第十話
操縦室から見える爆発はとても鮮やかなものだった。宇宙に光の痕跡を残す流星の残像にも劣らず、空を砕く稲妻の閃光にも劣らない見事なものだ。
むせ返るように香る青い匂い、浮足立った喧騒。まるでいつかの子供時代の夏の花火のようだった。そして、あれもまたひと夏の恋だったのかもしれない。
卓也はモニターに映る四散する宇宙船の一部を見て、現実逃避の重々しいため息をついた。
「どうやら卓也さんがハマっていたあのシステムは、最後まで一人生き残った土田大羊という人が孤独を紛らわし、最後まで任務を遂行するために作ったようですね。そして、その人が亡くなった後も、プログラムされた通り、異星人を捕まえるために独自に動いていたようです。制御する人がいなくなったので、催眠療法と捕獲作業の両方を同時に行うようになったと考えるのが妥当でしょう」
デフォルトはコピーした情報元に原因の究明をしていたが、そんなものは必要ないと卓也は鼻をかんだティッシュのゴミをデフォルトの後頭部に投げつけた。
「僕は異星人じゃなくて、地球人だぞ。なんで地球人が作ったものに捕獲されて、燃料にされなきゃならないんだよ」
「記録をする容量は、誰かが増やさないといけませんから……それができないとAIは考え、きっと古い記録から消されていったのでしょう。日本語も使わない言語とみなされ、単語単位で消されていったのだと思います。そう考えると、あまり出来の良いロボットを作ったとは思えませんね」
「わかったよ。心の傷をえぐりたいなら、どうぞご勝手に」
遠回しにバカにされているように感じた卓也は、ふてくされるように言い放った。
「それでは聞きますが、不審なことはなかったのですか?」
「なかったよ。僕が運命だって言ったら向こうがデスティニー号と名乗ったり、チキュウのことをチキュワって言ったり、こっちが三人って答えたら向こうも三人って答えたりしたけど、特におかしいことは……」ここまで言うと、卓也は思い当たったことがあったと、仰天に目と口を大きく開けた。「そうだ! 僕がスリーサイズを上から答えるように言っても答えてない!」
「……それがどうかしたんですか?」
「僕が聞いたんだぞ。ルーカスじゃなくて僕が。女の子が答えないなんことあるか?」
「自分とは価値観が違うと思うので、なんとも……」
「価値観は皆一緒。だって僕は宇宙一セクシーな男に選ばれたんだから。……で、なにやってんの?」
いつもなら人の過失には餌を見つけた犬のごとく、我先にと吠えるルーカスだが、今日に限っては静かだった。卓也はそれを不気味に感じていた。
「早急に解決しなければいけない事案を片付けているのだ。邪魔をすると手遅れになるぞ」
ルーカスはタブレット端末から目を逸らさずに真剣な声で言った。右手は忙しなく動き、左手で邪魔だと卓也を払っている。
「どうせ、ろくでもないことをしてるんだろう」
「まったく……そんなに私の手を煩わせたいのか……。君のためを思ってやっているのだぞ」
ルーカスはタブレットの画面を卓也に見せつけるように持った。そして、指で画面をスライドさせ、画像を何枚か見せた。どれも、卓也の笑顔の画像だ。満面の笑みからはにかんだ笑顔まで、実に様々な笑顔の写真だった。
「僕の写真なんか加工しても、回遊電磁波がキャッチできないんだ。雑誌に載せようにも、Dドライブには届かないよ」
「なにを言っている。君の遺影用だ。そろそろ死にたくなる頃だろう?」
「……ならない」
「本当にか? 君はロボットに発情して、デレデレしていたんだぞ。私が助けないままで、君があのロボットに君のプラグを差し込んで充電していたら、君は今頃昇天しているところだ。まぁ、火葬の手間ははぶけたがな」
ルーカスはタブレット端末の中の卓也の写真に、爆弾のアイコンをドラッグした。すると髪が焦げて縮れ、肌も黒く焦げて汚れ、画面のあちこちから煙がプスプスと漂い始めた。
