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魔力測定


 突然のカミングアウトに校長先生は面喰った様子を見せていた。

 ウィズウッドもこの相手には素性を明かしていいのだろうと判断し、それに合わせる。

「自己紹介に与った、余の真の名はウィズウッド・リベリオン。千年の眠りから目覚めし魔王である。だが安心せよ、事を構えるつもりはない。何故ならば人の世を静観しているところであるからだ。此度は後学の為、そちらの学徒になれぬか交渉に参った」



 威厳を含ませた態度で彼は名乗りを上げた。若返っているので貫録が減っているかもしれないが、それでも魔王を名乗りながらへりくだって話すのは悪手だと分かっている。

 しかし、彼はその真実を理解することに難色を示した。



「な、なにを言っているんだい。そんなことある筈ないだろう」

「はい。まさにおっしゃる通りです」

「え?」

「ぬ?」

 言い出しっぺの当人が否定したことで、さしもの校長先生どころかウィズウッドも呆気にとられた。

 彼が魔王であるのは明白なのに即座にそうではないと訂正する彼女の意図がまるで読めない。

 ニーナはそのまま話を続けた。



「ただ、彼にとってはまぎれもなくウィズウッド・リベリオンなのです。名前も、本人としても。堂に入っておられたでしょう? 至って真面目ですよ」

「どういう意味なんだね? ちゃんと説明してくれたまえ」

「では順を追って。まず彼の出生はとある山中で人口の過疎化が進んだ村にある一軒家でした。あの魔王信仰が密かに続いている場所とだけ、お話しいたしましょう」

 ウィズウッドとしても心当たりのない身の上話が始まった。

 とりあえず口を挟まず彼女に任せることに。



「魔王を崇拝するあのカルト団体か、まだ残っていたのか」

「はい。先日、その村で紆余曲折した結果彼を引き取った次第で」

「……勇者協会の案件だね。なるほど、それで秘匿としているんだね」

 ウィズウッド当人とは直接関わりのない、悪魔的な象徴を掲げる宗教団体。

 魔族に限らず人間側にもそういった物好きな連中がおり、暴走した挙句起こした数々の事件があった。

 かつての人類の敵を崇めて心酔するに至る要因は様々だが、世の中への不満や人生の挫折と不安などで縋る相手が無節操になった末のことだろう。

 どちらにせよ彼に関わる気は毛頭なかった。たとえ臣下を欲していようと信者は無用の長物であるからだ。



「経緯はご想像にお任せします。ともかく彼はそれを信奉する魔族の間で産まれました。そしてこう思ったようなのです。『我が家に魔王を授かった』と。到底ありえない話でありますが、彼等はそれを信じてやまなかった」

「なんてことだ……」

 絶句する男であったが、先程のように頭ごなしに否定してこない。むしろ真に受けている。

 真っ赤な嘘であるというのに、面白いくらい鵜呑みにしていた。



「それだけではありません。あろうことか出生届を出さず軟禁して育てられ、奉られる魔王としてふさわしい振る舞いや考えを徹底的に教えようとしたのです。だから、彼は自らをそう思い込んでいる。いくら否定しても、矛盾を突きつけても、理屈では魔王であるというアイデンティティは崩せない。そういった理由で、彼はまだ世情に疎い面があります」



 本当のことを言っておきながら、訂正して噓八百を並べ立てるニーナの狙いはこれであると、ウィズウッドは気付いた。

 あまりに受け入れがたい話をした後に、具体性のある都合のいい与太話をすれば、そちらの方がまだ信じやすいという心理的な部分を利用したのだ。

 魔王は話を聞いていて彼女の口の上手さに舌を巻く。ニルヴァーナは幼少のころから聡明ではあったが、気の遠くなる年月を経て伊達に背丈だけが伸びたわけではないのだと実感する。



「それでこちらの学校にて同じ年代の子供達と触れ合って徐々に更生させようと思い、校長先生にはお話を」

「……事情はよく分かったよ。君は面倒見のいい方だからね、そういう子を捨ておけない性分なのも十分承知している」



 手に取っていたペンを無意識に回しながら海老沼アレスターは言った。

「だけどね、受け入れたいのかと受け入れられるかどうかは話が別なんだ。この学園にすぐさま編入させるに足る生徒であるかどうかを証明しないとならない。言いたいこと、分かるね?」

「はい。この子が此処に入るに値するメリットが必要ということですね」

「無情な話ではあるけれど、そういうことさ」

「その点はご安心ください。彼の学力は求められる偏差値を優に超えるでしょう。なにより、本校が力を入れている魔導科においては特に優秀な成績をもたらすかと」

 そう自信ありげにニーナは太鼓判を押した。



「へぇ、期待させて貰おうかな……そうだ、せっかくだから測定してみようじゃないか」

「これは?」

「魔力の測定に用いる鑑定水晶だよ、はいどうぞ」

 言って彼は引き出しから丸い水晶を取り出して手渡す。



「総量が多ければ多いほど、掛けられる圧力が強まるという性質を利用しているんだ」

「そ、それは流石にお気が早いかと思いますよ」

「お手軽にできるから別にいいじゃないかね。君がそこまで力説する子が一体どんな潜在能力を秘めて──」



 軽い気持ちでウィズウッドはグッと握って魔力を送り込む。内部で数字が光り、数値が加速的に上昇していく。

「あ」

 途中、ガラスにヒビが入ったような嫌な音がした。思わず声に出す。

 手の中で砕け、粉々になってしまった。

 まるで、彼の力に耐えきれなかったように。



「……壊れて、しまった、ようだ」

 教師二人が固まる。どうしたものかとオロオロする彼に我に返ったニーナが素早くフォローに動いた。


「あ、あらあらー(なにをやっているんですか!)。丁度壊れる時期だったみたいねぇ大分古かったもの。大丈夫? 怪我はなかった森野くん?(陛下のお力では手加減してくださらないと簡単に砕けてしまいますよ!)」

