災い転じて伏となす
それから人型の災竜ドゥーレゴエティアに対し、現代の世情についてかいつまんだ説明がなされた。
「はァ~戦争が終わってかれこれ千年ねぇ、大分寝過ごしちまったようだな。てかなに負けてんだおめぇは」
「おぬしとて勇者サイファーに討伐された身であろう。災竜の名が泣くぞ」
「そりゃあの時のオレは寿命近かったしィ、ワザと手を抜いてくたばったまでよ。生まれ変わるのに適度な頃合いだったからな。今度は本気で殺り合いてぇなァ」
「とうにこの世におらぬわ。人間はおぬし以上に生を終えるのが短いのだ」
事のあらましを胡座を掻きながら聞いていたドゥーゴが呑気に相づちを打っていた。
曰く彼女が目覚めて数年、地下で過ごしていたところで魔王の大きな魔力を感知してつい最近一度地上に出たという。
だがそれはすぐに途絶えてしまい場所の特定が難しかった為、彼の庭であるこのイアールンヴィズ大迷宮で待ち構えることにしたらしい。
しかも従来の出入り口が封印されている場所へと侵入する手段というのも非常に出鱈目なものだった。まず海中へと飛び込み、迷宮の火口エリアに繋がる海底火山を見つけてマグマ溜まりを強引に通過してきたという。
いい湯加減だったぜ、とあっけらかんに笑う竜女の話にリゼ達は絶句する。
それから迷宮内を徘徊し生息する魔物を追いかけ回して遊んだり守護魔物のメメコレオウスと縄張り争いを繰り広げたりして、紆余曲折の結果あの終着点に。そこを陣取って辿り着いた者を待ちかまえていたと。
流石に不用意に殺してしまうと飼い主に怒られると思った為手心を加えたそうだ。
「して、それだけの長き眠りについていたということはおぬしやはり転生しておったな」
「まぁな、手前が産んだ卵になんかあったら生まれ変わることができねぇから、毎度のことだが文字通り命懸けだ」
「では本当なのですね。竜は死後、自らが産んだ卵に意志を受け継がせて誕生するという話は。古代から目撃例があまりに少ないことで仮説でしかありませんでしたから」
生物における個体数の少なさは生存力や強さとも比例する。ドラゴンともなれば繁殖というより肉体面での世代交代の為に子孫を残しており、理論上精神面は不滅のものとなっていた。
「他の連中はどうしてんだ? アナクレトスジオとかライアディーティスとか」
「いえ、貴女様以外の竜はもう長らく観測されておられません」
「まだ寝てんのかそれともオレ以外は滅びたのか、はたまたどっかでこそこそしてやがんのか。アイツら陰気な連中だからなー」
腕を組み首を傾げている仕草からしてドゥーゴは同族の安否……そもそも絶滅した可能性に関しても無頓着な様子だった。
「さて、そろそろ此処も飽きてきたところだし、なんか人間達も面白そうなことになってるようだし、ちょっくら地上に出てみっかな!」
「よもや暴れる気ではあるまいな?」
「え? ダメなのか?」
「当然であろう。まがりなりにも平和を築き続ける時代であるぞ。そこら中に争いが転がっているあの頃と一緒にするな」
「えぇー、喧嘩してぇ争いてぇ戦いてぇ!」
「誰も好き好んで事を構えぬわ」
「じゃあいっちょオレらで喧嘩ふっかけようぜ!?」
「迷惑を被るのは目に見えておる、断じて認めぬ」
「やだー! つまんねぇつまんねぇつまんねぇつまんねぇ!」
駄々をこねながらその鬱憤を晴らすように地団駄を踏みダンダンと尻尾で地面を叩く。それだけで軽く地響きを起こしていた。そんな彼女が街中で大暴れでもしたら壊滅的な被害をもたらすだろう。
チラリとニーナはウィズウッドを横目で一瞥する。どうなさいますか? というアイコンタクトを送る。分かっておるという返事に彼は瞼を閉ざした。
このまま地上で好き勝手させる訳にもいかない。この意見は合致していた。
かといって、ここで閉じこめておくのにも限界があり、倒すというのも本意ではなかった。
デメリットとリスクを天秤にかけ、魔王はやむなく一計を案じることとなる。
「なればドゥーレゴエティア、妥協案を用意しよう。両者の望みを汲んだ選択だ。合意の上で戦闘を行える場が欲しいのだろう。おぬし好みの話ではあると思うのだが」
「なに?」
「ただし、それには幾分かの忍耐が強いられ窮屈な面も見受けられよう。自由奔放の生き方を捨てることにもなる。それでもこの要求を呑み、闘争を求める覚悟があるのならば教えてやらぬこともないが」
「戦えるならなんでもいい、早く教えろォウィズウッド。どんな条件だ? なにをするんだ?」
二つ返事で快諾する竜女は、従来の怪物性を笑顔で表した。
その意気込みに今後つきまとうトラブルを危惧しながらも、ウィズウッドは一息ついた後に口を開く。
「魔戦興行なる催しだ。誓約の中で魔導と武器を駆使する現代唯一の闘える娯楽よ。配下としてこのチームに加わったあかつきにはそういった幾多の戦場を提供しよう。さぁどうするドゥーレゴエティア」
