VS櫻井エドウィン
ひとつひとつが金網のフェンスに仕切られたステージは正方形のクレイコート。白線の仕切られたその範囲は存分に動けるように四方三十メートルと広大な面積になっている。
その中に踏み入れたボルタは同じく灰色のコボルトの選手を前に生唾を呑む。やはり初出場の身として緊張が顔に出ている。
教師という立場柄同伴すると怪しまれるので別行動をしていたニーナと観客席で偶然を装って合流したウィズウッド達は着席し、彼の健闘を見守ろうとしていた。
「櫻井エドウィンなる者は果たして如何ようなる力を持っておるのか」
「私も魔戦興行の業界についてはあまり詳しくないので一人一人がどれほどの選手か存じません」
「うぅむ」
「ただ……」
配布されたトーナメント表に目を落とし言葉を濁す配下のエルフに魔王は「申してみよ」と続きを促した。
「この選手の出身校であるアトモスフィア大学は、記憶によれば世界大会にて前年優勝を納めた強豪校です」
「先生それって……」
「そう。関口シュナイデルと同じチームメンバーの可能性が見受けられます」
†
「まさか対戦相手が同じ種類の獣人とは想定していなかったっスね……」
公式戦においてDランク方式──デュエルではいくつか場外や戦闘不能という判定として、加護結界を超過するダメージを一定数あるいは測定以上に受けると続行可能に関わりなく終了のブザーが鳴ることになっている。
その基準には両者の壁際に被弾ランプが三つ灯るか否かで決まる。直撃を無視した無謀な特攻を仕掛けてもあっという間にブザーが鳴ってしまうので注意が必要だ。
校内でも俊敏さが自慢とするボルタにとっては有利な条件と言えよう。ただしそれは対戦相手も同じようである。
櫻井エドウィンという選手は痩せぎすでありながら手足の筋肉が発達しており、極めつけに武器は持たず脛当てのような装備だけという外見からは肉弾戦を想定しているのが見て取れる。
ボルタは心の中に月を浮かべ、闘志を発起する。肉体を隆起させて目線の高さが対等になった。両手の籠手構えて臨戦態勢をとる。
このように自分には培ってきた戦狼武術があるのだ。ジャスミン先輩の前でみっともないところは見せられない。
「気持ち悪い野郎だ。チビがタッパを伸ばしやがった」
彼の険しい人相──犬の顔だが──が怪訝そうに鼻白む。
「テメェ獣人の変化体質を自在に操れるのか。どうやって学んだ」
「我が家の秘伝スよ。迂闊に教えられないっス」
そうボルタが返答した矢先。
「誰に向かって生意気なクチ聞いてんだ? あァ?」
「えっ」
ブザーが鳴った。戦闘開始の合図が始まると同時、灰色の影が消える。
突如として目前に現れたエドウィンから放たれた延髄蹴りにボルタは薙ぎ払われた。
「うぐっ!?」
とっさに顔を庇ったことで頭部への直撃をまぬがれた。すぐさま転がり起きたボルタであったが腕の痺れに戸惑う。こんなに重い一撃を軽々と繰り出してくるとはボルタには思いもよらなかった。
「なに防いでんだ死ね」
「なんスかこの人!」
容赦なく肉薄してくるエドウィンの猛攻は続く。
回し蹴り、足払いと足技を多用する相手にボルタは翻弄された。
「このっ──【ソーディア・クロウ】!」
反撃に出るべく、籠手の先から光刃の魔法を展開し、渾身の一振りを見舞う。
戦狼武術・斬刻。並の相手であれば一撃必殺とも呼べる奥義なのであるが、
だが大振りのそれをエドウィンは紙一重で避けた。毛先を掠めるだけに終わった。
目を見張り、だがめげずに爪の伸びた籠手を遮二無二に振るう。だが煙を掴むようにゆらりゆらりとかわされた。
完全に見切られてる。
「トロいわボケ」
攻撃に意識が傾き過ぎて防御が疎かになったその隙に、懐へ潜った相手の膝がボルタの鳩尾にたたき込まれた。
「……っは!?」
臓器を襲う衝撃にたまらず苦しげな呻きが漏れる。ヨロヨロとたたらを踏み、腹部を抑えながらボルタは混乱に陥った。
加護の結界下でダメージが全く軽減されない。
「なん、で……」
「今更なに驚いてんだゴラ。そんなにおかしいか?」
野卑な言葉を浴びせ、エドウィンは畳みかける。復帰する暇も与えない。
既に間合いに入り、次なる行動に移っていた。
反射的に胴体を庇ったボルタであったが、蹴りがくると見せ掛けてからの殴打でボルタの顔が横にブレる。
一瞬意識が飛び掛けて、顔をブルブルと振るう。その間にエドウィンが既に間合いへ肉薄していた。
下から繰り出された抜き手で喉を突かれ「ぐぇっ」とえづく。両手で首元を抑えている内に靴底がたたき込まれる。
