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乱入、激突、逆転



 撤退の指示を受け、メイドのセツナはオィンクの寝所とは別のフロアで待機していた。なにを思ってそう命じたのか理解に苦しむが、遣わされた以上その命令に徹する以外になかった。

 今頃あのエルフの美女がどんなことになっているのか。金子オィンクは衣装をとっかけひっかえで弄ぶ悪癖があるという。どんな辱めを受けているのかと、そんな想像しかけてすぐさま止めた。



 自分にはなんら被害の及ぶ案件ではない。強いて言うならただ少し、夢見が悪くなるだけの話だ。

 ただ気がかりなのは清水ニーナのことをオィンクはニルヴァーナ・ピースルーラーとフルネームで呼んでいた。すなわち本名以外を忘れ幼少の記憶がない彼女の出自を知っているという証左である。


 どさくさに紛れてそれをうまく聞き出せればよかったのだが、なにやらすぐに機嫌を損ねるほどの話したくない事情があるようだ。

 いずれは身体を売る方針で誘導していくしかないか。切り替えるようにセツナはそんな計画を企てる。



 息をつき、帰り支度を済ませつつある彼女であったが、突如として巻き起こった轟音に手を止める。


 建物も揺れた。爆発に近かった。


「……」

 キャリーバッグを手早く閉じ、それを手に彼女は控え室を出た。

 何事かとホールの方へ向かうなり、天井が破れ壁が剥ぎ取られるという光景が目の前に広がる。隕石でも衝突したような惨状がそこにはあった。


 否、屋敷の屋根に落ちてきたのは隕石ではなく人の姿に酷似したなにかだった。フロアの床を割り、亀裂を作って三点着地の体勢で硬直している。破壊を伴って空から飛び込んできたと見て間違いないだろう。

 それには太い尻尾があり、山羊の如き巻き角があった。


「おーい、ちょっくらおたずねしてェんだがよォ」

 ムクリと起きあがった豪快な闖入者はセツナに向けて問う。メイドは別段動じた様子はなく無表情で「どちら様でしょうか?」と首を傾げた。

 彼女が坂本ドゥーゴという人物であることは知っている。だがどうやって清水ニーナが捕らえたこの屋敷を突き止めたのだろうか。


「この建物の中に森野ウィドって野郎か田中リゼって女がいたりしねェかな? どっちも魔族なんだがよォ。家に戻っても何処にもいやがらねェし、魔力を探し回ってようやく此処まできたんだが、どうも広くて迷っちまいそうだから案内してほしいんだわ」

「存じませんし貴女はどう見ても招かれざるお客人。早々にお引き取り願います」

「はァん、わりぃがこっちもハイそうですかとは引き下がれねェんだわ。なんせ、リゼん家をぶっ壊そうとした張本人がいる可能性があるんだからよ。アイツらが此処にいるってことはなんか意味があるってことだろうしな。昼間は全然物足んなかったしよォ、ちょっくら大暴れさせてもらうぜ?」


