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惑星迷子  作者: ふん
Season5
109/223

第九話

 立ち昇る黒煙。燃え盛る炎。悲鳴が響き渡り、人々はぶつかり合いながら逃げ惑う。阿鼻叫喚の光景が広がっていた。

「消火剤はどこだ!?」

「ここにそんなものがあるか!」

「なら、真空消火はまだか!?」

「ダメだ! システムが機能していない!」

 ここでは様々な燃料が使われているので、炎色反応も実に様々だ。赤に青に緑にピンク。まるで燃える虹のようだった。

 一見幻想的とも思えるような光景だが、有毒ガスも発生しているので楽しめる者などいなかった。――ただ一人を除いては。

「どくのだ! 死にたくなければな!」

 ルーカスはバズーカで狙い撃ちするようにバキュームを抱えると、炎とガスを同時に吸い込んだ。

 子供がコップの底に残ったジュースを吸い上げるような間抜けな音が響くが、ルーカスの持つバキュームは確実に火の手を消していった。

「どうだね? 実に役に立つものだろう」

 ルーカスが自慢げに言うと、ヴーヴァーは目を丸くして驚いた。

「トイレのつまりを解消するだけのものじゃないんだな……」

「当然だ。私が作らせた特性のバキュームだぞ。臭いも全て吸い込む。これがあれば快適なトイレになるのだ。今のトイレはアホどもの琲世物が臭って仕方がない。これで口呼吸で気張らずとも、優雅にうんこが出来るというものだ」

「でも、よくこんなものを作れたな。ここじゃあ、道具も限られているだろう?」

「実に良い質問だヴーヴァー君。今私はこういうものを配っている」

 ルーカスはここでは珍しい紙切れをヴーヴァーに見せた。紙切れと言っても、トイレットペーパーを雑に重ねたものだ。そのトイレットペーパーも廃棄食料を利用して作られたものなので、耐久性はなく慎重に扱わなければすぐにちぎれてしまうようなものだ。

「特別優待券? トイレの?」

「そうだ。私に貢献した者にだけ渡している。トイレを優先利用出来るものだ。それさえあれば、クソをひねり出してる最中でも蹴り飛ばして、自分が使用できる。私が最優先なのは変わらないがな」

「こんなのいくらでも量産できるだろう。偽造品が溢れてしまうぞ」

 ヴーヴァーは汗をかいた手で触るだけでも破けてしまいそうだと、特別優待券をルーカスに返した。

「都合が悪くなればこうすればいいだけだ。……こんな偽物が私に通用すると思っているのかね?」

 ルーカスは特別優待券をクシャクシャに握って丸めると、火の中へ放り投げた。

「それは本物だろう?」

「そうだ。だが、私にとっては本物でも偽物でもどっちでもいいのだ。全ては私の都合で回る歯車だからな。約束は守るが、その約束の真偽を決めるのは私ということだ」

「よくそういうことを考えつくな……。ルーカスは天才だ。立派な悪党になれる」

「ヴーヴァー君……」ルーカスは呆れたようにかぶりを振った。「私は小悪党になどなるつもりはない。わかるかね? 目指すべき場所は支配者だ。そして、どうかね? このセクターは今誰に支配されている」

「オレだな」

 ヴーヴァー自分が上司だと胸を張った。

 ルーカスは「まぁ……いい」と否定しなかった。マヌケなヴーヴァーなどいつでも出し抜けると思っているからだ。

 それはヴーヴァーも同じことで、いつでもルーカスを出し抜けると思っているので、ルーカスが自分を通さずに自由に色々やっていても責めることはしないのだった。

 出火の原因は、バキューム制作のために必要な部品を取るために、宇宙船に使われているものを拝借したせいだと報告が入っていたが、全ての罪はその部品を拝借した者達に押し付けることにした。



 元から悪人ばかりが集まるフィリュグライドの宇宙船。ルーカスがいる前からも、こんな騒動は日常茶飯事みたいなもなので、わざわざ上から駆けつてくるようなことはない。後から報告書見るだけだ。

 なので、実際に騒動を見てもまたかと一瞥するだけだった。

 それは特殊隊のモルガンも同じことだった。

「それって、どの指を選ぶかで潜在的エッチさを見抜くってやつでしょう?」

 モルガンは頬を染めて卓也の手を見つめていた。

「違うよ。君の手を握るただの口実。こんなのもあるよ。手を合わせて、体温の移り変わりが早かったら体の相性は最高だって」

 卓也はモルガンの七本指の間に、自身の指を絡ませるようにして握った。

「これはベッドに誘う口実?」と、モルガンは手を握り返した。

「いや、これも手を握る口実だったんだけど……。今そっちに変わった」

 卓也とモルガンが恋人のようにイチャイチャしている横では、デフォルトと丸くて柔らかい体のポニポニが。更に反対側では、ルイスを投影したラバドーラと毛のないキツネの顔に芋虫の体のチベスナが、それぞれツーショットでお喋りをしていた。

