴に剥ぎ取られたので、どこにいったのか皆目見当もつかない。
ここは個人部屋ではなく、第三研究所だ。ほとんど使われていないので、倉庫のようなものになっている。積まれた箱の中には、使い道もなさそうなパーツが詰め込まれて埃をかぶっていた。
元々埃だらけの場所で、床には足跡がつくほどだった。そこでルーカスは頭を働かせて、埃が拭われた場所に自分のズボンがあると確信した。
その考え方は間違っていなかったのだが、ここには最近運ばれてきたものが一つある。それは、旧サーバを管理するコンピューターだ。
そして、運悪くズボンが見つからないと小休止を取ろうと、ルーカスがそこに腰掛けてしまったのだ。
肛門の生体認証は完了したのだが、スキャン時の特殊な反射光がルーカスの体内に入ったナノマシンを暴走させてしまった。
強烈な腹痛に襲われたルーカスは、のたうちまわって部屋の中をめちゃくちゃにした。
転がるように出てきたルーカスに、ラバドーラは感心していた。
「へぇ、やるじゃない。認証させて、証拠も隠滅。あとは人間の尊厳ってやつが肛門から出ないのを祈るだけね」
ルーカスがナノマシンと格闘している頃、卓也とデフォルトは拷問室を見学していた。
「わお……これ何に使うかわかる?」
卓也が興奮気味に言うので、デフォルトはため息をついた。
「……わかりませんよ」
「僕もわからない。だから、想像力が掻き立てられて興奮するんだ」
卓也はガラス管を持って、指揮棒のように振り回した。
「それ、排泄器官に入れる管よ……。拷問じゃなくて治療のためのね。最近の研究結果でそう出て、ここでは直腸治療が主流なの。いったいなんだと思ったの?」
モルガンに言われると、卓也は慌てて管をトレイに戻した。
「さぁ、僕って想像力豊かだから」
「知ってる。普通治療にこんな格好させないもの」
モルガンは地球の看護師が着るような白衣に身を包んでおり、ポーズを撮ってみせた。
「制服は僕の惑星の文化的資産だよ。男は皆それで想像力を高めてきたんだ。そして様々なものを作ってきたんだ。主に子孫とか」
「私も想像力がついてきたのかしら……あなたの惑星の男がどんな顔してるのか想像がつくもの」
「それって、セクター五一セクシーな顔ってこと? それなら、残念ながら僕しかいない」
「性的興奮に芽生えた思春期の男の子みたいな顔ってことよ」
「それ、男特有の病気なんだ。お医者さんに直してもらわないと」
「なら、私はこの服を技術者に直してもらわないと……」
モルガンは長い指の爪で、服の一部に切れ目を入れた。
二人は見つめ合って、愛を燃え上がらそうとしたのだが、デフォルトの咳払いによって我に返った。
「あの……自分もこの場にいるのですが」
「あら、そうだったわね」モルガンは卓也から距離を取ると「またわからないことがあったら聞いて」と火照った頬を手で隠した。
「まったく……デフォルト……ここへ何しに来たのか忘れたのかい?」
「職場見学ですよね。ヴーヴァーさんに取材を頼まれて。……ですよね?」
卓也の方こそ目的を忘れているのではないかと、デフォルトに疑いの視線を浴びせられた卓也は、ここに旧サーバーがないのか探りを入れに来ていることを思い出した。
「そうだった……。ねぇ、ここって治療室なの?」
「ここは拷問も治療も兼ね備えているのよ。空間除菌を徹底しているから問題ないわ。治療も拷問も同じ器具を使うから楽なの。一箇所に揃ってるほうがね」
モルガンの言葉にデフォルトは身震いした。その辺にある命を助ける道具が、すべて命を奪う道具に見えてきてしまったからだ。
「わかるよ……」と、卓也は深く頷いた。「制服も実益と趣味を兼ね備えてるからいいんだ。コスプレはコスプレ。本場ものの制服プレイとは、全然まったくの別物だからね」
「あなたの惑星って、そんなにたくさんの種類の衣類があるの?」
「そうだよ。他にもね――」
卓也とモルガンが会話を始めたので、デフォルトは一瞬がっかりしたが、すぐにこれはチャンスだと一人で部屋を見回ることにした。
モルガンは卓也に夢中になって会話を広げているので、デフォルトへの監視の視線がおろそかになっていた。
かといって、堂々と家探しすることは出来ない。あくまで見学を装って見回る必要がある。
結果は見当たらない。だが、念には念を入れたいデフォルトは「最近この部屋の模様替えとかしましたか?」とモルガンに聞いてみた。
「そんな大規模なことはしてないわよ。道具は入れ替えてることは多いけど。誰かが悪さすると、すぐ痛んじゃうのよね……」
「それって診察台でおいたしちゃうとか?」
卓也はモルガンを診察台に誘うような格好で寝転んだ。
「おいたの度合いによるわね……あなたはどんなおいたをするのかしら」
モルガンが卓也のお腹を指でくすぐると、デフォルトは咳払いをして止めた。
「もう……デフォルト……またなの?」
これからいいところなのにまた邪魔されたと感じた卓也だったが。デフォルトの反応は先程とは違っていた。視線を何度も下にやって、確認しろと合図を送った。
「わかってるよ。僕が下になれば、彼女が痛い思いすることなんてないって」
卓也にデフォルトの意図が伝わらなかったのだが、意外なところから援護が飛んできた。
「やっぱり痛い? この間、バカが暴れて診察台を壊したから、急遽あるもので代用したんだけど……。拷問用ならともかく、治療用にはむかないわよね」
モルガンは審査台を叩きながら言った。
診察台はマットが一枚敷かれているだけで、それをめくるとデフォルト達が探していた旧サーバーが顔をだした。
「そのバカに僕が一言言ってあげるよ」
「いいのよ。暴れすぎて死んじゃったから。こっちはせっかく治療してたっていうのに」
モルガンのため息に、デフォルトのため息が混ざった
近いうちに、新たなバカがここで暴れる光景が容易に想像できたからだ。




