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図書館の調べもの


 翌朝、シャツにジーンズ姿のウィズウッドはニーナによって図書館へ案内される。

「ほほう、此処か。中々の壮観だな。これほどの規模、グリーンウッド城にも勝るのではないか」

「陛下のお眼鏡にかなえばと」


 目の前にそびえ立つのは赤茶けたレンガ造りの荘厳な建造物だった。

 創立して数百年の歴史あるこの建物は、世界遺産にも登録された由緒ある巨大図書館である。


 自動ドアを通り抜けるなり、本棚のひしめく光景に感嘆を漏らす。

 印刷技術もない時代に生きていた彼にとって、本は貴重品。それが膨大に収められた此処は、未知の宝物庫のように見えていることだろう。


「館内は誰でもご利用できます。どの書物もご自由に手に取ってください」

「なに、読むのに手続きもいらぬのか?」

「はい。閉館時間までお気の済むままに滞在なされて大丈夫です。必要であれば一時借りることも可能ですから。ただし、極力お静かに願います」

「うむ、うむ!」



 まるで童心に返ったように書庫の背表紙をなぞり、貪るように本を読み始める。

 その目に真剣味を帯び、歴史や社会を主としてこの時代背景を学ぶ姿勢を見せた。


「私は一度お暇致します。お昼にはまたこちらに……陛下?」

 声を掛けるも返事がない。彼は綴られた内容を食い入るほど夢中になっている。

 この様子なら大丈夫だろう。そう判断したニーナはそっと館内を後にした。



 ウィズウッドはそうして空白の千年を埋め合わせるように、集中力を切らすことなく読みふけって日中を過ごした。

 真綿が水を吸うが如く、現代の知識を我が物としていく。


 まずもっとも知り得たかったのは、自らが舞台から降りたその後の仔細である。

 歴史によれば、魔王である彼の放った降伏宣言と退陣により戦争が無事収束を迎えた。

 約定通り残された魔族の人権は保証され、敗戦種族でありながら冷遇が緩和されたという。これらはニーナの言っていた通りだった。



 そうしていがみ合っていた種族同士の和解を契機に、膨大な変革が起きたようだ。

 まずは文明の発展。アジール、イグリカ、ロスーラ、オストメキア、そしてユグガルド。五大諸国はまず各々の文化を持ち寄り、統合させていった。

 田中リゼや清水ニーナなど、現在この地にいる人々の名前が独特な形式に沿っているのも、それが理由であるのだと窺える。



 他にも技術の目覚ましい進歩。魔導の航空技術や生物兵器とも呼ぶべき魔物達の管理及び運用も行われているという。

 たとえばスライムは消化機能が着目され有機ゴミや下水施設等で利用されており、マンドラゴラも品種改良によってさまざまな栄養価の高い薬剤の元となっているようだ。

 それにゴーレムはパトロール、監視、護送等の役割を与えられ、活躍しているとのこと。

 合理的な有効利用だと、魔王は一人感心していた。当時の彼でもそんな生活の運用を考えたことがなかったからだ。



 それから歴史的なニュースや事件に目を通す。現代の思想、その違いをまざまざと思い知らされた。

 だが、彼の中では気になる小さな点が生まれつつあった。いくら調べようとどうしても合点のいかないことが。

 これだけ大きな進歩を遂げているというのに、どうしてアレの記載がないのだろうか……



 トントンと、肩を叩かれて我に返る。背後で戻ってきたニーナがにこやかに微笑みかけた。

「昼食にいたしましょう。大分、御熱心にお読みになられていましたね」

「……もう、そのような時間か」


 眉間を抑えたウィズウッドの呟きをきっかけに、小休憩がてら昼食を済ますのに外へ移動する。ポカポカした陽気であったので外にある最寄りのベンチに座ることになった。

 彼女は手提げビニールの中から温められた黒いプラ容器を二つ取り出し、一つをウィズウッドに渡す。


「これは、なんだ?」

「カレーライスなるものです。このスプーンを使ってですね……」

「待て、容器もさることながらこれがスプーン、だと」



 プラスチック製の使い捨てスプーンを持つなり、彼は愕然と声を出した。

「銀ではない匙に食器……毒を調べるのが難しいではないか」

「陛下、それで反応するのはヒ素という毒物のみです。昨今の毒と呼べる劇物は数多くある為反応しないものもありますよ」



 厳密に言えば当時の未熟な精錬技術によって含まれていた硫黄によって化学反応を起こす為、純度の高いヒ素では意味がないという話なのだがそこは重要ではない。

