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惑星迷子  作者: ふん
Season4
100/223

第二十五話

「実に清々しい朝だよ。そうは思わないかい?」

 卓也は鼻歌交じりでデフォルトに話しかけると、朝食はまだかとテーブルを指の先で叩いて鳴らした。

「いつもと同じ朝だと思いますが。なにかあったんですか?」

「なに言ってるんだい。レストの便秘は解消。宇宙という広大なトイレへ、昨日うんこを解き放ったばかりだろう。もう憂うものはない。万事快調。言うことなし」

「そうでしょうか……。結局なにが起こったのかわからずじまいで、ラバドーラさんもお部屋にこもって原因の究明にいそしんでいますし……」

 デフォルトが言っているのは消えた宇宙服のことだ。

 クソ野郎を乗せた宇宙服は、発射装置から恒星まで一直線に推進していった。当初の予定では、恒星のエネルギーが届く場所までクソ野郎を移動させる。ラバドーラの予定では、クソ野郎を恒星にぶつけて消滅させる。

 だが、二つの予定はどちらも遂行されることはなかった。突如強大なエネルギーの渦が発生し、クソ野郎が消えてしまったのだ。

 それは消滅というよりも、失踪という言葉が近いようなものだった。

「デフォルトは心配のしすぎなんだって。そんなに気になるなら、地球に帰った時に、下水処理場の見学ツアーに行けばいいよ」

「それは大変興味があるのですが……」デフォルトは言い淀んだが、卓也の言う通り悩んでいてもしょうがないと吹っ切った。「そうですね。ルーカス様の排泄物が動き回るなんてことは、もう二度とないことですし、これからのことを考えましょうか」

「そうだよ。前向きに考えられるようになったじゃん」

 卓也は片手を上げてハイタッチするように促すと、デフォルトが控えめに触手を合わせた。

 音も鳴らないような小さなハイタッチだった。

 デフォルトの憂いもどこかへ飛んでいったかのように思えたが、すぐに顔をしかめてため息をついた。

「卓也さんとルーカス様が問題を起こさなければ、自分も休まるのですが……」

「問題を起こしたのはルーカスだろ。まぁ、かばうわけじゃないけど……今回は誰が悪いとは言えないんじゃない? デフォルトも自分のうんこがAIになって歩き回るなんて思わないだろう?」

「そうですね……これからも思うことがなく生きていきたいものです」

「つまり今回はただの超常現象だったってことで終わり」卓也は話はお終いと、デフォルトの前で手を一度叩いた。「誰も悪くなかったんだから、回遊電磁波を受信させてよ。今回配信される裸の王様は、宇宙一セクシーな体の部位を詳細に決めるんだ。フェチの祭典なんだぞ。つまり全宇宙人の夢の祭典ってわけ。男でも女でもフェチってものは少なからずある。つまり、デフォルトの言うスペースワイドなことってわけ」

「あまり抑圧しすぎるというのも、いつか爆発するということがわかっているので、かまわないのですが……。回遊電磁波は遮断しているわけではなく、途切れているのです。自分がどうこう出来る問題ではないので、宇宙に身を任せるしかないですね。今出来ることは、しっかり朝ごはんを食べることです」

 デフォルトが朝食を並べていると、不機嫌な顔のルーカスがやってきた。

「まったく……散々な目にあった」

 そう苛立ってつぶやくルーカスの目の下には、不健康に染まったクマが出来ていた。

「散々な目にあったのは僕ら。ルーカスのうんこの処理に皆が協力したんだからね」

「私が言っているのは昨夜のことだ」

「昨夜? あぁ……ずっと騒いでたもんね。思わず耳栓をして寝たよ。おかげでぐっすり。さすがラバドーラが作った耳栓だよ」

「それで助けに来なかったのか……私は何度も君の名を呼んだのだぞ……」

「聞こえてたよ。だから耳栓をしたの。女の子に名前を呼ばれるならいいけど、あんなに何回も呼ばれたらルーカスが夢に出てくるよ」

 卓也はフォークの先を、うんざりだとルーカスに向けた。

 ルーカスの叫び声が聞こえていたのは、地球時間での夜十時頃からだった。最初は悪夢にでもうなされてるのかと思うくらいの小さなうめき声だったものが、徐々に怒号に代わり、最後には悲鳴になっていた。

