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惑星迷子  作者: ふん
Season5
104/223

第四話

 フィリュグライドの階級は大きく分けて三つある。

 一つ目は船の雑用。二つ目は作戦の実行部隊。三つ目はそれらを統括する幹部職だ。

 フィリュグライドは複数の犯罪組織の集合体であり、大元のリーダーは存在するが、下の幹部連盟が別々に命令を出しているのが現状だ。

 なので、船の雑用といっても全員が仲間と言えるわけではない。それぞれ争っているグループもあれば、徒党を組んでいるグループもある。

 この船では、階級を上げなければトイレも満足に出来ないのだ。逆に階級を上げれば、行動の自由が増えていくことになる。ただの自由ではなく、様々な権限を与えられるのだった。

 気に入らない雑用を始末してもいいし、破壊や略奪など犯罪行為の命令も好きに出せる。

 権力さえ手に入れば神にでもなれる場所だが、実際そう上手くはいかない。船の雑用は全体の六十パーセントであり、作戦の実行部隊は三十五パーセント。幹部連盟は全体の五パーセントしかいない。

 実行部隊の入れ替わりが激しいせいで、幹部になるまで残っていられる者が少ないからだ。

 理由は殉職の多さ。実行部隊はその名の通り、実際に犯罪に手を染めるグループであり、宇宙を騒がせていると言うのも、主にこのグループのことを指している。

 防衛船が犯罪組織に容赦することはないし、他の犯罪組織からも狙われることもある。

 それでも、このフィリュグライドを頼ってくる軽犯罪組織は多い。悪名もそうだが、リターンがあまりにも大きいからだ。

 幹部連盟は皆、資源豊かな惑星を個人で三つ四つ保持しているという噂があるほどだ。

「オレが知ってるのはこんなところだな」

 ヴーヴァーはルーカスに、ここでのし上がるのは大変だぞと教えた。

「バカをトイレから閉め出して籠城すればいいだけだ。こんな楽に成り上がる道はない」

「その簡単なことが上手くいかないのがルーカスでしょ。どうすんのさ、こんなところで成り上がって。ゴミの山の王様にでもなるわけ?」

 現在一同がいるのは、食糧廃棄タンクの前だ。

 与えられた仕事はゴミの仕分け。廃棄するのか、エネルギーに活用するのか、雑用グループの食料になるのか、手作業で仕分けをしなくてはならない。

「ここのアホどもの食料を牛耳っているのだぞ。トイレと食事。この二つを抑えたならば、王座が空いたのも同然だ」

「開いたのは便座でしょ。こんなもの食べたらお腹壊しちゃうよ……」

 卓也は廃棄タンクに溜まっている腐りかけの食材を見てげんなりしていた。

「それでも、やらなければ生きる道はないぞ。フィリュグライドに一度入れば、もうどこにもいけない。抜ける時は死んだ時だけだ。最初にそう説明しただろう。まったく……。とにかく、しっかりやっておけよ」

 ヴーヴァーは下が出来たのでサボることが出来ると、仕事を任せて去っていった。

 底辺の船の雑用の中にも階級はある。これも細かく分かれているのだが、所属するグループによって全く違う。

 幹部の『マタセス』というリーダーがいて、彼には五人の側近がいる。その中の一人の『パウダー』という人物は、更に下に十のチーム分けをした。それぞれ得意部門に分けたスペシャリストチームだ。その中にある強奪チームのリーダーの一人。襲撃組のリーダーの『ボルドン』が従える雑用グループが、四人がいるグループだ。

