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敗退のプロローグ



「そんな……」


 観客席で呆然とするエルフの女性は、目の前に広がるその光景が信じられずにいた。


 舞台は世界樹ユグドラシルが根ざす大地ユグガルドにある国立競技場。そこでは魔法を交えた競技が盛んとなっていた。

 人々は競技を魔戦興行ウォーゲームと呼び、今日はその大会が開催されていた。選手達は優勝を目指してしのぎを削っている。

 そこにごぞって参加していたのだが、



 無数に併設されたリングの下で大の字になって倒れていたのは一人の魔族の男子生徒。

 森野ウィド。又の名をウィズウッド・リベリオンと呼ばれる彼は、紛れもなく大昔に眠りについて此処最近に目覚めた魔王その人である。


 その肩書きに恥じぬほどの実力を誇っている筈のウィズウッドが場外に追いやられ沈黙した。


 ニーナのように彼をよく知る者ならばその衝撃を痛感するだろう。

 確かに魔法より高等な分野である魔術の大半を使わない制約を課し、相手の本領を発揮させて受けて立つというハンデを負った戦い方だった。



 だとしてもあってはならない事態である。その相手が唯一無二の例外でなければ。


「では、やはり本物なのですね……」

 エルフという種族柄、長い歴史をその目で見届けてきたニルヴァーナはその事実に打ちのめされながらも確信する。


 そう、それは彼の因縁たる血統に連なる者。そしてその力を受け継ぎし者であるからこそ魔王は打破されたのだ。


「勇者サイファー、その末裔。恐らくは現代における最強のウォーリアー」

 そしてその継承者たる証として与えられた宝剣。鬼に金棒ならぬ勇者に聖剣である。


「ハッハッハッ。どうしたレッサー野郎、呆気ねぇなぁ!」

「あんなにデカい口叩いてそのザマかよッ」

「とっとと尻尾撒いて帰んなー負け犬ぅ」


 仰向けで転がるその無様さを笑い、蔑みの含んだ野次に取り囲まれた彼は、ぼんやりと虚空を仰ぐ。

 相手の姿は強い日差しの逆光に隠れて表情も窺えないが、こちらを冷徹に見下ろしているのは分かった。


 彼の正体を知る者は誰もがよもや二度目の敗残を迎えようとは全く想像だにしていなかったのである。


 この悲劇に至るまでの経緯にはほんの少し前にさかのぼる。




 ウィズウッドが私室で黙々と自主学習に勤しむ傍ら、彼のベッドを占領する竜の少女がいた。


 その正体は災竜ドゥーレゴエティア。ウィズウッドと同様、身元を偽り坂本ドゥーゴという仮初めの名を以て現代に溶け込もうとしていた。

 捻れ角が生えた頭の上で両腕を組み、鱗に覆われた太い尾を太股の隙間から伸ばしてゆらゆらと回している。


 黒いタンクトップにジャージの袖を通しているのだが、そのあまりある放漫な双丘が窮屈になるのかファスナーは半開き程度に締められていた。



「なぁなぁー、ウィズウッドよォー」

「……」

「おーいウィズウッドー、暇だァー、退屈だァー」

「……」

「せめてなんか答えろー」


 ムッツリとした表情でウィズウッドは呼び掛けを無視。課題の連立方程式を解くことに専念していた。


 しびれを切らしたのか身軽にぴょんと跳ね上がり、瞬間的に両翼を伸ばして机と向き合う彼に急接近する。その拍子に服の背が遠慮なく破かれた。あらかじめ言っておくとそれはリゼのジャージである。

 しかし気にした様子もなく魔王の背後にもたれ掛かり、ぐいぐいと物理的な交渉を図り始めた。


「たまには喧嘩しよーぜー、身体がなまってしょうがねェんだよォ~」

「断る」ようやく筆を止めて端的に拒んだ。

「お勉強はもういいだろォ? もう十分ぐらい待ったぞ」

「気も短いわ。それで、これはなにをしておる」

「あぁん? あーコイツは学校でここ(・・)をずっと見ていやがるもんだから。押し付けたら効果あるんじゃねェかなって。どうだ? 気が変わったか?」

「尻を前にもくっつけたようにただ大きいだけではないか。鬱陶しいぞ」


 

 とりつくしまもなくあしらわれたドゥーゴは唇を尖らせた。だがカリカリとペンを再開させながらも彼は話を続ける。


「それにおぬしは先日もそれなりに運動してまだ間もない筈であろう」

ボンタ(・・・)と追いかけっこしただけで反撃こねェんだもん」

「無茶を言ってくれるな。ぬしから逃げ延びるだけ上等よ」


 彼女が呼び間違えた獣人、鈴木ボルタは鍛錬──ほとんど遊びに近い──の相手として担っているのだが、防戦一方でいられることがどうも暴れ足りないらしい。


 確かこんなやり取りだった気がしたとウィズウッドは思い出す。


『チョロチョロしてたって勝ち目はねェぜボルゾイ(・・・・)!』

ボルタ(・・・)っス! オイラはどっちかというとシベリアンハスキー系──ヒィィ!?』

『ガッハッハッハッ! どうしたどうしたァ!』

『おい! 森野! そっちでくっちゃべってないでコイツ止めろっスよ! あぢっ、あっづい!』


 グラウンドで火のブレスに炙られてピョンピョン跳ね回っていた場面が印象的だった。文字通り死に物狂いでいい特訓になるだろう。



「ぬしが加わったことでチームとして必須になる面子は揃った。直に本格的な活動ができよう」

「本当か!? 期待していいんだな!?」

「既にニルヴァーナに手続きを任せておる。一報を待て」


 そんなやりとりをしていると玄関が開かれ、ドタドタと慌ただしい音を立てて誰かがこの部屋にまで迫っていた。

 田中リゼ。この家の本来の住居人であり、魔王ウィズウッドの子孫。ドゥーゴを含めて居候を許している海よりも懐の大きい魔族の少女である。

 そんな彼女が息を切らし肩を上下させて扉の前に現れた。かなり焦っている様子だった。


「た、大変大変! ウィド! ドゥーゴ! さっき先生から……なにやってんの?」


 机に座るウィズウッドと彼に寄りかかるような姿勢でキョトンとするドゥーゴの様子に、リゼからはそんな疑問が寄せられた。


「こちらのことはよい。それよりもなにを騒がしくして──」

「ああー!? あたしのジャージまた勝手に着てしかも羽で破ってるー!?」

「わりぃ、すぐ直せっから勘弁な」

「自分の服着てよこの前買ったでしょなんであたしの着るのォ!?」

「だって着やすいんだわこれ。オレのまだ乾いてなくて」

「衣類のことはよい、一体何事だ」



 ウィズウッドはいい加減に本題を促させる。すると彼女もハッと思い出したのか神妙な面持ちで口を開いた。


「さっき先生から聞いたんだけど、あたし達のチーム活動ね……学校が認めてくれないの」

「なに?」

 届けられたのはよろしくない意味で聞き捨てならない一報であった。

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