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惑星迷子  作者: ふん
Season5
105/223

第五話

 ヴーヴァーの日記。

 メッセル周期。二十三V。

 変わらない日々は急に終わりを告げた。

 それまでオレはマヌケやアホやバカ。それにマヌケと呼ばれていた。それにバカと呼ばれることもあったかな?

 そんなオレでも教育係になれたのは、ワープ移動を狙った宇宙生物の襲撃のおかげだった。

 聞いた話によると、保護した宇宙生物が内部で暴れたせいで研究施設は多大な被害を受けたらしい。今は取り押さえられて無力化されているが、その為に雑用係を使ったせいで尋常ではない被害が出た。

 ただの雑用も教育係になる予定だった者も皆死んでしまったのだ。

 オレもその日は研究所に行く予定だった。そこで成果を上げれば出世出来ると思ったからだ。だが、道に迷ってしまったので研究所に辿り着くことはなかった。

 結果それが幸いした。生き残った者は十数名しかいなかったからだ。新入りを迎え入れる日が迫っていたので、それまでに教育係を選ぶ必要があった。

 最初は降格させて教育係に就かせる案もあったが、誰もがここでの降格を望んでいない。あるもので間に合わせることになった。

 そこで誕生したのがオレ。教育係のヴーヴァーだ。

 そして初の出世を噛み締める時間は短かった。一人の男のおかげで、すぐさままた出世したからだ。

 今では教育係総括だ。



 メッセル周期。二十五V。

 この日は不思議なことが起きた。生まれて初めての経験だった。

 なんと雑用に新しい仕事が出来たのだ。それはトイレットペーパーという肛門を拭くものを作るというものだ。

 廃棄食材から作られたそれは、トイレに置かれているのだが、誰も使い方がわからない。

 だが、ルーカスが絶対に切らすなと念を押したせいで、このセクターで最も大切なものへとなった。今では食料ではなく、トイレットペーパーが貨幣となったとさえ思えるほどのものだ。

 そう、オレが驚いたのは仕事が出来たことではなく、規律が生まれたことにだ。

 争いはなくなり、ただ平和に仕事をこなす。ここで生まれて育ったオレが初めて見た光景だった。



 裏メッセル周期。十二C。

 セクターは急激な発展を遂げた。

 今やトイレは玉座となっている。

 つまりトイレットペーパーという貨幣が積まれた場所に、ルーカスが君臨しているということだ。

 オレは驚きたまげた。悪党どもがこんなに言うことを聞くなんて。彼はきっと生まれながらに悪の王に違いない。そして、今伝説を目の当たりにしてるのだと。

 オレも労せず出世が出来るので、言うことはない。オレをこう呼んでいた奴も、あー呼んでいた奴も……。

「――えっと……」

 腕を組んで固まっているヴーヴァーに、卓也は「マヌケでしょ」と教えた。

「そうだ! オレはマヌケだ。ありがとう。えっと――オレをマヌケと呼ぶ奴はいなくなっ……た――と。よし! 今日の分の日記は終わりだ。時間が余ったな……明日の分を書いたおいた方がいいと思うか?」

「明日にしとけば? 働き過ぎだよ」

「そうだった。せっかくサボれる立場になったというのに、明日の分まで日記を書いていたら意味がない」

「本当……意味がないと思うよ」

 卓也が何を書くつもりなのかと呆れていると、ヴーヴァーは驚きに声を張り上げた。

「オレの日記を見たな!!」

「みんな見てるよ。なぜなら、セクターの公開掲示板に書いてるから」

 卓也はタブレット端末で、ヴーヴァーが書き込んだ文書を見せた。

「それは……このセクターにいる何千がオレのプライベートを見ているということか」

「まぁ、そういうことになるね」

「凄い……オレはそんなに求められていたのか……」

 ヴーヴァーは嬉しい誤算ではなく納得の出世だったと、T字型の頭をなでて自分で自分を褒めた。

「違う。求められてるてるのはこの僕。宇宙一セクシーな男。男でも一度くらいは、聞いたことあるだろう? 僕の名前を」

 卓也は自信満々に聞いたが、ヴーヴァーはなんのことかと首を傾げた。『裸の王様』という雑誌すら知らなければ、『Dドライブ』という惑星の名前も知らないのだ。

「うそ……ここ回遊電磁波を拾ってないわけ? いや、それで納得がいったよ。皆の反応がイマイチなわけだよ」

 このセクターで女性が卓也に持つ印象はいい男というだけだった。好印象なのは変わらずなので、普通ならそれで満足するのだが、一度宇宙一セクシーな男という肩書を背負い、それで美味しい蜜を吸ってきた卓也には物足りなかった。

