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惑星迷子  作者: ふん
Season5
102/223

第二話

 レストは宇宙空間ではなく、どこか部屋のような場所にあった。

「ここはどこでしょう……」

 デフォルトは目を凝らして操縦室の窓から外を見るが、真っ暗なせいで何も見えない。電気系統に被害があったのか、スイッチを押してもうんともすんとも言わなかった。

 レストの外から、機械音が不気味にブーンと唸っているのが聞こえるだけだ。

 ラバドーラは視界を赤外線モードに切り替えると、窓から周囲を見渡して「倉庫だな……」と呟いた。「生命体の気配はないが、実際には降りてみないとわからない。降りても大丈夫だろう」

 早速レストを降りるためにハッチ室に向かおうとするラバドーラだが、デフォルトに強い口調で止められた。

「ダメです。危険すぎます。調べるべきことを調べてからにしませんと。なぜこんなところにまずは酸素濃度から――」

 デフォルトが体に及ぼす害はないか、危険はないかと一から調べるので、生身の体というは面倒臭いだけでメリットがないものだと、ラバドーラは見下すような気持ちで作業を眺めていた。

 だが、なぜ宇宙空間ではなく建築物の中にいるのか謎なのは確かだ。

 またワームホール内に閉じ込められたというわけではなさそうだが、厄介なことには変わりない。なので、ラバドーラはいち早く外に出て状況を確認したがっているのだった。

「ひとまずラバドーラさんは完全に安全です」

「なら、私が降りて様子を見てくる。問題ないな?」

 ラバドーラは聞きながらも、デフォルトからの返事は待たずにハッチ室へ向かった。

 臆することはなにもない。レストが安全ならば、大抵のことは自分には無害だとわかっているからだ。

 そして軽く周囲を見回るが、案の定危害を加えるようなものも、有毒物質の検出もなかった。

 不振な点は一つだけ。だが、それが答えにもなった。

 ラバドーラはレストに戻ると、早速その事をデフォルトに伝えた。

「レストに目立った損傷はなし、周囲に生体反応も、高エネルギー反応もない。埃の量から考えると使用頻度は低そうだ。だが、どこかになにかがいることは確かだ。だが、私達がここにいることは気付かれてはいないだろう」

「それならひとまず安心ですね。まずは電気をどうにかして、ゆっくり脱出の方法を考えましょう」

 周囲に危害を及ぼすものがないと聞き、デフォルトの心は幾分楽になった。ルーカスと卓也の様子を見に行こうとしたのだが、ラバドーラに触手を捕まれ止められた。

「そう上手くもいかない」

 ラバドーラは先程外へ出た時に記録した映像を手のひらに投影して、デフォルトに見せた。

 映っていたのはレストの一部が床と同化している映像だ。突き刺さったり、融解してくっついているわけではない。元からこういう構造で作られているかのように、完全に同化していた。

「これは……いったいどういうことでしょうか」

「ワームホールの出現による宇宙空間のねじれが出来た。それによって局所的なエネルギー圧縮が起き、なにかとレストが分子融合されたのだろう。高圧縮空間で、一つのものになったということだ」

「それって、カスタードと生クリームが両方入ったダブルシュークリームみたくなったってこと?」

 後頭部を押さえた卓也が、顔をしかめて操縦室へと入ってきた。

「ぶつけたんですか?」

 デフォルトは卓也の後頭部を見るが、傷もコブもなかった。

「ぶつけたけど……痛むというよりは、早く感触を忘れたいだけ……」

「シュークリームがなにかはわからないが、これだけは言える。打つ手はなしだ」

 ラバドーラはお手上げだと両手を高く上げた。

 一体化してしまっては、レストを飛ばすことは出来ない。元のレストの形に切り取ったり、剥がすとなると大工事になる。そんなことをして、ここにいる何者かにバレないはずがない。

 その言葉に絶望の表情を浮かべるデフォルトだが、卓也は違った。早々に諦めムードに入ると、それならレストを出ようと言ったのだ。

「何者かが女の子なら言うことなし。もしかしたら、宇宙の隠れ家。ハーレムかも知れない。銀河系の宇宙伝説であるんだよ。女の子しか産まれない異星人がいて、いつでも男を待ってる惑星があるって」