 報復だ、ドゥーゴはそう目的を言葉にする。

 なんのことを話しているのか、辻 セツナには把握できていない。だがあの御方(・・・・)が根回しをしたということを察した。それで退却の指示を出したのか。



「……では、ご自由に」

「あん?」

「私は日雇いのメイド。主な業務内容は金子オィンク閣下へのお世話であり、侵入者の排除は含まれません。ですから忠告はいたしましたので、これで失礼させていただきます」


 一礼をしたセツナがスーツケースを手に踵を返した矢先、

「おい」

「はい? まだご用件が──」


 呼び止められて振り返った彼女の目に飛び込んできたのは、五指の爪を尖らせて躍り掛かって突進するドゥーゴの姿であった。

 間一髪、荷物を手放し身を翻して難なく竜女の一撃を回避してのけたセツナは、素早くバックステップで距離をとる。


「……ガハハハハ、思った通りだ」

「なんの真似ですか、と一応お尋ねしておきましょう」

「わりぃわりィ。背を向けて無防備なおめぇから一切隙が見えなかったんでな。試させてもらったぜ」

「こちらに妨害の意志はない以上、あえて私と敵対する必要性はないのでは」

「そりゃそうなんだがなメイド。おめぇがマタギ(・・・)の人間じゃねェなら話は別だ」

「……? 確かに猟師(マタギ)の心得はありませんが」


 セツナは首を捻り、やや考えてから訂正する。

「もしや、カタギ(・・・)とおっしゃりたかったので?」

「ああそれだそれ。おめぇ強ェんだろ? ちょっと遊ぼうぜ」


 生え揃ったギザ歯を剥き出しにする。好戦的な笑みだった。

 どうやらみすみす見逃してくれるつもりは毛頭ないらしい。そう判断した辻 セツナはため息をつく。


 そして部屋を出る際に荷物から取り出して忍ばせていたナイフを携えた。リンゴの皮むきにしてはいささか刀身が長く波打っている無骨なダガーナイフだった。


「無益な争いは好まないのですが」

「んなこと言いながらやる気マンマンじゃあねェか」

「それは勿論」


 細い緑色のツリ目を一度閉ざし、そして剣呑な目つきへ変化させる。


「降りかかる火の粉は、払わなくてはなりませんから」



「【西の烈風(ゼピュロス)】【焼ける雷(セント・エルモ)】【金剛礫(アダマス)】」


 ウィズウッドによって三者三様の魔術が放たれ、前方の黄金の甲冑像達に浴びせる。

 しかしそれらを受けた彼等は鎧に小さな引っかき傷ができたり、煙が薫ったり、僅かなへこみが生まれるなどの些細な効果しか生まれない。

 以前城山トールにけしかけられたマネキン型のゴーレムとは比べものにならない耐久性を誇っている。


 怯む素振りもなく、反撃が迫った。すかさず障壁を張り阻むも、剣の切っ先はビニールのようにやわらかく陣を突き伸ばす。

 やがて限界まで伸びきった【魔障壁(アスピス)】を引き裂かれたことで、ウィズウッドは後退をせざるを得なかった。


 攻防を続ける内に寝室から石タイルの敷き詰められた広いホールへと場所は移り、追われる身となっていた。

 応戦するリゼの魔術も等しく弾かれ、戦局は劣勢と言ってさしつかえない。


「やはりこれでは付け焼き刃だな」

「ど、どうするのこれ! ウィドでこれじゃ、あたしの魔術なんか……!」

「私も杖『ミストル』を取り上げられてしまって……虜囚の身となっていた上に力及ばず、面目次第もございません……」



 やがて行き止まり、じりじりと三人は壁に追いやられて続々と殺到する兵隊に包囲される。


「ヌフフファ。どうだぁ、我が純金の兵達は」

 優位に立っていることで余裕ができたのか、金子オィンクは下卑な笑みを浮かべて陣形の外から呼びかける。



「お前も魔術の腕に覚えがあるようだが所詮これが魔導士の限界よ。このまま惨たらしく死ぬか這い蹲って命乞いをするのを選ぶのはお前の方だったなぁ。まぁ赦しを乞いた場合はひと思いに殺してやるだけだがなにゃはははは!」

「……」

「しかしニルヴァーナとそこの魔族の小娘。お前達を此処で殺すのはしのびないのう。こちらに参れば命だけは助けてやろう。レッサーではあるがなかなかに可愛いのう。愛でてやる愛でてやるぞぉ」

 鼻の下を伸ばしてふがふがと興奮した吐息にリゼは顔をひきつらせる。


「ひぇ、生理的に無理」

「であればリゼよ、障壁を展開し身を護ることに努めよ」

「でも、あたし程度じゃ焼け石に水だよ……?」

「構わぬ。こやつらの攻撃からではない。余の指示に従え」



 言われるがままリゼは自分達の前に大きな【魔障壁(アスピス)】を展開するなり、ウィズウッドが続けて十数体にも及ぶオィンクの尖兵にめがけて杖を向けた。


「【燼燃(ファレグ)】」

 唱えられ、放射されたのは赤紫の火柱。巨大なガスバーナーのような勢いを持ち、周囲を照らす。ホールの温度がサウナのように急上昇する。その熱から身を護る為、リゼに障壁の魔術を促したのである。


 オィンクも同じく障壁を張りながら指示を出した。オィンクを守る為に兵達は密集し、一心に濃密な火炎放射を受ける。火達磨になるも全く堪えた気配はなかった。


「ぬぅ、なんという高熱……! しかしこれしきの火炎がなんになるというのだ!? 無駄に魔力を垂れ流して、魔術では我が輩の兵は倒れないぞバカめ!」

「魔の力だけではな」

「だけ、だと?」

「伊達に余も現代の知恵を得てはおらぬ。知識とはただ識るだけでなく、己の糧にしてこそ意味がある。その点科学という概念もかつての常識とはあまりに異質で実に興味深い分野であった」

