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惑星迷子  作者: ふん
Season5
110/223

第十話

「照りつける太陽。寄せる波。心を開放的にさせる潮の匂い。でも、ここは海じゃない……。デフォルト、なぜだかわかるかい?」

 卓也は顔に恒星の光を浴びながら不機嫌に顔をしかめて、モニター越しのデフォルトに問いかけた。

「それは――」

「そう。水着の女性が一人もいないからだよ」

 卓也が嘆かわしいとため息をつくと、デフォルトはそれより大きなため息で返した。

「顔がピンクに染まってることはなんの疑問もないのですか?」

「エッチな光で最高じゃん」

「では、寄せるばかりで返す波がないことは?」

「最高だね。一度外れた水着はもう二度と戻ってこないってことでしょ?」

「……では、生物が一匹もいない水の中を泳ぐ気になりますか?」

 デフォルトに聞かれ、卓也は恒星が赤く照らす水を見下ろした。

 ここは未踏惑星。なぜ卓也達がここにいるのかというと、未踏惑星の調査も立派な仕事だからだ。

 ルーカスがモルガンを脅して出世したことにより、雑用から一気に実行部隊の末端に位置することになった。

 船外活動が許される立場になったということだ。

 しかし、いつでも自由に宇宙へ出られるわけではない。上から命令が出された時のみだ。

 報酬が高いものや、安全なものほど上層部が受け持ち、安くて危険なものは下へと回される。

 未踏惑星の調査というのは危険が伴うものなので、重層下請けでヴーヴァー率いる卓也達のグループまで回ってきたのだった。

 調査の内容は有用な資源があるのか、敵対する知的生命体はいないか、いるのならば侵略できそうかなどというものだ。

 結果として、ここは水のような液体で満たされた惑星であり、有用な資源も生命体もいなかった。

 これが本物の水ならば、多少なりとも使いみちはあるのだが、固まりかけのゼリーのように変な弾力があり、ほとんどの生命体に有毒な成分が混ざっているせいで使い物にならなかった。

 たまたま地球人に影響がまったくないというだけだ。なので卓也が外へ出て、残りは宇宙船内で待機しているというわけだ。

「虫嫌いな女の子を誘うにはぴったりだね。フナムシもいなければ、ナマコもいない。苦手な生物はオールクリアってことさ」卓也は水をすくうと、握りつぶすように両手を合わせた。すると、ヌチョヌチョという粘着質な音を響かせて、ドロドロと指の隙間から流れ落ちていった。「これは紐のゆるいビキニなんか一発で持ってちゃうよ。持ち帰ってプールでも開く?」

「他の生命体が浸かると、体まで一発で持っていかれてしまう可能性があるのですが……。レストより正確な計測器がついていたので、この惑星の水は卓也さん達地球人には安全レベルの環境なのは間違いないことはわかっています。しかし、それでもなにが起こるかわからないので気を付けてくださいよ」

「わかってるよ。どこにもいかないって、ちょっと日焼けするだけ。真っ白な肌より、少しくらい焼けてたほうが女の子に受けが良いんだよ。なぜなら、異星人を引きつけるには体のフォルムをはっきり見せることだからね。それじゃあ、新セクターでもセクシーな男でいくんでよろしく」

 卓也が呑気な笑顔を浮かべて通信を遮断したが、たまにはこういう息抜きも必要だろうとデフォルトはなにも言わなかった。

「ルーカス様はいいんですか? 外の空気を吸わなくても」

 卓也があれだけ喜んでいるのだから、同じ地球人のルーカスも楽しみにしているのだろうと思ってデフォルトは聞いたのだが、ルーカスはつまらなさそうに唇を尖らせていた。

「私が海なんという低俗なものが好きだと思うっているのかね?」

「えぇ……まぁ……そういう夢の話をしていらっしゃったので……」

「あれは優雅な浜辺での話だ。こんな得体の知れない海のど真ん中の話ではない」

 ルーカスが不機嫌なのには理由があった。この命令を下したのがモルガンだからだ。自分が優位に立っていたはずなのに、なぜほいほい言うことを聞かなければならないのか苛立っていた。