 卓也は興奮に声を大きくすると、最後にたまらないと「ふー!」と奇声を上げた。

「私も同じ意見だ」とラバドーラが賛同すると、デフォルトは目を大きく見開いて驚愕した。

「まさか!? ラバドーラさんが?」

「程度の低い性的趣向にじゃない。レストを出ることにだ」

「そうですよね……」安堵のため息をついたデフォルトだが、すぐにまた表情を険しく戻した。「レストを捨てるということですか?」

「思い入れでもあるのか? こんなオンボロで型崩れの宇宙船に」

 ラバドーラの言葉に今度は卓也が賛同した。

「まったくないね。ついでに良い宇宙船があったら、乗り換えちゃおうよ。最新型のほうが回遊電磁波も拾いやすいし、燃費もいいよ。言うことなしじゃん」

 自分も地球の宇宙船『方舟』から、宇宙船を失敬して逃げようとしていたので、デフォルトは強く反対することは出来なかった。

「ですが……やはり危険なことには変わりないかと」

「ここにいてもなにも変わらないよ。変わるためには行動しなきゃ。良い方に転がるか、悪い方に転がるかわからないけどさ、ここにいても自分の為のお墓を掘るしかやることないよ。それに、僕は絶対に良い方に転がる自信がある」

 卓也が自信満々に言ってのけるのにはわけがあった。隣でラバドーラがアイの姿を投影しているからだ。

 レストの外へ出るためには、とりあえず卓也を味方につけておいたほうがいい。そうすれば多数決で負けることはないので、女性の姿でいるメリットを選んだのだ。

「一応ルーカス様にも意見を聞きませんと」

「それは無理」と卓也は断言した。「どうしても、ルーカスの意見が聞きたいって言うなら、デフォルトは後からルーカスと来るといいよ。僕はアイさんと先に行って様子を見に行くから」

 卓也は力強い言葉を残して安心させようとしたが、ラバドーラに腕を組まれてデレデレしているせいで、かえってデフォルトは心配になった。

 しかし、ここでこうしてただ手をこまねいていても無意味なのは確かだ。デフォルトも二人についていくことを決めた。

「自分も着いていきます。ルーカス様を連れてくるので、少し待っていただけませんか?」

「だから無理だって」卓也は胸元で手をクロスさせた。「ルーカスを連れてくるには、まず看病しないと。僕は待っていられないよ。なぜなら、おっぱいが逃げていっちゃうから……」

 歩き出そうとするラバドーラに卓也は身を委ねていた。このままついていかないと、腕に当たるラバドーラの胸が離れてしまうからだ。

 実際には硬い合成金属の塊なのだが、女性の姿を投影していれば卓也にとっては柔らかい胸そのものだ。

 ルーカスと胸なら、胸を取る以外の選択肢はなかった。

「なるべく遠くに行かないようにするから!」という言葉を残して、二人はレストを出ていった。

 なになんだかわからないデフォルトだったが、看病が必要な状況ならば急がねばと、救急医療キットを持ってルーカスの元へと駆けつけた。

 卓也が大げさに言っている可能性もあると思っていたデフォルトだが、ルーカスはうつ伏せ床に倒れ込んでいた。

 慌てて駆け寄ると、足音に気付いたルーカスがうめき声を上げた。

「よくもやってくれたな……」

「なにがあったんですか?」

 デフォルトが痛むところを見せてほしいと言うと、ルーカスはごろんと仰向けに転がった。

「絶対に許さんぞ……」

「あの……なにがあったのかはわからないのですが、まず痛むところがどこか教えてほしいのですが……」

「さっきから見せているだろう、これだけ主張しているのにわからんのかね?」ルーカスが両手で抱えるように押さえているのは玉だった。「私の大事なところを短い足で蹴り上げていった……」

 ルーカスはデフォルトを睨むが、その視線の先はそこにいない卓也に向けられたものだった。

「暗かったですからね。吐き気はありますか? 下腹部痛はどうですか?」

 デフォルトの簡単な問診の結果以上はない。打撲にも満たない程度にぶつかったくらいだった。

「冷やすのが一番だと思いますが、現在レストは停電中。冷却装置も動いていないので、冷やせるようなものがありません。どうしてもと言うなら、床に付けるという手もありますが……」