「なんの話だぁ!?」

「なに、単純な原理の説明よ。魔術とて全ての自然の摂理がデタラメというわけではない。その金兵達も、金の特性を受け継いでおるのであろう?」



 それを今この場で実践して見せよう、炎の噴射を続けながらウィズウッドは蕩々と語る。しかし豚エルフはくだらないとばかりに吐き捨てる。



「それがどうしたァ! 現にこやつらは貴様の魔術を弾いておるのだぞ!」

「魔力の源や力は弾こうと、熱はどうなのだ? 遮断できておるのなら、おぬしにまで熱気は伝わらぬ筈だぞ」

「だからそれが──」

「喩えれば、金の融点は約千度。鉄の千五百度よりも低く、そして熱伝導率は銀、銅の次に高く熱を通しやすい。そして木炭が燃ゆる程度の熱でも容易く千度に達する……すなわちそれ以上の業火に晒されておれば、さしもの巨大な金塊であろうとひとたまりもなかろう」


 発熱で煌々と輝く兵達の動きが鈍り、そしてドロドロと泥のように溶け始めて原型を失っていく。粘り気のある溶岩のように床へ広がり沈黙した。


「な、なにィ……!?」

「その魔術、【生ける黄金(アニマ・アウレア)】といったな? 魔力抵抗のある金塊を操る高度な技術に比例して、ある程度の造形を保っておらねば操作が不能になるとみた」


 これで再び王手だ、とウィズウッドは告げる。

 そうして無力化された残骸の前で立ち尽くす金子オィンクは、肩を震わせ鉄棒をねじ曲げるような呻きをあげる。


「……くも、よくも……我が輩のコレクションを……」

「成金趣味もよいところであったろうに」


 スナップを利かせるように、オィンクは金の杖を素早く振るう。しかしウィズウッドには不意打ちも反射的に対応し魔術障壁を展開する。



 ──が、『レーヴァ』の杖を握っていた彼の手が突然血しぶきをあげた。見えない衝撃を受けたように勝手に跳ね上がる。杖が宙を舞った。


 遅れて、ピンと張っていた弦を同時にいくつも引きちぎったようなけたたましい怪音が響きわたった。周囲に亀裂が走る。


「ぬっ」

「陛下!?」

「なっなにが起きたの!?」


 攻撃の影響と思しき耳鳴りに顔をしかめ、リゼ達は戸惑いを隠せずにいた。

 ウィズウッドの【魔障壁(アスピス)】は健在。なにかを阻んだ手応えもあった。

 いたるところが裂け、流血する片腕を見やる。彼に手傷を負わせた正体不明の攻撃の手がかりを探していた。



「……これは、あまり使いたくはなかったのう。だがもうよい、巻き添えも被害も構わん。貴様をすり潰すことを最優先とするぞ」

 諦めと自棄、幾分かの怒りをない交ぜにした心中の吐露を術者であるオィンクは漏らした。


 景色がブレている。両者の間で可視化できるほどの空気の振動が絶え間なく発生していた。言うまでもなく相手の仕業だ。


「我が輩の奥義、音壊の魔術は防御も回避も無駄ぞ!」

「すなわち今しがたのは高周波の塊か」

「如何にもぉ! 最後の通告だ! そのレッサーから離れよニルヴァーナ! ピースルーラーの血を引く生き残りよ! 我が輩のもとに戻れば命だけは助けてやろう!」


 オィンクの言葉に「私の失った過去を存じているのですか……?」とニーナは反応を示す。

 彼女はこれまで数少ないエルフの何人かと接触し、自らの身の上を尋ねた時期もあったが。誰もニルヴァーナの出生を知る者はいなかった。

 既に諦めていた過去の手かがりを彼は持っている。その事実は清水ニーナを揺るがした。


「さぁ! こちらへ参れ! 寵愛を授けようぞ!」

「……お断り申し上げます」

「なっ、気が触れたか!?」


 しかし、それは言葉通り過去の話だ。

「陛下をないがしろにそちらへ参る意味はありません。ここで終わるというのなら殉じます」

「救いようのない愚か者めが! であれば此処で塵となれ!」


 容赦をなくした金子オィンクによって、互いの中心で振動が増幅されていく。灰色の魔術円章──シジルが彼の眼前で展開された。恐らく逃げ場なく部屋を埋め尽くし、ウィズウッド達を一掃させる腹積もりだろう。


「さきほどとは桁外れの威力になるのだぞ! これこそ魔の極地! かつて魔王らも地上を越権したとされる力の証左──魔王等級魔術(サタン・マギア)のひとつを見せてやろう!」

「……なに?」


 ピクリとウィズウッドは眉を動かした。聞き捨てならなかった。


「受けよ破滅の音響! 魔王等級魔術っ! 【超振響壊(ジャガーノート)】ォッ!」

 拡散された高周波はあらゆるものをなぎ倒し、吹き飛ばす。


 その空間が歪に見えるほどの衝撃が、三人へと降りかかった。

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