斎藤ジャスミン
エスダーン領有数の国立競技場にて本日、魔戦興行の春季の新人戦が開催される。
参加資格は高校および大学に籍を置いている生徒であることで誰でも気軽に出場できる反面、ベテランや一線で活躍するプロの選手もこぞって集まる大規模な大会だ。
ウィズウッドはそのごった返す人混みに紛れ、隣接された無数のステージを展望する。此処が彼の新たなる戦場。
「ほう、これほどの賑わいを見せようとは思わなんだ」
「はわぁ、これもうちょっとしたお祭りっスね」
「うぅ……ち、ちょっと緊張してきた」
「ガハハ、面白くなってきたじゃねェか」
といった具体に思い思いの感想を抱いて試合の時を待っている。
大きなボードには対戦表が、百名を越える選手の名前が記載される。ウィズウッド達の名前も例外なくそこにあり、誰と対決するかが明記されていた。
といっても、先日から組み合わせ自体は公表されているのでウィズウッド達は既に対戦相手について把握できているのだが。
「関口シュナイデル……こやつが如何なる人物か、存じてる者はおるか」
「えぇっ、森野、あの有名選手も知らないで魔戦興行に参加したんスかぁ!?」
「この前も話したでしょ、世界大会に出場する強豪チームの一人。剣士系ウォーリアーの中でも最強に名高い人。歴史上でも有名なあの勇者サイファーの子孫だって」
「聞いてはおる。余の興味はその肩書きが飾りでなく腕前が本物かどうかよ」
魔王は鼻を鳴らす。勇者とは因縁浅からぬ血統であり、現代でも大活躍しているとは聞き捨てならない。対決できるというのなら彼としても望むところである。
「ハッタリなどでなく楽しませてくれるのであろうな」
「そんな軽口をたたいて、返り討ちに合っても知らないからね?」
「ぬかせ。おぬしとて早々に相まみえる相手が星村レティシアなのだ。気を引き締めて臨むがよい」
「うっ……」
よもや一回戦から彼女とぶつかるとは思ってもいなかったリゼはプレッシャーに押し潰されそうになっている。
魔王としてはこれからより多くの試合をこなして上を目指すというのに逐一尻込みしているようでは困ると先を思いやっていた。
「んで、オレはこの斎藤ジャスミン、ってやつが相手かァ。どんな奴だ」
「はいはい知ってる知ってる! ウチの学校の先輩っスよ!」
何故か挙手するほど息巻いて答えたのはボルタだった。
「ジャスミン先輩はオイラと同じコボルト種でサルーキ系のめっっっちゃ美犬なんスよぉ~。ちなみにオイラ達の美醜観としてはマズルの長い方がモテ……あ! いたいたあの人っス、おーい先輩ージャスミン先輩ー!」
ちょうど近くにいたらしく、彼が大手を振ってアクションを掛けるとすらりとしたマズルを持つ犬顔の獣人がこちらへ。
雪のような白い毛並みに黒いつぶらな瞳。飾り毛のある垂れ耳がチャームポイントで、加えてスマートな長身がモデルのようである。ボルタが絶賛するだけあって人の視点からでも美形と分かるルックスを誇る女生徒だった。
「あらボルタくんこんにちは。貴方も魔戦興行に興味があったなんて知らなかったわ」
「えへへへぇ、最近始めたんス~」相好を崩してボルタは後ろに手を回した。
「それで、こちらはお友達?」
「まぁそんなところっスかね。みんな今日が初出場でして」
二人はどうやら交流がある様子で慣れ親しくやりとりを交わす。
「ボルタくんの役職はウォーリアー? 獣人は身体能力が高いからそっちを選ぶ傾向があるものね」
「そうっスそうっス。先輩も?」
「もちろん。試合、お互い頑張ろうね」
「うぇへへ」