 その雑用グループも、また細かく分けられているのだが、簡単に言えば四人は入ったばかりなので一番下に属している。

 なので四人の教育係のヴーヴァーも一番の下っ端と変わりない。命令出来るのは四人にだけだ。

 だが、ルーカスがトイレを占拠して服従のサインを書かせたので、他の下っ端グループを制圧してしまったことになる。

 一番下っ端なのに、ルーカスは軍団を持ってしまったのだ。

 これにより、他の教育係は役職を失ってしまった。今は彼らもルーカスの軍団の一人に成り下がってしまった、

 唯一その場におらず、サインをしなかったヴーヴァーは、ルーカスより下の立場になることはなく、教育係総括となり出世したのだ。

 それ見て、ルーカスはここで成り上がるのは簡単だと判断したのだった。

 普段は止めるデフォルトだが、今回はルーカスが暴れに暴れて出世することを望んでいた。

 ルーカスが上の役職に就けば船での権限が与えられるので、フィリュグライドの宇宙船と一体化してしまったレストをどうにか出来ると思ったからだ。

 そしてそれは、いつもの欲と偏見にまみれたルーカスならすぐに達成出来ると信じていた。

 いつものルーカスの失敗が、ここでは評価される特異な環境なのだ。これを利用しない手はないと、ルーカスの応援体制に入った。

「とりあえず、仲間になった人達はしっかり管理しましょう。いざという時に助けてくれるはずです」

「デフォルト君……彼らは仲間ではなくシモベだ。私の手となり足となり、惨めに人生を過ごす連中だ」

「それでも、敵になるよりはいいと思いますけど」

「ならば、それは君に任せる。私のためによく働け」

 ルーカスは早くも天下を取ったような気分になり、ふんぞりかえって命令した。

「僕も手伝うよ。デフォルトも一人じゃ大変だろうからね。二人で分けようよ」

「卓也さん……ありがとうございます」

「僕は女の子担当。デフォルトはその他担当。ちょうどよく半分ってわけにはいかないけど、その分僕は一人一人に時間をかけるからね。ちょうどいいでしょ」

「助かるので構わないのですが……」

 デフォルトは先ほどから機能停止したかのように喋りも動きもしないラバドーラに視線をやった。

 フィリュグライドと揉めているという話は聞いていたので、声をかけることが出来なかった。

 いきなり敵地のど真ん中へと転送されてしまったのだ。心中に渦巻く心配など、自分には想像できるはずもないと。

「悩みがあるなら僕が聞くよ」

 卓也はアイの姿を投影したままのラバドーラの手を握った。

 最初はなんの反応も見せなかったが、指が一本ピクッと動いたかと思うと、ラバドーラはしっかりと卓也の手を握り返していた。

「助けて……卓也。この宇宙船に私の恥ずかしデータが保管されてるの……」

「なんだってぇええ!?」

 卓也の大声は、食料廃棄タンク周辺にいる全員を振り向かせた。

 ラバドーラは声が大きいと背中を叩くと、卓也は痛いと大きな声で叫んだ。

 それで、周囲はうるさいのはいつものことかと納得を見せて仕事に戻ったので、ラバドーラはホッと胸を撫で下ろすと卓也に顔をかせと指で招いた。

 にやけヅラで顔を寄せてくる卓也を手でガードすると、ラバドーラは小声で話し始めた。

「いい? ここには私に関するデータがいくつかあるはずなの。あなたの任務はそれを探し出して消去することよ」

「そんな簡単に言われても……。ここはフィリュグライドの宇宙船なんだろ? ……データってエッチなデータ? 消去する前に僕も見ていい?」

「ええ……いいわよ。あなたの好きにして」

 ラバドーラは卓也にデータを見せることに少し悩んだが、問題ないと判断した。

 自分がアイの姿でいる限り、データの内容が違っても卓也が怒ることはないし、データを見たところで悪用できる知能をも持っているわけでもない。

 ここでフィリュグライドのサーバーから自分のデータを消しておけば、今後万が一にでも自分を追ってくることはない。

「ラバドーラさん……また余計なことを……」

「仕方ないでしょ。こうしなきゃ延々追われる可能性があるんだから。後を付けられるなら、まだこれの方がマシよ」

 ラバドーラは必要以上にベタベタしてくる卓也を引き剥がしながら言った。

「その通り。僕は君の従者だ。数歩下がって、いつもそばに控えてる。そういうこと」

「私のお尻を眺めていたいだけでしょ」

「否定はしない。ともかく皆やることはあるってわけね」

「いえ、一人まだ大事な仕事が残っています」

 デフォルトはラバドーラを見ると、申し訳なさそうに頭を下げた。

「嫌な予感がするわ……」ラバドーラはちらっとルーカスの顔を見た。

「調子に乗りすぎないように監視を……」

「やっぱり……」とラバドーラは項垂れた。「いつもみたいに色々なことがパァになったら、たまったものじゃないわ」

 過去の古傷があるラバドーラは油断できないと、ルーカスを睨みつけた。

「私が悪いわけじゃないだろう。あの時君は敵だったのだ。私の巧みな作戦に翻弄され続けたマヌケな敵だったがな。前回は君が上司という立場だったが、ここでは私が上に立つ。見ていろ。あっという間だ」

 ルーカスは廃棄タンクから、適当に食べられそうな食材を選別すると、人気取りのために配ってくると離れていった。

 デフォルトは「あの……ルーカス様」と呼び止めた。「くれぐれもおごり高ぶった態度は控えてください。見下すことなく、敬意を持って接してあげてください。同僚の前で、けなされたり怒られたりするのが嬉しいなんて人はいないはずです。辱めるようなことは絶対にしないでください。皆さんがいる前では優しさと感謝を、恐怖や怒りや嫌悪などは胸に秘めてください」

「私は生まれながらに人の上に立つ使命を背負っていたのだ。今更言われなくてもわかっている」

 ルーカスは余裕だという笑みを浮かべたが、デフォルトに言われたことを復唱しながら歩いていった。

 去っていく背中にフォルトは「困ったら笑顔ですよ!」と、姿が見えなくなるまで声をかけた。



 ちょうどその頃。別の計画を企てる者達がいた。

 反ルーカスグループだ。あんなトイレ一つのパフォーマンスで、下につくなど納得がいかないという集まりだ。

 それもそのはず。彼らは有名ではないが、元々宇宙で軽犯罪を繰り返してきた者達だ。ここには成り上がるためにやってきた。早々に出し抜かれてはたまったものではない。そう思う者は多かった。様子見をしている者の殆どは同じ考えだ。

