第十二話
翌日からセクター五の交流の場には、ルーカスと卓也がアイという女性を取り合っている噂や、アイとモルガンが対立しているなどという。あることないこと三角関係の記事ばかりがアップさられていた。
当然卓也は記事を書いているヴーヴァーに文句を言うが、記事の一つで群衆が面白く動くことに楽しみを覚え始めていたので、訂正記事を載せることを拒んだ。
「アイさんからも何か言ってよ。ルーカスなんかと良い仲だと思われてるんだよ」
「いいのよ。情報の提供元は私なんだから」
てっきり一緒になってヴーヴァーを叩く流れになると思っていた卓也は驚愕した。自分からルーカスと仲良くしてるだなんて、ラバドーラはスクラップにされても言うことはないと思っていたからだ。
「僕は? お願い。僕もレースにエントリーさせてよ」
「勘違いしないの。私は今までどういう生活をしてきたか話しただけよ。一つの宇宙船に女が一人に男が三人。ゲスい人はそれだけでもなにか勘繰るでしょうね」
「僕……ものすごいもの想像しちゃった。男は僕一人……残りの三人は女の子。船は一つで漂流中。わお……たまんない」
「私は女が一人で男が三人って言ったのよ」
「僕はそんなの我慢できない。よく考えてごらんよ。良い匂いに柔らかい体。耳から入って脳をとろかせる甘美な声。絶対に女の子が三人の方がいいって」
「そうね。なら、それでいいわ」
ラバドーラが話は終わりと背中を向けたので、卓也は泣すがって出ていくのを止めた。
「うそうそ! ごめん! 見捨てないでよ!」
「見捨てて欲しくなかったら、そろそろ何かアクションを起こしたらどうなのよ。今度忘れてたら、頭をかち割って別の脳みそを移植するわよ」
ラバドーラは自分のデータを探し出して削除する。というミッションはどうなったのだと、卓也を睨みつけた。
「覚えてるよ。だって、そこに潜り込めば、他の女の子のデータも入ってるってことだもんね。でも、ガードが厳しいんだ」
「あなたでもわかるのなら、相当強固なセキュリティーなのね」
「セキュリティーは知らないよ。専門外だもん。僕の専門は女の子。つまり女の子ガードが固いって言ってるの。なかなかデータ管理してる女の子たどり着かないの」
この船の中で卓也に熱をあげる女性は増えているが、ここは犯罪組織だ。もし何かポカをしたら明日は自分がどうなるのかわからないので、直接卓也に近寄るようなことはなかった。遠巻きに流行りのアイドルや役者を見るように、記事の中で存在を楽しむだけだ。
だが、モルガンが率いる特殊隊は拷問と看護が専門であり、データの管理には携わっていなかった。
上の役職につけばつくほど、些細なミスが取り返しのつかないことになるのがわかっている。一時の感情に流されるのは危険だということだ。
なので、卓也が直接関わった上層部の星人というのはモルガンくらいだった。
同じセクター五だった星人は立場あるものというわけではなく、感情に流されたところで支障のない者たちばかりだ。
なので、好き勝手に騒動が大きくなってしまい、上層部に目をつけられるようになった。その原因となったセクター五交流の場というコミュニティーは、娯楽の少ない下層部から徐々に広がりを見せ、上層部に届く頃には支持者が八割を超えるという事態になっており、活動をやめるように言えなくなってしまっていた。
逆にそこまで浸透しているのなら、色々利用してやろうという考えの元。管理者のヴーヴァーが立場を引き上げられて、自由に行動できるようになったというわけだ。
「卓也は魅力がないのかもな……」
ラバドーラはこれ見よがしに、長いため息をついてみせた。
それも、卓也の嫌いなルイスの姿でだ。
「ちょっと待った……その姿ってことは、僕に挑戦してるわけだ。この宇宙一セクシーな男に」
「挑戦なんて大それたもんじゃない……これは挑発って言うんだ。どうだ乗るか?」
ラバドーラは卓也の頭を肘置き代わりにして話し始めた。
それは背の高さの違いを誇示されているようで、卓也には効果抜群だった。頭に血が上り、すぐに自分の方がモテると証明しようと勇んで歩いて行ったのだが、ドアまで行くとくるっと方向転換して戻ってきた。