 今すぐにでもどうにかしなければと頭を悩ませた。

 あまりに深刻に悩んでいるので、ヴーヴァーは優しく声をかけた。

「今オレが知ったぞ。それでいいじゃないか。卓也はもちろん、全員のことが好きだぞ。なんせ初めて持ったオレの部下だからな」

「いいわけあるかい。僕は女の子にモテたいの。これじゃあ仕事なんか出来ないよ」

「そんないい加減な理由で」

「いい加減なもんか! 僕は女の子の愛を食べて生きてるんだぞ! このままじゃ餓死しちゃうよ……」

「それは一大事だ!」ヴーヴァーは真に受けると、どうにかしなければと頭を悩ませた。初めての部下が餓死などすれば、査定に響いてしまうからだ。「まさか……地球という惑星に住む生命体が、感情という特殊なものを食べて生きているとは……」

 ヴーヴァーは真剣にどうしようかと考えているものも、卓也はこれはダメだと諦めていた。

 このヴーヴァーという男はとにかく役に立たない。注意深いわりに肝心なところで気を抜いたり、数時間前の約束を忘れてしまったり、考えていることが急に横道にそれてしまったり。

 まだ出会ってから数日しか立っていないのに、卓也はすっかり彼のことを見下していた。

 ヴーヴァーを見下してるのは卓也だけではない。セクターにいる雑用のほぼ全員が同じ気持ちでいた。それより上の立場の者は興味がなさすぎてヴーヴァーの存在すらしらない始末だ。

 今も卓也の悩みなど忘れて、やらないと言っていた明日の日記を今書き出し始めていた。

「困ったぞ……明日のことなのに書くことがないぞ」

「なら、明後日のことを書いてみるってのはどう?」

「なるほど! 卓也は頭がいいな」

 ヴーヴァーは早速明後日はなにがあったかと、腕を組んで考え始めたので、卓也はため息を落とした。

「日記なんて書いてどうするのさ。誰も見てないんだぞ。見てみなよ、公開掲示板に書いてるのに、アクセスは一。つまり、僕しか見てないの」

「卓也。教育係として教えておいてやろう。日記は人に見せるものじゃないんだ」

「たぶんそれ以上の格言は君から聞けないと思うから、それだけ覚えておくことにするよ」

 卓也は話が進まないと呆れた。

 ヴーヴァーの日記を見ることになったのも、彼が重要なことはここで発表すると言ったからだ。だが、ここ数日のアクセスで、自分とヴーヴァー以外入った形跡がない。いったい元はどういうものなのだろうと、トップページに戻ってみると『セクター五交流の場』と書かれていた。

 ヴーヴァーが間違えて掲示板に書いていただけで、個人で人に見せる用の日記を書くページも存在していたのだ。

「これだよ!」

「オレもそう思っていた。トイレットペーパーは使いにくい。なぜルーカスは使うんだ?」

「違うよ。いつの日記のネタかしらないけど、そんなことはどうでもいいの。僕はこのセクターで一番セクシーな男になるんだ」

 卓也はサイトに書かれているIDを指で指しながら言った。

 このサイトはフィリュグライドで作られているわけではなく、ヴーヴァーが個人的に作ったものだったのだ。なので、彼のIDがそこに表示されているのだ。

「さっき自分で言ったじゃないか。誰も見ないって」

「これからは見るの。なぜかわかる?」

「卓也がセクターで一番セクシーな男だから?」

「……君は乗せるのが上手いね。でも、それは残念ながらまだ。もちろん事実なのには変わりないよ。でも、肩書を名乗るには周りを納得させないと。わかる?」

「……うーん」とヴーヴァーはトンカチでも振るように、T型の頭を左右に振りながら「わかったぞ!」とわかっていないまま、声だけは自信満々に言った。

 あっさり見抜いた卓也は「いいかい?」と説明を加えた。「このセクター五は。君が掌握したんだ。あんまり言いたくないけど、君がキャプテンでエースがルーカスなわけ。つまり君が言えば、全員このサイトを見るってわけさ」

「オレは前から言ってたんだぞ。皆で仲良くするために、このサイトを活用してくれって」

「それは力がない頃の君だろ。今はどうだい? 君が右を向けと言えば、皆が右を向く。これを利用しない手はないだろう。くれぐれも、仲良くとかチームワークとかそういう言葉は思っても口に出さないように。見ろ、やれ、行け。なんでも一言で説明するんだ」

