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災竜ドゥーレゴエティア

 辺り一面の金貨に目もくれず浜辺の砂のように蹴飛ばしながら、獣人と魔族の少女は全力で走っていた。

 背後の恐怖の根源から逃れる為に。


「ギャァあああああああ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃうゥ!」

「ひ、ひぃいボ、ボボボルボルタ! 出口何処ォ!?」

「オイラが知るわけないっしょォ!? なんであんなのいるんスかぁ!」

「迷宮の主ってさっきウィドが手懐けた羽ライオンじゃなかったの!? どう見てもこっちの方が強そ──」


 進む先に影が覆ったのを契機にちらりと後ろを見た。

 条件反射の行いに激しい後悔が押し寄せる。


「ひぃやァァァ!」

「うおぁあァァァ!」


 死に物狂いで足を動かしながらも二人は情けない悲鳴をあげた。

 血を浴びたように全身紅の色をしたドラゴンが、天井近い高度を飛翔し真下にまで差し迫っていたからだ。


 問答無用で襲いかかってくるそれは、これまでの魔物とは違った側面を見せている。



 ──ガハハハハ! グハハハハハ! ギャハハハハハハ!


 笑っていた。せせら笑っていた。高笑っていた。追いかけっこを満喫するように。狩りを楽しむように。


 やがて趣向を変えようとしてか、行く手に向けて火の息吹を吐き、炎の壁が燃え盛り道を阻む。

 立ち止まることを余儀なくされ、リゼ達は泡を食って振り返る。


 相当な重量でどしんと音を立てて降りる。身を起こして立ち塞がった。


 ──さぁさぁさぁ! 次はどうするよォ!?


 両手を組んで祈るようにして返事をした。いわゆる命乞いだった。


「あ、あたし達は敵じゃありませェん通りすがりの魔族! モンスターマイフレンド! モンスターマイフレンド!」

「じ、じゃあオイラはその仲間の獣人B! BはボルタのBィ!」


 

 若干意味不明な訴えであったが首を傾げて竜は目を瞬かせた。耳を貸すほどには意志疎通ができている。


 ──あぁん? ……確かに魔族もいるじゃねぇか、つーことは冒険者じゃねーのか。

 ドラゴンも魔物であるならば魔族は敵としては見なさない筈。こちらの身の上と認識すれば命を狙われる道理はない。


 ──確かにおめぇらと争う必要はないんだけどよ。

「そ、そうでしょその通りです。そんなことしたってなんの得も……」

「お宝は返すっス! 堪忍してェ!」

 ──だが関係ねぇ、戦いてぇ。


 肝を冷やしているこちらとは裏腹に、あちらは心なしか笑みを浮かべるようにあぎとを歪めていた。

 それでも死に物狂いで頭を回転させて次なる訴えに出る。


「あたし達にもしものことがあったら魔王が黙っていないよ!?」

「そ、そうっス! ウィ、ウィ……なんだっけ」

「ウィズウッド! 魔王ウィズウッド・リベリオン!」

「それそれそれ! オイラはその仲間なんスからね!?」


 ──ブワッハッハッハッハッハッ!


 天を仰ぐように仰け反って頭が割れそうなほどのドラゴンの笑う思念が届けられる。


 ──ウィズウッドの連れかよなんだよなんだよそれならそうと早く言えよ!

「知り合い……じゃあ今度こそ!」

 ──アイツの部下ならそれなりにやれる(・・・)んだろ? 俄然やる気出た。加減してやるからかかってこいや。

「もうやだ話しになんないコイツぅうううう!」


 一縷の望みは無情にも潰える。ボルタのマズルの長い口があんぐりと開き、身も世もなく絶叫するリゼは涙目になった。

 会話はできるのに話し合いになりえそうにない。交渉なんてもってのほかだ。



 じりじり詰め寄ってくる竜。背後には炎の壁。絶体絶命の状況に追い詰められた。


 ──さぁ! 見せろや!


