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惑星迷子  作者: ふん
Season1
11/223

第十一話

 科学少年が妄想した未来よりは現実的で、科学少女が空想した未来よりは未来的。

 はるか昔の衛星写真と照らし合わせて、当時の自然がわずかに残っているのが見て取れる街が卓也の故郷だ。

 晴れた日には鳥の鳴き声や木々の葉擦れが、雨の日には雨だれが地面を叩き穴をあける音や、沢から出張してきたカエルの合唱が、今どき珍しく自然がうるさく騒ぐ場所だが、街の中心地からそう遠く離れた場所ではない。

 昔ながらのトウモロコシ畑を過ぎ、おはじきをいくつか積んだような歪な形をした垂直農場ビルが立ち並ぶ通りを過ぎれば、人工物と自然を無理やり調和した。計算された自然という人間に都合の良い世界が広がりだす。

 季節は晩春と初夏のちょうど間。朝の冷たい空気の為に着込んだ上着を、昼頃には手に持って移動する人が増える季節だ。

 しかし、首元にうっすらかいた汗を乾かす色気のある風に見向きもせず、卓也は下を向いて歩いていた。

 だらだらと歩く自分の影を、颯爽と走る車の影が塗りつぶした。

 車は通り過ぎるわけでもなく、停車するわけでもなく、卓也の歩幅に合わせてスピードを落とした。

「どうした田舎者。下を向いて歩いて。土の道が恋しくなったのか?」車のハンドルを握っている男は「よう」と片手を上げた。まくりあげたシャツの袖から見える筋肉質な二の腕は、季節を早取りしてたくましく日焼けしている。

 卓也はどこかのお調子者がからかってきたと、うんざりとした様子で顔を上げたが、男は言葉とは裏腹に爽やかな笑顔を向けていた。

「まぁ……そんなとこだね」

「オレもだ。下を向いて歩いてたら、きっと今頃どこかの柱に頭をぶつけてるところだ。車で来てよかった」

 男は豪快な笑い声を響かせると、ドアを開けずに、長い足でドアを跨いで車から降りてきた。

「なんなら手伝おうか?」

 卓也は男の顔を見上げながら嫌味に言った。

 相手に敵意がなくとも、卓也は背の高い男に見下されるのが嫌だった。

「なにをだ?」と真面目な顔で聞き返してくる男に、卓也は肩をすくめて「さぁ……地球の平和でも守る?」と答えた。

「子供の頃に聞いてたら魅力的な提案だな。だけどな、時代は宇宙だぜ」

 瞳を輝かせる男とは違い、卓也は興味なく短く返した。

「そうらしいね」

「この道を進んでるってことは、行き先は同じだろう? きっとこれから長いこと一緒にいることになる。今から仲良くしようぜ。オレはルイスだ。ハワード・ルイス」

 ルイスは親交を深める握手を求めたが、卓也はそれに応じなかった。

「遠慮しておくよ。首が疲れるから」

「おっと……それは悪かった。気付かなかった」ルイスはまたドアを跨いで運転席に座ると、「ドアが壊れてて開かないんだ」と照れ笑いを浮かべてから、卓也と目線を合わせて再び握手を求めた。

 屈託のない笑顔で求められ、これには卓也も応じるしかなかった。

「卓也だ。でも、よろしくはしなくていい。君とはライバルになりそうな気がする」

 嫌味にも笑って返せる。気も使える。背が高く、筋肉は日々の努力を魅せている。そして、短い髪には清潔感があった。話題も事欠かなささそうだ。完璧すぎてナチュラルに嫌味なやつというのが、卓也が抱いたハワード・ルイスへの印象だった。