卓也がやる気になったと安心してアイの姿に戻っていたラバドーラは「なんなのよ……」と聞いた。
「デフォルトに相談しようと思ったんだけど……デフォルトはどこ?」
「知らないわ」
「困ったな……僕は相談事はデフォルトにするって決めてるんだ」
「知らないわよ」
「やっぱりデフォルトに話して、一回褒めてもらってからじゃないと。最近そうじゃないと調子が出ないんだ」
「知らないって言ってるでしょ。私はあなたのママじゃないのよ」
「わお! それって最高。大事な女性を二人ともママって呼べるんだもん」
マザコンの卓也には母親の嫌味は通じない。
全く動じないので、ラバドーラはため息で溜まった熱を吐き出しながら「どうすればいいのよ……。デフォルトを探してくればいいわけ?」と聞いた。
「まさか、僕がアイさんに雑用を頼むと思ってる? デフォルトの代わりをしてくれればいいんだ」
「わかったわよ……。――早く済ませてくださいよ。ここだっていつ人が来るかわかりませんから。ほら、悩みはなんですか?」
ラバドーラは人通りのない物陰にいつまで二人いるのも怪しまれるので、さっさとデフォルトの姿を投影した。
しかし、卓也は眉を寄せて首を横に振った。
「デフォルトはそんなこと言わない……。そんなんじゃ相談できないよ。デフォルトは心配そうに目を細めてこう言うんだ。どうしたんですか? 卓也さん」
「……どうしたんですか? 卓也さん」
さっさと次の段階に進みたいラバドーラは、卓也の言う通り返した。
「どうしたもこうしたもないよ……。僕は悩んでるんだ」
「そうですか。それで?」
「そんなのデフォルトじゃないよ。君はデフォルト失格だ!」
「……いいからさっさと話してください。次に余計なことを口に出したら、入れ歯も付けられないほど葉を砕きますよ」
デフォルトの姿で暴言を言われると、卓也も背すじを伸ばすしかなかった。普段絶対言わないだけあって、妙な迫力に襲われたからだ。
「今日の僕はかっこいい?」
「ええ」
「セクシー?」
「もちろん」
「百点満点中何点?」
「……百点です」
「言われなくてもわかってる。それじゃあ、僕は僕に出来ることをやってくるよ」
卓也はただのナンパを人生の大仕事のように言うと、ようやくラバドーラの元を離れて動き出した。
「もう……疲れたわ……」
ラバドーラは処理能力が追いつかないと、しばらくここで省電力モードに入るために荷物の間に隠れて自らの電源を落とした。
その頃。デフォルトはルーカスと一緒に行動しており、モルガンに捕まったところだった。
「だから、どうしてこういう記事になったかを聞いてるの」
モルガンが怒っているのは、『モルガン。アイに完全敗北』という記事についてだった。
モルガンとラバドーラ。どちらに軍配が上がるかという内容なのだが、ルーカスが好き勝手書いたものを、あたかも真実のように書かれているので文句を言っているのだった。――デフォルトに。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。すぐに訂正の記事を載せますので」
デフォルトは何度も頭を下げた。その人当たりの良さから、ヴーヴァーからクレーム対応に任命されてしまい。記事に納得がいかないという読者の元へ日夜呼ばれ、引っ張りだこになっていた。
「謝ることはないぞ、デフォルト君。私は間違ったことは書いていない。しっかり、最後に――かと思われる。と書いているだろう。君が言うべき言葉は謝罪ではない。善処します。前向きに検討しますだ。受け入れてどうするのだね」
「記事を書くなって言ってるわけじゃないの。内容に多少の誇張があってもいいわよ。でも、勝手に勝敗をつけるなって言ってるの。私がいつあんな指の短い星人に負けたっていうのよ」
「チェスと一緒だ。私ほど天才なら、コマがどう動いていくかなどまるわかりなのだ。バカな女など、どこの星人も一緒だ。私を脅そうとする単純バカなら、なおのことわかりやすい」
「ルーカス様……記事は憂さ晴らしで書くものじゃないですよ。それはもうただの悪口と一緒です」
「そうよ」
モルガンはデフォルトを睨みつけて同意した。なぜルーカスを睨みつけないのかというと、彼に何を言ってもやっても無駄だとわかっているからだ。