 卓也は怒号に変わる前の段階で耳栓をし、デフォルトは精神的な疲労から深く眠っていたので気付くことはなかった。

「重力が乱れたわけでも、酸素の量が減ったわけでもないようですが……」

 デフォルトはレスト内の生活環境を確認しながら言った。

 温度も湿度も空気循環も、どれも人間の体にストレスになるような数値ではなく、快適に過ごせるはずだった。

「ポンコツアンドロイドが、私の尻の穴を狙ってきたのだ」

「ラバドーラが? 僕のを狙うって言うならまだわかるけど、ルーカスのお尻を狙う意味がわかんない」

 卓也とルーカスを見比べて、思わずデフォルトも頷いてしまった。

「だが、実際に狙ってきた。私の尻がどうにかなってないと、計算が合わないとぬかしてな」

「いっそ一回見てもらったら? 僕らずっとルーカスのお尻に振り回されっぱなしだもん」

「いいかね……」とルーカスはため息をついた。「振り回してるのは卓也君、君だ。君が女の尻を追いかけ回すたびに、我々は被害を受けているのだ。君こそ医者に見てもらいたまえ」

「見てもらうなら女医さんがいいな。裸の王様に意見を出してみようかな。コスプレ特集を組んでって。デフォルトぉ……やっぱり回遊電磁波をどうにかしてよ」

「ポルノ雑誌のことよりも、私の尻の話だ。誰かあのポンコツアンドロイドに、私の尻がいかに正常化を教えてやれ」

 いつもと変わらない騒ぐ二人を見て、デフォルトは肩を落とした。しかし、ぼーっとしている暇はなく、今度はルーカスがベーコンにケチを付け始めたので、デフォルトが休まる暇はなかった。

 デフォルトがようやく一息つけたのは、二人がお腹いっぱいになって落ち着いてからだ。

 どっちが振り回しているかの決着はボードゲームの勝敗でつけようということになり、部屋を出ていったので、今は静寂が心地よく流れていた。

 思わず洗い物も後回しにして、ただ椅子に座ってのんびりしていたのだが、それも長くは続かなかった。

 ラバドーラが「わかったぞ」と部屋に入ってきたからだ。

「なにがわかったんですか?」

「クソ野郎が消えた理由だ。何者かがタイムホールを開いて、それに飲み込まれたんだ」

「あの場所にタイムホールはないはずですが……」

「違法な移動方法ということだ。適当に入り口を開いたせいで、出口がどこに繋がるのかもわからなかったんだろう。恒星の近くに出て危険だと判断して、すぐに閉じたようだが……それに巻き込まれたに違いない」

「自分達は運が良かったみたいですね……」

 デフォルトは思わずほっと胸をなでおろした。

 違法な移動を繰り返しているということは、犯罪組織の可能性が高いからだ。もし、レストに目をつけられていたらと考えると、今頃は誰一人命がなかったかも知れない。

「そうとも言えない……」

 ラバドーラはデフォルトの不安を煽った。

 宇宙服の中にいるのが生命体ならば、衝撃で死んでしまっているので問題はないが、中にいるのはAIだ。データの中には少なからず、レストの情報や四人のデータが残されてしまっている。

 それを解析されてしまっては、ラバドーラは困ることになる。

 相手が名もない犯罪組織ならば被害はない。だがもし、相手が悪名高い『フィリュグライド』だったなら話は別だ。

 フィリュグライドがラバドーラの生存に気付くと、ワープを繰り返してレストを追いかけてくるに決まっているからだ。

「ですが、わざわざ宇宙服をサルベージしますかね? 宇宙船ならともかく、宇宙服はゴミと変わらないと思いますが」

「可能性があるというだけだ。私もL型ポシタムの宇宙船に乗っていた頃は、漂う宇宙服なんぞにいちいち気にしていなかったからな」

「そうですよね。前向きに行きましょう。卓也さんがよく使う言葉ですが、悪くない言葉だと思いますよ。考えすぎはよくないってことです」

「卓也のは考え足らずって言うんだ。ルーカスに至っては考えるに値しない」

 ラバドーラはルーカスの名前を口走ってから言葉を止めた。

「どうしたんですか?」

「……あのAIはルーカスの姿を投影しているんだったな」

「ラバドーラさんがそうしたんですよ。意味のないことだと言うのに、憂さ晴らしだと」

「全宇宙どこにいっても嫌われる顔だ……。もし、投影したままだとしたら?」

「いくらルーカス様でも……」デフォルトは全宇宙とは揉め事を起こさないと言いたかったのだが、そこから言葉が続くことはなかった。「ルーカス様と違ってAIは学習するので、不利な状況になれば投影をやめるのでは?」

