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窮狼竜を裂く


 天井に鍾乳石が連なる洞窟内で重厚な足音を立てる災竜ドゥーレゴエティアは、目玉をギョロギョロとせわしなく動かし鼻を使う。大量の空気が鼻孔を出入りするせいか、それだけで風の唸りを起こしていた。



 ──まだ匂いが残ってるな。ここらへんにいるのは分かってんだぜ。


 そろそろ辛抱ができなくなってきたのかうずうずとしきりに身体をゆすり、ホントに焼き払っていいか? と不穏な前置きをし始めた頃である。と言っても、鍾乳洞に突入してまだ数分しか経っていない。


 巨体が悠々と闊歩する最中、微かな物音が生まれる。

 一瞬背後に影がよぎったのを目を光らせていたドラゴンは見逃さない。


 ──そらおいでなすったッ! 腹ァ決めたか!?


 一匹の獣──再び狼形態となったボルタがめまぐるしく岩の間を縫うようにして動き回っていた。先ほどとは打って変わって一目散に逃げ出すわけでもなく、周囲を旋回する。


 言うまでもなく目的は攪乱で陽動を担っていると看破した。

 だがあえて乗ってやろう。ドゥーレゴエティアは自ら翻弄される身として動く。



 鱗に覆われた強靱な前脚を駆使し、暴れ回る。鈴木ボルタを捕らえんと虚空を素振り、時折鍾乳石を勢いで砕いていく。

 攻勢は防戦一方のままである。竜と狼の体格差はさながら獅子と鼠である以上、無理もない話だが。


「うひゃっ、うひィ!」


 ビビりながらもボルタは岩を跳び跳ね、どうにかすり抜ける。彼なりに善戦している部類だろう。

 その身のこなしは目を見張る物があり、ドラゴンはかつて相対した一人の狼男とその姿を重ねる。大昔に一度、唯一歯向かってきた獣人だった。



 ──だが、まだ動きにキレがねぇ──なッ。

「うぁぐっ!?」


 大振りの一撃が飛び退いたボルタの胴体を掠め、バランスを崩して地面をバタバタと盛大に転がった。

 やや間をおいて復帰する彼のもとまでドラゴンは詰め寄った。



 ──もう一人はどうした? まだ隠れてんのかァ?

「……こ、こ此処にはいないっスよ。薄情な奴っス」

 ──あァん? 置き去りにされちまったのか。

「違う、っス。たた助けを呼びに行ったんスよ。それまでの足止め。森野……魔王ウィズウッドを連れて、戻ってくるっス。オ、オイラなんかとやり合うより、もっと手強い相手っしょ?」


 どもりながらもボルタは説得という名の時間稼ぎを試みる。

 大方何処かに潜んで好機を狙っているんだろうな。胸中で呟きながら、ドラゴンは鼻白んだ。その根拠にまだ魔族の匂いも辺りにプンプン残っている。



 ──ハァン、んじゃあオメェそれまで相手してくれんだよな?

「うぐっ……!」

 ──いざやり合ったら瞬殺で終わっちまうなんてガッカリさせんなよ? せめて本命がくるまでの前菜くらいにはなってくれよな。

「んなぁッ、食べる気っスかァー!?」

 ──それもいいかもなァガハハハハハ! そういや此処数年なにも口にしちゃいねェからよォ!



 高らかな哄笑。そこからは待ったなしで鋭い爪と牙を以て躍り掛かる。

 すぐさま後方に飛び退いてボルタは一定の距離を保つ。姿勢は低く、心情を表すように後ろ脚の間に尻尾は頼りなく降りていた。


 破壊を伴った大進撃に狼は逃げ回る。衝撃で崩落が危ぶまれるほどに天井の鍾乳石がポロポロと落ちていく。


 件の通り彼が担うのはひたすらに怪物の気を牽き、できうるかぎりの時間を稼ぐ役割。その狙いはドラゴン側も理解していた。だがワザとゆったりとした仕草で隙を作ってやったり攻撃のチャンスを用意しているのに、全く手を出してきてこないことが歯痒さを駆り立てる。これではこそこそと隠れているのと大して変わらない。


 ──本気でやれや。でねぇとマジで消し飛ばすぞ。

「……十分、本気っスよ」

 ──あァん? にしちゃやる気を感じねーな。まず必死さがねぇ。ちょこまかチョロチョロするだけでオレがくたばると思ってんのか。

「当たり前じゃないっスか、オイラだってそんなの分かってる」



 だからこそ、と言いながら更にボルタは後退した。

 それを契機に周辺の地形が青白い光源に照らされる。原因はポツポツと灯る人魂のような炎だった。辺りを埋め尽くすその現象が発生すると共に、地面に広大なシジルが魔法陣のごとく展開する。


「これを待ってたんスよ!」

「お待たせボルタ、下がって!」

 ──ほぉ、こりゃ随分と。

 今まで姿を見せなかったリゼは勢いよくドラゴンの前に現れた。やはり身を隠して大魔術の準備を行っていたらしい。杖を頭上へ振り上げ、唱える。


 竜は仁王立ちに腕を広げ、受けて立つ姿勢を見せた。



「【愚者の鬼火(イグニス・ファトゥス)】ッ!」

 一面に散らばった蒼炎の灯火は、ドゥーレゴエティアにめがけ収束する。連鎖的に閃光が瞬き、耳鳴りを起こすほどの大爆発を引き起こした。



 その衝撃と大音量で間近にいたボルタは元の体型で前のめりに突っ伏し、耳を手で抑えながらしばらくの間目を回していた。


 青い炎は大きく燃えたぎり、煌々と鍾乳洞を照らし続ける。その中でドラゴンらしき黒い影は動かなくなった。


「ボルタ、大丈夫?」

「……うっス。やった、スか」

「分かんない。これ、思ってた以上に浪費する……」


 リゼはふらつき、岩に寄りかかりながらボルタに声をかける。甚大な魔力消費の影響によるものだった。先ほどの魔術にありったけの魔力を注ぎ込み、その一撃に全てをかけていた。