 愛想の悪い卓也に、ハワードは今も笑顔をみせている。

「それも悪くない。それじゃあ、ライバル二人。同じスタートラインに立つ意味も込めて、車に乗っていかないか? 会場まで送るよ」

 卓也はドアの高さと自分の足の長さを見比べてから、丁重に断った。自分の足の長さだと、ハワードのように軽やかにドアを跨げないからだ。

「そうか、会場で会ったらよろしくたのむよ」ルイスは卓也の鼻先に向かって、人差し指を突きつけるようにまっすぐ伸ばした。そして「じゃあ、またあとでな」と言ってから、鼻を軽く押して、車のアクセルを踏んづけた。

 車の音はうるさく、ボディは何度も塗り直された跡があった。ボロボロになっても何度も修理して乗っているのがわかる。

 だが、卓也にとってはそんなことはどうでもよかった。

 胸元の固く締まった筋肉、はちきれんばかりの腕の筋肉、荒々しい太い眉、長い足に高い背丈、しゃがれたセクシーな声、すべてが癪に障った。どれも自分にはないものだ。そして、それは驚異になることも知っていた。

 幼稚園から始まり小学生、中学生はもちろん、高校まで恋敵の相手は皆、背が高く体格の良い男だった。

 つい先日も大学の恋敵との口説き合いのバトルが始まったが、運の悪いことに『徴星制度』の通達が来てしまった。

 なんとしても、適性検査で不合格の通知をもらい、大学に戻って口説き落とさなければならない。不戦敗という不名誉なレッテルはなんとしても避けなければという思いだった。

 そして、会場に到着する前に、恋敵と似たタイプの相手に出会ってしまい、その思いは一層強くなっていた。



 街の中心地にある公園のゲートをくぐると、ふらふらとバラついていた足並みは揃ってくる。ここにいる老若男女の八割は、皆目的が同じだからだ。

 残りの二割は、陽気に誘われて外で食事をすると決めた人や、体力づくりに精を出す者、子供や高齢者の散歩などだ。

 公園はとても広いが車を走らせることは出来ない。

 歩けば歩くほど周りに建物はなくなり、道だけがミステリー・サークルのように広がる。そして公園の中心には、積み木を積み上げて作ったような奇妙な形をした唯一の建物がある。言い方を変えればデザイン的、アート的とも言えなくはないが、いずれも最先端を見せつけるようなものだ。

 他に見るものがないので、嫌でも目に入ってしまう。だが、嫌だと思っているのは卓也だけらしい。

 足が重い卓也とは違い、志高く、胸を躍らせる者達は、あのデザイン的なビルを見ると足取りは軽快になるので、皆卓也を追い越してビルに向かっていた。

 ビルの中にある会場には既にたくさんの人が集まっており、それぞれ適性検査のための準備をしていた。

 知能テストのために予習復習をする者、身体能力テストのために体のウォーミングアップをする者。実に様々だ。こうして一堂に会するのも、集団の中での行動を検査するためだった。

 徴星制度は無作為に選ばれるため、会場には卓也同様にやる気のない者も多々いたが、友人を作りやる気を出す者、選出される特典に惹かれてやる気を出す者などが増えていっていた。

 卓也はほっとしていた。周りがやる気を出せば出すほど、自分の選出の確率は減るからだ。


 そしていよいよ検査が始まり、紙とボールペンが渡される。タブレット端末や電子ペーパーや使わないのは、あえて不便なものを使わせて、順応性や独自性なども一緒に検査されるからだ。

