第十一話
「よく私の前に顔を出せたわね。……というより、どうやって入ってきたのよ」
謎の男に声をかけられてから数日後。ルーカスはモルガン達特殊隊の仕事部屋へ、了承も得ずに勝手にロックを解除して入っていったのだ。
「義務を果たしにきたのだ。それにしても汚い部屋だ……」
ルーカスは治療器具や拷問道具が保管されている壁を見て、嫌味な小姑のようにため息をついてみせた。
「義務って、わざわざ拷問を受けにきたってわけ? 人の部屋に、それも上司の部屋に入るなんてここでは重犯罪よ」
「犯罪組織の一員のくせに何を言っているのだ。それに、私は許可を取る必要がない」
ルーカスは自分のIDを見せびらかした。
そこには禁止区域でも特別に立ち入りの許可が降りるという、この船でも数人しか持っていない権限が付加されていたのだ。
「なんでアンタみたいなゴミクズが、スペシャルIDを認可されているのよ」
「理由は簡単だ。私の上司……まぁ今はというだけだ。そのうち私が上に立つと――」
「いいから、さっさと結論を話しなさいよ」
「私の上司のヴーヴァーは、記事を書くために元からスペシャルIDを持っていた。そして、私はその助手となり、同じ権限を手に入れることとなったのだ。そして、今日は記念すべき初仕事。特殊隊の私生活を記事にしようと思ったのだが……」
ルーカスが嫌味な笑みを浮かべた途端、チベスナが芋虫の体を目一杯ドアまで伸ばして、機嫌取りのために何か食べるものを取りに行った。
ポニポニも急に絨毯のように平らになったかと思うと、体を縮めて部屋の隅に置いてあったテーブルとイスをルーカスの前に用意した。
「ちょっとちょっと! 二人ともどうしたのよ?」
「二人は君よりも利口というだけだ」ルーカスは椅子に座ると、汚い靴裏をモルガンに見せつけるようにテーブルに足を置いた。そして「質問をいいかね?」と聞いた。
「いいわけないでしょう。出ていって」というモルガンの言葉をルーカスは無視した。
「質問その一。この仕事についたきっかけは?」
「とち狂ってるなら、脳の中を見てあげるわよ。ここにはそういう拷問器具もあるの」
モルガンは目一杯脅して言ったのだが、ルーカスはわざと身震いして大袈裟に怖がって茶化した。
「おー……怖い怖い……。答えにくいのなら、答えやすい質問からにしてやろう。寛容な私に感謝したまえ。えっと……なら……質問その三十四だ。好きなタイプは」
「それは卓也よ――じゃなくて……さっきからなんなのよ本当に」
「君は本当に察しが悪いのだな。編集者の一言におマヌケと一言添えてやろう」
そう言ってルーカスは『セクター五交流の場の次号企画書』というページをホログラムにしてモルガンに見せた。
「ちょっと!? これって!」
「ようやく察したのかね。君の愛しの卓也も見るページだ。君の特集を組むことに決めたのだが……今のところだとひどい記事になるだろうな。タイトルが目に浮かぶ。自惚れた特殊隊隊長。編集者に中指を立てる。君を良く思っていない女連中は手を叩いて喜ぶだろう。いや、ゴリラのように胸を叩いて大喜びだろうな」
「何が目的なのよ」
モルガンは鋭い目つきでキッと睨みつけた。曲がりなりにも特殊隊隊長なので、ルーカス相手に下手に出るわけにはいかない。
だが、ルーカスは表情を緩めて「写真を数枚だ」と言った。
「それだけ? あれだけ勿体ぶって、私の画像を数枚だけ必要なの?」
「誰がただの写真だと言ったかね」
ルーカスの言葉にやっぱりかと、モルガンはいやらしい視線から逃げるように身を捩って、両手で体を隠した。
しかし、ルーカスは真顔で「なにをやっているのかね」と聞いた。
「なにって……エッチな写真を撮って脅すつもりでしょう」
「アホかね……私が下等生物の体に興奮するマヌケに見えるか? 君の体の関節の一部にも全く興味が湧かない。わかったからこれに着替えたまえ」
ルーカスは数着の衣装を投げ渡した。多惑星の文化衣装がごっちゃになっているので、ルーカスには着方が全くわからない。渡せばどうにかなるだろうと思っていた。
「なんなんのよ……」
「さっきから質問が多すぎるぞ」
「そういうのは、一つ一つ質問に答えた人が言うことよ」
「しょうがない……君がこの衣装を着るのを心待ちにしている人物がいるのだ。君の特集が組まれるのも、そのお方の口添えがあってこそだ。わかったら、その醜い体を早く衣装で隠したまえ」
「嫌だと言ったらどうするのよ」
「それは言えない。なぜならこのボンレスハムの紐みたいな衣装は、卓也からのリクエストだからだ」
ルーカスがモルガンの写真を撮ろうとしているのは、セクター五の人気のある男五人が選んだ衣装をモルガンに着せて、どれが一番似合っているか総評を取るという企画をやる予定だからだ。その時に一緒に載せるモルガンのプロフィールを聞き出そうとしていたのだ