それらの攻撃は全て加護によって軽減されることなく十二分に威力を発揮させていた。
初めて受ける打撃の数々に手も足も出せず、たまらず怯んでいた彼は身体を丸めてブロッキングの姿勢に移行させられる。戦意が立て直せない。
しかも櫻井エドウィンは好機を逃さなかった。
ガードを崩すべくあらゆる角度から殴打と蹴りが加えられる。屈強になった筈のボルタの身体が、攻撃を打ち込まれる度に激しく揺さぶられていた。
「加護っつっても、あくまで裂傷や致命的な衝撃を緩和するだけだ。しばかれりゃあ痛ぇし、打ち所が悪けりゃ吐く」
「うぅ……ぐぅっ!? がっ!」
「だからよぉ、こうやって緩和されないギリギリの加減で打ち込めば悶絶させられるってわけだ」
その光景はもはや試合と呼べるものではなく、リンチとたとえるべき所業となっていた。
†
生々しく肉を打つ音が観客席にまで届く。
「……ひどい」
ざわつく観衆の中でリゼは席から思わず立ち上がった。
「こんなの、スポーツじゃない。やり過ぎてただの暴力になってるよ……!」
「……いいや、アレは気を削がれたボルタめに問題があろう。【金剛礫】に打たれ続けた鍛錬が活きておらぬな」
「ウィド!?」
非難するような彼女の呼び掛けにもウィズウッドは堪えない。
「怯む者に手を出してはならぬ、不意を突いてはならぬ、息をつかさず仕掛けてはならぬという決まりはない。あの輩は規範に則っておるのだ。あれもまた、戦術というもの」
あくまで冷静に客観的に状況を分析して淡々と述べる。
事実これは一対一の真剣勝負。弄ばれているからといって手出しはできないし助け出してはならない。
「つーかよォ、アイツあんなに弱かったか?」
退屈そうに隣で見物していたドゥーゴは疑問を投げ掛ける。
「実力を発揮できてねェっつうか、もっと動き回りゃいいのに棒立ちでよォ、本番で空回りしてんのか」
「それも戦術よ、従来の力を発揮できぬように出掛かりを潰しておるのだ。少々、やり方がいけ好かぬがな」
ボルタがボコボコにされる過程をまざまざと見せつけられながらも、着席したまま微動だにしない魔王であったが組んでいた腕に力が入っていた。
ニーナは宥めるように肩に手を置いて、リゼの視線を自分に誘導させる。
「無理に観なくてもいいのよ?」
「……」
魔族の少女は黙りこくって着席。目を逸らさずに獣人達の試合の行く末を見届けることに。
†
鈴木ボルタは幾多の攻撃を受けて耐え忍んでいる。被弾のランプが一つ灯り、追いつめられつつあった。
顔は幾多ものクリーンヒットで晴れ上がり、浅い出血が重なって赤く染まっていた。
「フゥ……フゥ……」
「どうした、腰が抜けてなにもできねぇか?」
待ったなしで一方的に屠る最中、腹立たしそうにエドウィンは言った。
「浮かれ気分でしゃりしゃり出てくんじゃねぇぞボケ犬」
渾身のアッパーカットを顎から突き上げられ、ボルタは後ろに倒れ込む。
鈴木ボルタの被弾ランプが二つになった。あと一つの猶予があるとはいえ、もう立ち上がれないだろう。
「口ほどにもねぇなカス」
「……ぅ」
「あぁ? サンドバッグがまだやる気か」
フラフラとどうにか立ち上がる彼に半眼の眼光を向ける櫻井エドウィン。あれだけ攻撃の手を加えて息ひとつ切らしていない。
対してボロボロのボルタは虫の息とも呼んでもいいほど消耗しており、もはや意識もおぼろげとなっていた。
そんなザマでもはや反抗すらままならないというのに、立ちはだかるというのだ。
その理由は言うまでもなく、斎藤ジャスミンにいいところを見せようとする彼の意地だとエドウィンも察していた。
舌打ちが響き渡る。
無様な癖に、まだやりあえる気でいるのかと怒りが燃える。
「そうかい。だったら格の違いを教えてやるよクソガキ」
身構えてリズムをとるようにピョンピョンと跳ねたエドウィンの両足が光る。脛当てから魔法を発動した。
「【ウィンド】×【ソーティア】」
風の刃と光の刃が合成され、新たなる魔法が構築されていく。
片脚に顕現したのは烈風を宿した新緑の爪。周囲にも暴風が渦巻く。
駆け出したエドウィンはサッカーボールでも蹴り出すように携えたそれを相手の目と鼻の先で見舞う。ボルタは防御も回避もままならなかった。
「──スカッド・タロンッ!」
解き放たれた風の鍵爪が助走と相乗してボルタに炸裂。抗いようのない力に打ち出され、場外の金網にまで激突した彼は沈黙した。
遅れて被弾超過のブザーが鳴り、ひどく空疎に試合の終了を告げた。
鈴木ボルタ、一回戦敗退。




