番外:賑わい始めた昼休み
「ほんっっとに気が気じゃなかったっスよもう! なんでこっちのクラスなんスか?」
食堂でネギ抜きたぬき蕎麦の前で手を合わせたボルタは訴える。向かい合うリゼとウィズウッドはそれぞれサンドイッチとパスタを頼んでいた。
その原因である当人のドゥーゴも傍らで座って大して気にした素振りを見せるでもなく、チキンライスにありついている。全員食事に関しては全く統一感がない。
「仕方なかろう、ニーナが申すには」
「清水先生」すかさずリゼが注意を入れた。
「……清水先生が申すには転入する学徒を入れる場合公平を期す為にそれぞれ異なるクラスで受け入れねばならん、ということだ」
「いや大丈夫なんス? 授業は一応大人しく聞いていたっスけど、色々教えないと学校なんてとても通えないんじゃあ」
迷宮に潜ってから数日。災竜ドゥーレゴエティアはリゼの居候で厄介になっている。服従を誓っているとはいえ、なにをしでかすのか分からないのでウィズウッドの目の届く場所に置いておく必要があったからだ。
最初は同じ展開で頼み込まれたリゼはニトログリセリンでも家の中に持ち込まれるような渋い顔をしていたが、あまり手が掛からなかったというのがリゼ宅における彼女の総評である。
そして異様な早さでよもや学校に転入生としてやってくるのだからボルタが驚くのも無理もない。
ウィズウッドでさえ情操教育や世俗の常識に馴染む為にそれなりの時間を要していた。竜であり人の社会と全く縁のなかったドゥーゴともなると明らかに学ぶ期間が足りていないだろう。
しかし、その課題についてはあっさりと解決していた。
「そいつに関しちゃ問題ないとは言われたな。渡された教育ビデオを四十八時間耐久で見せられた。それを守れだってよ」
「でも授業についていくには?」
「教科書パラパラと流して丸暗記しといた。言ってる意味はよく分かってねぇが答えられると思うぜ」
「すげぇ……」
「よってボルタよ、ドゥーレゴエティアもとい坂本ドゥーゴを教室にて至らぬ部分の師事及び補佐を命じる」
「ふざけんなっスよなんでオイラがそんなめんどうな……」
「んなことよりうめぇなこれッ」
ガツガツとほおばるドゥーゴの勢いは早々にエンゲル係数を脅かしていた。実は竜という生態上、空気中のマナ……すなわち魔力を吸収しているだけで生きていられる。言ってしまえば食事は娯楽である。
「あーでももっと肉食いてーなァ、あのフライドチキンってやつとか美味かったんだが此処ねぇの?」
「学食だよ? そんなジャンクフード、メニューにだってないし」
「アルヨ」
諫めるリゼに口を挟んだのは厨房で調理中のコックである。
引き出しから鶏肉の脚の部位の入ったトレイを取り出し、どうすると言わんばかりに見せた。
「作ル?」
「くれェ!」
「アイサー」
「ちょっ……お代は!?」
「オ祝イ、今回タダヨ」
ドゥーゴの注文により片言の軽い返事で彼は調理を始めた。
呆気にとられた三人は、
「随分と気前のよい御仁だな」
「料理の評判はいいけど、普段は寡黙で必要最低限の返事をしない人だよ。東国アジール出身だから訛っているとか、元有名料理店のシェフだとか」
「以前は潜水艦で専属コックやってたとかオイラは聞いたことあるっス」
「それを言ったら元対魔物特殊部隊って前歴で倒した魔物を調理して生き残ったって話も……」
「胡散臭いにもほどがあるではないか……というか待て、余が此処に参った時はもてなされておらぬ」
といった雑談を続ける最中、
『本日の舞台はかつて魔王が支配し勇者が勝利を収めて開放された地──』
「ぬ?」
昼休み限定で点けられるテレビからの聞き捨てならないフレーズに、ウィズウッドはすかさず反応した。
その番組は一般人が出演して家宝やコレクションを査定して貰うバラエティである。
『発掘、とんでも査定団。イン、リアヘイムー! 今回はエスダーンの街にお邪魔しています』
「わぁ地元じゃん」
「へぇー、きてたんスねぇ」
自分達が暮らす地域の特色を取り上げられ、ちょっとウキウキして視聴する。
『さっそく参りましょう……まず最初はコボルト獣人の鈴木フェリスさんです』
「──ブフゥっ!?」
たぬき蕎麦を啜っていたボルタはたまらず噴き出した。スタジオの拍手と共におめかしをした犬顔の主婦が入場する。ペコペコと観客にお辞儀をする腰の低さは息子に接する態度とは偉い違いだ。
「フェリスさん、いつのまに」
「ごほっごほっ……は、初耳っスよコレ」
「して、これも謂わば持ち寄った品々の価値を確かめる催しなのであろう? 何故あのご婦人が?」
この番組に出演したということは、なにか値打ち物になりそうなお宝が
フライドチキンに夢中でかぶりつくドゥーゴを除き、一同はまさか……と危惧した。
『お宝はこちら……かの魔王ウィズウッド・リベリオンに仕えたという獣人の迅狼ヴォルフデッド。戦場でも猛威を奮ったとされる彼の武術を指南する内容秘伝の巻物。羊皮紙製のそれは雰囲気もそれっぽい……なのだが』
『字ィ汚いですね!』
『オホホホホごめんなさいね、それ私もよく読めないんですよぉ! 息子が倉庫から見つけてきたもので』
「母ちゃん……」
ボードに貼り付けて運ばれるヴォルフデッドの秘伝書。ボルタの方で預けていたそれが知らぬ間に母によって番組に使われていた。
司会の人と和気藹々におばさんトークを交わす様子に公開処刑を受けているような気分でいるボルタが両手で顔を覆って俯いている。
彼のもうやめて欲しいという願いとは裏腹に、淡々と解説のナレーションが流れ進行していく。
『本人評価額は期待を込めて百万イエル、果たして結果は……!?』
フェリスはボードを勢いよく掲げる。なんだかんだでボルタ達もどれだけの値打ちがあるのか気になり固唾を呑んでその瞬間に臨んだ。
『ジャジャジャン……! ──五万イエル!』
『あちゃー!』
『あらまぁやだ恥ずかしい……!』
どっと会場から笑いが巻き起こり、フェリスも口に手を当てて苦笑いを見せる。厨房から見ていたと思われるさっきのコックも「アイヤー」と呟いていた。二重の意味でボルタは呻く。
専門家と思わしきゲストがその査定額に至った理由を述べ始める。
『これは確かに千年以上前の羊皮紙ですね。紛れもなく本物だと思われます』
『ではどうしてあまり値段がつかなかったんですか?』
『まずこのボロボロさ加減がお分かりかと思われますが自然劣化が見受けられますね。辛うじて文字や絵を見ることができるレベルですから保存する状況がよろしくなかったのかと。それに……その』
文字と絵がひどくて分からない。というコメントで会場は大盛り上がりとなった。
ウィズウッド達も同意する指摘の後、司会はマイクを鈴木フェリスに近づける。
『鑑定結果は残念でしたね。でも学術的な価値はあったようですよ』
『オホホ、ブランドバッグは諦めます……代わりにちょっと高いお肉でも』
「ちょ待ってうぉい! この前のステーキ代の足しにしてないっスよねぇ!?」