 その甲斐あってか類似した魔法【ファイア・ボール・スウォーム】とは比べものにならない手数と威力を発揮した。


「気をつけて、まだ動くかもしれない」

「さっきオイラ、ついついやったか? を言っちゃったっスフラグっス……」


 しばらく警戒して完全に沈黙した様子に、やがて二人は手応えを感じて顔を見合わせる。もしかしたら足止めや時間稼ぎをするまでもなく、自分達の手でやり遂げたのだと。


「……ハァー、助かったぁ」

「怖かったっスぅ~」


 緊張から解放され、二人は脱力した。あらためて危機を脱した喜びを噛みしめる。



「さっきの魔法ってあの魔物が使ってたヤツっスよね。元々使えたんスか?」

「正確に言うとあれは魔術であって魔法じゃないの。シジルっていう魔法陣みたいなアレをさっきの戦闘の時出したのを真似てみたんだけど、成功してよかったぁ」

「詳しくはよく分からないっスけど此処まで上手く行くなんて思いも寄らなかったっスー。ホント一時はどうなることかと」

「ボルタのおかげで──」


 言葉はそこで途切れ、ボルタの前でリゼは姿を消した。


「え?」

 正確には彼の視界から目にも止まらぬ速度で吹き飛んでいった。



 二人の希望的観測を煙幕と共に突き破ったのは竜の紅き尾であり、音速を越えて彼女が悲鳴を吐く暇もなく高々とさらっていった。


「リ……ゼ……?」

 ──オレには温いが、並のヤツならイチコロの火加減だったぜ。

 巻き取った獲物を捕らえ、悠々と蒼炎から出てきたドゥーレゴエティアがなんてことはなさそうにボルタを見下ろした。


 長らく炎に晒された鱗には焼け焦げた気配もなく、全く堪えた様子はない。


 ──さぁて、次はどうする。次の手はねぇのか。

 コボルトの獣人は唖然とした表情で膝をつき、もはや手の打ちようがないことを悟る。


「……うっ」


 全身をグルリと巻き付けられ、宙吊りになった魔族の少女はゆらゆらと振られて呻きを漏らした。

「……は、や……て」

「リゼ!」

 圧迫されているのか苦しそうになにかを訴えていた。ボルタの思考が錯綜する。

 早く助けないと。でも、あんな化け物からどうやって? 怖い、今にも逃げ出したい。だけど置き去りになんてしたら彼女は……様々な葛藤が余計にボルタを硬直させた。



 しかしそんな彼の混乱を魔族の少女の呟きが霧散させる。



「……早く、逃げ……て」


 あたしのことはいいから、と。

 助けを求めるでもなく、自らの状況に音をあげるでもなく、こちら側の身の上を案じている。本人が危機に瀕しているというのに。

(なん、で……)


 窮地でありながら生まれたのは戸惑いだった。

 ボルタにとって周囲とつるむことはあれ、いざという時に助けられたり庇ってくれる相手は家族以外にいなかった。顔は広くとも薄っぺらく上っ面な関係性だった。

(なんで……オイラに……)



 ましてや協力を申し出て、難関を越えようと結託し、そして自己犠牲を払ってまで相手を慮られるということは初めての経験だった。


 そんな風にお互いを気遣い助け合えるという間柄は他でもない。

 紛れもなく、自分が求めていた友達と呼べるものではないか。

(なんでオイラに逃げろって言うんスか……!?)


 なのに自分だけ尻尾を巻いて見捨てろと言うのだ。


 死なせるか。決意が、切望が、竦んでいた身体を鼓舞させる。

 アレは自分の友達だぞ。なにより此処で彼女を見捨てたら、(オス)がすたる。



「──オオオォォォオァァァアアアアアアアアアォォォオオオオオオオン!」

(リゼを離せ蜥蜴野郎!)

 身も心も吠える。怒りと覚悟の遠吠えだった。

 それで全身を奮い立たせ体毛を昂ぶらせた。骨格が新たな変化を見せる。

 発達した両脚が自然と動き、ドラゴンの間合いに出る。



「【ソーディア・クロウ】!」

 籠手をはめ、内蔵された魔法を発動。光る鉤爪が顕現した。

 大柄な狼男の形態となったボルタはそれを携えて駆け出す。


 ──やっとやる気になりやがったか! そらァ!


 上等、とドゥーレゴエティアは迎え撃つ。握り拳によって繰り出される右ストレートは大型トラックよりも巨大で勢いがあった。


 差し迫る驚異にものともせずボルタは突っ込んだ。直前まで牽きつけ、それを足場として利用した。

 二の腕まで蹴上がり、飛び移って竜の頭上から一撃を見舞った。


 鈴木フェリスが披露した奥義を彼は今此処で再現する。


「──戦狼武術・斬刻(ざんこく)ッ!」



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