 そのことから、検査を受ける順番も各々が決めていいことになっている。

 早く帰りたい卓也は、空いているところから始めることにした。

 しかし、同じ考えの者は多く、空いているところを見つければ、そこに人の波が動くので結局時間がかかってしまった。

 身体能力テストを四つ受けたところで、卓也は壁に寄りかかってうなだれた。

 ため息の原因は、先程ようやく一つ最低の結果を出せたからだ。

 先に受けた三つのテストは、同じ列に並んだ女性に良いところを見せようと頑張ってしまったので、普通にテストを受けたのと同じ結果になってしまった。

 それから同じく事を二回繰り返し、女性がいる列はダメだと気付き、男ばかりが並ぶ列に行き、当初の予定通り最低の結果を残した。

 卓也は疲れと安堵から、ほっとため息をついたところだったのだが、不愉快な影にその身を浸されてしまった。

 その背の高い影こそルーカスだった。

「一つ言っておきたい。田舎者にはわからないかもしれんが、テストというのは受けるものだ。壁により掛かるものではない」

「……僕も一つ言っておきたいんだけど、勝手に田舎者扱いしないでくれる。だいたいどこを見て判断してるのさ」

「靴を見ればわかる。今どき靴が泥にまみれているのなんて、田舎者くらいだ。その土で汚れた迷彩は都会では目立つ。これが私の観察眼だ」

「ご心配なく、すぐに目立たない田舎に帰るから」

 卓也は面倒くさいやつに絡まれるのはもうたくさんだと壁から離れようとしたが、そうはいかなかった。

「待ちたまえ」と、ルーカスは卓也から紙をひったくった。そして、最後に受けた検査結果だけを見て「ひどいな……ひどすぎる。ドラッグパーティーにでも行ってきた帰りか? それか、君の骨はトイレットペーパーの芯で出来ているのではないかね? 生まれたての赤ん坊だってまだマシだ」

「それって、母性本能をくすぐる良い男って意味?」

「防衛本能のない、開発途上国みたいな身体能力ということだ。私のような先進国の良い餌だ。だが、幸いなことに私はお腹がいっぱいだ。おっと……」

 ルーカスは紙を落としたふりをして、卓也に検査結果を見せつけた。今まで受けた項目はどれも文句なしの満点に近い成績だったが、腑に落ちないことがあった。

「なんでこれだけの成績の人が汗一つかいてないの? これ僕の観察眼ね」

「簡単なことだ。記入は自分でする。何万という名前を書いていたら、記録員は皆腱鞘炎で、明日には労災の書類も書けずにいるだろう。大事なのは、管理のためのマイクロチップが埋め込まれたハンコを押されているということだ」

「だから、なんで汗もかかず、呼吸も乱れてないか聞いてるんだけど」

「君の方こそ聞いていなかったのか? 大事なのはハンコだ。文字などは誰が書いても同じだ。記録は他人とすり替え、レーザーハンコだけを貰えばいいというわけだ」

 ルーカスは記録用紙に押されたハンコの部分を、自慢気に指で弾いた。

「よくバレなかったな。記録員の前で記入するのに」

「簡単なことだ。列を並ぶアホどもが喧嘩を仕掛けるように仕向ければいい。そして、記録員が喧嘩を止めているそのすきに記入し、早くハンコを押してくれと急かすわけだ。男の戦い、女の戦い。ここは実に争いに満ちている。だが、私も少々ネタ切れで、君のような小さな者の力を借りたいと思って声を掛けたのだ。背の小さい男は傲慢で卑劣だと、昔から相場は決まっているだろう。喧嘩のネタなどいくらでも出てくるはずだ」

「……これから協力を仰ぐって相手に、よく悪口が言えるな」

 身体的特徴を蔑まされて卓也は内心ムカついたが、記録の捏造ができるのなら、普通に試験を受けることができるので、周りの女性への印象も悪くならないし、宇宙へ行く必要もない。

 卓也はルーカスと手を組むことに決めたのだった。



「だけど、ルーカスに記録用紙を任せたのが間違いだったね。自分とまったく同じ記録を書くものだから、僕まで検査に受かっちゃったってわけ」

 卓也は昔の出来事に肩を落とした。

「それからずっと一緒にいて友情を深めたということですね」

 デフォルトの無邪気な言葉に、卓也は若干顔を歪めた。

「いや、会場で別れてそれっきりで名前も知らなかったし、宇宙船でも最初の二年くらいは別々の場所に配属されてたよ。僕も女の子を追いかけるのに忙しかったから、ルーカスの存在なんて完璧忘れてたね。でも結局二人ともバレて、僕達は罰で便所掃除の係に振り分けられた。それからルーカスに関わって、何度大変な目にあったことか……」