「……手の込んだ嫌がらせをどうもありがとう。でも――僕は後悔も恥もない。それがたとえ思い出の映像でも幻想でも、僕が恋したことには変わりないんだから。フリーラブの時代に、思想極まった固定的愛の価値観の押し付けなんて寒気がするね」
卓也が熱を込めて語っていると、ルーカスはうんっんっと咳払いをして遮った。
「浸っているところ悪いが、思い出の映像ではなく壊れたモニター画面。幻想ではなく幻覚だ。この二つは大いに違う。バカとアホを比べているわけではないんだぞ。トマトが野菜かフルーツかくらい決定的に違う。トマトは野菜だ」
「それは前に結論が出ただろう。トマトはフルーツだ。美咲もそう言っていた。彼女は僕の中で生き続ける」
卓也は催眠の中の幻想の情勢を思い浮かべて、遠い目をした。
「……美里ではなかったのかね」
その場限りの関係の女性だと、名前もしっかり覚えられない卓也に、ルーカスは相変わらずだと呆れる。
「いいんだよ。もう済んだことなんだから。皆無事。傷付いたのは僕の心だけなんだから」
卓也は話は終わりと手を叩いたが、デフォルトはまだ言うことがあると話を戻した。
「とはいえ、気を付けてくださいよ。学習する相手というのは、人の脳みそ人工知能でも厄介ですよ。余計なことを言って知識を与えていたら、自分達は捕まってあの宇宙船の燃料になっていたのかもしれないのですから」
デフォルトの言葉に、頷いてルーカスも深く同意した。
「まったくだ。君は女に対して脳も口も緩すぎる。それにベラベラと、舌が洗濯物のようにはためいていてばかりだ。少しは黙ったらどうかね」
「ただの話題だろう。昨日なに食べたくらいのもんさ。たとえば、デフォルトは用心深すぎて臆病だだとか、ルーカスは飼い犬に箸の持ち方を教わったとか」
「飼い犬じゃない……飼い猿のカノシロにだ。だいたい人のことばかりあーだこーだ言っていたみたいだが、自分のこともマザコン野郎とちゃんと紹介したんだろうな」
「おい、人聞きの悪いこと言うなよ!」卓也は声を荒らげた。「パパが気を悪くするだろう。ちゃんとファザコンでもあるって言わないと」
「私は嫌味を言っているのだ……。それらしい反応くらい返せないのかね」
「マザコンもファザコンも悪いことじゃないだろう。最高のママと最高のパパから生まれたってことだぞ――最高の僕が」
卓也は満面の笑みを浮かべていたが、すぐに表情を崩した。ルーカスがなんとも言えない顔をしていたからだ。
「まったくもって理解できん。あんな嘘つきな生き物」
「嘘なんか言うもんか、ママに世界一可愛いって言われて育ったのが僕。パパに世界一カッコいいって言われて育ったのが僕。二人の言うことを聞いて育ったのが宇宙一セクシーな男――つまり僕だ」
卓也は自分を見るように両手を広げて主張したが、ルーカスは見向きもせずに、不機嫌にふんっと鼻を鳴らした。
「さぞかし幸せな家族なのだろうな。後学のために聞いておきたいのだが……なんの薬をやれば、そんなハイな家族を演じられるのだ?」
ルーカスの皮肉たっぷりの言い方に、卓也は少し眉を寄せて、表情に影を落とした。
「そう言うなよ。僕にも不安はある。僕の子供にプレッシャーをかけることになるからね。宇宙一までとはいかなくとも、世界一くらいセクシーな男になってもらいたいね」
「君は知らないだろうが、そういうプレッシャーを与えられて育ったのが私だ」
「よく知ってるよ。ハイハイを強要されて人生に失望したんだろう。十五の夏……いや、生後の五ヶ月くらいかい?」
「まだ嘘だと思っているんだろう。私は生まれた瞬間からの記憶があるんだ。こっちにおいで、ハイハイと、私の両親は私を悪魔の道へと導く。それも笑顔でだぞ。ハイハイをすれば、次は立て。立てば歩け、歩けば走れ、そしたら今度は家の中で走るなと怒るときたもんだ。私の人生は支配されているのだ……」
ルーカスはこの世の絶望を一身に背負ったような顔をすると、膝から崩れ落ちて顔を両手で覆った。
「その話も面白いからいいんだけどさ、出来の良い弟と比べられるのに嫌気がさして、祖母の家で暮らすようになったって話はどうなったの?」