 デフォルトにはそれがわかっていたので、ルーカスに気分転換を進めたのだが逆効果だった。

 モルガンが卓也を喜ばせようと、わざとこういう依頼を横流ししたのだとさえ思えてくるからだ。

 しばらくはそっとしておいたほうが良いかと思い、デフォルトはルーカスにお茶を入れるとモニタールームから出ていこうとした。

 その時ラバドーラが「ここの液体から面白いバクテリアが検出されたわよ」と部屋に入ってきた。

「面白いというのは?」

「特定の金属を餌に増殖するバクテリアよ」

「それはよく見かけると思うのですが……」

「食欲旺盛なわりに分裂の速度が遅いの。近い将来、この惑星のコアまで食い尽くして滅びる予定だったらしいわね」

 ラバドーラがこれは面白いと言った風に言ったのだが、デフォルトはまたやってしまったと頭を抱えた。

 自分達がまた惑星の運命を変えてしまったのだ。

 一種類のバクテリアしかいない惑星の運命は変えようがないのだが、卓也という宿主細胞が現れたことによりバクテリアと細胞が共生し始めて進化を遂げるということだ。

 数えようがないほどの遥か昔。地球のシアノバクテリアが真核細胞と共生し、葉緑体へと進化し、植物が生まれたように、この惑星でもなにか起こるということだ。

 惑星輪廻に干渉するべきではないというデフォルトの考えからしたら、これは由々しき事態だった。

「今すぐこの惑星を離れたほうがよさそうですね……」

「もう遅いわよ。鼻くそ一つ落としただけでも、この惑星の運命は変わるんだから。未踏惑星に踏み込むなんてそういうことの繰り返しじゃない」

 ラバドーラはなにを今更と思っていたが、デフォルトは久しぶりに考えすぎのドツボに嵌り落ち込んでしまっていた。

 ルーカスと卓也と生活するうちに、だいぶ気持ちの切り替えができるようになったデフォルトだが、一度自分がやらかしてしまったと焦ると、とことん落ち込んでしまうのだ。

 しかし、落ち込んでいたデフォルトは、急に床にのたうち回って笑い始めた。

「……とうとうおかしくなったか。真面目すぎて精神が崩壊。地球ではよくある病だ」

 ルーカスはよくあることだと肩をすくめて、弱き者をバカにするように鼻で笑った。

「違います! あはは! なにかが……あはは! 自分をくすぐっているんです!!」

 デフォルトは触手の一本一本までくすぐられていると主張するが、誰もくすぐっていない。隣でラバドーラが悪戯な笑みを浮かべているだけだった。

 やがて、症状が落ち着いたデフォルトはラバドーラは睨みつけた。

「なにかしましたね……」

「落ち込んでだから慰めてあげたのよ。元気出たでしょ?」

「不安が押し寄せてきましたよ……」

「採取したバクテリアを浴びせたのよ。デフォルトの体内には存在する。でも、地球人にはない金属元素に反応したのね。だから、ルーカスにかけても――」ラバドーラはルーカスの顔面に向かって、注射器型の機械から水鉄砲のように液体を飛ばした。「――反応はなし」

 ルーカスは水をかけられた不快感で眉間にしわ寄せるだけで、デフォルトのようにくすぐられて笑うようなことはなかった。

「有毒だと結果が出たはずですが……」

「あれはバクテリアの死骸の山が原因よ。少しくらいならなんの問題もないわ。このバクテリアも液体の中でしか生きられないから、乾けば一緒に死んでいくの。どういうことかわかるでしょ?」

 ラバドーラは黙って持ち帰れば、様々な鍵を開けるのに役立つと言いたかったのだが、それはルーカスの大声によってかき消されてしまった。

「でかしたぞ! ポンコツ!」

「……ありがとう。バクテリア程も役に立たない男」

 ラバドーラは満面の笑みで近寄ってくるルーカスの腹を、硬い拳で殴った。

「……なにをする」

「何度も言わせないで。ポンコツって言葉は大嫌いなの」

「なら安心したまえ。君はアップデートされた。今からポンコツではなくオンボロだ」

「……次変なことを言ったら、金属と一緒にこのバクテリアを口から流し込むわよ……」

「わかっていないのか? これはチャンスなんだぞ。このバクテリアを使い。モルガンの地位を奈落の底へと引きずり落とすのだ」

 デフォルトはまた変な考えを起こしたと呆れたが、ラバドーラはいけ好かないモルガンをどうにか出来るならと乗り気だった。

「一応聞くわ」

「そのバクテリアを人工的に進化させ、モルガンのあの硬い皮膚を弱体化させるのだ。そこへ私がさっそうと登場し、正々堂々勝負を挑み成敗するのだ。男には腕力のみで成り上がる必要があるということを知らしめるのだ」

「正々堂々ではなく卑怯ですし、腕力だけではなく悪知恵を働かせているのですが……」

「デフォルト君。歴史は勝者が作るのだ。古今東西そうして勝者は崇められてきた。例えば、ある食べものは体に悪いという研究者がいた。皆から罵詈雑言を浴び、挙げ句には無視をされる。なぜなら証明することが出来なかったからだ。だが、一度証拠が出れば皆持ち上げる。悪いとこが見えないように高く高く持ち上げるのだ。そして、それを先導するのは誰か――マスメディアだ。そして、ここにはちょうどよく影響力を持つマスメディアがいるではないか」