 横合いに尾をしならせて金の砂丘を叩く。地響きが鳴動し、金貨の雨が降り注ぐ。


「──【焼ける雷(セント・エルモ)】!」

 緊張と恐怖にしびれを切らしたリゼが『スィドラ』の杖を用いて紫電を放った。今しがた模倣した魔術は、ドラゴンの顔に直撃して黒煙が発生する。


「ちょっとぉなにやってんスかバカぁあああ!?」

「【湖の欠片(アンダイン)】! 今の内に逃げるのォ!」


 逃げ道を塞いでいた炎を水の魔術で消化し、再び逃走を開始した。

「このまま逃げてもアイツは何処までも追いかけてくると思う!」

「じゃあどうするんスよ!?」

「とにかく時間を稼いでウィドの助けを待つしかない! なんか良い方法ない!?」

「最後は人任せっスか畜生! ああもうこうなったらオイラに乗れ(・・)っス!」

「え!? なにするの!?」

「いいから──月、月月月月月月月月ィ!」


 コボルトの少年が口に出していたのは自己暗示。己を無理矢理高揚させて、野生の衝動を呼び起こす。


 すると駆け出す最中でボルタの骨格が変化を起こしていく。二足歩行から四本の脚で地を蹴る。

 ずんぐりとした小柄な体躯であったのに、手足が伸び背丈も長身となってその背にリゼを乗せる。


「ウオォォォオオオオオオ!」

 自らを鼓舞するボルタの遠吠えが木霊する。風と一体になったとでもいうように一匹の獣が目にも止まらぬ速度で地下を疾駆した。



「戦狼武術・月昂(げっこう)! この姿なら移動速度は通常の数倍……!」

「それ失敗した形態じゃないの!?」

「アホォォォン!? よ、よく見るっス! 前回より大きくなっている筈っス!」


 言葉通り人一人を騎乗して走れるほどに大きくなった背中の上で、母フェリスに相当しごかれたのだろうとリゼは想像する。

 ともかく元来すばしっこさがウリの彼の動きが更に上昇したらしく、怯んだドラゴンとの距離を一気に引き離す。


「でも……なんでこれですぐに逃げなかったの……?」

「ビビって変身どころじゃなかったんス! それに……」

「それに?」

「……なんでもないっスよ今は走ることに集中!」


 そんなことを言いながらもボルタは走馬灯のように記憶を掘り起こす。

 その一部始終はウィズウッドとボルタの友人が校舎のはずれで対立する光景。



 彼らは最終的に不利益とリスクを鑑みて「少しの間ウィズウッドの言いなりになる」という要求を呑むように懇願した。最初は頑なに否定してはいたが要するに自分を売ったのだ。



 もしもこの場にあの友人達も居合わせていたのなら、助け合ったり協力していただろうか? リゼや自分のことを気にかけていただろうか?

 こんな切迫した事態でありながら、彼はそんな自問自答を繰り広げていた。


(それどころじゃないっていうのに、なに考えているんスかね、オイラは……!)


 事実この場で余計なことを考えるほど悠長な事態ではなかった。


 ──ガハァ、やればできるじゃねーか……オイオイまた追いかけっこかぁ?

 雷轟の如き思念が飛んでくる。攻撃を受けていながら竜は嬉々としていた。健在どころか無傷。


 ──んじゃぁ次は狙うぜェうおぉらぁああああ!


 口腔をこれでもかと開き、先ほどの牽制とは打って変わって本格的な竜のブレスが放射される。迷宮内に太陽でももたらしたように空間を目映くした。


「きてるきてる避けてボルタ避けてェ!」

 リゼの叫びに慌てて飛び上がると、その真下を火炎の息吹が一直線に通過しそのまま奥の壁を突き破る。


「あぢぢぢ! 尻尾ォ、こ、焦げ……!」

「それよりあそこに逃げ込めばアイツの大きさじゃ入れない!」

 通り道ができた。そこを抜けると鍾乳洞の空間に切り替わり、薄暗さが待ち構えていた。



「次はどっちに行くっスか!?」

「つ、次? えーとえーと……!」


 ──待てやァゴラァあああッ!


 そうこうしていると、派手な瓦解を率いて一際盛大に壁を破ってドラゴンが入ってきた。

 破天荒な突破方法を目の当たりにして二人はすくみ上がる。ボルタも萎縮するあまり元の姿に戻ってしまった。


 慌てて石柱の影に隠れその場でやり過ごすことを選んだ。怪物が行進する物音と巨体の蠢く気配が二人の背中を圧迫した。徐々に近づく獰猛な唸り声に鳥肌が立つ。


 ──逃げられると思ってんのかァ、この災竜ドゥーレゴエティア様からよォ。



 ヒィ、と息を呑んだボルタが悲鳴を漏らすのでリゼは聞かれないよう口元に指を立てる。

『声出さないで聞こえるっ』

『けどこのままじゃ見つかるのも時間の問題っスよ! せっかく変身できたのに戻ったし……!』

『うぅウィド早くきてぇ……!』


 声を押し殺しながらやりとりを交わしている内に、離れた場所で瓦解と揺れが起こる。向こう側で苛立ったドラゴンの尻尾が岩を薙ぎ倒したらしい。


 ──いるのはわかってんだぜぇ。その気になりゃあこの一帯を焦熱にしちまえるんだがそれじゃあつまんねぇだろうが。丸焼きになりたくねぇなら観念してとっとと出てきやがれ!


 そして戦えと、飛ばしてくる思念を含めた咆哮が轟く。

 気まぐれで自分達は焼き殺される。あながちハッタリではなさそうな脅迫である。


 コボルトの獣人はガチガチと歯を打ち鳴らしていた。こんな暗い場所で自分の何倍も大きな怪物に追い回されているのだから無理もない。



『……どう、する、っス。どうしようっスか』

『……』

『リゼ?』



 震えを押し殺し魔族の少女はくるまれた恐怖の中で決断しようとしている。それは以前も似たような騒動に巻き込まれている経験によるものか、

パニックを起こさず状況把握に努めていた。


 ウィズウッドが駆けつけてくれるか宣言通り近辺を火の海にされるのか。このまま待ち続けた結果がどちらに転ぶのか定かではない。


 リゼは選択を迫られていることを悟った。今此処で判断できるのは自分しかいない。

 生唾を呑み、意を決して口を開く。


『ボルタ、あたしに協力、してくれる?』


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