「つまり……威張りたい時はこう言えばいいんだな? ――オレのを舐めろ!」

「違う……オレを舐めるな。男の声で、二度とそんな言葉を僕の耳に聞かせないで……。かさぶたが出来て、なにも聞こえなくなるから。とにかく――わかるね? 君は編集長。僕は専属モデルってわけ。セクター五で流行を発信するってわけ。流行ってわかる? 好きな言葉とか、つまり僕。卓也ってことね。皆が知ってる人物とか。つまり僕だ。他にもこんなのもある。思わず食べちゃいたいお尻とか。つまり僕」

「卓也を皆に紹介するってことか?」

「そうだよ。思ったより頭いいじゃん。さぁ、さっそくラ……じゃなかった。アイさんを探しに行こう」



 頭がいいと褒められたヴーヴァーは、調子のいい卓也の言葉で完全に乗り切ってしまい、もう既に編集長になった気分でいた。

 ラバドーラを見つけるなり「さぁ、頼むぞカメラマン君。いい写真を撮ってくれ」と勝手に、専属カメラマンに任命した。

 ラバドーラは突然のことに一瞬固まったが、卓也の手を引っ張り「ちょっと待ってなさい」と強い口調で言った。

「言いたいことはわかるよ……。今のうちだもんね。今だけはアイさんだけの僕だよ」

 卓也が抱きしめると、ラバドーラは容赦なく硬い拳を頭に振り下ろした。

 その衝撃は相当なもので、舞い上がってる卓也でさえ「愛が痛い……」とうずくまった。

「なに考えてるのよ。写真なんか撮れるわけないでしょ。まさか……私をアンドロイドだってばらしたわけじゃないでしょうね」

 ラバドーラはフィリュグライドに追いかけられていたので、見つかってはまずいことになる。せっかく監獄惑星と共にチリになったと思われているかも知れないのに、自分からバレるようなことはしたくないのだ。

「バラしてないよ。幸せを満喫してるっていうのに」

 卓也はラバドーラがアイの姿を投影したままでいるのに文句はなかった。むしろずっとその姿で居てほしいと思っているくらいだ。

 だが、写真が必要なことも事実だ。なぜ必要なのかを説明すると、ラバドーラも納得して頷いた。

「そうね。女の子の間で自由に動けるあなたは重要ね。私もそれにやられたんだし。で……なにしてるのよ」

 手をしっかり両手で握られたラバドーラは、卓也を睨みつけた。

「今やられたって言ったから、とどめを刺すなら今だと思ったんだけど……。違う? まぁ……違ってもいいや。幸せになれるよ、僕ら。だって、僕はもう幸せなんだもん」

「やられたのはムカつく方のよ。女に熱を上げて暴走して、思いによらない力を発揮したせいで、私の思い通りにいかなかったことを言ってるの」

 ラバドーラのイライラを卓也はニコニコして聞いていた。

「その姿だと、ヤキモチ焼かれてるみたい」

「焼きが欲しいなら言って、いつでも焼きを入れてあげるから。とにかく写真は無理よ。カメラは投影するために、リアルタイムで使ってるんだから」

「でも、タブレット端末のカメラを抜かれたんだ。他に方法がある?」

 あの時のラバドーラは『クソ野郎』を宇宙空間に飛ばせて、毎日自分の写真を撮る卓也からも開放されて一石二鳥だと思っていたのだが、まさか必要なる時が来るとはと後悔していた。

「しょうがないわね……来なさい」ラバドーラは卓也の襟首を掴んで引っ張ると、「覗いたら殺すわよ」とヴーヴァーに言って、物陰へと入っていった。

「うそ! 待って。生まれたままの姿を僕に見せつけるつもり!? あぁ……そんな……真っ白な肌に……。心臓が保たない……」

 卓也は目の前で投影を止められたショックから、がっくりと項垂れて物陰から出てきた。

「写真は彼のタブレット端末に入ってるわ。……なによ」

 ラバドーラはびっくりして目を見開いているヴーヴァーを睨んで言った。

「ルーカスの女だと思っていたからびっくりしてるんだ」

「私は誰の女でもないの。谷間とお尻を出して歩いていれば、あなた好みのアバズレにもなるわよ」

 ラバドーラは吐き捨てるように言うと、無駄な時間を過ごし、撮りたくもないデータを撮ってしまったと苛立ちの足音を響かせて去っていった。

「聞いたか? 今の」

 ヴーヴァーは酷いことを言われたと目を丸くしていた。

「聞いたよ。羨ましい……」

「オレにはわけがわからん」

 ブーヴァーは肩をすくめて、付き合ってはいられないといなくなった。






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