 ルーカスは締切に追われ目も虚ろなヴーヴァーの肩を叩いた。

 あまりにも疲労が溜まっているせいで、ヴーヴァーには今までの話はなにも聞こえていなかった。実際聞こえてはいるのだが、それを処理できるほど脳みそが動いていない。

 もう限界を迎えており、楽な道があればなにも考えずに飛び込む状態だった。

「なんだ……オレは忙しいんだ」

「君には、支配者はどうして出来上がるかを報道する義務があるのだ。わかるかね?」

「それはつまり……記事の内容を考えないで済むということか?」

 ヴーヴァーの記事はもうセクター五を飛び越えて、この宇宙船全体へと広がっていた。それだけ期待とプレッシャーを浴びたことがないので、ヴーヴァーの思考は弱っていた。

 なので、ルーカスの浅はかな甘言にあっさりと乗ることになる。

 見出しはこうだ。『特殊隊の世代交代。立役者はルーカス』

 ラバドーラも協力することにより、この見出し通りに事が進むはずだった。

 


 実行日。響いたのはなんとも可愛らしい「きゃー!」という悲鳴だった。

 人々が集まり拍手と喝采を響かせる。

 だが、ルーカスはモルガンに睨まれてたじろいでいた。

 なぜなら、モルガンに液体をかけると、裸体があらわになったからだ。

 モルガンの硬い肌というのは地球で言う服に近いもので、中の柔らかい肌を見られるのは裸を晒すのと同じようなものだったのだ。

 だが実際には服ではなく体の一部で、脱皮をするようなものだ。それがバクテリアに分解されてしまったということだ。

 声を高らかに勝負を仕掛けたのはルーカス。

 誰の目から見ても、ルーカスの仕業だというのはわかった。

 過程がどうあれ、特殊隊のリーダーであるモルガンを地につけたのだ。

 そして、普段見られないようなモルガンのあられもない姿。

 この二つが揃えば、歓声とブーイングが上がるのは必然だった。その声の重なりは、異様な熱気を作り出した。

 ルーカスはモルガンを参らせた男でさらに一目置かれるようになり、肌を晒したモルガンも船内の男達からの人気が爆発的に上がることになった。

 このことでルーカスはモルガンから目の敵にされるようになり、男性人気が高くなったことによりモルガンは一部女性から敵を作ることになった。

 どちらの記事も書けるヴーヴァーだけが得する結果となったのだ。

「リベンジマッチはいつにしますか?」

 ヴーヴァーは記事に迷う必要がないと、吹っ切れた顔でモルガンに聞いた。

「……今すぐにでも!」モルガンは殴りかかろうとしたが、手を振り上げると男の下品なやじが飛んできたので、慌てて肌を手で隠した。「――と言いたいところだけど、今度でいいわ。小指の先から一ミリ単位で刻んでやるから、覚悟しておくことね……」

 モルガンに睨まれたルーカスは、これは本気で大変なことになったと慌てた。

 今はまだモルガンのほうが地位が高く、命令されたら断れないからだ。つまり明日にでもルーカスは拷問にかけられる可能性がある。

「早く私をモルガンと同じ地位まで上げたまえ!」

「そりゃ無理だ。オレがどうこう出来る問題じゃない。まぁ、頑張るんだな。見出しはどうする? 『ルーカス野望に死す!』とかにしとくか。忙しくなるぞー!」

 ヴーヴァーがご機嫌に去っていくと、卓也が「ルーカス……」と声をかけた。

「なんだね……安い慰めの言葉ならいらんぞ……」

「君は最後の最後に良いことをする男だったんだね。死ぬ直前に、彼女の肌を見せてくれるなんて……。葬儀には絶対参列するよ」

「私は死ぬつもりなどない!」

「わかってるって。死ぬより酷いことをされるのが拷問だからね」

「私をおちょくっているのかね……」

「おちょくってなんかないよ。むしろ褒めてるんだ。これからルーカスがすることは一つだけ。僕に全力で協力すること。彼女は今傷ついている。慰める男が必要。ここまで言えばわかるだろう?」

「私の一大事に、期待と股間を膨らませてる君はアホだということだ……」

「そう頬をふくらませるなよ。彼女が僕に夢中になればなるほど、ルーカスに構う時間はなくなるってことさ」

 卓也が助かるにはそれしかないと言うと、デフォルトも肯定した頷いた。

「他にいい考えが思い浮かぶまで、そのほうが良いかと……。ルーカス様が直接動くと、またなにか予測不可能なことが起こりますよ……。大きく飛躍するためには、一度力を溜めることも重要かと思いますが」

「こんなアホを頼ることになるとはな……」

 ルーカスはモルガンからコソコソするのは嫌だったが、拷問はもっと嫌なので卓也に任せるしかないと思っていた。

 しかし、それは違った。

 ルーカスが一人になるのを見計らうと、一人の男がこそこそ近付いてきて、ルーカスの耳元でこう呟いたのだった。

「君をもっと上にいかせる方法を知っているぞ」と。






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