反逆のエピローグ
一年後。
大通りに面した都内の公園で一人の幼い少年がベンチに座り込んでいた。
外で遊びたい盛りの年齢のようだが、なにか遊具で遊ぶでもなく、運動をしたり練習をする気配もなく、その手にある携帯魔鏡に食い入るようにして熱中していた。
「そこだ! 行けー! ……あーっ、あー……なんでそこで負けるんだよ」
映像にはマントをなびかせた異形の怪物が勝ち誇り、ゲームオーバーを示すロゴが画面いっぱいに映し出された。肩を落とし、一度投げ出す。
「くっそーこのイベントの魔王ボス反則だろー。絶対無課金じゃ勝てない設定にされてるじゃん! でもコイツの報酬は美味しいしなぁ。お小遣いねだろうかなぁ」
「小僧、そこでなにをしておる。今、魔王と申したか」
そんな風にひとりごちていた彼の前に、声をかける者がいた。
銀の髪に褐色の肌、鋭く赤い瞳と険しい面持ちの魔族の若者である。
少年は面識もないその男を見上げて目を丸くする。
「あ、森野ウィド。『魔王』だ。本物じゃん」
「ほう、おぬしは余のことを存じているのだな」
「学校でも有名だよ。テレビで変な演説やってたこと笑ってた。『大昔に封印され蘇った伝説の魔王なんてキャラ、今時流行らないよねー』って」
忌憚のない評価を貰ったウィズウッドはわずかに顔をしかめる。
「ねぇねぇ魔王、サインちょうだい」
「余の筆跡を所望してどうするつもりだ」
「オークションで売って小遣いにするから」
「……それを聞いて手渡すわけなかろう」
「えーそれくらいいいだろー、ケチー」
などという問答をやっていると、
「そうですよ大人げない。素直に差し上げればいいではありませんか」
ひょっこり現れた若葉色の髪を持つ少女から援護射撃を受ける。魔王はますます苦虫を噛み潰すような表情になった。
安部マリアである。人の好い愛想笑いを浮かべ、二人の間に割って入った。
「おぬしまで小僧に荷担するか」
「ですが、それよりもっとよい物がありますよ? こちらの方が金銭的価値があってお得です」
「おい」
ウィズウッドを差し置いて男の子に「はいどうぞ」となにかを手渡す。
「なにこれ?」
「クオカードをご存じないですか? 書店やコンビニといった様々なお店で使える商品券みたいなものです。これで三千イエルになるかと」
「うそっ、いいのこれ!?」
「はい。これも我がチームの広報活動の一環みたいなものですから。なので心おきなく使ってください」
「うんありがとう姉ちゃん! 早速買ってくるね!」
大喜びで走り去る彼をにこやかに見送りながらマリアは聞こえなくなったタイミングでこう言い加えた。
「ただしそれ、公共料金全般には使えないんですよねぇ。ましてや課金カードなんて買うことができないのに……うふふ、あんなにはしゃいでかわいらしい。三千イエルぽっちで泣きを見るか恥をかくのか分かりませんがいい勉強になったでしょう」
「……相も変わらず趣味の悪い」
「おや? 心外ですね。子供には駄賃、貴方には意趣を返させてさしあげたのになにかご不満でも? ウィンウィンじゃないですか」
マリアはとぼけた様子でそんなことを言ってのけ、ウィズウッドは嘆息する。
「それよりもこんなところでほっつき歩いていないで会場に戻りますよ。呼び戻す為に魔力を探知して転移する労力を割くこっちの身にもなってください。なんでこのような場所にいたんですか」
「原点に立ち返っておった」
「原点?」
ウィズウッドは路地を見やり、語り出す。そこはかつて彼が轢き逃げに遭った道路に面している。
「余が千年の眠りから目覚め、地上に舞い戻った際にこの近辺を歩いた。生きてきた時代とは面影のなきこの背景に困惑したものだ。あれから一年が経ち、掲げた目標の下、目覚ましき躍進を遂げ続けておる」
「その目標とは」
「魔族の威信回復と、一人の小娘が前を向いて歩く為の道を切り拓くこと。魔王として世界と相対した頃に比べれば、些細なことだが」