「ちょっと! 聞いてないわよ!」
「そうだろうな。わざわざ言う義理は私にはない。君が協力的ではないのなら、この汚い部屋の写真を載せるだけだ」
「ここは私室じゃなくて、仕事の治療部屋兼拷問部屋よ」
「一部を切り取られた画像というのは、それが真実となり世を騒がせるもなのだ」
「本当に卑怯な男ね……」
「ここではそれは褒め言葉なのは、君のほうがよく知っているだろう」
部屋には勝ち誇ったルーカスの高笑いと、モルガンの悔しげな歯ぎしりが響いた。
「ルーカス! 凄いぞ! まさかこんな画像が撮れるなんて!」
更に数日が経ち、記事の反響をヴーヴァーは手放しで喜んだ。
「当然だ。私をポンコツアンドロイドと一緒にするな。機械というのは所詮人間に使われるものということだ。一流の人間が使うからこそ、過ぎれた道具と言えるだろう」
ルーカスが自慢げに語っていると、その背中を物凄い衝撃が襲った。だが、蹴られた背中の痛みを感じるよりも、壁までふっとばされたので、顔面に走る痛みのほうが早かった。
ルーカスは顔を両手で押さえてのたうち回りながら、指の隙間からラバドーラを睨みつけた。
「なにをするのだ! この――」
「この? この――なによ」
ラバドーラの誇張して投影された怒りの瞳を見て、ルーカスはラバドーラの正体がバレると自分にも不都合なことになるのを思い出した。
「この――アホ女め!」
「思い出してくれてよかったわ、バカ男」
そう言うとラバドーラはルーカスから視線を外し、タブレット端末に映っているモルガンの記事に目を通し始めた。
「やっぱりルーカスとアイは仲がいいんだな」
今のやり取りを見ていたヴーヴァーは、二人は微笑ましい関係だと笑った。
「そんなわけないでしょう。こんなバカ男と一緒になるなら、宇宙害虫と一緒になったほうがマシよ」
「そう悪いことでもない。ここにはそういうハッピーな話題も必要だ。そうは思わないか?」
「宇宙犯罪組織に必要なのは侵略と略奪よ。ここには性的欲求に愛なんて名前をつけるような、洒落た文化なんてないでしょう」
「そんなことないぞ。卓也が広めてる」
ヴーヴァーは別のページを開いて卓也の特集を見せた。
そこには、『卓也、愛を語り自分を語る。他人を語らなければ詐欺にはならないSP』という特集が組まれており、実体験とこれでもかというほど赤裸々に語ったインタビューが載っていた。限定で、インタビューがホログラム映像化されたものも見られるようになっている。
「まさか、本当に宇宙記者にでもなるつもりなの? なら、いいこと教えてあげる。宇宙記者っていうのはね、部屋にこもっていても、妄想を言語化出来れば誰でもなれるものなのよ。バカでもね」
ラバドーラの嫌味に対して、ルーカスは余裕のある勝ち誇った笑みで返すと、耳元に口を寄せて囁いた。
「私が、このセクター五で一番の大バカといつまでもコンビを組んでいると思うな。私の行動は、もっと上の権威ある人物から直接くだされているのだ」
「結局誰かの犬ってことじゃない。あなたが誰に尻尾を振ろうが構わないけど、この先のことちゃんと考えているわけ?」
「考えているぞ。このまま上り詰めて、この船のトップまで成り上がる。そうなれば、どうなるかわかるかね?」
ルーカスは全宇宙の知的生命体から名前を覚えられるチャンスだと言いたかったのだが、次のラバドーラの一言で一気に我に返った。
「宇宙犯罪組織のトップってことよ。つまり、勧善懲悪を掲げる組織から狙われ続けるってことよ。あることないこと全部こっちのせいにされるの。なぜなら、正義を掲げるには悪を作り出す必要があるから。ヤブ蚊の湧くバケツを背負って生きるようなものよ。鬱陶しいったらありゃしないわ」
L型ポシタムというアンドロイドの犯罪組織を率いていたラバドーラは、酸いも甘いも知り尽くしていたので忠告した。
ルーカスがここのトップに立てるとは思っていないが、もしも船外へ名前が売れるようになったら自分にも被害が及んでくる。船内で名前が売れるくらいに留めておくのが丁度いい。
犯罪者として名前を売りたいわけではないので、ルーカスはラバドーラの言葉に渋々頷くしかなかった。
その時だ。ルーカスとラバドーラを一瞬のフラッシュが襲った。
「ほら見ろ。お似合いの二人だぞ。これはいい記事になる」
ヴーヴァーはよく撮れたと、ルーカスとラバドーラが顔を近付けあっている写真を二人に見せた。
「前言撤回するわ……船内でも名前は売れないほうがいい」
「そんなことないだろう。ここでは顔が売れてなんぼだ。二人の名前が売れると、上司のオレもより出世できる。オレ達はチームだからな。誰が成果を上げても、全員が甘い汁を吸えることになる。このまま上手く行けば、取材の為に侵略部隊の同行の許可だって降りるかも知れないぞ」
