【土轟爆砕】
一方、坂本ドゥーゴと辻 セツナは息をつかせぬ近距離戦闘でしのぎを削っていた。片や力に物を言わせ室内を荒らしながら攻撃を繰り出し、片やメイド服でありながら目にも留まらぬ速度で竜女の魔手をすり抜けた。
返す刀で短剣による反撃がドゥーゴを襲うも、太刀筋を受けながら突っ込んでくる。その為彼女の衣服は至る所が裂かれズタボロになっているのだが、露わとなっていく素肌には傷ひとつない。
まるで鋼を斬りつけているような手応えだった。
(なんだこの半リザードマンは……素肌の下の鱗がこれほど強固になれるのか?)
「どうしたどうしたァ! ちびちびやってても薄皮一枚斬れてねェぞ!」
背後の階段の手すりを利用して身軽に跳躍し、盛大に破壊される。
セツナの機動を目で追ったドゥーゴはこれでもかと口腔を開いた。
「──かァッ!」
その喉奥からチリチリと火花が生じたかと思えば大きな炎の塊が噴き出す。火球のブレスだった。
(コイツ本当に人間か──)
さすがのセツナも驚愕しながらも、対空中にナイフで空を一閃。
「──斬光」
斬撃が迸り、両断。二分してやり過ごし着地するもドゥーゴが肉薄しており、片腕を振り上げ攻撃体勢に入っていた。
(手品なのか魔法なのかわからないが得体のしれない相手だ。やむをえない……)
適当にあしらって追い払うつもりだったが切り替える。セツナはナイフを逆手に持ち替え、自ら特攻を仕掛けた。
向かってくる相手に気をよくしたのか竜女は「ガハハハハそうこなっくちゃなァ!」と吠えた。
衝突しようとする間際、セツナは呟く。
「影放姿」
構わず攻撃を繰り出したドゥーゴの腕が彼女の身体をすり抜けた。かと思えば、その奥から辻 セツナの姿が飛び込んでくる。
ナイフに忍ばせた幻影魔術。自分の姿を投影して先行させ、その背後から好機をうかがっていたのだ。
「あァ?」
「──二刀惨華」
攻撃が空振りに終わったドゥーゴとすれ違い、首と脇の二箇所を往復するように素早く切り裂いた。これまでの牽制ではなく、魔力で強化した刃で深く撫でる。
人体の急所──肉質の薄い場所であり出血の多い箇所。そこから血の華が咲く。如何に頑丈でもこれならばと彼女は確信する。
「すみませんね、冥土に送らせていただきました」そう言い捨てる。
「……まるでブンシンの術、忍者みてェだ」
だが棒立ちになった竜女からなにも噴き出す気配はなく、ナイフの方がボロボロと刀身が欠けた。斬られた側のドゥーゴが「わりぃなメイド」と笑う。
「目ん玉までかてェんだわ、オレ。なかなか早いじゃねぇか」
(なまくらではこれが限界。それに、潮時か)
弱所を狙っても効果がない、そこまで理解して尚戦闘を続ける彼女ではない。
ポイと投げ捨て、セツナは逃げを選ぶ。当然ドゥーゴが追いかける。
「逃がすかよォ! せっかく温まってきてんだ! もっとやろうぜ! ほら得物ならくれてやるからよォ!」
腕から竜鱗を一枚抜き、剣へと変えて投擲。セツナの走る進路に突き立ち、塩を送る形となる。しかし彼女は通り過ぎた。
「お気持ちだけ受け取っておきます」
「あっ、てめぇ! ずるいぞ! だったら──」
ドゥーゴは背中から竜翼を露わにして広げ、空気を叩いた。
超加速で彼女に突進を仕掛けるも、ひらりと躱されて壁の向こう側を突き破った。さきほどの息吹や破壊の権化とも呼ぶべき所業を見たセツナは辟易を覚える。
(まともに相手をしても損するだけだな、この化け物。身体能力も頑強さも規格外……人智を越えている)
「ブルルル! くっそー! 避けんじゃねェー!」
「しかも馬鹿──あ、本音が出てしまった」
「んだとォ!? 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」
「では偏差値をお伺いしても?」
「そいつが食いもんじゃねーことぐらいはわかんだぜ?」
さてどのように撒こうか、セツナは様々な策を考えながら逃亡を図る。
「だーから逃げんじゃねェ! こうなりゃ屋敷ごと──」
というドゥーゴの企てが実行されるよりも早く、
屋敷内が揺れた。それも大きい。