こうしてデフォルトに当たり、文句を言ったほうがいくらか気が晴れる。
「よく考えたまえ。四六時中。同じ船に乗っていたのだぞ。それも、一方が好意をあらわにしてだ。その先どうなるのかもわからないほどウブでもないだろう」
「お腹が減ってれば、腐ったものでも食べるわよ」
モルガンは自信満々に言い返した。卓也がアイに熱を上げていたのは、自分と出会っていなかったからだと。
「記事の内容は自分が責任を持って訂正いたします」デフォルトは深く頭を下げた。「ただ、この話題がなくなるのは不可能だと思います……今、宇宙船で一番の話題ですから」
「それはいいのよ。私をよく知ってもらってるほうが、拷問も看護もしやすいから。とにかく、男女の仲を他人が勝手に決着をつけないで」
モルガンはデフォルトにキツくいうと、汚物を見るような視線をルーカスにぶつけてから去っていった。
「ルーカス様……もう少し自分の思考に偏っていない文を書けませんか?」
「なにを言ってる。ヴーヴァーから許可は降りているんだぞ。なにより、この立場は使えるぞ」
「そうですね。謝罪のために、あちこちのセクターを移動出来ますからね。少しずつですが色々わかってきました」
デフォルトは上層部行けば行くほど、雰囲気が違うことに気付いた。
まるで別の惑星に降り立ったかのように、まるっきり装飾も匂いも違うのだ。そして、管理システムも違う。複雑な生体認証を受けなければ入れないところもあれば、一切セキュリティーがされていない場所もある。
これは上に行けば行くほど権限が与えられているという証拠だった。
しかし、まだわからないことのほうが多い。
例えば、その権限を与えているのは誰かということ。この船のトップをまだ目にしたことがないので、組織の内部に入り込んでいるような気がしていなかった。
フィリュグライドというのは泣く子も黙る犯罪組織だ。それなのに平和過ぎるというのがデフォルトの感想だった。
どこかに攻撃されたとか、撃退されたなどという情報が一切入ってこないからだ。
物騒な言葉と命令は飛び交っているが、結果がどうなったのかということは自分達の耳に入ってこない。
本当に犯罪を起こしているのかという疑問さえ感じていた。
デフォルトが考えすぎのため息をつくと、ルーカスは張り合うような大きなため息を返した。
「デフォルト君……君は本当にマヌケだな……。いいかね? この立場を利用すれば、弱みを握れるということだ」
「何度もしっぺ返しを食らったことをお忘れなんですか?」
「だが、現に私の立場は上がりに上がっている。ここから立ちションをすれば、下にいるものは恵みの雨だと騒ぐくらいのな。しっぺ返しどころか、尿の跳ね返りさえない」
「ここから脱出するには、ルーカス様の出世が必要だとはいえ……上に行けば行くほど脱出が困難になることもお忘れなく。おそらく追ってきますよ。犯罪組織が上層部の人間を野放しにするはずがないのですから。なので、ルーカス様が今ままの態度を取るのならば、一生全銀河保安組織に追われるか、宇宙一の犯罪組織のフィリュグライドに追われるか。どちらに追われるかお考えになってください」
「わかっている。私だって使い古された犯罪組織になど興味はない。フィリュグライドがすぐさま私のものとして、全銀河に浸透するならば別だがな。銀河の支配者ルーカス。実に良い響きだと思わんかね?」
「自分は地球人ルーカス様の方が親しみやすくて好きですよ」
「おべんちゃらを使うとは……私の出世のおこぼれに与ろうと見える。許す。コバンザメのようにくっついていたまえ」
「ついていきますよ……次も謝罪に来いと呼ばれているのですから……。えっと……名前はボルドン。確か……上司の名前ですよね」
「ボルドン? あの男がか? 一体何を謝罪しろと言ってきているのだ」
一度も会ったことのない人物の名前をルーカスが覚えているなど珍しいと思ったのだが、ルーカスが顔色を変えて急かしてくるので抗議内容を探して読み上げた。
「特に記載はありませんね。直接謝りに来たら、その時に話すようです」
「おかしい……絶対におかしいぞ……」
ルーカスはぶつぶつ言いながらも、遅れたら大変だと急ぎ足でボルドンの元へと向かった。