「へぇー、デフォルトの触手って思ったより硬いのね」

 ポニポニに触手を包まれたデフォルトはどうして反応していいのかわからず、「はぁ……そうですか」とだけ返していた。

 卓也を見ているせいで、色恋沙汰にはあまりいいイメージがないからだ。

 しかし、他意はなく純粋に触手の話をしているのだとわかると、デフォルトも饒舌に言葉を返すようになった。

「そうですね。移動方法によって触手の硬さは変わると思います。立つように移動するか、這うように移動するかの違いだと」

「私の体は基本的に柔らかいけど、皮膚だけ硬くなることも出来るのよ。なにかを掴んだままにする時とかは、そうして位置を維持してるの」

「ということは、故郷の惑星では日用品の進化はあまりなかったのでは?」

「そうなのよね。体が適応出来るものだから、技術の進化とは程遠い星だったわ。だから故郷の惑星を出たの。向上心は止められないから」

「大変良いことだと思います。変わらずも大事ですが、知らずに変わらない道を選ぶのはもったいなことだと思いますので」

 デフォルトが調子良く会話しているのを、ラバドーラは呆れながら聞いていた。なにをはしゃいでいるのだと。

 チベスナは一方的に話しかけてきているが、ラバドーラは「そうだね」「へぇ」「本当?」「凄いね」と、四つの単語だけをランダムにスピーカーから返すように設定している。

 女にも、生物そのものにも興味がラバドーラにとって、ただただ退屈な時間だった。

 ここがセクター五じゃなければ情報収集に勤しむのだが、モルガンが柔軟な思考を持つ自分を卓也にアピールしたいせいで、食事会の場所はセクター五に選ばれてしまった。料理はモルガン達が用意してくれたので、セクター五では見られないような豪華なものが並べられているのだが、食べる機能が備わっていないラバドーラにはゴミと同じだ。

 他のセクター五の住人が特殊隊の三人と、豪勢な料理に羨望の眼差しを浴びせて通り過ぎていくが、今はアイではなくルイスの姿でいるので今後、その感情を利用できそうもない。

「それじゃあ、行きましょう!」

 突然ラバドーラの腕が、チベスナの小さな手に引っ張られた。

「どうしたんだ?」と、ラバドーラは手を振り払おうとしたのだが、まるで溶接されたかのように離れることはなかった。

「その鍛え上げられた肉体と、私の磨き上げた道具のどっちが強いのか勝負するの。大丈夫よ。まずは打撃からだから、この硬い肌を真っ赤にしてあげる」

 チベスナがウキウキで拷問室へ連れて行こうとするので、ラバドーラは「ちょっと待て」と踏ん張った。

「あら、臆病風に吹かれたの?」

 チベスナは煽るように言うが、話を聞かずに返事を聞いたせいでラバドーラは状況が把握できていなかった。

 どうにかしないといけないと考えた時、運良く騒動の匂いを嗅ぎつけたのだ。

「なにか変な臭いがしないか?」

「あなたが恐怖に漏らした臭い? それとも死ぬ間際の絶頂の臭い?」

「……違う。なにか臭いがする」

「あら、本当」チベスナはラバドーラから手を離すと、空気に漂う臭いをかぎ始めた。「化合物が燃える臭いね。警報はなし、船が襲われたわけでもなさそうだし……どっかのバカが間違って燃料に火でもつけたんじゃない? 大丈夫よ。ほら、臭いも薄れてきた」