 だが、一部にはルーカスを認めている者もいる。全員が牽制しあっている中で、あっという間にトイレを選挙したという行動力は侮れないと。

 下につくか対立するかで悩んでいるのか、早くもルーカスを始末しようと考えだしたのは、元教育係が集まって出来たグループだ。

 短い期間だとしても、新入りに強く当たって指導していたので恨まれている。

 元々ならず者の集まりなので、反旗を翻すのはあっという間だ。その前にルーカスをどうにかして、立場を取り戻そうということだった。

「ルーカスがトップと見て間違いないが、他にも厄介な奴ばかりだ」

「アイというあの女は常に周囲を警戒している。だから、ルーカスはあれだけ大胆に動けたんだ」

「卓也という男もだ。一見なにも考えていないように見えるが、時折獣のような視線を女に向けている。それに、既に数人だが卓也にも近衛兵が出来ている。それもまったく別の星人だ。人心掌握術に長けているのかもしれない。ルーカスと争ってくれると言うならば話は簡単だが……厄介だぞ。もしもあれが二つの国になって協力しているとしたら」

「狙うべきはデフォルトだな。オレはため息を見逃さなかった。おそらくなんらかの不満があるのかも知れない。実質今一番動きを見せているのはデフォルトだ。彼のタブレット端末さえどうにかすれば、オレ達のコピーされたIDも、サインもすべて消すことが出来る」

 デフォルトを仲間に引き入れるか、それとも暴力で言うことを聞かせるか慎重に話し合っていると、鼻歌交じりのルーカスが上機嫌に近づいてきた。

「元気にやっているかね」

「……アンタがやってくるまではな」

「そう、私を恨むな。いつの時代も、天才一人の登場で大きく変わるものだ」

 ルーカスは一人の男の肩に手を置いて慰めた。

「それで、掃き溜めに捨てられるならたまったものじゃない」

「私をそこらの天才と一緒にするな。支配者になれる天才だぞ。つまりだ――君達に居場所を与えに来たのだ」ルーカスは笑顔浮かべた。「で、なければ私が直々に食料を持ってくると思うのかね?」

 この船の雑用時代というのは、食料を手に入れるのも一苦労だ。なぜなら、担当のグループが配当しないと言えば、何日も食べ物がないまま暮らすことになるからだ。

 そうなれば、横行するのは裏取引と略奪。力のあるグループだけが残り、教育係へと出世する。

 それは元教育係にはよくわかることだった。

「食料をくれるのか? オレ達に」

「当然だ。よく食べ、よく寝て、よく糞をする。それこそがパワーになるからな」

 ルーカスは言いながら、心の中で肉体労働をさせられるとも知らないでと笑っていた。

 男達が顔を見合わせて困っていると、ルーカスは「どうした? 受け取らんのか?」と聞いた。

「正直困惑している。この船でこういうことをされると思っていなかったからな」

 男の言葉にルーカスも困惑した。正直、食料などお金と一緒でチラつかせたり、バラまいて言うことを聞かせたほうが、手っ取り早いと思っているからだ。

 デフォルトになにも言われなかったら、実際にそうしていただろう。

「優しさと感謝を、恐怖や怒りや嫌悪などは胸に秘めろと言われているのだ。デフォルト君にな」

「オレ達元教育係でも平等に扱うということか? 他の奴らのように工具を振りかぶって追いかけて、気絶するまで暴力を振るうようなことをしないと」

 ここの事情を知らないルーカスは、内心なにを言っているんだこのバカどもと思っていたが、口には出さなかった。

 デフォルトに言われた通り、困ったら笑顔を浮かべてやり過ごしていた。

「とにかく、よく食って働きたまえ」

 ルーカスはよくわからない視線を浴びせられて居心地が悪くなったので、次のグループに食料を運ぶと去っていった。

 ルーカスがいなくなると「どう思う?」と一人が聞いた。

「どうもなにも……なぁ?」

「腹が減ってるのは事実だ。とりあえず食ってから考えよう」

 そう言って一人が食べると、他の者も食べだした。

 不思議なことにお腹が一杯になるとルーカスへの不満は消え、感謝のような気持ちが沸き上がってきていた。

「もしかしたら、そう悪い奴じゃないのかもな」

 呟いた瞬間。強烈な便意が襲ってきた。

 脂汗に額を濡らし、浅い呼吸。目の焦点はあっておらず、明らかに普通ではなかった。

「おい、大丈夫か?」と心配の声をかける男にも、すぐさま同じ便意が襲ってきた。

「……やられた。やばいものを食わされたんだ……」

「頼む……後生だ……どっかに行ってくれ……。オレはもう立つことも出来ない……」

「ふざけんな! こっちだってもう限界なんだよ! あぁ――もう無理だ! あぁ……ああ!」

 男達の悲鳴と異臭は、人を呼び寄せるには十分すぎるものだった。

 その惨劇を目にしたものは皆口をつぐみ、恐怖にふるえることとなった。

 その原因はルーカスであるという話は、その日のうちに全員に伝わった。自分に逆らう不穏分子はこうなるという見せしめだと。

 そして、裏で糸を引いているのはデフォルトの可能性もあるという噂も徐々に広がっていた。

 なにはともあれ、翌日からルーカスは名実ともに、このセクタートップの一人として君臨することになった。






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