マリアの釈明
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在りし日の勇者の姿と今この場にいる少女を、ウィズウッドは重ねた。
似ている。髪の色も瞳も彼の生き写しのようで、生まれ変わったのではないかと思えてならない。
「さぁさぁそんなところで立ち止まらずにどうぞお座りください。別になにも罠をご用意してはおりませんからご安心を。お茶をご用意しましょう」
だが、その浮かべた笑顔の質は明らかに異なっていた。サイファーは人々に微塵の不安や敵愾心を抱かせないようにする為、常に柔らかい表情に努めていたようなのだが、この少女は違う。
愛想よく表面だけを繕い、心の奥底では相手を値踏みして至らぬ部分をあざ笑おうとする意図が魔王には透けて見えた。
ウィズウッドとリゼはテーブルの前にまで近付きはするも警戒して座らない。
しゃなりと長い髪を払い安倍マリアは仕切り直す。
「席につかれた方が対等な目線になって話しやすいとは思いますが、まぁいいでしょう。では改めて自己紹介といきましょう。そちらも一応名乗られてもいいですよ?」
「前置きはよい。本題に入れ」
「おやおや、襲撃者の正体くらい把握しておくのが得策だと思いますが」
「おぬしが何者であろうと構わぬ」
「心外ですねぇ。私ごときでは魔王ウィズウッド・リベリオンのお眼鏡にかなわないということですか」
と、彼女は言ってのけた。ウィズウッドは訝しく眉をひそめ、リゼはこわばって冷や汗を流す。
名乗ったわけでもなく秘匿にしていた筈なのに、彼の正体を既に握っていた。
「どうして、マリアちゃんがそれを……」
「あらゆる貴方の残した情報を集積して推理し、清水ニーナの異常な固執を省みて導き出した勘の賜物といったところですかね。どうやら間違いではなかったようで、根拠の補強ありがとうございます田中リゼさん」
カマをかけられた。今更になって魔族の少女は口を両手で塞ぐ。
「しかし、魔王とかいう骨董品とも呼ぶべき存在とこうして相見えるなんて夢にも思いませんでしたよ。私とシュナイデルに、かの勇者の面影はありましたか?」
「……あやつの子孫であろう者達は何故こうもロクでもない輩ばかりなのだ」
「その点は同意します。なんせ私達は出世欲にまみれたクソ野郎とそのおこぼれに与ろうとした売女どもから産まれ落とされていますからね。当然歪みますよ」
「マリアちゃん口が汚いって!?」
自虐的に、侮蔑的に、あどけない顔からは考えもしない言葉が少女の口からつらつらと出てくる。
「さて、お望み通り本題といきましょう。まずは先ほどの攻撃についてですが」
その場で両手をヒラヒラとあげ、マリアは言った。
「申し訳ありませんでした。降参いたします」
「なに?」
「ですから聞いての通り謝罪と白旗宣言ですよ。奇襲で私自慢の最大攻撃ですら易々と防いでのけた貴方に楯突くのはどう考えても得策ではない」
「自ら仕掛けておいて今更なにをぬかすか」
「観戦させていただいたあの試合は消化不良だったもので、試したかったから以外に釈明の余地はありません」
あの行為が好奇心であることを彼女は強調する。ウィズウッド達が動かねばリゼの家は跡形もなく吹き飛んでいただろう。
さすがのリゼも絶句し、顔をひきつらせる。
「ですからそのお詫びをする為にわざわざこちらにお越しいただいた次第で」
「詫びをするならばおぬしの方から赴くのが筋であろう」
「ごもっとも。しかし如何に人払いの魔術が扱えるとして、誰に聞かれ見られているか分かったものではありませんし、立場上表立った接触は難しいのですよ」
「フン。まさか陳謝で済まそうとは考えておるまいな」
「勿論ですよ。そこで情報提供を申し出たのです。清水ニーナが拉致され、監禁されたというそちらにとっても聞き捨てならないお話を。まぁ拉致を指示したのはなにを隠そうこの私ですが──」
その途端、魔王はテーブルの向こうにいたマリアめがけて『レーヴァ』の杖を突きつけた。身動きひとつとれないような、目にも止まらぬ早業である。
目と鼻の先にまで迫っていたそれに対し彼女は眉一つ動かさない。
しかし同時にウィズウッドの周囲にいつの間にやら金属質の浮遊物が無数に展開されていた。
細かな羽の意匠が為された金細工の翼だった。まるで矛を突きつけるがごとく魔王を包囲している。
「ウィド!?」リゼの上ずった声が室内で広がる。
「まだ話の途中ですが強硬手段にとられるおつもりですか? こちらも相応の反応をせざるを得ませんね」
「降伏するのではなかったのか」
「無抵抗でいるとは口にしたつもりはないですよ」
「それで変わった玩具を飛ばすものだ」
「これは天輪メサイアフェザー。昼間に貴方と試合したあの男が持つ王剣コールブランドと同じく、勇者装備のひとつですよ。ちなみに本体はこちら」