「う……うむ。すまぬ」

 にこやかな微笑の裏で叱咤する副音声にウィズウッドはただただ頭が下がった。怒らせると怖いのは昔からだ。


「……アハハ、ある意味運がいいね。水晶を壊す機会なんて早々ないよ。でもこれって強い圧力を掛けられるという裏返しだね」

 校長は笑ってゴミ箱にドサリと水晶の残骸を捨て、再び引き出しから予備を持ってくる。

 仕切り直しての測定。彼は恐る恐る受け取る。

 視線が痛かった。一人は純粋な好奇心。もう一人はやらかしてしまうことを危惧して咎める意思がひしひしと伝わってくる。



「心配しなくていい。本来はそんな簡単に壊れる代物じゃないから」

「……分かった。では」

 先程より弱々しく、魔王は加減して魔力を水晶に流し込んだ。数値がまたや動き始める。

 だがまだ勢いがあった。

 ピシッと、音が鳴る。原型は辛うじて残るも大きな亀裂が入って割れてしまった。やはり故障したのか数値は浮かぶことはない。



 居心地の悪い沈黙が訪れた。まずニーナが言葉を切り出す。



「す、凄い偶然ってあるのねえ! 二個も限界を迎えていたなんて(陛下あああああああああああああああああああああああ!)」

「ううん、おっかしいなぁ。こっちはそれほど使い込んでいない機材なんだけど。これは修理に出すとして、まだスペアがあるから今度こそ……」



 ぼやいてフクロウのように頭を捻る。二個目の割れた水晶を机に置いて更に一つを取り出そうと背を向けるアレスターを尻目に、ニーナは釘を刺すように口元に手を当てて囁いた。

「次は! きちんと! 手心を!」

「う、うむ」



 三度目の正直となった測定。ウィズウッドは集中する。とても繊細な物を取り扱うように微量の魔力を流し込むことに全霊を籠めた。目をクワッと見開き、声まで出した。

「……ぬ、うぉぉおおおおおおおおおお!」

「手に力を籠めてふんばっても変わらないからね……おっと、今度はちゃんと出た」



 上昇していた数字が最大に達したところで点滅しながら停止し、結果を知らせていた。

 三百六十九。それがウィズウッドの出した数値。


 内心ほっとしながらウィズウッドは尋ねる。

「アレスター殿、これは如何ほどの基準なのだ?」

「うん、すこぶる高い数値だよ。圧力が強いと確かに壊れやすいんだこれが。一般人の平均が二百だとして、その倍に近いね。今在校する生徒の中でも二番目の数値だ。ちなみに一番目は堀門くんの三百八十七、だったかな?」

「はい。三番目は星村さんの三百六十五で四番目が田中さんの三百三十四でしたね」



 リゼも相応に多い部類なのか、とニーナの付け加えた話でウィズウッドは関心を寄せた。

「これなら確かに魔導科で活躍が期待できそうだね。分かったよ、是非春休み明けから通って貰おうかな」

「ありがとうございます。細かい手続きは私の方で行いますので」

「余の方からもよろしく頼む」

「せっかく来てくれたんだ。校内を見学していくといいよ」

「厚意に甘えさせていただこう」



 そうして校長室を後にする。それから海老沼アレスターは息をついた。

「今回は更に面白い子が入ってきそうだ。胸が躍るよ。……ん?」



 ふと机に置いていた水晶が瞬いていることに彼は気付く。二回目の測定で壊れていたと思われていたそれが、辛うじて機能が残っていたようだった。

「え……は、八百五十九……!? なんだこの数値は……! 史上類を見ない高さだぞ! これは故障なのか!? それとも……!」

 覗き込んだ彼はその数字に目を見開いて教壇に身を乗り出した。

 一つの可能性を考える。これが故障ではなく、実際はこの水晶に掛かった魔力の圧力だったのだとすれば。劣化ではなく想定以上の急激な数値の上昇で耐えきれなかったのではないだろうか。

 身震いを禁じえなかった。では一度目も(・・・・)これ以上の魔力によって砕け散った可能性も十分にあり得る。



 思考の海に没してその場で立ち尽くす。やがて、おかしな笑いが壮年の男から漏れ出る。幾人もの目覚ましい才能を持つ生徒達が既に在学しているが、それを鼻で笑えるほどの存在と相まみえていたのかもしれない。



「面白いじゃないか、世紀に残る逸材の登場……俄然他校には取られたくないものだ」

 アレスターは思った。彼が本物か偽物かはさておき、実在したとされる魔王の再来になり得るのではないかと。



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