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【爆焔星】


 渾身の爪撃が軌跡を描いてドラゴンの胴体にたたき込まれた。金属のやする(・・・)音が反響し、火花が散る。

 その衝撃に仰け反ってたたらを踏み、バランスを崩して岩壁に倒れ込む。


「フー! フー!」

 地面に手をつき、息を荒くして災竜ドゥーレゴエティアをねめつけた。その目には未だに怯えの色が混濁しながらもそれに勝る戦意が宿っている。



 対してぐらりと身を打ち付け傾いだ竜であったが、間もなく復帰する。深手を負った気配はない。それどころか掠り傷がついた程度のもの。

 ボルタの一撃ですら決定打にはなり得ず、体勢を崩しただけだった。

 リゼを巻き付けて拘束する尻尾も緩んでいない。



 しかも、せっかく刻んだ傷痕も白煙をあげたかと思うと見る見る内に治っていった。回復力としても生物の域を逸脱している。

 グッグッグッ、という喉を震わすような忍び笑いが漏れる。



 ──おもしろくなってきやがったァ。まだやれるよな? オレはまだまだ満足していねぇェ。

「……グルルルル!」

 負けじとボルタも犬歯を剥き出しに威嚇を発した。普段の温厚さからは考えられないほどの攻撃的な側面を見せる。

 その意気やよしとドラゴンは咆哮で空気を震わせた。



 ──コイツを離して欲しけりゃ腕ずくで取り返してみな!

「元からそのつも──」

「必要はない。これで終わる」


 三度目の一触即発が起ころうとした矢先、言葉を遮り両者の間に割り入ったのは黒きマントをなびかせた人物だった。

「ボルタよ、隙を見てかっさらえ。魔王等級魔術(サタン・マギア)──」

 ドラゴンの目と鼻の先に杖を突きつけたウィズウッドが即座に詠唱に入る。すでに赤熱した輝きを見せる「レーヴァ」杖先から深紅のシジルが浮かんでいた。



「──【爆焔星(ヴァルカン)】」



 直後、反応する間もなく深紅の光芒が照射された。その範囲はあまりに広大で竜を景色ごと埋め尽くす。


 初めて漏らす怪物の悲鳴と熱線のけたたましい怪音が洞窟内に共鳴する。

 胴体を呑まれたドラゴンはたまらず尾を緩め、捕らわれていた魔族の少女はするりと抜け落ちた。


 地面と衝突する前にボルタがリゼを受け止めてその場を離脱。おかげでウィズウッドは遠慮なく攻撃に専念することができた。



 ──グ、ォオオオオ! この、魔術はッ……!?


 絶えず噴き出すそれにドラゴンの巨躯が押しやられ始める。

 それからも勢いは留まることを知らずに魔王はど魔術の出力をどんどん増していった。そのままドゥーレゴエティアを遙か後方に吹き飛ばす。


 幾層もの迷宮の壁を突き破り大穴を開ける。極大の熱線が息を潜めてからも、通過した跡を残した地面は余熱で溶け出しており、とてつもない高温を物語っていた。普通の生物であれば掠めただけで原型も残らないだろう。



