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金子オィンク


 鬱蒼とした木々の中にそびえ立つ屋敷は、もはや宮殿や古城とも喩えるべき広大な面積を誇っていた。


「ヌフェフェフェ、ヌハハハハ。ついに我が輩の手のもとにきたのう、ニルヴァーナ・ピースルーラー」


 純金の甲冑像が無数に並び立つ通路の奥で、脂ぎった笑いが響きわたる。

 その声の主はでっぷりとした二重顎を持つ中年男性だった。恰幅のいい身体にバスローブを羽織り、特徴的な笹捕耳が長いブロンドの髪から主張している。



 後続には黒髪のツインテールメイドが控え、今し方品物(・・)が到着したところなのである。


 そこは天蓋つきのベッドにブドウの房のように細かなシャンデリア、けばけばしい色の照明に照らされた悪趣味な一室だった。

 そこには湖面を映した髪を持つエルフの女教師、清水ニーナの姿があった。腕を後ろで縛られ、横たわっている。

 拉致監禁という如何にも犯罪的な絵面を目の当たりにしながらも、メイドは眉一つ動かさずに疑問を口にした。


「オィンク様、こちらの方は一体」

「我が輩のことは閣下と呼べメイド……そういえば見ない顔だな。新人か? まだ若いようだがのう」

「派遣の募集から参りました。辻 セツナと申します。歳は十七、ウラノス女学院二年です」



 セツナと名乗る少女の頭からつま先までジロジロと品定めするようにオィンクは眺める。指定されたメイド制服の下からでもわかる見事なS字体型だった。


 募集要項には顔写真及びスリーサイズの申請が求められ、他にも面接により諸々の審査を受けて選び抜かれた高水準の女性のみがこの屋敷への従事を許される。時給は都内平均の数倍という破格の相場だ。

 今回の日雇いはお澄まし系女子高生メイドのようである。



「ふむふむ、お前もなかなか上物だのう。今宵は既にメインディッシュが届いておるのだが、どうだ? 手当をはずんでやるからまた今度……」

「未成年ですので謹んで辞退させていただきます」

「つまらんのう。まぁよい……この者は我が輩と同じエルフの小娘でのう、金の恋文を幾度となく送ってやってもなびかぬ強情者でな……ともかく長年の宿願がようやく叶ったわい。これで我が輩は名実ともに……グフフ」

「閣下?」


 金子オィンクが途中からひとりごちっていると、


「──うぅ、こ、こは……?」

「おほっ、目が覚めたようだぞ」



 意識を取り戻し、辺りをキョロキョロと見渡すニーナにオィンクは声を弾ませてにじり寄る。


「金子、オィンク様!? ど、どうし──えぇ!?」

「よくぞ我が輩の愛の巣に参ったの~」

「ひっ」

「苦しゅうない苦しゅうないぞぉ。ほぅれ、楽しい夜にしようではないか~」


 訳もわからぬまま迫ってくる彼を前に、ニーナ為す術もなくひきつるような悲鳴を漏らした。

 いたいけな彼女の顔に向けてオィンクの魔手が伸びる。


「デュフフフ眼鏡邪魔」

「ああぁぁ返してェ!」

(あ、今この方全国の眼鏡好きを敵に回した……)


 ひょいと眼鏡を取り上げられ、ぽいと放り捨てられ、ニーナは嗚咽を漏らして顔を悲壮に染める。

 不安と混乱に陥り涙目になった彼女を意に介さず、泣き顔を満悦気に鑑賞した。


「まだエルフの中でも若手だけあって可愛いのう可愛いのう。これからはずぅっとこの豪邸で我が輩と過ごそうぞ」

「ふぇぇぇそんなの嫌ぁーおうち帰してー……柿ピー、ビールぅ……柿ビールぅ」

「柿ピーとはなんぞや?」

「恐れながら閣下、それは私達庶民が口にする菓子のことと存じます」

「それは由々しきことだの。かのピースルーラーの一人娘が世俗にまみれておるとは。そのような下民の飼料よりも豪勢な酒池肉林の毎日をだのう」

「そのピースルーラーというのは?」

「お前に関係ない」


 質問が機嫌を損ねたようで態度をがらりと変える。

「今日はもうよい、下がれ下がれ」

「かしこまりました。失礼いたします」



 メイドのセツナはお辞儀と共にその場から静かに立ち去った。気を取り直して拘束されたまますすり泣くニーナに満面の笑みを向ける。


「では早速お楽しみと行こうではないかブヘヘヘ」

「ふぐぅぅ、なにするつもりですかぁ……」

「お前に見繕ってやろうと思っての。さてさて~どれが似合うかの~どれにしようかの~」

 横合いにあるクローゼットを開け、なにやら衣類を漁り始めた。

 


