第十四話
「――というわけなの。調べることが山積みで、メモリの処理も追いつかないわ……」
一日の終り。四人はグループで部屋をもらえるまでになっていたので、そこでラバドーラはデフォルトに日中にあったことを話していた。
それに顔を青くしたのはデフォルトだ。
デフォルトの気がかりと言えば、ルーカスがトイレと間違えて、コンピューターに生尻で座ってしまったところ、生体認証システムが起動したことだ。
「もしかしたら、ルーカスの肛門のシワが解決策かもしれないわ……」
「私の肛門がキーになっていると言うのかね? どんなにバカげたことを言っているのか自分でわかっているのかね?」
ルーカスの言葉はラバドーラの記憶メモリに深く突き刺さった。
この肛門認証システムに書き換えた張本人がラバドーラだったからだ。
過去にフィリュグライドは、ラバドーラを参加に加えようとしていた。情報収集能力の高さを買ってのことだ。
だが、ラバドーラが拒み続けると今度は武力で脅してきたので、フィリュグライドのコンピューターをハッキングして認証のロック解除を肛門のしわに変更したのだった。
デフォルトは以前にラバドーラからなぜフィリュグライドから逃げ回っているのかを聞いていた。
「そういえば……そのようなことをおっしゃっていましたね……。それがなぜ、ルーカス様の肛門を認証したのでしょうか」
「再起動した時に新たに認証登録されてしまったのよ。つまり、あといくつかの認証機で、あなたの肛門をスキャンして登録すれば、この船の古いシステムを呼び出すことが出来るってことよ」
「それってルーカスよりも、肛門の方が優秀ってこと?」
今まで黙っていた卓也だが、事態がおもしろくなると急に話に加わってきた。
「違う。私が優秀だから、肛門のしわまで優秀に刻まれたと言うことだ」
「そうですね……これはルーカス様にしか出来ない大仕事というわけですね」
デフォルトの言葉に、ルーカスは気を良くして自慢気に鼻の穴を広げた。
「そうだろう。優秀な人間というのは肛門のしわを一つとっても優秀なのだ」
「優秀なんてものじゃないよ。自分がお尻の穴からなにを産み落としたのか……もう忘れたの?」
卓也はクソ野郎という人工知能生命が、ルーカスの肛門から出てきたのを忘れていなかった。
「どこぞの低知能が作った機械を貼ったから起きた事故だ。私に一切の過失はない」
「僕だって同じのを貼ったんだぞ。まぁ、でもとにかく……ルーカスに頭が下がる思いだよ。これ、本当。僕にはとても真似できないもん。肛門認証もそうだし、犯罪組織の神経を逆なでする行為もね」
卓也に言われてルーカスは固まった。頭の中が急に冷たくなったかと思うと、一つの答えが後光差すようにはっきりと浮かんできたのだ。
「待ちたまえ……つまり、これから私は人を殺すことなどなんとも思っていない連中のコンピューターに、尻をなすりつけると言うことかね?」
「まさか! 違うよ、ルーカス。……尻の穴をなすりつけるんだ」
「バレたら殺されるではないか」
「バレなくても殺されるわよ。いつ私達の個人データの矛盾に気付いてもおかしくないもの。道を開くのはあなたしかいないのよ」
ラバドーラはルーカスの胸を小突いて言った。
「開くのは尻の割れ目だろう……。私は反対だ」
「あなたの意見なんて聞いてないの。肛門が必要なのは確かなんだから。あなたが自発的に肛門を差し出すか、肛門を切り取られて一生座れない傷を負うかよ」
「なんて女だ……」
平然と言ってのけるラバドーラにルーカスは唖然とした。
「いい女だよね。思わずシャキッとしちゃったよ」
卓也がピンっと背中を張ると、ルーカスはバカにしたため息を付いた。
「怯えて肛門を閉めるから、背筋が伸びたのだ。……わかった。条件がある。私が重要と言うことは、私の安全が第一ということだ」
「まぁ、そうね」
ルーカスの肛門を切り取ると脅したラバドーラが、実際は不可能なことだとわかっている。生体認証システムとして登録されているので、お尻の穴のシワをスキャンしただけでは認証されないのだ。体温も必要になってくる。
なので、ルーカスの身の安全は絶対に守らなければならないのは事実だった。
「ならば、君達は私の手足となって動くべきだ。違うかね?」
ルーカスはラバドーラを見てデフォルトを見て、最後に卓也を見て嫌味な笑みを浮かべた。