 力業で竜を排除したウィズウッドであったが、姿が消えたその先を黙って見やっていた。静まり返った洞窟内でニーナは背丈が伸びたボルタと横たわるリゼのもとへ駆け寄った。



「リゼちゃん平気!?」

「……なんとか……全身キツキツに締め付けられながら絶叫アトラクションに乗った気分……ちょっと酔った」


 ぐったりとした彼女であったが怪我はないようで無事を確認。エルフの女教師は「よ、よかった~」と若干半泣きで介抱に当たった。

「うぅ、一時はどうなることかと……」

 へなへなと、コボルトの少年は崩れ元の姿へとしぼんでいく。


「時にボルタよ」

 そんな様子を横目で静観していた魔王が口を開く。


「今の姿、見事に月昂を制したか」

「森野……」

「身を呈して余の後裔たるリゼを守ろうとしたその働き、大儀であった」

 褒めてつかわす。そう彼がボルタに賛美を送る。


「実戦の経験もなくあの災竜ドゥーレゴエティアと相対し一矢報いるとは、やはりおぬしは余の配下として必要欠くべからずの人材よ」

「……」

「存分に奮うがよい、この魔王ウィズウッド・リベリオンの(もと)で」


 芝居がかった仕草でマントを翻す。それに対してボルタの返事は、


「──なにが大儀っスかこの野郎!」

「ぐはっ!?」

 助走を加えたドロップキックだった。


「こんな状況でなにが存分に奮うがよい、っスか! 寝言は寝て言えアホ魔王!」

「うぐっ! ごほっ」

「おせぇっスよ! 今までなにしてたんスか!? キメ顔で言いやがってこっちはどんだけ必死だったか!」


 一撃では気が晴れずに繰り返しローキックをかますコボルトの獣人。余裕ぶって偉そうな態度を見せていた彼に相当腹を拗ねかねたらしい。

 そこには、色んな葛藤への八つ当たりも含めている。


「あんな化け物を置いておくとかどうかしてるっしょ! 覚えてろよマジで!」

「おい、よせ、愚か、者!」

「なにか申し開きでもあるんスか! えぇ!? 死ぬほどおっかない目に遭わせて仲間になるわけないっしょ!」

「アレはおぬしの自業自得であろう! 迂闊にあのようなあからさまな宝箱を開きおって!」

「じゃあそういうトラップだって言えよ先に!」

「迷宮中のからくりなど逐一覚えておらぬわ! それも余が老いる前に仕掛けた罠であるぞ!」


 低次元の口論が勃発したのは、ある意味では安堵の裏返しだろう。



「それに、あれしきの攻撃で彼奴(きやつ)は死なぬ。此処で日和るにはまだ早い」


 その一言で、ピタリと動きを止めたボルタは、新たに開通したトンネル先に意識を向けた。


 遠くから、徐々に重厚な足音が迫ってきていた。微かに聞こえてくる怪物の唸りに一同は息を詰まらせる。


「続きをおぬしがやるか?」

「……交代っス」


 つまらなそうに嘆息を漏らしたウィズウッドは向き直り、呼びかけた。


「さて、少しは気も晴れたかドゥーレゴエティア。惚けておったのならばあれで寝醒めの一撃として十分であろう」


 全身から燻った煙をあげながら、竜は再びこの場に現れた。あの魔術の直撃でさえも、健在を見せる。



 ──間違いねェ……テメェは……!

 彼めがけて一直線に突進を開始する。踏み出す度に洞窟内に地響きが起こった。

「ヤバッ……!」

「うわぁああこっちきたぁああ! 森野早く早く早くっスぅううう!」


 焦るリゼやボルタを尻目に魔王は逃げる気配を見せず、億劫そうに進み出る。


 ──ウィズウッドォ、ひっさしぶりじゃねーか!

 幾分か弾ませた調子で横スイングの張り手を繰り出した。

 当人としては挨拶代わりに行う軽いハイタッチのつもりのようだが、それだけで高層ビルすら倒壊させてしかねない威力を秘めていた。



 それを魔王は軽く前に出した片手で受ける。リゼ達が思わず仰け反る程の轟音と風圧が生じ、彼の足元がずんと陥没した。

 ボルタの飛び蹴りでよろめいたのが嘘のようにビクともしていない。顔色一つ変えずにウィズウッドは苦言を呈した。


「相変わらず加減を知らぬ。余でなければ四散していたところであったぞ」

 ──ガハハハハ! わりぃわりぃ。しっかしおめぇなんかガキになってねーか?