呼応するように轟音が建物に広がる。地震にも似た現象。
その揺れは一向に収まる気配はなく、それどころか力強さを増していき、二人の足を止めるほどの規模へと化していく。
「──っ!」
「んだァッ?」
手をついて立っているのもやっとな揺れの影響か、壁のいたるところに亀裂が走り欠片が剥がれる。
そして左右の動きに加わって、高低数十センチにもなる激しい上下動にまで発展した。
その勢いに耐えきれなくなった天井が崩落し、大きな瓦解が始まる。
†
音の死んだホールで、金子オィンクは渾身の魔術を繰り出した矢先に口を開いた。
「バカな……!」
その先にはウィズウッドら三人が何事もなかったようにその場で立っている。さきほどの受けていた痛手を除けば無傷である。
本来であればこのフロアごと吹き飛び、あるいは肉体が分子レベルで振動破壊を起こし、原型も残らないような無惨な姿になっている筈だった。
しかし彼にとっては想定外なことに、音速で放射された目に見えるほどの高周波の奔流があちら側へ届く前に息を潜め、無力化されてしまったのである。
「笑止。これしきの魔術で魔王等級魔術を名乗るとは。歴代の魔王達への侮辱に他ならぬわ」
理解の追いつかないオィンクを前にウィズウッドは杖を拾いながら語る。物静かながら押し殺すような声音からして静かに怒りを秘めているようだった。
「元より貴様、誰の許可を得てそう銘打ったというのだ。元来魔王等級魔術とはそれらを編み出す際、先代から認められて魔王の冠を継承するに相応しい証として名乗り得るものだ。易々と魔の極致に辿り着けると思うな」
「な、にを、なにをしたのだ!? アレを真っ向から防げるわけがない! 避けられる筈も……!」
「なれば打ち消せばよい。高周波の音を極限まで増幅させ繰り出そうと中和すれば済む話よ……低周波の音でな」
S極とM極。プラスとマイナス。高温と低温。酸性とアルカリ性など。それらと同様に高周波の音とは対極に位置する低周波の音をウィズウッドは繰り出していた。しかも丸腰で。
山と谷のある音の波形があるとして、そのパターンから逆位相のそれをぶつけて消音するという魔術を科学的な側面で無力化させた。
言うまでもなく極めて反則的で非現実的な芸当である。それをやってのけた。
あまりのデタラメさに呆然と金子オィンクは問う。
「何者だ……貴様はいったい、何者だ……!?」
「余は魔王。ウィズウッド・リベリオン」
私服から黒の鎧に換装。マントを伸ばし、名乗り上げる。
「本物の魔の極致を見せてやろう。思い知るがいい」
「ありえん……! ありえんぞぉ! この現代で魔王なぞ──」
「証明してしんぜよう。魔王等級魔術」
『レーヴァ』の杖が赤熱した輝きを放ち、広大なホールに黄土のシジルが展開される。それから間もなく、屋敷に異変が訪れた。
地震。地の奥底から怒りの呻きにも似た轟音をひきつれ、室内を揺るがした。
「──【土轟爆砕】!」
「なんじゃ! なにが起きて……ごわぁ!?」
息をつく暇もなく、屋敷が割れた。
両者の間に亀裂が生まれ床が隆起し、分断する。まるで地下から連鎖爆発でも起きているようだった。
その正体は地盤を力業で動かし、地点ごと壊滅させる大規模な攻撃魔術。
その予兆として屋敷も瓦解が始まる。シャンデリアが落ち、絵画が落ち、家具がなぎ倒され、壁面が崩れていく。
「先生これって……!?」
「伏せて陛下のお傍に!」
魔王の後ろでリゼとニーナはひしっと身を寄せ、その災害が過ぎ去るのを待った。黒いマントが二人を包む。
あまりの揺れでその場に跪いた豚エルフが轟音に負けじと叫ぶ。
「まさかっ屋敷ごと攻撃する気かァ!?」
「地平よ震えよッそして戦けッ! 余の名の下に破壊を此処に顕在せん!」
「よ、せっよせぇえええええ──」
その制止も虚しく、一段と激しくこの部屋の床が跳ね上がった。一同は足場を失くし、衝撃を体感する。
その日、金子オィンク邸を震源地として未曾有の超極地的な大地震が観測された。幸いなことにその付近が鬱蒼とした森林のみであったため、屋敷を除く建造物の倒壊は免れたという。