「それはもしや私のことで? いやですねぇ公共の場で白昼堂々のプロポーズとは」
「なわけなかろう、自惚れるなたわけ」
茶化す彼女を一蹴しながら移動を始める。
「おぬしの先祖サイファーとの闘いに敗れたこの身は、平和な世において本来不要な存在。なればあやつが申した通り、道化としてでも演じておくくらいがちょうどよい」
そうして彼はまた人々に宣誓した。森野ウィドとして、あるいは復活した魔王ウィズウッド・リベリオンという設定を演じる魔戦興行の選手として、その界隈の頂点に君臨すると。
「そのお膳立てをして差し上げた手前、まさか此処にきて無様を晒しませんよね?」
「ぬかせ。おぬしこそ身内を相手に手など抜くでないぞ」
「逆ですよ、シュナイデルお兄様になら手心を加えずに済みます。あちらも不名誉な妹に制裁を加えたくて仕方ないでしょうから」
プロデュースや細かい情報操作に関しては後ろにいる安部マリアの協力もあって、今や世界大会に出場するチームの代表として成功していると言っても過言ではない。
そして今日、決勝戦が始まる。前年度優勝チームであるアトモスフィア大学──そのエース、関口シュナイデルとの再戦が実現しようとしていた。
建物の陰に隠れ、二人は魔術により会場の控え室に戻る。そこでは三人の同胞達が待ちかまえていた。
「何処行ってたのウィド!? 試合もうすぐ始まるんだよ!」
同じ肌と瞳を持ち、ショート黒髪の下で尖った短い角を生やした少女が叱りつけた。
田中リゼ。出会った当初とは大分様変わりして自信に満ち溢れ、周囲の視線にもめげない芯の強さが窺えた。
「まぁまぁいいじゃないっスかちゃんと戻ってきたんだし。森野なら早着替えができるっしょ?」
カンカンな魔族の少女を宥めるのは小柄なコボルトの獣人。
鈴木ボルタ。かつてウィズウッドの右腕として仕えていた迅狼ヴォルフデッドの末裔であり、同じく配下として──当人は頑なに認めないが──活躍していた。
「どうでもいいけどよォ。オレは待ちきれなくてウズウズしてんだぜ。早く始まんねェかなァ」
出場口に繋がる扉の横に立ち、言葉通り今か今かと待ちわびているのは燃えるような赤い髪にねじれ角と太い鱗のある尾を持つ竜女。
坂本ドゥーゴ。又の名は災竜ドゥーレゴエティアは、ウィズウッドと同じ時代に生まれそして彼の目覚めに呼応して現れた。
現代でも闘争を求め、その為だけに魔王の軍門に降り、こうして志を共にしている。
「これから本番であるのに皆さん随分と余裕でいらっしゃる。頼もしい限りですね、私のお株を奪っていただいても構いませんよ。その分楽ができるので」
そして、安部マリア。魔王の宿敵だった勇者サイファーの末裔にして影の権力者の一味であり、自他と共に認める油断ならない味方。
それら四人を率い、ウィズウッドは魔王というあだ名を掲げて反旗を翻した。
瞬く間に黒い鎧へと姿に換装し、マントをなびかせる。
「ではそろそろ行くとしよう。者共、余に続け」
「いやアンタ待ちだったんだけど!」
リゼの突っ込みをよそに彼は出場を始めた。呆れたり息巻いたりとしながら、メンバー達も続く。
遠くから歓声が徐々に聞こえ始め、気温は下がらずとも体感で吹雪の荒れた雪山の如く空気が張り詰めていた。
しかし、誰もがその雰囲気に気圧されることなく舞台へと進み出ていた。
「一応おさらいしておきます。ルールはAランク方式……チームの全滅を目的とするアライブになりますが、作戦の目論見が外れた場合、狙いは如何なさいますか」
「オイラは櫻井エドウィンにリベンジしたいっス」
「ギルバート先輩にも注意しないと。あの人、未知数だから」
「誰でもかまいやしねぇ。要するに全員ぶっ潰しゃァいいんだろ?」
一同の強い意気込みを耳にしたウィズウッドは声高に宣誓した。
「チームサタン・マギア、此処に出立とする」
完
此処までの御愛読ありがとうございました。
詳しくは後書きにて!