鼻の下を伸ばしたボルタとその挙動に小首を傾げるジャスミンとの身長差は大分開きがある。
「それで、ボルタくんは一回戦で誰と当たるの?」
「えっと、櫻井エドウィン……って選手っスねぇ。浅い番号なんですぐに始まるっスよ」
すると、ジャスミンの穏やかな微笑みが成りを潜めて神妙な面持ちを見せた。なにやら心当たりでもあるようだ。
「……そう。じゃあ、よく聞いて。ウォーリアー同士の対決はとにかくぶつかり合って激しいの。いくらステージには加護の結界が張ってあるからって油断は禁物。危なくなったら引き際は肝心だよ」
「どういうことっス?」
「怪我しないように気をつけて、ってこと。意固地になってもいいことなんてないから」
「ふーん。分かったっス、肝に銘じるっスよ」
「応援しているよ、それじゃあね」
「は、はぁい♡」
彼女の忠告にボルタは両目や語尾にハートがつくほどメロメロになって生返事する。
彼女を見送る傍らでドゥーゴがぼやく。
「アイツぶっ飛ばしゃァいいんだな。軽く捻ってやっか」
「大怪我させたらぶっ殺すっスよマジで……!」
弛緩した顔から一転犬歯を剥き出しにしてボルタは唸る。その剣幕に「お、おう」とドゥーゴも珍しく気圧されていた。
†
灰色の毛並みを持つ獣人の青年は気が立っていた。苛立っていた。
彼の名前は櫻井エドウィン。ウルフドッグ系のコボルト種で三白眼と引き締まった顔つきが相まって粗野な印象を醸し出している。
前年優勝を果たした大学強豪チームの一軍メンバーに所属しており代表選手として活躍する彼であるのだが、此処最近は面白くない出来事ばかり起こっている。
まだ高校生の身である他校の生徒を一軍候補としてヘッドハンティングしているそうで、自分を一軍から降ろそうという話があがっているのだ。
その降板宣告には猶予と挽回のチャンスを出そうと通告された。
今回の個人戦で結果を出すこと。それが一軍落ちを逃れる条件だと。
手前が勝手に決めてるだけだろうが、そう櫻井エドウィンは胸中で吐き捨てた。
だが試合は試合で鬱憤を晴らすのにちょうどいい。確か次の相手の名前は鈴木ボルタとかいう無名の新人。
「──あ! いたいたあの人っス、おーい先輩ージャスミン先輩ー!」
雑踏の中で気になる声が入り混じる。
「あらボルタくんこんにちは。貴方も魔戦興行に興味があったなんて知らなかったわ」
聞き覚えのある声、そして見知った顔。真っ白なサルーキ系のコボルトが誰かとやりとりをしていた。
彼女が口にしたボルタという名前は恐らく鈴木ボルタその人。
こんなチビが対戦相手なのかとエドウィンは目を見張る一方、そのやりとりを聞き取る。
「それで、ボルタくんは誰と当たるの?」
「えっと、櫻井エドウィン……って選手っスねぇ。浅い番号なんですぐに始まるっスよ」
なんて軽い調子で言って退けたボルタの様子に苛立ちが募る。
「クソが」
ジャスミンと楽しげに話しヘラヘラとしている姿が気に入らない。誰なんだアイツは、随分と調子に乗っているようだ。
今そこに飛び込んでやろうかと息巻いたが、中断。そのはらわたの煮え繰り返る想いを身体の奥底に溜める。
今の内にせいぜい図に乗っておけ。
「応援しているよ、それじゃあね」
「は、はぁい♡」
ボルタのデレデレした態度と言動。それが決定付けた。
ガリリ、とエドウィンの口内で音が鳴る。歯軋りだ。
彼の前でふざけた光景を見せつけられたのだから、遠慮なく手心を加えずに済む。
鼻っ面を、牙を、心を徹底的にへし折ってやる。そんな憎悪を秘めてエドウィンは一行から背を向けた。