「そ、それ、なん、ですか……!?」

「グフフ縁がないものよなぁこれらとは」


 オィンクが取り出したのは、幼稚園児が着るにしては大きいスモッグとスクール水着といった二着の衣装である。言うまでもなくコスプレ衣装だ。

 さしものニーナも涙が引っ込み、たちまち青ざめていく。誰が着るのかと考えればすぐに結論は出た。


「どっちがいいか選ばせてやろう。さぁさこれを着て童心に返るがよいぞ~、我が輩は通なのだ~」

「い、いやぁああああ……私、そういうの似合う歳じゃないぃぃ……!」



 悲痛な心の叫びは屋敷の外にまで漏れることはない。今宵、一人のエルフの美女が毒牙にかかろうとしていた。

 しかし、その段階に踏み込まれる直前、屋敷の内部で黒き歪みが開いた。


「──それ以上の横暴は余が許さぬぞ」

「先生っ無事!?」



 中から二人の魔族が現れ、金子オィンク邸に突入した。


「陛下ぁ~、リゼちゃーん……奪われちゃいました~……!」

「う、うう奪われた?! 奪われたってなにをォ!?」

「な、何奴だ貴様等ァ!」

「おぬしこそ余の許しもなく配下を手籠めにしようなぞ随分と……ぬ?」



 突然の侵入者にオィンクはがなり立てる。

 言い返すウィズウッドであったが、ブロンドの髪と豚の如く肥え太った金子オィンクを見るなり売り言葉に買い言葉な口上が止まった。

 相手がエルフと聞いた彼の想像ではニーナと同じく年齢不詳の美青年を想像していたにもかかわらず、実物とのイメージの乖離が激しく戸惑う。


「……よもやオークめがエルフの成りすましをしていようとは、さしもの余も予想だにしておらぬぞ」

「オークだとぉ!? なんたる侮辱! 我が輩の愛の巣を土足で踏み荒らそうなぞ不届き千万! 我が輩以外のオスは立ち入りを許しておらんのだ! しかもこの屋敷で二人っきりの時間を邪魔しおってぇえええ!」

「知らぬわ。それよりもニルヴァーナを解放せよ」

「魔族風情がこのオィンクーゼ・マグナメイガスに指図なぞ千年早いわ!」



 カンカンに怒ったオィンクは袖から純金の杖を取り出す。ウィズウッドも既に持っていた『レーヴァ』の杖を前に対抗の意志を見せた。

「ではどうするというのだ」

「無論実力を以て排除するだけのこと! 貴様等の愚行、命で購うがよいぞ……【混銀弾(アマルガン)】!」


 豚エルフが金の杖を振り上げるなり、鋭利な銀色の破片が無数に宙に現れる。魔法とは全く気色が異なる様相からして魔術であるのは明白だった。

 散弾のように一斉に発射されたそれらは魔王が張り巡らす【魔障壁アスピス】によって阻まれる。

 オィンクは穴だらけになる予定だった相手が軽々と防いだことに驚く。



「貴様それはまさか魔術か……!? ええい小癪なっ!」


 その防御の牙城を突き破ろうと再度撃ち出された銀の弾丸だが、びくともしない。障壁越しにウィズウッドは鼻を鳴らす。


「ぬるい攻撃だ。伊達に年月を貪ったエルフにしては粗末すぎる──【北の暴風(ボレアス)】」

 返す刀でウィズウッドは風の魔術をたたきつける。風圧によりオィンクのでっぷりとした図体が転がった。ニーナが巻き添えにならないように加減して彼から引き離す。


「ふぎっ」

「先生! 大丈夫!?」

「ふぇぇぇ怖かったよぉ……」


 年甲斐もなくべそを掻いているエルフの女教師をリゼが介抱する。彼女を確保したことで存分に暴れることができるようになった。


「さて金子オィンクとやら、貴様の処遇を決めるとしよう。惨たらしく死するか、這いつくばって赦しを乞うか選ぶがよい」

「……我が輩のことは、閣下と呼べ! なにを勝ち誇っているのだレッサーどもが!」

 憎々しげに身体を起こし、オィンクは唾を飛ばす。



「このオィンクーゼ・マグナメイガスはかつて魔王と呼ばれたエルフの王族の末裔ぞ! 貴様ごときの若造に魔術の腕で侮られたくはない!」

 高い天井にめがけて突き上げるように杖をかざすと、周囲に不穏な物音が発生する。


 今しがた二人しかいなかったと口にした屋敷内で、なにかがこちらにやってくる気配がした。

 飾られていた金の甲冑像が通路の奥からわらわらとやってくる。中には誰も入っていない。


「【生ける黄金(アニマ・アウレア)】! 地の利は我が輩にあるのだ!」


 黄金を生き物のように操る魔術。ウィズウッドはその原理を即座に看破し、そして気付く。


「これは少々厄介なことになったな」

「どういうこと、ウィド」

「純なる金は魔を払う力を持つ。故に魔術や魔法の耐性が非常に高い。すなわちこれらは魔導士の──」

「殺れェ!」


 オィンクの号令のもと、矛や剣を携えた黄金兵達が一挙として襲いかかった。


「天敵だ」

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