「ルーカスの肛門にはなれないし、なりたくもないからね。足は臭そうだし、右手はうんこを拭く時に使ってそうだし、僕は左手でいいよ」
「私の願いを叶える必要があると言っているのだ。ご機嫌を取るためにな。私は操縦手になるために宇宙へ出てきたのだ。是非とも叶えてもらおう」
「そんなの無理に決まってるだろう……」
ルーカスとの付き合いが長い卓也は、逆立ちしたってルーカスに小型宇宙船の操縦は無理なことがわかっていた。
だが、ラバドーラは「いいわよ」と頷いたのだった。
「ほう、言ったな」
ルーカスは言質を取ったぞと得意げな顔と人差し指をラバドーラに向けた。
「えぇ、どうせ必要になることだから。旧サーバーを持ってるのは実行部隊の誰かよ。一瞬だけど情報が飛んでいくのをキャッチしたわ」
「アイさんに反論したくないけど、ルーカスには絶対に無理」
「そんなことないわよ。ただ座ってればいいんだから」
ラバドーラは手を外すと、それで卓也の顔を叩いた。操作するのは、この手をケーブルで宇宙船と繋げば十分だということだ。これなら、ルーカスが直接操縦する必要はない。フリだけしてればいい。
それにルーカスは大変喜んで雄叫びを上げた。
「完璧ではないか! とうとう私の努力が認められる時が来たのだな!!」
「アイさんが操縦するんだから、ルーカスの能力じゃないじゃん」
「人を使うのも才能ということだ」
「じゃあ……もうそれでいいけどさ……どうすんのさ。ルーカスを持ち上げたところで、叩いてもないのに勝手に埃を出すのがルーカスだよ。昇進どころか、奈落の底へなんてこともありえる」
「それをさせないために、ヴーヴァーがいるのよ。取材目的なら実行部隊に近づける。その時になんとか小型宇宙船を操縦させてもらうの。スカウトされるような優秀な操縦を見せれば、すぐにじゃなくても声がかかるはずよ。入れ替わりが激しいのが実行部隊だから。選ばれるには、目の前で見せるのが早いってわけよ」
「君の意見なら喜んで賛成」
卓也はラバドーラの手を握ると、真っ直ぐに目を見ながら言った。
「デフォルトはどう? 文句でも、他の意見があるのでも、言うなら今のうちよ」
「意見も、文句もないのですが……いったい何回繰り返せばいのかと思いまして」
「旧サーバーは四つで、一つは認証済み。だからあと三つよ」
「なぜわかるのか聞いてもいいですか?」
「さっきも言った通りよ。情報が飛ぶのがわかったから、つまり電波をキャッチしたと言うことね。全部は追えないから一つに絞ったけど、繋がろうとしていたのは三つの電波。ケーブルは外してるはずだから、接続が電波に変わったのね。疑問は解決かしら?」
「ええ」とデフォルトは納得した。「でしたら、他の場所にあるサーバーを探すためにも、二手に分かれた方がいいですね」
「そうね。とりあえず私はルーカスと一緒にいるから、デフォルトは卓也と一緒にいてちょうだい」
「その意見には反対! 僕とアイさんは絶対にセットの方がいい。そのほうが間違いが起こるもん」
「あのねぇ……間違いが起こらないからアンドロイドなのよ」
「間違いが起こせるから、僕は宇宙一セクシーな男って言われてるの」
卓也は食い下がろうとしたのだが、ラバドーラが顔だけルイスを投影したので、思わず離れてしまった。
「決まりだな」とルイスの顔がニヤリと笑みを見せた。
「その顔ずるいよ……デフォルトったら余計なことをして」
卓也の恨みがましい視線に、デフォルトは平謝りした。
後日、早速ヴーヴァーを騙して実行部隊の取材をすることとなった。
「まさか取材が来るとはな……」
十ある実行部隊のうちの一つ。偵察部隊の隊長がエビのように長くしなやかなヒゲを指先で弾きながら、満更でもない様子で言った。
「早速、自慢の宇宙船を見せてもらいたい」
ヴーヴァーはカメラマンのラバドーラを傍らに、並べられた宇宙船を見渡した。
「いいぞ。うちは他のリーダーが率いる偵察部隊とはひと味もふた味も違うぞ。様々な電磁波と放射線を纏い擬態するんだ。つまりレーダーに反応が出なくすることも出来るし、宇宙生物だと思わせることも出来るということだ。宇宙生物研究機関ってのがあるだろ? まぁ、うちにもあるけどな。あれはカモだ。ちょっと見慣れない生体電磁波を出してやれば、向こうからホイホイ近付いてくるってわけだ。他にもだな――」
隊長の宇宙船自慢をルーカスは媚びへつらいの笑みで聞いていた。