言うなりマリアは片手にはめられた金色の指輪を見せつけた。輪の全体がねじれ荘厳な意匠が施されている。
浮いているそれらが光の筋に変化し、指輪に引き寄せられていく。小さくなって石座に収められ、デザインの一部となった。
「今の動きは【踊れ】という指示でして、本来なら貴方が杖から魔術を放つ前にこの翼が五体を引き裂いていたところでしょう」
「甘い。あれしきの攻撃、杖なしでも【魔障壁】が間に合っておったわ」
「無駄ですよ。即席の障壁であれば容易く貫けます」
「容易くとは言ってくれる。勝ち目がないと今しがた口にした分際で。試してみるか」
「おやおや悔しかったんですかぁ? ま、ご要望とあらばお応えしましょう。一矢報いてみせますけど」
「なんか意地の張り合いが始まった!」
睨み合って火花を散らす二人に蚊帳の外になりつつあったリゼが締めくくる。
「ともあれ、その件についても釈明いたします。魔術を使うつもりがないのなら降ろしていただけますか、それ」
鼻を鳴らし、魔王は『レーヴァ』の杖を引っ込める。
「ニルヴァーナは今何処にいる」
「エルフの有力者、金子オィンク……またの名をオィンクーゼ・マグナメイガスの屋敷です。そろそろ着いた頃でしょうかね」
「エルフだと?」
「はい。今や世界に二十人としか存命していない彼女と同じく絶滅危惧人種であり、自称エルフ王国の生き残りとやらのブタ野郎です。金や権力を笠に以前からあの娘を執拗につけ狙っていましてね、何度も何度もお断りを入れているのに『貸せ』と言うのですよ。ついには痺れを切らして、清水ニーナを差し出さねば組織を潰すと脅し──失礼、『こうどにせいじてき』な事情まで持ち込んで折れたのが事の発端です。いやはや飼い主の私であっても今回ばかりはどうしようもなくてほとほと困り果てていましてねぇ」
「圧力を掛けられてやむなく手放した、とでも言うつもりか」
「ご理解が早くて助かります」
ついてきていないリゼをよそに話は続く。
「そやつの真意はなんだ」
「さてさて。求愛を求める彼女になにをしでかすやら……ちなみに金子オィンクは大層好色だそうですよ?」
「そうと分かっていてニルヴァーナを送り出すとは。そこまで保身に走るか」
「私は強い者の味方です。故に権力者への忖度は当たり前というもの」
「随分と小物だな」
「年齢の割に発育が悪いもので。それよりどうします? このまま指をくわえるか、腰を据えてお茶でも飲みますか?」
ウィズウッドの答えはとちらでもない。
「ただちにその座標を教えよ。余の忠実なる部下を歯牙にかけようなどという不届き者には容赦はせぬ。それからおぬしだ」
「その返事をお待ちしていました」
ニタリと安倍マリアの口が三日月に裂ける。
「地位や立場に振り回されず、この状況を掻き乱せる人材を探していたんです。そうと決まればすぐにそちらへお送りしましょう。どんどん暴れて貰って構いません、証拠隠滅に警察への根回し、諸々のアフターケアはお任せあれ。是非後押しさせていただきますよ魔王様」
次元の穴を開き、彼女は誘導する。此処を通ればひとっ飛びでニーナのもとへ辿り着くだろう。
「貴様、最初からそちらへ誘導する為にリゼの家ごと攻撃をしたな?」
「滅相もない。ともあれいずれ貴方が魔王として我々の一族や国家に認識された時、この一連の出来事はとても得難い牽制となるでしょう」
実例こそなによりの説得力を生みますから、と。
マリアの自分こそが手のひらの上で踊らせているとでも言うような論調に、ウィズウッドは気にくわなそうな態度のまま歩み出した。
「余を挑発した上で利用しようとするそのしたたかさ。やはりサイファーの血だな。だが、これしきのことで貸し借りなしとは言わせまいぞ」
「相応の埋め合わせは考えておきましょう。無事に戻れたらの話ですけどねぇ」
焚きつけておきながらマリアは微笑む。
「そういえば田中リゼ、貴女はどうしますか? 正直お目当ては魔王であってそれ以外はおまけですから一緒に行かれようが此処に残られようがどちらでもいいんですよ。ただし、カチ込みに参加するなら多少の危険は覚悟した方がよろしいかと。なんせ金子オィンクは腐っても長年生きているエルフというだけあって、魔術の腕に覚えのあるそれなりの手練れです」
「……あたしも、行く」
忠告に固唾を呑みながらも魔族の少女は魔王の後をついて行った。
「清水先生は、お姉ちゃんみたいな人だから。話はよくわかんなかったけど、助けないといけないことだけは確かならあたしも加勢しないと。その為に此処にきたんだから」
そうして黒い歪みの中に二人が入るなり、すぐさまそれは閉じられてマリアだけが取り残される。
ため息をつき、少女はぼやく。
「自分だけが姉のように慕っているつもりなら、大した思い上がりですね。まぁ、せいぜいご武運を祈っておきましょう」