ルーカスは何事もなかったかのようにすくりと立ち上がると、なにを言っているとでも言いたげに肩をすくめた。
「それは大した理由ではない。とにかく私は両親を嫌っているし、両親も私を嫌っている。私が心を許せるのは、飼い猿のカノシロと祖母だけだ」
「猿に愛情を捧ぐのはいいんだけどさ、地球に帰ったら猿に支配されてたなんて嫌だよ、僕は」
卓也はやれやれと首を横に振ると、着替えてくると言い、オレンジ色のジャケットを脱ぎながら操縦室を出ていった。
「ルーカス様も色々あったんですね」
デフォルトは世間話の延長線上で言ったのだが、ルーカスはそれが気に食わなかった。
不機嫌に眉間にシワをつくり、デフォルトをにらみつける。
「盗撮だけでは飽き足らず、盗み聞きか。次は銀行でも襲うつもりかね?」
「単純に色々あったんだなと思っただけです。自分はお二人の過去のことをなにも知らないので」
「私に同情するつもりか? 男は同情してるんですぅ~って視線が大嫌いだ。君の頭の中の辞書を更新しておきたまえ。だから同情はいらん」
「いえ、しません。自分は同種が嫌いだったので、こうして最後の一人になっても、そこまで悲観的になることはないですから」
デフォルトの言葉に、ルーカはス不機嫌に作った眉間のシワを、困惑の眉間のシワへと変えた。
「……少しくらい同情をしても許すぞ。私は寛大だからな。もちろん普段は許さない。同情は男の尊厳を傷付ける行為だからな。だが、君は知識も道徳もないタコランパ星人だ。少々の無礼ならば、私は緩そう」
「地球の知識と道徳を身に着けたいと思っているので、同情はしないように気を付けようと思います」
「わかった……言い方を変えよう。私は同情をしろと言っているのだ。男が影のある過去の話をしたときには、漏れなく同情だ。そして最後には褒め称えろ。よくそんな劣悪な環境で生き残った――と。男は皆ソルジャーなのだ」
ルーカスは誇らしげに胸を強く叩いた。しかし、強く叩きすぎて咳き込んでしまった。
そんな光景に、デフォルトは戸惑って「はぁ……」とこぼすしかできなかった。
ルーカスはしばらく咳き込むと、よだれを吸い上げてから深呼吸をして呼吸を整えた。そして「まったくその察しの悪さは昔の卓也並だな……まったくもって世間知らずだ」とデフォルトを蔑んだ。
「ルーカス様と卓也さんは、昔からのお知り合いなのですか?」
「出会いといえば、あの方舟に乗る前からだ。徴星制度の通達が来て、適性検査を受けるための会場に行った時からになるな」
「検査があったんですか?」
デフォルトは驚きに声を高くした。とてもじゃないが、ルーカスはおろか、卓也も検査に受かるようには思えなかったからだ。
「当然だ。宇宙という始まりの世界に飛び出すのだ。選ばれた精鋭しか宇宙船には乗れない」
「その精鋭がルーカス様と?」
ルーカスはよくわかっているなと満面の笑みをデフォルトに返した。
「そうだ。だが、私は少数精鋭だが、卓也はその他大勢だがな。言葉は似ているが全然違う。月とスッポン。提灯に釣鐘。それが私と卓也だ」
「自分は月もスッポンも見たことがないのでわかりませんが……その適性検査会場からのお付き合いということですか?」
「途中間は開くがな、私が田舎者卓也の面倒を見てからの付き合いというわけだ。頭も悪ければ背も低い。顔だけの男だ。私がいなければ、卓也は適性検査に合格できなかった」
ルーカスのいかにもな作り話に「本当だよ」と、着替え終えて戻ってきた卓也がデフォルトに声をかけた。
「ルーカス様のおかげで? 適性検査に受かった? 宇宙に出た?」
デフォルトの頭の中は疑問で埋め尽くされていた。
「その反応はなんだね……」と、ルーカスはデフォルトを睨んだ。「卓也はなにも出来ない、赤ん坊のような男だったんだぞ」
ルーカスは同意を求めるように卓也を見たが、卓也はかぶりを振って否定した。
「なんにも出来なかったんじゃなくて、なんにもしなかったんだよ。僕は受かりたくなかったんだから。そもそもあの日は――」
卓也はため息を挟ませると、昔を思い出して話を始めた。