この竜にとっては金や名誉よりも価値がある物、それこそが闘争。ましてや戦意を持った相手との激しいぶつかり合いを喉から手が出るほど欲しているということはウィズウッドもよく知っていた。
故にそれと引き換えに手懐けるというのが彼の狙い。その交渉に臨む。
「言うこと聞けば争う機会を用意してくれんだな?」
「言葉に偽りはない」
「願ってもねェ話だ」
ドゥーゴは片膝をつき両翼を畳んで魔王の前に頭を垂れる。それは自ら矜持を折り、平伏の姿勢を見せた。
「誓うぜ、魔王ウィズウッド・リベリオン及びその配下ども。おめぇらの言いなりになってやる。竜は約束を違えねぇ」
かくして、災竜ドゥーレゴエティアは彼等に服従することを選んだ。
無益な争いを避け、強大な戦力まで味方に付ける運びとなる。
「ではドゥーレゴエティア様、今一度ご紹介に預からせていただきます。私は陛下の現代における側近のニルヴァーナ……清水ニーナと申します。そしてこちらのお二人は鈴木ボルタくんと田中リゼちゃん。どうかお見知り置きを」
「よ、よろしく、っス」
「もう、乱暴、しないでね」
「ああ悪かった、よろしくな…………ボルゼとリタ!」
「「混ざってる混ざってる!」」
そんなこんなで雑ながらも二人との和解を済まし、ドゥーゴはブラリと尾をひと揺すりした。
「……そういやよォ、この迷宮に降りたのはどんな野暮用だ? まさかオレの為って訳じゃねぇよな?」
「……そうであった。元より回収に参ったのだ、ヴォルフデッドの遺した秘伝書を」
話はまとまったところで忘れつつあった本題を思い出す。
「秘伝書? それってあそこにあるあれのことか?」
立ち上がったドゥーゴには心当たりがあったようでふわりと浮かんだ。そのまま岩壁に開通したトンネルをビュンと飛んでいく。
「速っ──もう戻ってきた!?」
「ほらよ」
リゼが驚く間にすぐに舞い戻った彼女から古びた巻物がパスされる。
「迷宮のとこで見かけたんだが。大したモンは描かれてなかったぞ」
「ふむ」
「てか、体操? みてぇだなそれ」
巻物の材質は羊皮紙でできており、大分年月が経っているせいか劣化が激しい。だが開いてみると、まだ文字がかろうじて読みとれる範疇に留まっている。
しかしその秘伝書には根本的な問題があった。目を凝らして呻くウィズウッドにリゼとニーナはどうしたのだろうと傍らから覗き込む。
「うわ字汚っ」
「これはまた随分と……個性的なクセ字ですね」
「そういえばあやつは悪筆であったことを忘れておったわ。付随の絵も拙いぞ」
ミミズがのたくったような字列に解読が難航することを予感する。
「ああでもこれはなんとなく分かりそうですよ……せん、ろう、ぶ、じゅつ……と、うちゅう、かそう?」
「戦狼武術・投柱貨送。文字通り柱を用いた技のようだ。投げつけた柱に飛び乗れと伝えておるな」
「待ってそれ物理法則完全に無視してない?」
「いやオレならそれできるぜ。ちょっと手頃な石柱かっぱらってやってみっか?」
「ドゥーゴの場合はその翼で飛んだ方が早いんじゃ……」
「あん? 確かに」
ああでもないこうでもないと話をしている間、ふと伝授すべき本人であるボルタの姿がいなくなっていることに気付く。
「オーイ! 早速っスけどー、これ持ち帰っていいっスか!?」
こちらへ駆け出しながらその両手いっぱいに抱えていたのは、迷宮の最奥で蓄えられていた金銀財宝の一部。ボロボロの秘伝書以上にキラキラ輝いているこちらの方が欲しくてたまらないらしい。
ドゥーゴと敵対する必要がなくなった以上、遠慮なくお宝をいただこうとしている。
「あー、別に構わねぇけどよ、それ……」
「うひょー! ホントっスかぁ!? じゃお言葉に甘えて~!」
満面の笑みで目を輝かせるコボルトの少年に対し、ポリポリと竜女は頬をかいた。心なしか襲撃したこと以上に申し訳なさそうな様子である。
それに対して答えを出したのは、魔術に精通した三人による追撃だった。
「ねぇボルタ、そのお宝だけど」
「おぬしまだ気付いておらぬのか」
「ほぁ? なにがっス?」
「ボルタくん……あのね、それ魔術による幻よ?」
そこで決め手とばかりにドゥーゴは指を鳴らした。
変化は目に見えて起こる。ボルタは両腕に目を落とす。
金の輝きは息を潜め、なんの変哲もない石ころの寄せ集めに変わった。
「……へ? え? はっ?」
突然のことに彼は力なく零れ落とし、恐る恐る持ち出してきた場所を振り返る。
遠目から見えていた黄金郷も例外ではなく、見る影もない瓦礫の山へと成り果てる。
全てはドゥーレゴエティアの魔術による幻覚。ウィズウッドの宣言通りめぼしい財宝は存在していないことは揺るがない。
「まぁ、そういうこった。すまん。こいつは冒険者が辿り着いた時に雰囲気が出るように仕込ん──」
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!」
「だからやかましいと言っておろうに」
今日一番のボルタの絶叫が洞窟内で虚しく木霊していった。