なぜこんなにも早く別部隊とコンタクトが取れたのか。それには理由があった。ヴーヴァー率いる四人も実行部隊の末端にいることだ。
だが、まだ役職はないので仕事はなにもない。本来はなにか実力が認められて出世していくのだが、セクター五交流の場という娯楽サイトの運営という、特殊な行動が評価されているので上も取り扱いに困っていたのだ。
実力はいかほどが見極めるために取材を受けた意味合いもあるが、単純に自分の部隊の凄さを自慢して、周りにでかい顔をしたいということもある。
隊長の話は止まることなく、ルーカスの作り笑いが引きつってきた頃。ようやく話が一段落し、試乗を勧められた。
「この時を待っていました!」
ルーカスは感無量の表情で異星人には全く通じない敬礼をすると、颯爽と小型宇宙船へと乗り込んだ。
ドアが自動ロックされる直前で、ラバドーラはルーカスの胸ぐらを掴んで引っ張り出した。
「もしかして……バカって言葉も知らないほどバカなの?」
まだ自分の手を同乗させていないとルーカスを睨みつけた。
「どうしたどうした?」
隊長は喧嘩かと勘違いしたので、期待の表情を浮かべてやれやれと二人を煽った。
「写真を取り忘れてるのよ、この大バカは。乗る前に一枚くらい撮るのがわからないの?」
ラバドーラはルーカスを小型宇宙船の前に立たせて写真を取ると、勢いよく背中を叩いて宇宙船に乗らせた。この時に手を分離してルーカスに貼り付けた。
自由自在に宇宙船を操縦するルーカスには目もくれず、隊長はラバドーラと話していた。
「気の強い女は好きだぞ」
「私は嫌いよ、あなたこと」
「それは残念だ。気が向いたら呼んでくれ」
「てっきり、無理やり口説くのかと思ったわ」
「それはここじゃご法度だ。別に禁止されてるわけじゃないけどな。恋愛感情のいざこざが一番困る。悪の鉄則だぞ。愛に溺れるな、金に溺れるな、権力に溺れるな。この世界で生きるには、常に呼吸をしてなければならない。溺れて呼吸が出来なくなると、すぐに周りに気づかれる。ここじゃ弱みを見せたら終わりだ。味方にも身ぐるみを剥がされる」
目立った派閥争いはないが、元々は個々が悪党として名を上げていた者達の集まりだ。人より上にという願望はひときわ大きい。
それは愛にかまけるよりも大事なことだった。
「ここに来て、初めてまともなことを聞いた気がするわ」
「悪の美学がわかるとは。やはりいい女だ。外じゃ相当暴れただろ?」
「どうかしらね。それはあれを見て決めたら?」
ラバドーラは壁一面の超大型モニターを指した。
そこではルーカスが得意げな笑顔を浮かべて、縦横無尽に宇宙空間に宇宙船を走らせている。操縦はラバドーラの手がやっているので、呑気に両手を頭の後ろで組み、足で操縦するふりをしながら、内部カメラに向かってピースサインをしていた。
「あの……バカ……大バカ」
ラバドーラは調子に乗るルーカスに憤ったが、隊長は両手離しで右往左往する宇宙船を見ても何も思っていなかった。
「ずいぶん操縦が得意なんだな。まぁ、うちでは必要のない技術だ」
「……どういうこと?」
ルーカスの運転技術で気を引こうと考えていたラバドーラは、隊長の言葉に驚愕した。
「偵察部隊だからな。派手な動きは必要ない。むしろ邪魔だ」
「あれだけ操縦できるんだから、なにかの役に立つと思うわよ……陽動とか。いい的になるわ」
「うちは十の分隊の中でも一番新しく出来た部隊だ。いきなりあんな身勝手なやつが入ってきたら、他に示しがつかんだろ。それにな……どんなに技術を持っていても――バカはいらない」
ラバドーラは「それもそうね」とあっさりあきらめた。
新しく出来た部隊ということは、古いサーバーなど管理していないからだ。
「いっそ技術部にでも出向いたらどうだ? 実験体を探してるぞ。寝ずに働くから、皆頭がおかしくなって常に人手不足だ。バカならおかしくなってもバカだからな」
「技術部ね……」
「気をつけろよ。あそこの部隊は、落ちてる機械があれば部品の一つでも持っていっちまうぞ。どんな部品でも研究に使うんだとよ。別名掃除部隊だ。壊れたものはそのへんに捨てとけば、掃除部隊が勝手に持っていくれる。この前なんて、誰も使ってない古いサーバーを嬉しそうに運んでた」
隊長はバカな奴らだと笑うと、ラバドーラも真似して陽気に笑いを響かせた。
そして、隊長は戻ってきたルーカスに、小型宇宙船の乗り心地を聞きに離れていくと、ラバドーラは「そう……技術部ね……」と呟いたのだった。




