急襲
リゼの自宅に戻ったウィズウッド達は居間で過ごしている。
当初は反省会を行う流れであったのだが、各々の改善点をああでもこうでもないと語り合っていく内に「対人戦の経験が足りないから」という結論に至った。
ボルタは帰って行き、リゼとドゥーゴもくつろいでいた。魔王はまだ機嫌が直っていないようで、むっつりと腕を組んで黙りこくっている。
「先生、なんか遅いね」
もうすっかり日も落ちて夜になっているのだが、一向にニーナが帰宅する気配がない。
試合であれば既に片付いている筈だ。なにか別の用事でもあるのだろうか。
「買い物に寄っているんじゃねェか?」
「そういえば今日、冷凍食品が半額だって言ってたかな」
「じゃ、晩飯買ってきてんのか。なんだろうなァ」
「もしかしたら今夜のオカズはシチューにカツかもね。ほら、今日は試合で成果を振るわなかったから次回は死中に活の勢いで頑張ろうってことで!」
そんな冗談をリゼが口にすると、突然ドゥーゴは神妙な面もちを見せてそっぽを向く。ウィズウッドも突然立ち上がる。
滑った。そう解釈した魔族の少女がオドオドと視線を動かす。
「え? ダメだった……? あの、せめてなんか言って!?」
返答はなく、龍と魔王は周囲を気にする素振りを見せた。それも室内というより、外を気にしている様子。
「ドゥーゴよ、人払いの魔術に心得は」
「それぐれェお茶請け万歳だぜ」
「では後にいくらでも用意させよう。そちらは任せた」
正確にはお茶の子歳々と言いたかったのだろうがウィズウッドは快諾した。二人だけが異変を察知しており、置いてけぼりなリゼは困惑を深める。
ウィズウッドはすかさず杖を抜き、ドゥーゴは指をはじいた。人払いの魔術で静寂が広がる。
「くるぞ」
やがて、外からアナウンスのように響き渡るは誰かの声。
──【勇王の威光閃】
「【多重・魔障壁】」
ウィズウッドが唱えたのと同時に、窓からは落雷が起きたような光に溢れ、とめどなく轟音がなだれ落ちた。震災に見舞われたように室内をなにかが揺るがす。
「わぁぁああああ! なになに地震と長いカミナリぃ!?」
その正体はリゼの家を真上から巨大な【光閃】の柱を照射した攻撃であり、魔王が屋根の上に幾重もの防壁を張り巡らせて防いでいる。
拮抗は数十秒ほど続いた。眩さと音が収束した後、ドゥーゴが竜翼を展開して飛び出す。
当然家内であることを無視して突っ込んだ為、盛大に壁をぶち破った。
「人様の家をぶっ壊そうとするとはいい度胸じゃねーかァ! どこのどいつだオラァ!」
「ちょっとぉおおおおおお! アンタが家壊してどうすんのぉ!?」
リゼの絶叫は夜空目掛けて飛翔していた竜女には届かない。そこから外に出たウィズウッドは空を見上げる。
闇夜に紛れているが、リゼ宅の真上で深淵のように深い大穴がポッカリ
と空いていた。視認してまもなく、収束して姿を消した。
ドゥーゴも戻ってくる気配はない。恐らくその穴に飛び込んでいったようだ。
「今のは一体なに!? なにが起きたの! 襲われたってこと!?」
「囀るな、近所迷惑だぞ」
「今この状況で一番不適切な正論だよ!」
「慌てずともこの壁はいつでも直せる。それよりも……」
正体を探らねば、と言い掛けたところで、
──リンリンリン、と居間に備え付けた通信用の魔鏡が着信を告げた。
躊躇もする暇もないまま繋がり、連絡相手側の映像が勝手に投影される。
その全体像は影に隠れて窺えない。
『こんばんわ。先ほどの催しは気に入っていただけましたか?』
襲撃犯は透き通った少女の声で挨拶をしてくる。ウィズウッドは戸惑う素振りを見せず堂々と対話に応じた。
「ドゥーゴめがそちらに向かったようだが」
『あの不思議なご友人でしたら突入の際【魔空穴】の転移先をすげ替えて丁重に適当にお送りしましたので、今頃どこかの上空を元気に彷徨っていることでしょう』
「であろうな。さもなくば呑気に連絡なぞとってはおれまい」
それよりも、と魔王は本題を持ち出す。
「この狼藉、どう落とし前をつける気だ」
『まるでゆすり屋の物言いですね。大分俗世に染まってらっしゃる』
という彼女の物言いも含みがあった。ウィズウッドも眉をかすかに動かした。
『積もる話はお互いにありますから、一度ご対面した方が手っ取り早いですね──さぁどうぞ』
言うなり、二人の前に空間の歪みが産まれた。どうやら張本人のいる場所と出入り口を繋がれた。
そんな芸当を軽々とやってのける辺り、彼女は並々ならぬ魔導師であると踏む。
生唾を呑むリゼとその黒き穴を睨むウィズウッド。
『おや? もしや怖じ気付いたとでも?』
「罠と分かって無意味に入る阿呆がおるか? 悠々と突破してやってもよいが、こちらに益がなかろう」