 卓也は思い出すのも嫌な過去を思い出して、ため息を落とした。

「言っておくが……あの時私はお腹の調子が悪かったのだ。そして、あそこのトイレはウォシュレットしかなかった。私にとってとても不利な状況だった。それがなければ、あんな不正行為をしなくとも適性検査には確実に受かっていた」

「はいはい……今はそんな嘘はどうでもいいよ。でも、どっちにしろ受かってたほうが地球にとっては平和かもね。……おかげで宇宙は今危機に瀕してるけど」

「私がいるからこそ、宇宙が成り立っているようなものだ。宇宙は私の力を必要としている」

「よく言うよ。方舟を爆発させ、緑の星を消滅させ、また宇宙船を爆発させただろう」

 卓也はモニターに目を向けて、勢いをなくし、流れをもなくし、ただ漂うだけになったデスティニー号と呼ばれていた宇宙船の破片を眺めた。

「どれも私のせいではない。私に責任を押し付けようとしているが、卓也君……君の方に問題があるとは思わないのかね?」

「メタンガスタンクの放置に、大声で流れものをパニックにさせ、爆破システムの作動。全部ルーカスだろう。いつもそう! 全部ルーカスが引っ掻き回して、僕はいつも尻拭いに走らされる!」

 卓也が不満をまくし立てて唾を飛ばすが、ルーカスはぽかんと開けていた口からため息を落とした。

「いいか……卓也君。何万光年も歩を譲って地球に辿り着いて、私にも原因があるとしよう。だが、少なくとも最後の爆発の原因は私のせいではない。なにをヒステリックになっているんだ。私の母親そっくりでみっともないぞ」

「勢いで誤魔化せるかと思って。とにかくこれからは慎重にいこう。いいかみんな。水に浮かぶ蓮の葉に足を下ろすように、慎重にいくんだぞ」

 卓也は決意に満ちた顔で、二人を見回して言った。

 当然のことに、二人はいい顔をはしていなかった。特にデフォルトは珍しくうんざりした顔をしていた。

「一度テストをしたほうがいいのかもしれませんね……。無知は身を滅ぼすことになりかねないので」

 デフォルトは二人がどの程度知識を持っているのか確かめるために提案したのだが、今度は卓也がうんざりした顔を浮かべた。

「うそぉ……今までの話聞いてた。僕は受かりたくなかったのに、試験にパスしちゃったんだぞ。それに、一つ大きな間違いが。ムチは体を滅ぼすどころか、体が喜ぶ人もいる」

 話をすり替えようとする卓也に、デフォルトは「卓也さん……」と、いたいけな瞳を向けた。

「わかったよ……ルーカスが賛成するなら、僕も賛成だ」

 卓也は賛成するはずがないと、ルーカスを横目で見た。

「私は当然賛成だ」

「え!? なんでさ?」

「私が不正をしなくても受かっていた証拠になるからだ」

「うそうそ、嘘だって。僕は誰よりもルーカスのすごいところを知ってるって」

「ならば、私の良いところを上げてみたまえ。聡明な顔立ちと、キュートなヒップ以外でだ」

 言葉が出ずに卓也が黙りこくると、ルーカスは深く溜め息を落とした。

「ほら、見たまえ。聡明な顔立ちと、キュートなヒップ。君は私の見た目しか知っておらんのだ。私の深い心の奥底など知ろうともしない。だからテストを受け、証明するのだ」

「聡明な顔立ちと、キュートなヒップに賛同してるみたいに言うなよ。で、本当にやるの?」

 デフォルトは「はい」と頷いたあと、ゆっくりかぶりを振った。「ですが、テストといっても優劣をつけるためのものではなく、安全に過ごすために、お二方の現状を知っておきたいだけです。得手不得手を知っておけば、有事の際に支持を出しやすいので」

 デフォルトは近いうちにテストをすると告げると、まだ今日は手を付けていない日常の仕事を片付けるために、操縦室をあとにした。






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