「なんと、さぞや薬店(アポセカリー)が蔓延っておることであろう」

「ええ、まぁ、ドラッグストアは確かに何処にもありますね……。ともかく、こちらは安全ですよ」


 魔族間でも日夜魔王の座を奪わんと謀略を企てる者が絶えなかったことを知るからこその疑惑。そんな彼にとっては得体の知れない料理への警戒を解く為に彼女は弁明する。

 夕食にはなんの疑いもなく手をつけていたのは、やはりニーナ達が直接調理していたからだ。



「理由としてこれが市販で購入した物だからこそ、です。陛下を狙って毒物を混入させるのは私が意図的に実行しない限り難しいかと。それに現代の流通では衛生面がとても厳しく、発覚しようものなら足もつきやすいので、昔のように毒殺を行うリスクは高いでしょう」

「なるほど……まぁ、余には毒など効かぬのだが。ニルヴァーナはそうもゆくまい」

「私めのご配慮痛み入ります。では、冷めない内にお召し上がりください」



 言われるがままビーフカレーを一口。

 早速スパイスが広がり、魔王は目を剥いた。たまらずむせる。


「ゲッホ──い、いかんこれは! 辛いぞ! 舌が灼ける! このワザとらしい刺激、やはり毒か! 気を付けよ仕組まれておるゲホ!」

「こ、これはそういう料理なのでございますよぉ!」

 しかし、幾ら知識をつけようと魔王の常識はまだまだズレている。



「それで、座学の成果は如何ですか?」

「様相は概ね理解した」

 ウィズウッドは慣れない辛味に顔をしかめながら応じる。


「疫病の数々を克服し、奴隷制度が廃止され、貧富の差もかなり減っている。産まれ出た赤子がやせ細らず、街中で生き倒れる者がいない時代など余の知る世界では考えられぬ」

「そうですね。そういう面ではとても安定した世の中になりました」

「たが、腑に落ちぬものもあった」


 そして核心を突く。周囲には迂闊に尋ねられなかったので、調べたまま抱え込んでいた疑問を信頼足りえる彼女に求める。


「魔術についての資料が一切見当たらぬ。シジルの魔導書もない。これだけの年月が経とうものなら、そちらにも多少の進展は期待できるのだが」

「それは……」

「代わりに見受けられたのは、魔法だ。魔術ではなく、な。呼び名が変わっただけではあるまい。どういうことだ」

 やや躊躇いを見せつつ、小声でニーナは答える。やはり表立っては口にし難い内容だった。



「私達の時代では猛威を振るった魔術ですが、現在殆ど知名度もなく衰退しております」

「……だが、現に科学だけでなく魔導技術も栄えておるぞ。空には飛行船が行き交い、魔力で動く自動車が家庭で大分普及されているそうではないか」

「はい。魔導的な側面でも文化の利便を向上させた節があります。ただし、それは当時とは似て非なる物と言っていいでしょう。個ではなく、全としての魔導になりました」

 納得しかねて首を傾げた様子にニーナは「では他の事柄で例えてみますね」と続けた。



「私達が生きていた時代よりも遥か大昔、人間はおサルさんが進化して尻尾を失くしたという俗説があります。今もそれは尾てい骨という部位として名残があるのだそうです。では何故尻尾がなくなったのか。それは木々に頼ることなく足だけで歩くようになり、生活する上で必要がなくなったからです。つまり、そういうことではないでしょうか」

「……魔術も存在意義を失ったのだな」


 そう、言ってしまえば魔術の殆どは侵略戦や拠点破壊を念頭に置いた極めて攻撃的なものであった。大きな戦争を行わなくなった現代では、その危険な技術は不要。

 有体に言えば封印された技術と考えていいだろう。


「その代替として破壊力や規模を抑えた簡易的なものが魔法です。スポーツとして活用されておりまして」

「それが魔戦興行(ウォーゲーム)、とやらか。歴史の中に載っていた。戦争を模した遊戯であるとか」

「左様です。余談ではありますが、リゼちゃんもやっておられますよ」

 ウィズウッドは眉をひそめた。そういえば、彼女はニーナが魔術を用いた時に驚いた様子を見せたことを思い出す。

 こんな高度な魔法があったの!? と。それはその手の分野に齧っているからこその物言いだろう。


 魔戦興行、そんな単語の響きに魔王は不思議と心惹かれた。一体どんなものであるのか、機会があれば見てみようと考える。




 後に、この競技と深く関わることになると魔王はまだ知る由もない。


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