「やんごとなき事情があってな。おぬしこそいつからこの地下に身を潜めておった」

 ──数日前だぜ、おめぇの魔力を別のとこで感知してよ。此処にいればいずれくるんじゃねぇかと考えた訳だ。



 どっかりと座り込んで対話に応じるドラゴンの態度に、命懸けのつもりで闘っていた二人はポカーンとする。


「あの、お友達かなにかで?」

 ──おうともよ。かなりの木馬のお供? だぜ。

「それを言うなれば竹馬の友だ。それにこやつとは過去に幾度かの会遇を経ただけよ」

 ──おいおいつれねぇなァあんだけ楽しく喧嘩した仲じゃねぇか。

「勝手に襲いかかってくるので火の粉を振り払っただけのことであろう。それでもって頑強さと根気の強さには辟易したものだぞ」

 ──褒めてくれるな。オレこそ結構本気で挑んだのに返り討ちにされるんで驚いたぜ。

「褒めてはおらぬ」


 粗暴ながらもフランクなドラゴンをウィズウッドは邪険にしていた。気の置けない仲ではある様子。

「それよりも迷宮に忍び込んで根城とし、挙げ句余の配下に危害を加えようとは看過できぬぞ」

 ──いやいや、久しぶりに喧嘩ができると思うと嬉しくてよ。ちょっとじゃれてやっただけだぜ。なっ?



「えぇ……」

「そんな風には見えなかったっス……」

 あちらにとっては遊んでいるつもりだったという弁解に、命がいくつあっても足らないと思える局面を経た二人は肯定などしようもない。


 ──おいおいなにビビってんだよそれでも魔王の配下か? さっきまで楽しく戦った仲じゃねぇか。

 ちっとも楽しくないよ!? というリゼとボルタのツッコミが重なる。

 


「お初にお目にかかりますドゥーレゴエティア様、お話はかねがね私の耳にも入っております。ある時は戦場に飛来して争いを瞬く間に終わらせ、またある時は敵対都市の半分を焼いたという逸話を。そんな貴女様の力を人々は畏れ、災竜と呼ばれていらしたということも」

 ウィズウッドの傍らに進み出たニーナは跪いて進言する。



「その雄々しき御姿は見る者を少々圧倒させてしまわれます故、こちらの二人が怯えるのも無理はありません。どうか、強き者として寛大なる応対を願えないでしょうか」

 ──……要するにこのままじゃ話しづれぇってか。仕方ねぇな、じゃあ目線を合わせてやるよ。



 竜の身体がパキパキと音を立て始めた。まるで圧力をかけていくように全身を凝縮させ、別の形を型どり始める。

 鱗がなくなり、手足は細くなった。山羊のようなねじれ角と蝙蝠翼、尾といった名残を残してその姿は限りなく人へと近づいていた。


「……はっ?」


 その変貌ぶりに理解が追いつかないリゼから間抜けな声が漏れた。

 何故ならばそうして一同の前に同じ目線で立っていたのは、黒いレザーに身を包んだ十代の少女であったからだ。


 柔らかそうな腕と艶やかな肢体に鎖骨やへそといった剥き出しになった扇情的な格好からは、怪物性や暴虐さを微塵も感じさせない。

 先ほどまでの思念を頭の中へ直接送るのではなく、きちんと口をついて言葉を発した。外見相応の高い声だった。


「まぁざっとこんなもんか。どうだおまえら?」

 燃えるような赤い髪と同じ色をしたツリ瞳に、快活そうな顔立ちからはギザ歯を覗かせている。


「これなら普通に話せるんだろ? 全く、こんなちんちくりんな姿じゃねぇと意志疎通ができねぇなんて人類ってのは難儀だなァ」

「うそ、女の、子……?」

「……つか、でっけぇ」

 不意に出たボルタの呟きは、人間の平均身長としても高い部類でウィズウッドよりも背が高いからなのかそれとも驚異的な胸囲を指しているのかは定かではない。


「つーわけで、ドゥーレゴエティアだ。ドゥーゴで構わねぇぜ」

 竜女としてドゥーゴはあらためて自己紹介を賜る。しなる太い尻尾が地面を打ち、所々ボロボロな翼膜は元気そうに動かしている。


「……待て待て! ちょっと待つっスよ!? 今までのガラガラ声は!? 人の姿になるならもっと厳ついおっさんキャラになるんじゃないんスか!?」

「ありゃァおめぇらにテレパシーで送る際に声のイメージを変えてただけだ。あっちの方が雰囲気出るだろォ? ガッハッハッハッ」

「詐欺だァあああああああああああああ!」

「騒がしいぞおぬしら。元より数の少ないこやつらは単為生殖で子孫を残す種族なのだ。オスではとうに滅びておるわ」



 やかましそうにウィズウッドは二人の大声をたしなめた。

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