 デフォルトは大したことはないと言いたかったのだが、ルーカスは本気にしていた。ズボンと下着を脱ぎ、爬虫類のような四つん這いの格好で玉を床に付けた。

「私の……おふくろさんがどうにかなるところだった……本当の母親よりも大事なものだ」

「あの……ルーカス様。本当に痛みますか?」

「私が嘘を言っているというのかね。それとも、こんな姿をしてまで玉を冷やしたい変態だと言いたいのかね?」

「そうではなくてですね。卓也さんへの怒りを一度忘れてみてくださいということです。深呼吸をして、最近見た楽しかった夢を思い出してみてください」

 ルーカスは催眠術でも掛けられたかのようにゆっくり目をつぶった。そしてデフォルトに言われた通り最近の夢を思い出すと、フフッと口の端から息を漏らして笑った。

「最高の夢だった。舞台は南国のリゾート。サンセットに照らされ、私は優雅にカクテルを口に含んでいる」

「そうです。その調子ですよ。隣には誰かいましたか?」

 デフォルトは痛くないのに怒りのせいで痛いと思いこんでいるルーカスを、正常な状態へ誘導しようと考えていた。

「いたぞ。デフォルト君、君もいた。ちょっと待ちたまえ、二倍速で登場シーンを思い出す。そうだ、ここだ。ほら、君が出てきたぞ。汗だくで、まるで干されたタコだ。実に見すぼらしい。私がヨーロッパまで、モヒートに入れるミントを走って取りに行けと命令したのだ。次に私はインドまでライムを取りに行けと命じる。そして再び返ってきた時に、君はミントが枯れているのを見て絶望の表情を浮かべるのだ」

 ルーカスは極上のマッサージを受けているかのような恍惚の表情を浮かべて話していた。

「扱いが酷すぎます……」

 デフォルトはがっくりと肩を落とした。

 ルーカスの夢の中の話なので気にすることなどないのだが、それでもこき使われている自分の話を聞かされるのはいい気分にはならなかった。

「なにを言う。傍らで私の面倒を見ているのだぞ。名誉なことではないかね。卓也は二重水槽の外側を泳がせ、中にいる女には決して手を触れられないようにしている。それもくもりガラスの水槽だ。もちろんそのことは伝えていない。泳げば水流で汚れが取れると信じ込ませ、必死に泳ぐさまを私はモニターで眺めているのだ。ラバドーラは私専用の椅子に変形させる。まぁ、これはご褒美みたいなものかも知れなんな。私の新鮮な汗と屁をダイレクトに浴びることが出来る」

 いつの間にかルーカスは立ち上がり、股間のものをブラブラさせながら大笑いを響かせた。

 三人の中では夢での扱いが一番マシなような気がして、デフォルトは複雑な気持ちだった。

「とにかく、痛みはなくなったようですね……。ズボンを上げてください」

「確かにまったく痛くない……。でかしたぞ、デフォルト君。今度夢を見る時は、ミントは取りに行くのではなく育てるように命じることにしよう」

 デフォルトはルーカスの言葉になにも返すことなく、「レストを降りましょう。詳しいことは歩きながら話します」と、卓也とラバドーラは先に降りたことを伝えた。

 レストから降りて少し周りを歩いたところで、ルーカスとデフォルトは眩いライトに照らされた。

「こんなところに来るとはいい度胸だ……」

 掃除機のT字ノズルのような頭をした星人が、ライトを銃のように突きつけて近付いてきた。

 その隣では、口には出さないが「見つかった、ごめん」と、手のひらを合わせて謝る卓也の姿があった。

 星人はライトでルーカスの顔を照らすと「なんだ、この顔……喧嘩売ってるのか?」と睨みつけた。

「いえ、ルーカス様は元からこの顔です」

「この顔が普通だっていうのか? 捻くれて、荒んで、惨めで、この世の憎悪をこねて作ったような顔してるんだぞ」

 あまりの物言いに、ルーカスは眉間にしわを作れるだけ作って睨み返した。

 すると、星人は安心したように笑みを浮かべた。

「なんだ、普通の顔も出来るじゃないか。冗談が上手い」そう言ってデフォルトの触手の付け根を叩くと、「さぁ、着いてこい。初日からサボるとはなかなか見込みがあるぞ」四人を案内するように背中を向けて歩き始めた。

 急に敵意がなくなったので、デフォルトは何事かと卓也と目を合わせるが、まだ卓也も字体を把握してないらしく首を傾げていた。

「あの……どこへ向かうのでしょうか」

 デフォルトの質問に、見知らぬ星人はどこか上機嫌だった。

「どこって部屋だ。良い犯罪をするにも、作戦を練る部屋は必要だろう。と言っても、個人部屋はないがな。オレ達は同じグループだ。ありがたく思えよ、オレにとって初めての部下だ。宇宙犯罪の初歩からみっちり教えてやる。そして、ゆくゆくはオマエ達も部下を持つようになる。そうして『フィリュグライド』は更に大きな犯罪組織へとなっていくんだ」

 星人の『フィリュグライド』という言葉を聞いて、アイの姿を投影したままのラバドーラは、厄介なことになったと顔を歪ませた。






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