ヴーヴァーは肥溜めのようなセクター五から抜けた出せたことにより、すっかり出世欲に火がついていた。
つまり話題になる記事があればあるほど、自分の道が拓けていくことに気付いたのだった。
「そうだ……そうだ。船内で名を売るべきだ。その写真を載せたまえ、ヴーヴァー君」
ルーカスは先程とはうってかわって名を売ることを優先し、ラバドーラの肩を抱いて引き寄せた。
「あのねぇ……。いくら頭の悪いあなたでも、少し考えればわかるでしょ。この写真を見て誰がどう反応するのか」
「当然だ。目を閉じればまぶたに浮かぶ……卓也の悔しがる顔がな」
ルーカスは肺に目一杯空気を入れながら目を閉じると、うっとりと息を吐き出した。
「目を開けたら? まぶたじゃなくて、しっかり脳に焼き付くわよ」
ラバドーラのため息混じりの言葉に、ルーカスは目を開けた。するとそこには、目の前で家族を惨殺されたかのように絶望に崩れ落ちる卓也の姿があった。
「うそ……うそ! 絶対に嘘だよ! これは悪夢だよ! じゃなきゃ幻だ!!」
「嘘ではない。これは現実だ。君の女と寝たぞ」
ルーカスは底意地の悪い笑みを浮かべて肩を抱き直したが、あまりにもバカらしいのでラバドーラのは手を解く力が湧いてこなかった。
「私は誰の女でもないわよ……」
「いいぞ……三角関係だ。これは皆が注目する。セクター五で一番セクシーな男と、悪の女モルガンに真っ向から対立する女アイ。そして、現在絶賛名を売出し中のルーカス。これは記事になるぞー」
「いったい……どこの誰の指示でこんなややこしいことをしてるのよ」
ラバドーラは小さな声で聞いた。ルーカスが自分で、上からの指示で動いていると言っていたからだ。
「アホかね……言えるわけがないだろう。せいぜい君達は私のおこぼれで成り上がるんだな。専用のトイレ掃除係くらいには任命してやるぞ」
ルーカスは高笑いを響かせると、卓也にだけわざわざその高笑いを耳元で響かせてから離れていった。
「あーもう……。とにかく、敵を増やしたくなかったら、何度も推敲してから記事にしなさい」
ラバドーラも離れようとすると、卓也が足にすがりついてきた。
「うそ! 僕に弁明しないの?」
「ないわよ。いいから、どいて。こっちは急いでるのよ」
アイの姿のラバドーラに足蹴にされた卓也は、言葉もなく放心していた。
その姿をヴーヴァーに写真に収められたが、反応する気力もなくしていた。
ラバドーラが卓也を放ってきたのは、ルーカスを追いかけるためだ。それも、アイの姿ではなく透明な姿で。
裏でルーカスを操る人物を知っておく必要がある。そう思ったからだ。
上機嫌なルーカスは、ラバドーラが透明になれることなどすっかり忘れているので、ピッタリ後ろに張り付かれてもまったく気付くことはなかった。
そして、ロック付きの扉をいくつか超えると、「ルーカス!! 最高の働きだったぞ!」と満面の笑みでルーカスを手足代わりの五本の触手で抱きしめる者が現れた。
その男の名は『ボルドン』。襲撃グループのリーダーであり、本来ならば少し出世した程度のルーカスなどは対面できるような存在ではない。
残虐無道にして極悪非道。フィリュグライドの罪状の五分の二は、彼が下した命令のせいだと言われているほどだ。
だが、ルーカスの前では違う。面会の適わない上司でも、犯罪者でもない。ただのモルガンの隠れファンの一人だ。
「どうしても彼女を一位にしたい。そのために君を引き込んだのは間違いなかった。見ろ、この記事を。普段と違う彼女を見た男連中から絶大な支持を得ている」
「当然であります」とルーカスは得意の地球流の敬礼をして媚びを売ると「彼女の魅力を引き出したのは、あなたの口添えがあってからこそ」と、おべんちゃらを使った。
「ルーカス……勘違いしてもらったのでは困る。私はただ君と雑談をしただけだ。企画を思いついたのは君だろう? ん? どうかね?」
ボルドンは触手の先でルーカスのお腹をつついておどけた。
ルーカスが「そうでありました」と媚びへつらいの笑みを浮かべると、ボルドンも不気味な笑いを響かせた。
「そうだろう? だが、まだ足りない。彼女の美しさはこの銀河にあるPP-Kのガス惑星より美しいんだ。男からだけではなく、女からも票を集め。唯一無二の人気だということにしたい」
「はっ! 当然であります。このルーカス。全力を持ってモルガンの人気アップに努めたいと思っておる次第であります」
しばらく二人は意味のない笑いを数回繰り返してから、それぞれ自分の場所へと戻っていた。
ラバドーラはルーカスの後をついて戻りながら、この諸々の相関関係は物事を動かすには重要で、それにはヴーヴァーの記事が使えると思っていた。
つまり、関係をこじらせていけば、いつかどこかにほころびが出来て、自分のデータを削除することも、この船から脱出することにも近付いていくということだった。