『ごもっともですねぇ。しかし、積もる話はお互いにあると言った筈でしょう? いいんですか? そちらにとっても聞き捨てならない内容だと自負しているんですよね』
勿体ぶった言い回しで彼女は嘲る。鼻を鳴らしてウィズウッドは一蹴する。
「手札も見えずしてなにを信ずる。虚仮威しであれば聞くに値せぬ」
『まだ帰られていませんよね? 彼女』
ハッタリではないとでも言うように相手はヒントを提示した。
『魔力を探知できないことに気付かないのですか? 予想よりも鈍感なんですね。この街からかなり離れたので当たり前ではありますよ』
ウィズウッドの脳裏に湖面を映したような髪のエルフの顔がちらついた。
彼らしからぬほどに険しく敵意を露わにした顔で、姿を見せない少女を糾弾する。
「……おぬし、余のニルヴァーナをどうした」
『私の清水ニーナです。そこはお間違いなく。彼女をどうしようと飼い主である私の勝手でしょう』
ピシャリと切り返される。相当な自信があるのか自らにこそ所有権があると主張した。
『さぁどうしますか? 誘いに乗るか泣き寝入りか、お好きにどうぞ』
言い捨てて通信は一方的に切断される。恐らく逆探知は難しいだろう。
静まりかえった庭先で二人は取り残された。
「ウィド……どうするの?」
「行くしかあるまい。だがリゼ、おぬしは此処に残っておれ。なにが待ち受けているのか分からぬ」
「それならあたしだって行くよ! 一人で留守番とかありえないから!」
「たわけ、敵地に赴くリスクの方が圧倒的に高かろう」
「だって、聞いてる限りだと先生が、先生が誘拐されたんだよ……!?」
いてもたってもいられない。魔族の少女は魔王に訴えかける。
「今日の試合見てたなら、あたしだって少しは戦えるって分かったでしょ?」
「うぬぼれるな未熟者。如何に生ぬるい現代とて関口シュナイデルのような猛者は実在を確認して冷めやらぬのだ。より実力を身につけてからそのような世迷い言をぬかせ」
「随分お優しいね? 魔王サマ」
挑戦的にリゼは笑う。
「単身乗り込んで解決できる自信があるのかもしれないけれど、あたしだってこんな風に家を襲われて大人しくしていろと言われて、ハイそうですかと素直に引き下がるもんですか。少しくらい援護はできるよ」
「これは余に向けられた矛だ。おぬしがむやみに負うリスクではない」
「アンタの問題じゃない。あたしらの問題。だから蚊帳の外なんて御免被るから」
「しかし──」
「あ~もう埒があかない! この穴塞がっちゃうよ!?」
問答を強引に打ち切ってリゼは制止する間もなく【魔空穴】の内部に飛び出した。
ウィズウッドは苦虫を噛み潰したような顔で「ええい世話の焼ける」とぼやきながら彼女に続く。
深淵の先。二人が降り立ったのは、また別の暗闇だった。
左右は壁に挟まれ、密室な空間が続いている。
「建物の中?」
「招いておいて灯も用意せぬとは不躾な。【明るき夜を】」
ウィズウッドが唱えるなり手元から光の玉が現れて頭上に浮遊。そして弾けたかと思うと一帯に光が散らばり、みるみる内に闇を払拭していった。
「これ、照明代わりの魔術?」
「如何にも」
「……ちょっと待って。こんな便利なやつがあるならこの前のダンジョンでなんで使わなかったの? 松明だのヘルメットのライトだのでウロウロしてたのがバカみたいじゃん」
「それではあの地下迷宮の風情が台無しではないか」
「雰囲気の問題!」
そんなコントはさておき視界を確保したウィズウッド達は閉塞的な通路を進んだ。入り組んではいるのだが、壁には誘導の矢印がありそれに従う。右に曲がったり左に曲がったりと方向感覚を狂わせている。
かつてのイアールンヴィズ大迷宮とは毛色が違う迷路のようだった。
「着いたようだな」
通り道の途中、ノブ付きの簡素なドアが設置されており、ご丁寧にも『ゴール!』という看板が立て掛けられていた。魔王は小馬鹿にしているのだと確信する。
罠という懸念をあえて振り切り、躊躇いなく開けると殺風景だった通路とは対照的に小綺麗な部屋が待ちかまえていた。
チンツ張りのソファやアンティークの長テーブル、天井にはいくつもの吊された電球。
そんなオフィスの応接室を彷彿させる空間で一人の少女がソファに座っている。
かつてリゼに安倍マリアと名乗った彼女が、此処まで呼びつけた。
「お待ちしていましたよ。正解の分かる迷路は楽しかったですか? 森野ウィド」
「あ、マ、マリアちゃん……!?」リゼは戸惑いに声をあげた。
「またお会いしましたね、田中リゼさん」
ニコリと愛想笑いで対応していたのだが、
「ほらウィド! やっぱりいた! この子だよ! 会場にいたっていう幽霊の女の子!」
「人を勝手に故人にするな」
思わず突っ込みを入れるマリアに「……すみませんでした」とリゼもついつい謝った。