「それで誤魔化せればいいが、いつからレストに積んであったかもわからない安物塗料が剥がれれば、ルーカスの排泄物が現れるんだぞ。悪質なテロ行為だと認識されかねない」

「それは……全自動でルーカス様が喧嘩を売る爆弾を宇宙に解き放ったということですか?」

「そういうことになるな。頭に熱が溜まって、適切な状況判断が出来なかったようだ……」

 ラバドーラは珍しく自分の過失を認めた。それほどルーカスに振り回されていたのだ。

 デフォルトも焦りたいところだったが、なんとか前向きに考えようと思考を巡らせた。

「そうです! ルーカス様にムカついたとなれば、相手は攻撃をするはず。それが凶悪犯罪組織ならば尚更のこと。つまり、データも破壊される可能性が高いということですよ」

 それを聞いても、ラバドーラが安心することはなかった。

「これが神頼みをする人間の気持ちか……」



 その頃。遠く離れた銀河では、タイムホールが開かれていた。

 そこから出てきたのは超巨大な宇宙船だ。億の数の生命体が暮らしていけるほどの大きさだが、中身の八割は機械と燃料庫だ。

 なにもないところにタイムホールを開くためには、膨大なエネルギーが必要になり、それを制御するための機械も。それを動かすエネルギーも必要になる。

 宇宙船も頑丈にしないといけないので、この宇宙船は惑星ほどの大きさがあった。

「タイムホールの影響による損傷はなし。恒星の放射線による被害もゼロ。一度タイムホールを閉めます。エネルギー波による衝撃は微小。問題ありません」

 その言葉で、宇宙船の中は安堵に包まれた。

 恒星の真横に出てしまったせいで、一瞬でも判断が遅れれば恒星に飲み込まれるか、高エネルギーが誘発を起こして爆発していた可能性があったからだ。

 しかしタイムホールが閉じると、事態は急変した。

「微弱のエネルギーを感知。偽装したスパイロボの可能性あり。破壊しますか?」

「タイムホールに取り残されていたなにかの部品じゃないのか? タイムホールを開く時のエネルギーで作動されるのはよくあることだろう」

「可能性はありますが、こちらに接近している模様」

「……モニターに映せ。それから判断する」

 命令したのはこの宇宙船の船長だ。

 すぐに破壊の命令を出さないのは、タイムホールを無理やり開くのには膨大なエネルギーが必要なので、微弱でもなるべくなら使いたくないからだ。

 そして、大画面のモニターに映し出されたのは宇宙服。明らかに生きているように手を振っていた。

「なんだあれは……説明出来るか?」

「生命体のようですが……。危険度は高いと思います。タイムホールをあんなチンケな機械服で通り抜けたのだとしたら」

「よし……破壊しろ」

 船長が命令を下してからは早かった。

 あっという間にレーザーが発射され、宇宙服を破壊した。――はずだった。

 中にいるクソ野郎がパージして、宇宙服から飛び出したのだ。レーザーはあまりに高圧縮されたものだったため拡散されることはなく、破壊されたのは宇宙服だけ。中身はレーザーのエネルギーの残骸を利用して、光速で宇宙船へと近付いた。

 元よりクソ野郎は自然エネルギーを利用して動いているので、相手が高エネルギーのものを使えば、自身も同じように高エネルギーを使うような動きが出来るのだった。

 そして、宇宙船のカメラに張り付き亡命を求めると、なんとかジェスチャーをして伝えようとした。

「なんだこの生物は……我々をバカにしているのか」

「見たところとてつもなく知能は低そうですが……。なにかを伝えようとしているようです」

「なんてバカな顔だ……こんなにバカ丸出しの顔を見たのは初めてだ」

 船長が投影されたルーカスの顔を観察していると、急にノイズが入ったかのように顔が崩れだした。

 高エネルギーを利用したさいの熱で白い塗料が溶け出してしまったのだ。

「驚きました……視覚的推測ですが、どうやら宇宙生物の排泄物のようです。なんの種類かはわかりませんが……。高密度の排泄物のようです」

「宇宙生物の排泄物が知能を持つとは珍しい……。捕獲して調査に回せ。生物兵器に利用出来るかもしれん」

 こうしてクソ野郎はある宇宙船に保護されたのだが、電磁網により捕獲されたせいでAIは破壊されてしまった。






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