「なら……この音はなんだ?」

「空気を吸い込む音みたいだけど……。ここの空気循環システムを改造でもしたの? 普通こんな酷い音ならないわよ」

 耳をそばだてるチベスナをモルガンが引っ張った。

「ちょっと……」

「なに? どうしたの? 作戦会議は男から見えないところでするのよ」

 引っ張られたのはチベスナだけではなく、ポニポニもだった。

「……いい? 今から……重大なことを話すわよ……」

 モルガンの真剣な口調に、ポニポニは「卓也になら、手を出さないわよ。今デフォルトと触手と液体ボディの根源は同じかどうかで盛り上がってるんだから」と答えた。

「違うわよ……トイレよ……」

 苦しげなモルガンに、チベスナ「あぁ」と頷いた。

「この煙に含まれる化学物質ね。お腹ピーピーしたんでしょ」

 からかうように言うチベスナに、モルガンは「そうよ!」と小さく怒鳴った。

「いい? 私がトイレに行くのを卓也にバレないようにフォローして」

「モルガン……トイレくらいなによ。見慣れたものじゃない。拷問された生命体は皆無様に漏らしてるでしょ」

「だからよ……。トイレに行くって言ってあんな姿を想像されたくないの。卓也様には」

 モルガンは二人に頼んだというと、卓也には振り返らずに席を離れた。

 向かった先はセクター五に一つしかないトイレ。

 そして、そこには当然のようにルーカスがいた。

「まったく……ここの食べ物は私には合わんな……」

 ルーカスはお腹を壊したと、消火活動はヴーヴァーにまかせて、トイレで踏ん張っていた。

 そこへモルガンがやってきて「出なさい!」と乱暴にドアをノックしたのだ。

「命令されて出るのならば、皆トイレで怒鳴っている。いいかね? 出すコツは、頭を撫でるように優しく腹を撫でるのだ。世界は怖いものではない。出てきて大丈夫だと諭すようにな」

「そんなこと聞いてないわよ! 出ないと殺すって言ってるの。脅しじゃないわよ!!」

 ルーカスは余裕の笑いを響かせた。相手がモルガンだと知らないのと、切羽詰まって怒鳴る言葉など、ここで既に何回も聞いているからだ。

「出て行ったほうが殺されそうだ。うー怖い怖い。閉じこもっていなければ」と茶化し始めた。

「本当よ。特殊隊のモルガンを知らないの? こんなしょぼくれたセクターの最下層の奴らなんて命令一つでどうともで出来るのよ」

 モルガンは脅してルーカスをトイレから出そうと思ったのだが、逆にルーカスに脅しの材料を与えてしまった。

 押し寄せる便意のせいで、冷静にものを考えることが出来なくなってしまっていたのだ。

「なんだと!? 特殊隊というのは、この船で一家言をもつ部隊ではなかったかね?」

「そうよ、わかったら早く出なさい!」

 モルガンは渾身の力でドアを叩き割ろうとするが、既に何度も乱暴にノックをされて、改良に改良を重ねたトイレのドアはびくともしなかった。

「……私を出世させたまえ」

「なにを言ってるのよ」

「聞こえなかったのかね? 私を肥溜めから引き上げろと言っているのだ。私はここにいるべき人材ではない。もっと高みを目指すべきだ。特殊隊ならば、私を推薦することも出来るはずだ。少し考えたらわかるだろう」

 ルーカスの乱暴なものの言い方に、モルガンは「あなたね……」と苛立ちを見せた。「私が上司なのはわかってるの? 私の一声で、あなたの処遇なんてどうとでもなるのよ」

「私が上司ならばこう言うがな――敵に弱みは見せるなと。そこで漏らしてみろ。特殊隊というのは特殊性癖部隊の略だと噂が広まるぞ。流すのは私だ。うんこは流され消えても、噂は消えぬぞ。まるで糞をしたあとの残り香のようにな」

「いいから出なさい!」

「本当に愚かな女だ。状況判断も出来ないとはな……。私は籠城戦のプロだ。何日だってトイレに籠っていられる。卓也に食事を運ばせれば、数週間だって可能だ」

 ルーカスの口から出る卓也という名前を聞いて、思わずモルガンは怯んでしまった。

 もし漏らして、それが卓也に知られたら生きていけないからだ。

「わかったわよ……数日後に会議があるから、そこであなたの名前を推薦してあげるわ……どこのグループ所属なのよ」

 モルガンの言葉は嘘ではなかった。漏らさないためにはトイレに入る必要があるし、ルーカスを引き上げれば同時に卓也も引き上げられて、二人で会う時間が増えると思ったからだ。

「知るかね。そのうち私がトップになる。ルーカスという名前を覚えておけばいい。まぁ、今はヴーヴァーの元にいるがな」

 最近ヴーヴァーという名前はよく聞く。というのも、モルガンが卓也のことを知ったのもヴーヴァーが編集する交流サイトを見たからだ。

「ヴーヴァーの部下なら、彼を昇進させれば一緒に引き上げられるわよ。彼は最近成果を上げてるから難しいことじゃないわ。わかったら、早くトイレを開けて!」

「本当かね?」

 ルーカスがトイレから顔を出すと、モルガンは腕を引っ張ってルーカスを投げ飛ばした。

 そして「本当よ!」と吐き捨てると、急いで中に入ってドアを締めた。

「とうとう階段をのぼる時が来たか。……」とルーカスは深呼吸をした。「芳しき……勝利の匂いだ……」

 モルガンは「嗅いでんじゃないわよ! 変態が!」と、ドアの向こうで叫んだ。






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